8-30 託宣・4
「……ええと、ですね。実をいうと……極東方面というか、ユディタがあるあたりが極端に貧しいのって、私たち……というか、過去にいた神の眷族のせいなんですよ」
「えっ……」
とりあえず双方落ち着いて、改めてお茶会を再開してからしばし。エベクレナがもじもじと言いよどみためらってから、決意を込めた表情になって口にした言葉に、ロワは思わずぱかっ、と口を開けた。
「あの……それは、どういう……?」
「……これ神次元の歴史の中でも五本、いや三本の指に入るくらいの大失態でして。人次元に迷惑をかけてる期間の長さ考えても邪鬼の眷族の一件とタメ張れちゃうんじゃね、ってレベルの厄ネタなんで。しかもこの一件についてはガチで研修とか受けたりするぐらい誰でも知ってる話なんで、言うの嫌がる人とかけっこういるだろーなー、と思いつつも、神次元の『人次元に隠し事をする必要はない』ってー建前を盾にして、言っちゃうわけですが。極東方面のあの貧しさは、一人の神の眷族の失敗によるものなんですよ」
「えっ……そ、それって……いつのこと、ですか?」
「今からだと、だいたい九千転刻ちょっと前ですかね……」
「ほとんど創世期じゃないですか! えっ、そんな時代に、神の失敗って、どういう……?」
「ええと……ですね。私たち、神の眷族の仕事っていうのは、いくつかに分かれているわけですが。これまでも話の中に出たような、技術部とか法務部とか。でも一番人が多い、メインの仕事ってされてるのは、私たちみたいな一般職なんですよ。神音の流れを管理して、世界を適切に運営する、これがなければ始まらない、って仕事ですね」
「は、はい」
「技術部とか法務部とか、そういう専門職に就けるのは、私たちが神の眷族に転生する前の人生でそういうお仕事についていて、かつ有能だった、っていう人たちだけなんだそうで。一般職として神の眷族になる人たちは、私みたいなまともな社会人経験のない底辺ごくつぶしから、ゾっさんみたいな会社経営までしてたバリキャリまでホント、様々なんですけどね。だもんで……専門職の人たちには、それなりにエリート意識的なものがあります」
「はい」
「替えの効かない、重要な仕事をしてるんだ、っていう自負もありますし、フツーの一般職よりはお給料もいいですし。まぁ実際、私たちみたいな気楽~にゆる~くお勤めしてる貧弱一般職からすると、その分大変な仕事してるんだから当たり前だよなーって気持ちなんですが……まれにですが、そこらへんがものすっごい気に入らない、っていう人が現れることがあるんです」
「………はい」
「詳しい名前やなんかは意味ないですから省きますね。もちろんロワくんが聞きたいようでしたらお話ししますけど、人次元の歴史の中には残ってない名前なんで……その人はですね、エンジニアというか、学者先生になるっていう夢があったんですけど果たせずに、事務職として就職して苦しい人生を送ることになった人だったんだそうで、技術部として働くことを熱望してました」
「はい」
「基本、神の眷族の配属部署って、信仰の変遷に応じて、それなりの頻度で切り替わるものなんですけど、一般職から専門職になりたいっていう場合はまた、ちょっと特別で。逆はそんな厳しくもないんですけど……いや仕事の引継ぎとかは大変らしいですけど。ともかく、一般職から専門職になるには、それなりにきちんと現在の仕事を勤め上げた上で、試験に合格する必要があります。その人、既定の仕事時間が終わるや試験に挑戦したらしいんですけど……ぜんっぜん受からなかったというか、箸にも棒にもかからない成績だったらしいんですよね」
「…………」
「人事部の人とかにも、技術部の方にも、全力でクレームつけまくったらしいんですけど。神次元にいる以上、神の眷族が移動できるのは基本自分の部屋の中だけですし、そーいうしつこいクレームに対応する権限は人事部の人たちが握ってるんで、すぐにまともに相手されなくなったそうで。鬱屈やら怨念やらをえんえん貯め込んでった結果……その人、技術部の仕事の範疇に入るような実績を一般職として残して、こーんなことできるすごい自分を落としたお前らバカ! ってのをやってのけようとしたらしいんですね」
