8-29 託宣・3
今日の夕食はいらない、と担当の下男に連絡したのち、魔術で変装してゾシュキーヌレフまで転移し、行きつけだった安くてうまい一膳飯屋で全員(キジャレオーネも含め)で夕食を取り、またビュセジラゥリオーユに戻ってきて、ジュディオランの屋敷の客間で床に就く。曲がりなりにも隣国まで行ったというのに、それこそ近所の店に食事に行ったのとほとんど変わらない時間しか経っていないというのが、いささか奇妙な気分ではあったが。
そして、正直心苦しさを覚えてもいた。パーティを組んでからというもの、ほぼ毎日顔を合わせていた相手と、一昨日この部屋で別れて、昨日は顔さえ見ることなく、その間に自分のためにわざわざ東の果ての国まで大陸を横断までさせてしまったという事態を、自分はいまだうまく消化できてはいなかったのだ。
その相手に連れられて二度と戻ることはないだろうと思った故郷にまで向かったのち、同行した少女の勢いに吞まれて即座にビュセジラゥリオーユに戻ってきてしまったせいで、その一件についてきちんと仲間たちに言及することすらできていない現状を、非常に気まずく思ってもいた。そんな気持ちを抱えて仲間たちの隣で寝るというのは、心苦しいし息苦しいし、いたたまれないという気持ちが消せなかったのだ。
かといっていまさらああだこうだとそのことを蒸し返すのは、むしろ仲間たちにうっとうしがられそうでもあるし、全員そんな話など忘れたような顔で馬鹿話をしたりさっさと寝こけたりしているし。
それにライシュニディアについてのことも、加えてジュディオランのことについても、さらにはキジャレオーネやヒレーナキュディオラ女王陛下のことについても、あれやこれやと考えることは尽きず、狭い客間に詰め込めるだけ簡易寝台を詰め込んだ部屋の中で、仲間たちがもう全員寝息を立てる頃になってもなかなか寝付けなかったのだが、それでもやはり体は疲れていたのだろう。
夜半を過ぎるころには、さすがにことっと、眠りに落ちていた。
―――そして気がつくと、神の世界にいた。
光に満たされた世界。見渡す限り続く輝く雲海を足下に、陽の光よりも眩しい黄金色の光がどこからともなく降り注ぎ、空気そのものすら娟麗に煌めかせている。
なびく瑞雲は一筋はきらきらしい五色、もう一筋は輝かしい空間を典雅に引き締める紫色。その二筋の雲に挟まれた、雲が高台を形作っている場所に、一人の女性が立っている。
いつもと違うのは、その女性――エベクレナの顔がひどく暗いというか、今にも泣きだしそうなほどしょんぼりとしているという一点だった。
「えっ……あ……えっ、エベクレナさま!?」
驚き慌て、ロワは雲の高台の前に駆け寄る。さすがにそこを駆け上ることはできなかったが、下からエベクレナに懸命に声を投げかけた。
「ど、どうしたんですか。俺がなにか、とんでもないことでもしちゃいました!? いや、確かにここ数日、俺はずっと辛気臭い顔しかしてなかったとは思いますけど……!」
言い募るロワにも、エベクレナはまともな反応を返そうとはしない。ただ、泣きそうなほど落ち込みきった顔を、こちらに見せながらうつむいて、ぼそぼそと力なく返事を返すのみだ。
「いえ……なんでもないんです。なんでもないんです本当……大したことじゃないというか。いやこういう言い方する時って『私的には超大したことですから』って意味を含んでることがほとんどなんですけど、今回は本当私的にも、真面目に心底大したことじゃないというか……」
「いやあのでも、なんだかすごく落ち込んだ顔、されてますよね……?」
「ええ……はい。そうなんですけど……これはなんていうか、『理性的にも常識的にも大したことじゃない、と自分の価値観からも断言できるのに、思いのほかショックを受けている自分にショックを受けている』という感じでして……」
「は……はい? いやあの、つまりやっぱりなにかあった、ってことですよね? なにがあったのかって、俺にどうか詳しく話してもらえませんか?」
「いや、あの、本当大したことじゃないんで。単に子供じみた理由ですねてるだけなんで。むしろそんな風にすねる自分にがっかりしてるというか。なのでどうかスルーしていただけると……さっきの今のことだったんで私も精神的な受け身が取れなかっただけで、すぐにちゃんと外出する時レベルに回復するので……」
「そんなのできるわけないですよ! エベクレナさまが……さんざんお世話になっている女神さまが、これまでの中でも珍しいくらいに落ち込んでるのに、放っておくなんてしたくないです!」
「ぅぐ……こんな時でも、やっぱり推しの顔がいい……一日間を空けただけとはいえ、やっぱり生の迫力と臨場感は桁が違う……」
意味の分からないことを泣きそうな顔で呟くエベクレナに、ロワは懸命に、できる限り真摯に、真正面から請うた。
「お願いします、エベクレナさま。あなたを落ち込ませていることがなんなのか、教えてもらえませんか。もちろん俺なんかが手助けできることじゃないんだろうとは思いますけど、話すだけでも楽になれることはあるはずです。少しでもいいので、あなたの役に立たせてもらえませんか。どうか、お願いです……」
