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人次元では最推しです  作者: 聿八路彰
第八章 女王国の第十七王女
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8-26 交渉

「……つまり、お前らは……俺に、そこの坊主の部族の女どもの消息を聞くために、うちの連中を全員叩きのめしてくれたわけか」


「ま、そうなるかな」


「いやその、ホントすいません申し訳ありません。うちの馬鹿が後先考えずそちらの構成員さんにつっかかっていったせいで……」


「そちらの構成員の方々を叩きのめしたところは、組織外の誰にも見られていませんし、気づかれてもいません。そして傷はすべてきっちり治しました。特に問題はないと思いますが?」


「なんかネテ態度でかくねー? 全員の傷治したの俺なのにさー。っつかさー、じーさんさー、ロワの知りたいこと知ってるっつーんなら早く教えてくんね? 知らねーなら知らねーでいーけど、それならそれで早く言ってよ」


『……………』


 鋭い視線でロワの仲間の不調和な言動を睨み据える、ここの暴力団の元締めであるという老人と、その背後の護衛たち、それに加えてさっきから身の置き所がないという顔で周囲の様子をうかがっているビュセジラゥリオーユ女王国の面々は、揃って無言を返す。その心境は様々だったが、全員ロワの仲間たちに、『このクソガキども……』というような想いを抱いていることは共通していた。確かに、しでかしたことを見てみれば、たまたま得た力に調子に乗って、勝手放題に振る舞っていると思われるのも無理はない、と思う。


 だが、ロワからすると、それはだいぶいまさらの話だった。女神の加護を受ける前からヒュノはわりと頻繁に、その常在戦場精神というか、『面倒になったら斬り殺せばいいや』という思考で問題を起こしてきたし、それにネーツェが頭を痛めながらもなんとかそれを有効利用して話を有利に進めようと試みる(結果、態度が尊大になる)のも、カティフがわりと簡単にヒュノに追従して手を出すのも、そのあとひたすらぺこぺこ頭を下げるのも、ジルディンが仲間のやったことをまるで気にせず自分の言いたいことだけを好き勝手に言うのも、パーティを組んで活動し始めた時からあまり変わってはいない。


 単に今は、その行動を擁護してくれる権力が背後に着いたのと、実力が桁外れになったせいで、ヒュノの『斬り殺せる』という範囲が格段に広がったため、問題の規模が大きくなっただけだ。……いやそれでも充分問題だというのはわかっているのだが、正直ロワもなんとかする方法が思いつかないというか、ヒュノの常在戦場精神にはいざという時に助けられることも多いし、正直力を得てもまるで調子の変わらない(そして変わらないまま問題を起こす)仲間たちに少しほっとした気持ちを抱けてしまうのも確かなので、あまり思いきった手段を取る気になれないのだ。


 それに、実際、今回は話が格段に早くなったのも事実だし。


 そういう身勝手な考え方を、よくないぞと内心で自己批判しながらも、今回だけは甘えさせてもらいたいと願いつつ、ロワはずいっと身を乗り出して頭を下げた。


「この街で、今一番有力な組合である……そして俺がかつて隠れていた娼館の娼婦たちの身柄を引き取った組合であるみなさんの、元締めである方に直接聞くのは、出過ぎた真似だというのは承知しています。ですが……俺には、あまり時間がないんです。こんな風に、俺のわがままのためにこの街を訪れることができるのも、たぶんこれが最初で最後のはず。そしてできるなら、今日中に、それも陽が暮れるまでにカタをつけなくてはならない。なので、無茶は承知で、あなたを頼らせていただきました。どうか……お教え願えないでしょうか。お調べ願えないでしょうか。どうか……お願いします」


 そう真剣に言って、深々と頭を下げる。仲間たち(ヒュノやジルディン)からは、『いつもながら腰の低い奴』みたいな視線が向けられているのが感じ取れたが、別に偉くもなく力の持ち合わせもない奴が大きな態度をできる道理はないし、ものを頼む相手に礼儀正しく頭を下げないなんていうのは喧嘩を売っているようなものだし、それに人に大きな態度を取るというのがそもそもロワの性に合わない。『なにがなんでもそうしなくてはならない』時や、『態度をどうこう言っている余裕がない』時ならばまだしも。この状況で一人だけ礼儀正しく振舞っても意味がない、と言われればその通りではあるのだが。


 そんなロワに向けてふん、と鼻を鳴らしたのち、元締めの老人はしゃがれた声で答えてくれた。


「確かに、『瑠璃の天蓋』の債権を買い取ったのはわしだ」


「え、なに? るり……?」


「問題の娼館のことだろう。無駄口を挟むな」


「だから、そこにいた娼婦どもの行先については、記録を残しておる」


「っ………」


「だが、もう三年も前の話だ。わしの手を離れた女どもが今どうしているか、なんてことは知りようがないし……そもそも、わしに貴様らの要求を聞いてやる義理などない」


「あ、そーなん? じゃあ斬っちまっていいってことか?」


「っ、お前らがその力でどれほど無法を通そうがな! この世の中にはなんとしても譲れん、譲っちゃならん道理がある! たとえお前らが隠蔽しようとも、ガキどもの暴力に負けて使い走りにされるようなことがあっちゃあ、わしの譲れん道理が歪む! そんなことを許しちまえばジニーヨゥビャクンヤンは、ジビャン組は終わりだ! それくらいならここでわしが命を張って、息子どもが跡目をきっちり継いでくれることに賭けた方がましってもんよ!」