「えっと……技術部の方々の、仕事の範疇、っていうと?」
「神次元のシステム周りの仕事は、基本みんな技術部の人らがやってます。端末のトラブル解決とかもお仕事の範疇なんで、専門職の中ではだいぶお忙しい人たちですね。んで、問題のその人は、『神音の無限増殖』っていう、普通に考えてバグ技だろそれ、ってーのをやってのけようとしたそうなんです」
「無限増殖……?」
「神音を生産するのは、人次元に存在するフェデォンヴァトーラ大陸、という世界です。存在するだけで、世界は神音というエネルギーを生産してます。生産されたエネルギーを、神の眷族がきちんと配分することで、バランスよく世界は成長し、また神音というエネルギーを生産してくれるわけです。で、その人は……神音を多く生産する世界とはどういうものか、ってーのをあれこれ調査してですね? 『神音を爆発的に生産する眷族』を加護を与えた人間に召喚させる、っていう手を使ったんですよ」
「えっ……あの、その人は、邪神だったんですか?」
「いや、邪神っていうのは歴史的にはわりと新しい概念で……そもそも神次元的には邪神もそうじゃない神の眷族も変わんないですからね。神次元のルールの中では、邪神っていう区分はないんです。私ら普通の神の眷族も、邪神と同じことをやろうと思えばできる、って前に話したでしょ?」
「あっ……はい。そう、でしたね」
「で、その眷属っていうのは、殺されることで土に返り、その土地を『神音を爆発的に生産するように肥やす』っていう代物だったそうなんですが。これの問題点って、ロワくんわかります?」
「えっ……と、神さまの視点、っていうのはさすがにちょっと、わからないですけど……そんな風に、無理に土地を肥やしたら、かえって土地に悪影響が出ちゃうんじゃないか、っていうのは思いますね……」
考え考え告げた言葉に、エベクレナは得たりとばかりにうなずいてみせた。
「その通り。誰でもわかる話ですよね、まともに考える頭があれば。でもその人頭でっかちで、ルールとして成立していさえすればなにやっても問題は起こらないはずとか考えちゃう人で、ルールの穴を突ける俺スゲー! 的な思考に浸っちゃう人だったらしくて。周りが気がついた時には相当量の眷族が召喚されてて、土地を変質させちゃったそうなんです」
「それが……極東地域、ってことですか」
「はい。あそこでその眷属たちは召喚され、数転刻土地を爆発的に肥やしたのちに、神音を生産する力がほとんど生まれないほどに、土地の存在エネルギーを枯渇させました。九千転刻前から今に至るまで、あのあたりでまともに農業を行うことができないのも、まともに産業を成立させられるような恵みが存在しないのも、すべてそれが理由です。ロワくんの故郷であるアユトは、眷族が主に召喚されていた地域からだいぶ離れてるんで、遊牧民としての生活が成立していましたけど」
「……その神さまは、今は?」
「ものごっつい罰を下された上で、まともな特典を得られないまま転生しました。まともっていうか、得られたのは『今の自分の記憶を残さない』っていう一点だけですね。普通……っていうか、そもそも私、魂的なものが全部転生していくものかどうかとか全然知らないんですけど、チートが介入する余地がない、普通に新たに生まれる赤ん坊に生まれ変わる、っていう転生をしたそうです」
「そう、ですか……」
ふぅ、と思わず息をついて椅子の背もたれに身体を預ける。まさか、極東地域の悲劇の源が――自分の故郷を滅ぼし、数えきれないほどの人間の人生を歪め、あの地に積み重なる山ほどの不幸を生み出した源が、神の手による過ちによるものだったとは。
神が失敗することはない、などというのは一方的な思い込みだというのは理解していたが、それなりに衝撃だった。この話をあの地に住まう人々に明かせば、それこそ天地がひっくり返ったような大騒ぎになるだろうことは想像に難くない。