「ぅうぅぅ、こんな推しのマジ顔を至近距離から見れるとか……そんなマジ顔をしてる相手が私ってところがホント解釈違いすぎるんですけど、生でこの顔を見れるというのはそれはそれで嬉しい、と思っちゃってるって辺りがもう……」
「エベクレナさま、どうか……」
じっとエベクレナを見つめてこいねがった言葉に、エベクレナは深々とため息をついてから、ロワにもわかる言葉で答えてくれる。
「あの……本当、大したことじゃないんですよ?」
「かまいません。というか、落ち込んでる理由なんて、たいていの場合自分以外には大したことじゃない、って言われるようなことですよ」
「あぁ、はい、それはそうですね……でも本当今回の私のは特にというか……その、どうかお願いできるなら……呆れかえって私に愛想をつかす、ということはしないでいただけると本当にありがたいんですがというか……」
「はい?」
「いや、つまり、あのですね。昨日、私、ロワくんと会えなかったじゃないですか。あれ、別に私たちがロワくんを呼び出さなかったってことじゃなくて、呼び出したのにロワくんに通じなかった、っていうのが真相なんですけど」
「そ、そうなんですか? ……そういうことって、あるものなんですかね?」
「普通ならありえないです。神の眷族の側からの呼び出しを、いわば無効化されちゃったわけですから、これ真面目に神次元的には威信とか存在意義とかに関わる問題ですよ。なんで技術部の人たちは本当大忙しっていうか、これまでの研究成果も特に出せてないのにさらにタスクが上乗せされちゃって大変らしいんですけど……」
「そ、そうなんですか。それはその、申し訳ありません……」
「いえ、ロワくんが悪いわけじゃ全然ないんで気にする必要マジ皆無ですから。真面目な話、神次元の技術に構造的な欠陥があるかもってなったら、そこらへん調べるのは技術部の人たちの仕事ですしね。基本普段やる仕事がない人たちなんで、給料分の仕事をしてるだけ、って考えちゃってください。……で、ですね。私、そーいう状況下で、ぶっちゃけすっごい気持ちが落ち込んだというか、どうしようどうしようって焦りまくっちゃったわけですよ。私なんぞが焦ったってどうしようもなくはあるんですが」
「え? ……ええと、それは、なぜ……?」
ロワの単純な問いに、エベクレナはその美貌を憂わしげな色に染めて、ふぅっと麗しくため息をついてみせた。
「そういう、自分が誰かに大切だと思われてるとか考えてもいないとことか、不憫で愛しくてマジ推せますけど。……推してる相手と現実に会えるっていう、この奇跡みたいな状態が消え失せちゃう、っていう事態を、私が歓迎なんてできるわけがない、っていうのは、理解してもらえますか?」
「えっ……」
「いや本当、友達全員呼び出して愚痴りまくっちゃいましたよ。友達っていっても、私そんなにいないんで、ロワくんも知ってるいつもの面子なわけですが。もうロワくんと会えなくなっちゃったらどうしようとか。ロワくんに最後に見せたのがいつも通りの醜行とか悲しすぎるとか。そんなこと抜かす資格ないとわかってるはずなのに、不安に耐えかねてね」
「え、資格がない、って……?」
「いやだって、他の友達はみんな自分の最推しと現実に会えるというか、まともに話せる機会なんてありえないんですよ? それを私だけ奇跡みたいな幸運でこうして話ができて、のみならず女神として敬した上ですごく優しくしてもらえてたわけですよ? そんな感涙ものの経験しておきながら、それが奪われたら文句言うとか、身の程知らずもはなはだしいって感じじゃないですか?」
「う、うーん、そ、そうなんです、かね……?」
「まぁいつもの面子はそれなりに気心が知れてるというか、私のそういう気持ちとかそこらへんの葛藤とか呑み込んだ上で、適当にあしらってくれたんで助かりましたけど。ともかく、私は昨日からずっと、不安でうろたえまくってたわけですよ。ロワくんと会えなくなったらどうしようって。今日もまた改めて呼び出しを試みるってことにはなったわけですけど、ちゃんと呼び出せる確信とかまるでなかったわけですし」
「は、はい」
「……で、ですね。私はこの謁見室に詰めて、ロワくんが眠るまでずっとその様子を見させてもらって、その心境とかもリアルタイムで読み取ってたわけなんですけど」
「はい」
「………ロワくんが、ですね。私のことを、一ミリも思い出さなかったというか、気にもかけていなかったというか、昨日会えなかったのに今日また会えるかどうかってことを、不安に感じるどころか一切問題視してないし、そんなもんどうでもいいと思うどころか存在を意識すらしていないというのが、ですね。自分でもホンットーに思い上がった身の程知らずでクソ偉そうな感じ方だとは思うんですけど、その、ちょっと、だいぶショックで………」
「え………あっ!」
言われて初めてその事実に気づき、驚きうろたえるロワに、エベクレナは困ったように力なく微笑んで首を振ってみせる。