むろん、そんなことをする気はないが。たった一柱の神、それももう神の世界から消え去ってしまっている者の責任を、今現在必死に頑張ってくれている神々に押しつける、なんてことは断じて許容できる話ではない。
その神が過ちを犯したのは九千転刻以上前の話なのだ。それでも極東地域がまるでその過ちの影響から抜け出せていない、というのだから、神に課された責任がどれほど重いか、嫌でも理解できてしまう。そんな責任を背負っている相手に、今現在極東から離れ、安楽な生活に身を置いている自分が、責める言葉を吐くなど許されることではないし、したいとも思わない。
「………ロワくんのお気持ちは、正直すごくありがたいです。私としても、これ言って嫌われちゃったらどうしよう、ってドキバクしながら言った話なんで」
「いえ、エベクレナさまを嫌うっていうのは、なにがどう転んでもあり得ないと思いますけど……」
「ぬぐっ……ええと、ですね。神次元では、研修期間っていうのがあって、全部署の仕事の体験とか、難しい処理のシミュレーション訓練とかやるんですけど。極東地域での一般職の仕事っていうのは、研修期間に体験するのみならず、新人時代に一回はそれなりの期間やらされますし、それ以後も定期的に……っていっても十転刻に五、六節刻ぐらい、他の地域での仕事もやりながらですけど……やらされるくらい、重要視されてます。この地域をこんな状態に陥らせることになったのは、神の眷族の失敗のせいだ、絶対にこんな真似するなよ、ってわからせるために」
「……はい」
「ホントにね、あそこの仕事死ぬっほどしんどいんですよ……わずかな恵みを掻き出すために、必死になって大量の仕事処理しなきゃなんないし。んで、そんだけやっても人次元に恵みとして与えられるのはほんのちょっと。労多くして功少なしの見本っていうか。神次元の人たちの、たぶん全員が、こんな失敗しでかした人に殺意抱いてると思います。しかもそんだけやっても、土地の力が回復して、まともな神音が得られるようになるには、あとざっと一万転刻くらいはかかるんじゃないか、って見通しで……ホントもう、なんというか、ですよね」
「一万転刻……」
思わず遠い目になってしまう。神々が土地の力を回復させようと死に物狂いになっても、あと一万転刻はあの地にまともな恵みがもたらされることはないのか。規模が大きすぎて、もう呆然とするしかない。あの地におけるどんな努力も労力も、あと一万転刻は無駄に終わる。そう思うと本当に気が遠くならざるをえない。
「……こんなことを、なんで突然言い出したか、っていうと、ですね」
「あ、はい」
「………ロワくんと、ビュゥユで関わり合いになった、第十七王女の、女の子にですね。このことを、伝えておいてほしいな、って思ったから、なんですね」
「えっ……いいんですか?」
「はい。まぁ、その、私なんぞが許可出せる筋合いじゃないのかもなー、とかあとで怒られるかもなー、とは思ってますが、少なくとも建前としては『神次元は人次元に隠し事をする必要はない』ってことなわけですし。人生を懸けて極東地域を救おうとしてる子に、正確な情報を伝えないっていうのは、なんていうかもう、人としてダメだろうなー、って思ったんで」
「エベクレナさま……」
「……なによりね!? ムッカつくじゃないですか、あの小娘!! あの子がロワくんの心救っちゃう形になるとか、もう、もう、もうっ!! せっかく仲間たちが金と労力と時間を費やして、意識的には仲間がまともに働けるようにしてるだけ、ってノリで極東地域まで行ってきて、ロワくんの過去のトラウマを解消するきっかけを与えてくれるっていう、もうクッソおいしいなんてレベルじゃない、絆値マックス、連鎖のラストコンボ、いくとこまでいく勢いのあとはもうエンディングまでまっしぐら! って感じのイベントだったのに……そこでなぜ出てくる小娘ぇぇぇ!!! って私ガチで絶叫しましたからね!?」
「………はぁ」