「いやでもね、本当だからってロワくんに文句言うとか、そんな見当違い筋違いの真似をやらかすつもりは一ミリもなかったんです。むしろそーいう身の程知らずなショックを自分が受けてるってことに、我がことながら幻滅しちゃって落ち込んだだけで……なんで、ロワくんがもしまたこっちに来てくれた時のために、もう会えないのかもしれないけども、そーいううだうだうじうじした心情はすぱっと切り捨てて、笑顔で会えるようになっておきたい、なっておくべき、って思いはしたんですけども。自分、情けないことに、そーいう気持ちの切り替えとか割り切りとかって、だいぶ苦手な方で……」
「あ、その、あの、えっと……」
「いや、どうか気にしないでくださいっていうか、そーいう風に気にさせちゃうような振る舞いを自分がしちゃってるっていうのが自分マジ死ねって勢いなんですけど。人次元で輝く推しに、神次元のクッソしょーもない感情のあれこれとか見せちゃうって、真面目に処するしかない勢いなんですけど。なんていうかもう本当、こんな自分ですいません、生きてて申し訳ありませんとしか……」
「いや、あのっ、ですね! いろいろこちらも申し訳ないことをいろいろとしでかしてしまっていて、忸怩たる思いではあるんですが! それでもあえて言わせていただくとっ、エベクレナさま!」
「はい……」
「あなたは、どうか生きていてください! 俺なんかがどうこう言っても、なにをしても、エベクレナさまの足しにはならないというか、生きたいと思う役には立てないかもしれないですけど……少なくとも俺は、エベクレナさまが生きていてくれないと、生きる意味がなくなっちゃうんですから!」
「……………」
「えっ……あ、と……」
勢い任せというか、なんとかエベクレナに元気になってもらいたいと、必死に言葉を紡ごうとした結果、なんだかとんでもないことを言ってしまったような、とわたわた慌てるロワの前で――エベクレナは身も世もない、というくらいの勢いで泣き崩れた。
「解釈違いすぎるぅぅ……勢いで言ったってのはわかってますけど、それでもそーいうこと本当私みたいなモブ夢女に言わないでくださいよぉぉ……剣に言ってくださいよそういう台詞はマジで! ガチで! 推しの顔がいい~とか少女漫画のヒーローっぽい~とか、燃え上がるものがないとはいえないのがさらにハートにキッツいぃ~……」
「え、ぇ、えぇ……?」
いつものごとくなにを言っているのかさっぱりわからないが。なんだかとてつもなく理不尽なことを言われている気がして、ロワは困惑しつつやり場のない両手を揺らした。このままエベクレナをどう慰めても、まともな反応が返ってくる気がしなかったのだ。
「……いつもながらお見苦しいところを……すいません本当、いつもいつも……」
「いえ、あの、俺も申し訳ないことをいろいろとしでかしてすいません……」
とりあえずどちらも一応冷静になったのち、いつものように用意してもらった茶席に落ち着く。いつもと変わらずとてもおいしいお茶とお茶菓子をご馳走になりつつ、最初に切り出したのはロワの方だった。
「あの、さっきうかがったことを蒸し返す形になって申し訳ないんですけど。俺が昨日この神の世界にやってくることができなかったことについては、原因とか理由とか、そういうのはまだわかってないんですよね?」
エベクレナも優雅に(かつ、恥じらいを隠すように微妙に目を伏せ逸らしながら)お茶菓子を口にしつつ、うなずいた。
「はい、そうみたいです。なんか本当、神次元の頼りなさをあからさまに表しちゃってる感じで申し訳ないんですが……」
「いえ、そんなことは。世界が始まってからこれまで一度も起こったことのない話なんだから、そう簡単にわかる方がおかしいと思いますし。むしろ俺の方こそすいません、エベクレナさまを不安にさせちゃってたみたいで……」
「いっ、いえあの、ロワくんのせいじゃないですし! むしろ謝るべきなのは私の方ですし! 勝手に背負い込んで勝手に落ち込んで何様だ、っていうかなんというか……」
「え……?」
「………正直ですね。なんというかですね。私昨日、マジどん底レベルで落ちてたんですよ! ロワくんが、推しが……もう本当に不幸な方不幸な方へと突貫するからッ!!」
「あ、の……」
「思考法がそもそもおかしいというか不幸スパイラルを発生させる方向にしかいかないというか、『自分の命を懸けても成し遂げなければならないことがある、ただししたいわけでは全然なくて単に義務だからやるだけ』だの、『生き延びるために全力を尽くす、だって自分にはまだ死ぬことが許されてないから』だの、『もし失敗して自分が死んでも誰も困らないだろう、仲間にとっては足手まといが減ってむしろプラスなはず』とかっ!! もう本当なんでそうなるぅぅ!!! と胸ぐらひっつかんでぐらんぐらんしてやりたくなるような考え方ばっかしてたじゃないですかロワくん! 言っときますけど、私、真面目に、それはおかしいだろおぉとだいぶキレましたからね!? そんな不憫なところとか正直めっちゃ推せますけど! それはそれとして!」
「え、えと……」
「正直ここまで闇病み抱えてるとは思わなかったですけど! そういうとこ抱えながら周りには優しい穏やかな顔しか見せてこなかったとことか、もう推し欲が破裂しちゃいそうでしたけど! でもそれでもこれは人としてダメですよ! 仲間に対しても信頼とか安心とか、そーいう気持ちをビタイチ抱けてない、いつ捨てられても当然とかこの期に及んで心の底から思ってるとかダメすぎます! 推せますけど! 意味のない償いのために命を捨てて人生を費やして、それが無駄で無意味で無価値なことに気づきながらもしないではいられないとか、もう本当に不憫とかいうレベルじゃないんですが!? 人のこと言えませんけどもう少し精神的に健康な生き方しましょうよ! そういう闇病み抱えてる盾ってめっちゃ大好物ですけど!!」
「…………」
「でも本当、あそこまで徹頭徹尾暗いロワくんの思考をつぶさに見せられて。仲間と別れてたせいも大きい、というかそれ以外理由ないでしょうけど、抱えてた闇が増幅しまくってるところしこたま見せられて。ヒュノくんどうか、この際他の仲間の子たちでもいいから、誰かロワくんを助けてあげてえぇ!! と絶叫すること数知れず、涙に濡れて私まで地の底まで沈んじゃいそうで、そんな中でまたロワくんと会う時間がやってきた時には、これもう私が次元の掟破ってでもロワくんの気持ちを少しでも楽にしてあげるべきなんじゃ!? と思い詰めてたってのに、ふたを開けてみたらトラブルで会えないとかなって! 推し活民として最後の一線を破らずにすんだーと少しほっとする気持ちもありつつも、一人で落ちまくってるロワくんがもう切なくて切なくて……!」
「あの、エベクレナさま……」
「そしてようやく仲間たちと出会えたってのに、ロワくんってばツン発動させちゃうしー。いえでもあの時の叫びは正直すっごいキました、仲間だからこそ、無自覚だけども愛しまくってるからこそ出ちゃう甘えともいうべき怒りの発露! もうあれ本当ロワくん的には渾身のデレといっていいのでは!? とのたうち回りまくりましたよ! そしてそんなデレを全員揃ってスルーしちゃうのがまた……! いやなんていうか、くっそうちゃんとデレキャッチしやがれよ剣どもがぁぁ!! と胸ぐらつかんでやりたくもありつつも、そのまるで気を使ってない感というか、意識的にはあくまでどうでもいい、気を使う必要のない相手で、でも心の奥底ではその相手のために大陸横断までするのが当たり前ってくらい大事だって思ってる認識が垣間見えたのが、なんていうか本当男子同士ぃぃ! って感じで滾りまくるというか……!!」
「あの……すいません、エベクレナさま。その……なにを言ってるのかさっぱりわからないってことは、俺に伝えたくないことをおっしゃってるってことで、いいんですよね?」
「………はいその通りです絶対聞かれたくはないです。いや本当今回は正直仲を取り持ってやりてぇぇ!! 双方のデレの意味とか意義とか事細かに解説してやりてぇぇ!! と思うことしきりだったんですけどね!? そんな無粋どころじゃない、お互いの心の綾というか命持つ者同士だからこその行きつ戻りつの心の通い合いというものを、取り返しもつかないほどぐっちゃんぐっちゃんにするような暴挙、断じて許すまじですから! そんなことしくさる勘違い推想女子なんぞ処する以外ないですから! 次元の違うところからひたすらに想い祈り幸せを願う、できるのはひたすらに加神音してその行く道を支援することのみ、それが推想女子の定めですからね! 猛り狂う想いを抑えきれずご本人に語っちゃいましたけど、伝わってないからどうかご容赦くださいって感じなわけで!」
「はぁ……」
やっぱりなにを言ってるのかほとんどわからず、エベクレナがその美貌を爛々と輝かせて鼻息も荒くまくしたてても、また自分には聞かれたくないことを喋ってるんだなとしか理解できないわけだが――それでも、自分がたぶん、エベクレナに相当心配をかけてしまったんだろうな、というのはさすがに想像がついた。
「ぅぐっ……」
たぶん、自分がああだこうだとしょうもないことを考えて落ち込んでいるところを、つぶさに見て取っていたのだ。それは心配もされるだろう。この女神さまは、びっくりするほど優しい人だから。ロワの苦しみを自分の苦しみであるかのように感じ取って、涙してくれる人だから。
「ぬぅぉっ……」
でも、そういった個人的な想いを、次元の違う存在に直截に伝えて、相手の考えや判断に影響させてしまうことを厭う、女神としてとてもまっとうな方でもある。だから、ロワとしては、ただその想いだけを――こんな風に自分のために懸命になってくれる人の気持ちだけを受け取って、ただ心の中で感謝を返していればいいのだろう。
「ぬ、ぅ、ぎぎぎぎ……ろ、ロワくん……もしかして私のこと、罪悪感で殺そうとかしてます……? 愛あってのこととはいえ、欲望まかせ勢いまかせの語りをそんな風にいい方向に捉えられると、申し訳なさが半端ないんですが……! でもこんな気持ちを全部伝えると断固として秘すべき推想女子の心の扉までオープンされる、というかその気配を感じ取られてしまうかもしれず……! ぬぅう、うぉお、わりといつものこととはいえ、真面目に相当心が痛いッ……!」
自分の気持ちを読み取ったせいなのだろう、エベクレナは自分と向き合ったまましばし百面相しつつ、呻きながら身をよじるという、居心地の悪いことこの上なさそうな反応を返してきていたが、やがてはっとなにかに気づいた顔になって、おもむろに話題を転換してみせた。