「そんでイベントの色があっさり塗り替えられちゃって、ビュゥユの抱える病根とか、母と子の断絶とか、一人の少女の自立とか、そっちの方に話がいっちゃうし! いや別に私もそーいうイベントをなんもかんも嫌ってるわけじゃないんですよ? それはそれで大事なことだと思いますし、平常時に起こるノーマルイベントとしてなら楽しめたろうと思います」
「………はい」
「でも! でもね!? 今は推しの仲間たちが、気のおけない男子同士なりに、精一杯のデレを見せてくれてる時なんですよ!? 推しが仲間の男子に、不器用な少年なりに、渾身のデレを返してくれるかもしれないってドキワクってた時に! まさにその時に、自分の連鎖イベントをぶつけてくるとかっ! そんで推しの心をそっちへの対処でいっぱいいっぱいにしちゃうとかっ! もうっ、もう……許せねえぇぇぇてめぇは殺す! でも次元の向こうだから私は殺せないから誰か代わりにやって! 泣いたり笑ったりできなくさせてやって! と、思わざるをえないじゃないですかっ!」
「…………」
「いや、私も別に、本当に殺したいわけじゃないんです。潔癖な少女の性に対する嫌悪感とか、自分が性欲の対象にされることについての拒否感とか、そーいうとこはわりと共感できますし、そんな気持ちに苦しんでた子が自分の人生を変える一歩を踏み出せた、っていうのはめでたいと祝福してさしあげたい、くらいには思います。だけど! だけどぉっ……推しの、推しの仲間たちへの、普段は男子同士として意識的には雑な扱いしかしてない仲間への、デレが見れるかもしれなかったのに、愛をあからさまに表してくれるかもしれなかったのにって思うと……呪い、恨み、憎まざるをえないんですよぉっ!!」
「………はい」
いつもながらなにを言っているのかさっぱりわからないが、ロワとしてはそう答えるしかなかった。目を据え髪を振り乱し、怒濤の勢いで吐き出す言葉にどんな意味があるのか、気にならないといったら噓になるが、エベクレナが知られたくないと思っていることに首を突っ込む必要はあるまい。正直わざわざ自分に聞かれたくない言葉をぶつけるなんて意味がないのでは、とは思うが、エベクレナが溜め込んだ鬱屈がそれで晴らされるというのなら、ロワとしては基本文句はないのだから。
「それでまぁその……私的にはあの第十七王女さんは呪詛と憎悪の対象でしかないわけですけどね? そーいう相手だからこそ、引け目を作りたくないなー、というか……なんとかして叩き潰してやりたい敵性対象だからこそ、こっちの落ち度を『許してもらう』形になるとか、もうクッソムカつくじゃないですか、マジ勘弁じゃないですか。なんで、これで貸し借りなしって形にしておきたいというかなんというか……まぁ人としても、神の眷族の一員としても、過去に神の眷族がしでかしたことのせいで招じた不幸に立ち向かおうとしている人に誠実に向き合いたい、っていうのは嘘ではないんですけどね」
「はい……」
「そんなわけで、その……よろしくお願いします」
頭を下げられて(突然こちらにもわかるような言葉で)そう言われ、ロワは慌ててうなずいて、それからさらに慌てて首を振った。
「あ、はい……いや、というか、エベクレナさまがそんな風に頭を下げる必要ないですよ。極東地域が貧しいのはエベクレナさまのせいじゃないですし、神々のせいでもありません。あくまで昔存在した神の一柱のせいでしかないんですから。ラィアもきっと、エベクレナさまの気遣いに、感謝すると思います」
「いや別に感謝されたくないっていうか、私的に彼女が呪い恨み憎む対象であることはたぶん一生変わらないんで、そんな相手に頭下げられても微塵も嬉しくないどころか、むしろうっとうしさしか感じないですけどね……ロワくんにそういう風に慰めてもらえると、正直だいぶほっとします」
「いえ……」
前半部分はなにを言っているのかわからないが、少しでもエベクレナの気持ちを楽にすることができたのならば、こちらとしても嬉しい。これまでさんざん嫌な思いをさせてきてしまったのだ、少しはエベクレナの心にいい影響を与えなくては申し訳が立たない。