「そうだっ、ロワくんっ! ロワくんってば以前、女装男子……じゃなくビュゥユの王子さまに、ビュセさんへの質問があるなら聞いてあげる、みたいなこと言ってましたよねっ!?」
「あ……はい、そうですね。前回一応お話ししました。もちろん、エベクレナさまや他の神々のご都合が悪いようでしたら、断ってくださっても全然かまわないんですが……ジュン本人もそう思ってると思いますし」
「おぉう、本人のいないとこではフツーに愛称で呼ぶんですね。そういう細かいデレを推し剣にやってほしい気持ちもあり、行きずりの相手にまで優しさを振りまいちゃう推しの慈愛推せる! と思う気持ちもあり……ええととにかく、その件について、ゾっさんに間に入ってもらって……あの人本当に神次元に知らない人いないんじゃってくらいに顔広いですからね……ビュセさんに確認を取りましたところ……その件について報告した技術部の人たちからも話が広がりまして……この部屋に、ビュセさんを直接お招きして、言葉を交わすっていうことになりましたので」
「え……えぇ!? いいんですかそんなことして!?」
「いやまぁ言葉を交わすっていっても、ゾっさんやギュマっちゃんみたいに、モニター越しにお話しするだけなんですけどね。ただ、技術部の人たち的には、女の神の眷族の遠隔通話のデータは取れたから、今度は男性の神の眷族のデータを取りたい、ってことみたいで。男女でそんなに取れるデータに違いがあるのかなーとは思ったんですけど、技術屋さん的にはデータを取る時にはとにかく取れるだけ事細かに取っておくことが重要らしくて。ロワくんの方から言い出してきてくれたことなら、この機会に取っておこうって話らしいです」
「そ、そうなんですか……」
「そーいうわけなんで、ロワくんには、ジュディオラン氏からの質問の聞き取りをしておいてほしいんです。呼び出しておいてなんの話のネタもないってのもアレなので。ジュディオラン氏からだけじゃなく、他の国民からビュセさんに質問したいこと、っていうのを聞き取ってくれてもかまわないそうですよ。話のネタは多い方がいいですし」
「は、はい」
「ただ、ちょっと気をつけておいてほしいのは……その時には、ビュセさんに直接質問ができる、っていうのを国民の人たちには明かさないでほしい、っていうことなんです。これはビュセさんからのお願いで……ビュセさんとしても、あの国の一般人の人たちが、自分と向き合った時にどういう反応をするかはわからないそうで。一般国民の人たちの人心の安寧のためにも、どうかそうしてほしいそうですよ」
「あ、はい。わかりました」
「ただまぁ……私もちょっとあちらとお話ししましたんで、その時の感触からすると。一般国民の人から悪い反応が返ってきたらへこむから、っていうのが実際の理由っぽいですね。見るからにコミュ障でヘタレの自分の得意分野でだけイキるタイプで……まぁ、私と同類だったわけで。なのでどうかその、素っ頓狂な反応だの見苦しい反応だの頭おかしいだろこいつって反応が返ってきても、できるだけスルーしていただけると私的にも心の安寧に繋がると申しますか……」
「? はぁ……わかりました」
エベクレナを見苦しいと思ったことなど覚えがないので、そう言われてもそれこそ反応に困るのだが。だがまぁ女神さまという一般的な印象にそぐわない反応は何度か見たので、そういうものだと考えればいいのかもしれない。たとえば寝起きの姿だとか、ぶつぶつぼやきながら女神の仕事をこなしているところだとか
「スト――――ップッ!!! いや待ってくださいよちょっと待ってくださいよ! いやもちろんわかってますけど、自分が女の資格がないレベルでみっともないとこ見せまくっちゃった奴だってのは心底わかってますけども! それでもどうかその、該当するシーンを回想するのはどうかご容赦を……! 真面目に私自裁するべきじゃ、とか考え始めちゃうので! どうか! なにとぞ! それ勘弁してくれるんだったらガチで他のことだったらだいたいなんでもしますから!」
「あ、はい。すいません……」
そんなに気にすることはないだろうと思うが、ロワなりに女性の『人に見られる時には常に身ぎれいにしていたい』という欲求については理解しているつもりなので、素直にうなずいた。自分のみっともないところを相対している人間が思い返している、と考えたなら、たいていの女性は不快に思うだろう。反省しなくては。自分としてはエベクレナの可愛らしいところが見れたいい思い出なので、ついつい何の気なしに――
「いやですから! 真面目に! ガチで! どうかそういうところを思い返さないでくださいと! ついでに言えば推しが私を可愛いとか言うのも、私相当なレベルで地雷なので! 私なんぞが推しの視界を穢してしまったァァと自裁したくなるので! なにとぞ! どうか!」
「あ、はい……すいません本当に、いろいろと厚かましいところをお見せしまして」
「いや、その……厚かましいというか、それ言ったら私ごときが次元の違う推しに認識していただけてるだけでも本当に厚かましい話なわけですし、謝られるような資格ないんですけどね私……その上で優しさに甘えていろいろ注文つけちゃって、こちらこそすいません本当……」
いつものように最後には打ち沈みながらへこへこ頭を下げるエベクレナに、こちらも頭を下げつつどうしようかな、と考える。実を言うと、ロワにはエベクレナに少し相談したいことがあったのだ。相談というか、心の中にある屈託を打ち明けて、それを整理する手助けをしてほしかった。
だが女神さま相手にそんな自分の都合を押しつけるなんて不遜もいいところだし、そもそも女神さまに自分なんぞの相談相手になってもらう、なぞという発想がそもそも不敬極まりないといえばその通りなわけで。どうしたものか、正直だいぶ迷うものが――
「…………、……、…………」
あったのだが、まぁこんな風に自分がそんなことを考え出すやばっとこちらから目を逸らし、できる限り自分の考えていることの詳細を読み取らないようにしているエベクレナを見る限りでは、そんな遠慮をしている方がたぶん失礼に当たるのだろう。目を逸らしながらも自分がどうするのか気になって仕方がないようで、ちらっちらっとこちらに視線を投げかけてくるのだ、迷っている方がむしろ迷惑かもしれない。
なので、少しでも迷惑がられたらすぐに引き下がろうと決意しつつ、ロワは口を開いた。
「あの、ですね。すいません、エベクレナさま。少しよろしいでしょうか」
「は、はい。なんでしょう」
「あの、少し、相談というか。聞いていただきたいことが、あるんですけど」
「はい……なんでしょう。ええわかってますよ私学習してますよ、こっからクソアマどもについての相談とか普通にありますからね、覚悟完了してますよ、なにがこようともモブ女としては推しの行いをただあるがままに受け容れるのみ……!」
いつものごとく時々何を言っているのかさっぱりわからない言葉をさしはさみながらも、やたらめったら真剣、というよりむしろ悲愴な顔でこちらの言葉を待つ態勢に入ったエベクレナに、ロワの方も改まった気持ちになって口を開く。
「実は……今日、あったことについての話なんですけど」
「……はい」
「エベクレナさまも、俺のことを見てくださっていたそうなので、わかってくださってると思うんですけど。俺、今日、故郷に帰ることになったんです」
「はい……」
「なんていうか、本当、またあそこに戻ることがあるなんて思ってもみなくて。あの国のことを、故郷のことを思い出しただけで、息ができなくなるほど苦しくなって。でもあそこはあまりに遠すぎて、もう戻れることなんてないと思い込んでて。自分は一生ずっとこの苦しさを抱え込んでいくんだって、そう考えてたのに、今日……突然、戻ることができるようになって」
「……はい……」
「なんていうか、衝撃で。自分の人生にはもうどうしようもない過ちしかないような気持ちでいたのに、本当はいつでも取り返しをつけようとすることはできたんだって、言われたみたいで。俺の見捨ててきた人たちに償いをする、そんなできっこないと思っていたことは、もう決意ひとつで可能になることだったんだって……本当に、なんていうか、自分で自分にほとほと呆れ果てるような話なんですけど」
「…………」
「そんなことを気づかせてくれた仲間のみんなや、きっかけを与えてくれたラィアたちには、感謝の言葉もないというか、正直まだ返す気持ちの整理がついてないっていうのが現状なんですけど。相談したいというのは、それとは別のことで……」
「………はい」
「俺のことを見てくださっていたなら、わかると思いますけど。俺は今回、意味のあることなんて、ひとつもできなかったんです。ラィアに対しては見当違いの理屈と思い込みで、一方的に自分の暗い思い出を押しつけるしかできなかった。仲間たちに対しても、あいつらがしてくれたことに、まともに礼のひとつも言えないで……故郷の人たちに対してだって、俺が捨てた人たちにだって、さして意味のない金を一方的に渡しただけで、あの人たちを救うことになんて、まるで少しも、役に立たないで」
「…………」
「俺は、どうすればよかったんでしょう。結局俺は、意味のない自己満足のために、金を無駄に捨てただけだった。仲間たちにも、ラィアにも、ただ迷惑をかけただけだった。しかも自己満足といっても、実際には満足なんてできていない。自分にはなにもできなかった、これだけ時間が経ったというのにまるで進歩していない、あの人たちを助けることになんてまるで少しも役立つことができなかった。そんな自分の無力さを再認識して、また新しい苦しみを背負っただけだ」
「…………」
「じゃあそれなら、俺にはなにができたのか。どんな力があれば、知恵があれば、意味のあるだけの、あの人たちを本当に助けるようなことができたのか。それが……どうしても、わからなくて……、? あの、エベクレナさま? 頭を抱え込んで、どうかされました?」