「……いやいい影響もなにも、私的に推しの存在の有無ってそれこそ生きる喜びの有無と直結してるんで、ロワくんがこの世に存在してくれていることこそが私の幸福ってぐらいの勢いなんですけどね……生きがいだし世界に感謝できる理由だし世界を少しでも幸福にするべく、かつ推しに貢ぐ神音を手に入れるべく必死こいて働く理由なんですが……」
そんなことを考えるロワに、エベクレナは難しげな顔をして口元を歪め、なにやらぶつぶつ呟いているようだったが、こちらに伝える気がない話のようなので、気にしないことにした。
それからのち、毎回のお決まりである神祇術の発動(についての調査)などを終えてから、『とりあえず今回はこの辺で』と調査を掌る神々から連絡が入ったそうで、今回の謁見は終わりということに相成った。エベクレナは少しばかりへどもどしながらも、ロワを人界に戻す準備ということで、あれこれ水晶の窓をいじり始める。
――そうやって、水晶の窓に視線を集中させながら、あれこれ意味の分からない操作をしながら、エベクレナはぽろりと、こぼすように言葉を投げかけた。
「あのですね、ロワくん」
「あ、はい。なんでしょう」
「ヒュノくんたちも、今回事情を知って。驚きとか困惑とかも、もちろんあると思うんですけど。それでも、ちゃんとあなたの気持ちに寄り添ってくれた……かと思うんですが、どうでしょう」
「えっ……」
「いやまぁその、こんな台詞がおせっかいだってことは、わかってるんですけどね。でもなんというかその、あなたの気持ちに寄り添えるのは、私一人じゃないんですよ、というか……私なんぞが人次元の輝ける星に心を寄り添わせるとかおこがましいにもほどがある、というかですね! 人次元の、同じ目線の、仲間たちにも、その、素直に感謝と、あとその……仲間としての、というか……同じ人生を生きる同志、として? の……愛情をっ! 捧げてあげてはどうかなー、と思うんですが……い、いかがでしょう……」
こちらから懸命に視線を逸らしつつ、おずおずと、ただし熱意を込めて投げかける言葉の意味を、ロワはしばし考えてから――思わず、ぷっと噴き出した。
それは、ゾシュキーヌレフを十万の邪鬼の眷族が襲撃した事件の終わり。英霊を召喚するために生命力を削った結果、倒れたロワの心魂が神の世界に呼び出された時に、ロワが思ったこと。
エベクレナが神へと転生する前の人生への、共感と感謝。自分に様々なものを与えてくれた人たちに、なにも返せず逃げ出してきてしまったこと。そしてそれにのたうち回るほどの罪悪感を覚えながらも、なにもできない、変えられない、被害者意識すら抱いてしまっているような、自分への嫌悪。そんな自分の過去と似たような体験をしてきたエベクレナは、ロワの弱さも醜さも愚かさも、すべて知った上でロワを許容してくれた。
それを実感して、ロワは、エベクレナに告げたのだ。自分はこれから一生をかけて、あなたに恩を返します――と。
それをずっとこの人は、気にしていたのだろう。ロワが自身と同じ人の世界に、心から愛を感じられるような機会を奪ってしまっているのではないか、と気に病んでいたのかもしれない。だからこそ、こんな風に懸命に、自分と仲間との関係を気にするのだ。自分が、心から豊かな人生を送れているか、心配になってしまったから。
女神さまにそんな風に心配されるほどロワは偉くはないし、大した存在でもないのだが、それでもこの優しい女神さまは心配せずにはいられないのだろう。その優しさが、『自分に向ける感謝の念が目減りする』なんてちらりとも考える様子もないままに、仲間に感謝の念を抱いているかを気にさせるのだ、と思うと――こんな風に感じるのは失礼かとは思いつつも、正直ちょっとおかしかった。
「……いやそのそういう言われ方も間違いではないんですけど、そういう善意に満ちた捉え方をされると非常に申し訳ないというか罪悪感がすごいですね……まぁぶっちゃけそーいう風に考えてくれていた方が都合がいいというか、『推しに腐れた思考を認識させるとか超厳禁』という心得を最低限の前提とすべき推想女子の端くれとして、非常に助かるのも確かなんですが……」