「いや、あの……思いのほかガチな人生相談が来たので、どうしようこれ、って思ってると申しますか、役に立てる自信がみじんも湧いてこないどうすれば、と困りまくってると申しますか……。すいません私まともな社会人経験もないクソクズゴミ女なので、まっとうな人生の悩みに立ち向かえるだけの、気概も気迫も根性も知性もないダメのダメダメ人間なので、ロワくんの真っ当な、というか全人類で統計取ってもだいぶ厳しい環境にいらっしゃるだろう方のお悩みにお答えできる能力とか、一ミリも存在してなくて……。すいません、私なんぞがロワくんみたいな人を推す資格とか本来はないんですよね、なんかもう真面目にすいません……」
「え!? いやいやあの、エベクレナさまが落ち込む必要少しもないですよ!? 俺が単に情けない奴っていうだけの話で……!」
「いや、言っときますけどロワくんと同じ環境に立たされた人で、今のロワくんみたいにまっとうな人生送れるような人ってフツーいないですからね? 私だったら絶対途中で落伍して死んでます」
「い、いや、そんなことはないでしょ!?」
「いや、真面目に、普通に、正直に。そんな厳しい環境にいながらも、人を責めず憎まず呪わず、むしろ罪悪感すら抱きながら、でも人生を投げ出さずにゾヌまでやってきて冒険者になった、って真面目にすごいことですからね? もうそういう健気でひたむきで苦しい人生の中でも一人ぴゅあっぴゅあな気持ちを持ち続けてくれてる子とか、もう存在が奇跡! 全力全開で推すしかねぇ! って感じなんですけど、ガチの人生相談の時にそんな台詞吐くとか空気が読めてないにもほどありますから聞こえないように言いますけども!」
「い、いや、でもですね! 俺は結局故郷の人たちになにもできなかったわけで……」
「そもそもなにかしてあげる筋合いとかあります? 私からすると、なにかしたい、しなければって思っちゃうロワくんの心の不憫さはめっちゃ推せはするんですけど、一般的に常識的に考えて、ロワくんが故郷の人たち……自分と同じ部族の、『自分をかくまってくれていた』人たちになにかしなくちゃならない必要性とか、義務とか責務とか、一ミリも存在しないと思うんですけど?」
「えっ……」
「だってロワくん、部族が滅ぼされた時五歳で、娼館から放り出された時も十歳だったんでしょ? その上五歳から五年間、もうほとんど極限状況下って環境に耐えさせられてきたわけでしょ? どう考えても庇護されるべき年齢の子供が、周りの大人の感情をぶつけられたりしたのに、誰かを責めることも憎むことも呪うこともせず、必死にその感情をなだめようとしてきたわけでしょ? 私の推し天使か! 知ってたけど! っていう言葉は隠しとくとしても、普通に、真面目に、すっごいいい人の所業じゃありません?」
「いや、でも、俺はなんの役にも立たなかったんですよ。あの人たちの心を楽にすることすらまともにできなくて……」
「いやだから、最初五歳で、その後十歳まで、まともな教育すら受けさせてもらえなかった子供が、周りの大人の役に立つ義務も責任も必要性も、本来全然ないですよね、って話なんですよ。帝国の侵攻で部族滅ぼされて娼館に売られた女の人たちはそりゃ大変だっただろうし気の毒だし女として同情もしますけど、だからってロワくんがひどい扱いを受けたり、重い責任を背負わせられなきゃならない理由なんて、どっこにもないじゃないですか。でしょ?」
「っ………」
顔をしかめ、眉を寄せながらも、目を逸らすことも視線を揺らすこともない、堂々とはっきりと言いたいことを言っているだけ、というエベクレナの表情に、ロワは思わず気圧される。それは、確かに、言葉にすればそういう言い方はできるだろうけれども。だが、自分は、あの時、あの暗い部屋の中でじっと耐えていた五年間、本当に、なにも――
「そーいうことを、ロワくんの部族の人たちもわかってたから、十全にとはいかなくても、『子供を庇護する』って建前が五年間機能し続けてたんじゃないですか? ロワくんがいなくなったあとも、あの子だけーって責める気持ちがそりゃ皆無とはいかなかったでしょうけど、基本的には『あの子だけでも逃げられてよかった』ってほっとした気持ちがメインだったから、今日ロワくんに償いーとか言われて、『えっなに言ってんのこの子?』って反応になったんだと思いますよ」
「っ……」
「だって子供を五年間、暗い部屋に押し込めて、なにも助けてあげることができなかったんですよ。それどころか当たっちゃう仲間だっていたんですよ。そんな環境に子供を押し込めておくとか、普通の良識があるなら嫌でしょ。それこそ普通に死ぬほど。そんなとこから自力で逃げ出した子が、五年後にいきなり大金持ちになって戻ってきて、償いしたいから金払う、とか言われてもとっさに頭働きませんよ。『えっなにこの状況、この子なに言ってんの? っていうかヤクザ連中従えてる? なにそれ怖い』って感じで」
「そ……」
「むしろ金あげる、って言われた時に反射的に手ぇ挙げちゃうくらい、貧乏……っていうか、もらえる金はできる限りもらっておく、っていうスタンスが身にしみついてるってことに私としては感心しましたね。そりゃクッソ貧乏なのは間違いないですけど、なんだかんだでみんな逞しく生きてるな、っていうか」
「…………」
「そりゃもちろん金が喉から手が出るほどほしい、っていう本当に追いつめられたり困窮してる人たちも中にはいると思いますけど。ロワくん、そんな人たちに対するアフターフォローとかも惜しまなかったじゃないですか。お金どどーんと払ってきっちりヤクザ屋さんと絶対に破れない契約交わして、娼婦の人たちの身柄を請け出したり仕事の紹介やらしてもらったりした上、なにくれとなく力になってくれるように、って念押してたじゃないですか。私としては、もう本当にこれ以上ないってくらい、あの人たちを『助けた』って思ってますけど?」
「でっ……でも、あの人たちの貧しさとか、苦しみとかを、本当になんとかすることは、全然……」
「それ、ロワくんがなんとかしなきゃいけないことですか? そりゃあの人たちが困窮した状況にいるのは間違いないですし、ロワくんが今だいぶ金銭的に恵まれてるのも確かでしょうけども……その二つに、本来全然相関関係ないですし、ロワくんが責任負う必要とか、一ミリもないですよね?」
「っ………」
「まぁ人情として、自分が悪いことしてるような気になるのはわからないでもないですけど。でも、ロワくんが現在相当お金持ちなのは、そりゃもちろん幸運とかもありますけど、ロワくんがめちゃくちゃ頑張って、成果を残したからですよね? 娼館から脱出して、四年間……私的に正直その四年間なにがあったのかもうめったくそ気になるわけですが、とりあえずさておいて、その間さんざん苦労して大陸半分横断してゾヌまでやってきて、一年間冒険者として不運に見舞われまくりながらもまっとうに働いてきた上で、邪鬼の封印っていう大きな仕事を果たしたその報酬として得たお金でしょ?」
「それは単に、俺以外の仲間たちが強かっただけで……!」
「いやそりゃヒュノくんたちもめっちゃ頑張りましたけど、ロワくんがいなかったら絶対アレ勝ててないですからね!? 英霊召喚がなかったらたぶんどうにもならなかったし、最後の時も神次元と人次元を繋ぐロワくんがめっちゃ的確に行動してくれなかったらどうなってたことか。一つ間違えたら真面目に全滅してましたよアレ! 能力の高低はさておいて、そういうそれこそ大陸の趨勢に関わりかねない仕事を、ちゃんと完遂して達成してくれた、っていう働きに対して払われたお金でしょ? 恥じる必要とか皆無ですからねガチで! マジで! どう考えても!」
「っ……でも」
「っていうか能力の高低っていうか、能力の種別の問題、って気がしてますけどね、私は。オンリーワンのことができる支援職に、個人戦闘力が仲間たちより低いから、って理由で充分にお金を払わない組織とかそれこそ最低ですよ。幸いにもゾヌの冒険者ギルドの人たちって有能なので、働きにちゃんと見合った報酬で報いてくれた。搾り取るべきお金持ちから、きっちり搾り取って。それはいいことっていうか、すごくまっとうなことじゃないですか?」
「…………」
「そのお金を使って、ロワくんはきちんと故郷の人たちの面倒を見てくれるよう、有力者に依頼した。それはすごく偉いことだし、褒められるべきことだ、って私は思いますよ? だからその……なんていうか……えっと……き、気にすることないんじゃないですかね? ……こんなことしか言えなくて、マジ申し訳ないというか、推しが人生相談してくれてるのにこんな答えしか返せない自分マジ死ねって感じなんですが……」
しゅんとうなだれるエベクレナに、ロワは思わず狼狽して喚くような声を上げてしまった。
「えっ、いえっ、あのっ! そういう……気にしないで、っていうか……助かったっていうか……おっ、俺は、すごく、嬉しかったですからっ!」
「ううぅぅ、いつもながら私の推し天使すぎ……推すしか。一生推すしか。加神音するしかっ! ロワくんを護る推し剣は、私が全力で育てますからね………!」
涙ぐみながらこちらを伏し拝んでくるエベクレナに、ロワとしては身の置き所のない、困りきった顔になるしかなかった。感謝されることなんて、自分は一言も言えていないのに。人生相談には自分は不足すぎる、なんてことを言っていたのに、神の視点からすごく理知的に、整理された指摘をしてくれて、自分の思ってもいなかった見方を教えてくれたのに。
その言葉のすべてを、今ここで受け容れることはできないけれど。エベクレナが心の底から、本当に当たり前に思うことを言ってくれて、そしてそれが自分を助けてくれる言葉で。ロワはうろたえ、驚き、慌てはしたけれども――本当に、エベクレナに感謝したいと、心の底から思ったのに。
まともに感謝の言葉すら言わせてはくれない、いつもながら本当に優しい女神さまに、ロワは心の中で合掌した。せめて想いだけでも、祈りだけでも、この人に伝えることができれば、と。
「……いやあのすいません推しを伏し拝んでいたら心の中で拝み返されたんですが!? 確かに人生相談っぽい形にはなってて自分でもびっくりしましたけど、流れで言いたいことを言ってただけなのに推しにそんな反応されるとか、申し訳なさといたたまれなさで悶えるしかないんですけど!? 確かにそーいうことを思ってはいましたけど、『やたらめったら自分追いつめちゃう系推し大好物ですペロペロ』とか『こんな落ちまくってる推しを今こそ推し剣に慰めてほしいのに! そこでなんでお前が出てくるこのメスガキがぁぁ!』とかも思ってしまった私だというのに………!」