「エベクレナさま」
「はっ、はい」
「俺、仲間がどんなに俺に優しくしてくれても、エベクレナさまに向ける思いは変わらないと思いますよ。たぶん、これから、この先一生」
「へっ……」
だって、こんなに優しい人を、自分の心に初めて寄り添ってくれた、こちらを圧倒するほど美しいのに実際にはすごく可愛らしい女神さまを、特別に思わないなんて、それこそ無理な話なのだから。
「ちょっ……待――――っ!! えっなにそれどーいうことですまさか、まさか私本当に、推しの性癖歪めたとかそーいう話になるんですか!? ちょっと待ってくださいよマジ待ってくださいよそれ本当に私割腹するしかなくないですか斬首ですよ斬首人として推想女子としてしてはならないことをしたとしか」
仲間はどこまでいっても仲間で、ずっと以前から当たり前にそばにいた相手で、特別になんて思いようがない相手でしかない。どれだけ助けてくれようとも、そしてこちらがその助力にどれだけ感謝していようとも、おそるおそるこっそりと礼を言うことぐらいしか、できることはないのだ。向こうだってそれ以上のことなんて、欠片も望んでいないだろう。
だって、自分たちは仲間なのだから。共に冒険を乗り越える相手なのだから。感謝の気持ちは、その分行動で表すしかない。人生を救われたのならば、こちらも自分のできる全力で、相手の人生を救うことでしか返せないのだ。
「―――――ッ!!! ちょっ……待っ……それ、不意討ちすぎませんか……!? 人生を救い合うとか、それもう好きとか嫌いとかいうレベル超えてますよね真面目に! 愛とか恋とか友情とか、そういう形容とかぶっちぎって、なんというかもう魂と魂のコンタクトと呼ぶしかない、超重量級の絆なのでは……!? 心の深い部分で繋がり合っているというか互いに互いの存在を無二として受け容れているというか、まさにソウルメイトとしか言いようがないガチもガチすぎる関係性で――」
一瞬で瞳をぎらつかせ、すさまじい勢いでまくしたて始めるエベクレナを見て、あっ、と思った瞬間にはもうお定まりの流れが発動していた。ロワの周囲の光景が、一瞬ではるか彼方へと吹き飛び、視界がどこまでも続く白雲とその情報に広がる青い空で埋め尽くされる。
エベクレナの声も姿も瞬時に視界の外へ飛び去り、ひたすらに遠くへと、どこまでも雲の上を飛ばされて――
――と思った次の瞬間には、ロワは客室のベッドの中で目を覚ましていた。
むっくりと起き上がる。窓にはカーテンが引かれていたが、そこからはすでにそれなりに眩しい陽射しが差し込んできていた。もう夜が明けてからそれなりの時間は経っている頃合いだろう。
周りを見回すと、ネーツェとジルディンはまだ自分のベッドで寝息を立てていたが、ヒュノとカティフはもう部屋にはいなかった。朝の鍛錬をしているのだろう。曲がりなりにも戦士の訓練を積んだ者として、それを無視するということに恥ずかしさを感じ、遅ればせながら自分も加えてもらおうかとベッドから下りる。
や、ばたん! と大きな音を立てて部屋の扉が開いた。予想通り、たっぷり鍛錬をしてきたのだろう、額から汗を幾筋も垂らしたヒュノとカティフがそこに立っていた。
二人は大声を出そうと息を吸い込みかけたところのように見えたが、ロワを見て少し驚いたように肩を揺らし、気の抜けた声を漏らした。
「なんだ、お前もう起きてたのかよ」
「いや、起きてたっていっても、さっき起きたとこだけど」
「ふーん。ま、よく寝れたようでなによりなにより」
「っ……なによりって、俺がちょっとくらい好調だって、別に仕事に影響したりはしないだろ」
「は? なに言ってんだ、しまくるに決まってんだろうが」
本気で驚いたように目を瞬かせてから、カティフはにやっと笑って告げた。
「今日はこの国中の魔物を狩りまくる日なんだ。お前にも、思いっきり働いてもらうぜ?」