「ふーん……いまいちよくわかんねーけど、じゃあしゃあねぇ。斬るか」


「っ……」


「やめろ、ヒュノ。無駄に人殺しをするな。そんなことをすればそれこそお前の剣が穢れるんじゃないのか?」


「や、だって別にこいつら無抵抗でもなんの力もねぇ奴でもねぇだろ。っつか、隙を見せれば全力で殺しにかかってくる奴らじゃん。そんな奴らほっぽっとくなんつー真似しでかす方がおかしくねぇか? きっちり全員息の根止めて、俺たちを殺せねぇようにしとくのがフツーだろ」


「ん、んんん……そういう言い方をされると、少しばかり反論しにくいのも確かだが……」


「……仕事として依頼する、わけにはいきませんか」


「――ほう?」


 ジニーヨゥビャクンヤン元締めの老人が、鋭い視線をロワに向けてくる。その長い人生の中で数えきれないほどの修羅場をくぐってきたであろう老人の、(ロワの感性で称するなら、まっとうな人間としての)威圧感と迫力に、思わずのどが勝手に鳴った。


 だが、ここはロワがなんとかしなければならない場面だ。今回の一件はすべてロワのわがままに基づくものだし、ヒュノに大量殺戮をさせるような真似も、イィデュオカシャタクトでの治安の一角を担う組織に大打撃を与えるようなことも、ロワとしては断じてしたくないのだ。


「俺は、今……たまたま、少しばかり小金を手にしています。その金銭的な余裕のおかげで、過去に見捨てた人たちに、少しでも償いをしたいというわがままを、かなえてもらうことができたんです。だから、あなた方にも……相応のお金を払うことで、仕事として、俺の願いを聞き届けてはいただけませんか」


「……ふん。まぁ、少しは話をする余地はできたな」


 頭を下げるロワを見下ろしながら、老人は鼻を鳴らして冷たく告げる。


「だが、最初からそうして話をされたんならともかくだ。先に手を出してきやがった相手が仕事を頼むってぇんだ。相応にふんだくらせてもらうことになるが、かまわんのかい」


「はい」


「え、なにそれ。なんでヒュノが斬りつけただけでよけいに金取られるわけ!? 殺したわけでもねーのに!?」


「阿呆、黙ってろ。そんなん当たり前だろ、お前だって殴りつけられた相手に依頼されても、条件がよほどおいしいとかでもなきゃ請けたくねぇと思うだろうが。筋と面子にこだわる人ならなおさらだ。……ま、この場合はヒュノがああしなけりゃ、まず話をするってとこまで持ってくのも骨だっただろうけどな」


 老人はロワに向け、ばっと両掌を開いて突きつけ、にやりと口の端を吊り上げてみせる。


「十億ルベトだ。びた一文まからん。それだけきっちり払うっつぅんなら、こっちもその仕事請けてやろうじゃねぇか。今日の日暮れまでに、瑠璃の天蓋の娼婦ども……ついでだ、他の場所に売られたお前の部族の連中の居場所も突き止めてやる。そいつらを呼び寄せて、全員一箇所に集めるとこまで、おまけにつけてやってもいいぜ。さぁ、どうする?」


「わかりました。十億ですね」


『へっ……』


 迫力たっぷりの老人には似つかわしくない、間抜けな声が背後の護衛たちと揃って発せられた。


「い、いや待て。十億だぞ十億。わかっとんのか? 十億ルベトだぞ? 贋金なんぞ出されてもすぐにわかるからな?」


「そんな下手したら極刑受けかねない犯罪なんてやっておきながら生き延びられるほど、俺は有能じゃありません」


 言いながら収納術で袋を取り出し、次々応接机の上に積み上げていく。転移術師たちに報酬を支払うために、現金を百億冒険者ギルドから引き出してきたとかで、袋に入れて保管してあった大量の貨幣を、あらかじめ借りておいたのだ。金を出す立場であるロワが金を渡す方が、少しでも相手の心証をましにできるだろう、ということで。


 一枚百万ルベトの価値があるグヒエアオク金貨が百枚詰まった小袋を、合計十袋積み上げ、袋の口を開けて中を見せる。金の眩しい輝きに、元締めの老人は絶句し、背後の護衛たちも明らかに動揺して目を泳がせる。そこに追い打ちをかけるように説明してみせた。


「これはゾシュキーヌレフ、ゾヌで発行されている一枚百万ルベトの価値があるグヒエアオク金貨です。ただ、これはほとんど記念金貨的な扱いをされているので、ゾヌとの取引ではもう少し高値で交換できると思います。まぁ、この辺で使いにくいということでしたら、普通にゾヌ発行の一万ルベト金貨に切り替えますけど」


「ぞっ……ゾシュキーヌレフ、だとっ!? お前ら、ゾヌから来たってのか!」


「え? じーさんたちわかってなかったの?」


「わかるわけねぇだろ、俺たち誰もそんなこと言ってなかったじゃねぇか」


「あそっか……でも、なんでこんなに驚いてんの?」


「ここからゾヌは、ゾヌの船でも二、三ヶ月はかかる遠地だ。ユディタではそれこそ世界の果て、くらいに遠い土地のように感じられているはず。そんなところから僕たちのような若造が、それもさして薄汚れもしていない格好でやって来るなんて、普通は考えもしないだろう」


「ふーん……ってかさ、金貨にゾヌ発行だとか、そーじゃないとか関係あんの?」


「この辺りの国家が弱国ぞろいだというのを覚えてないのか、お前。貨幣の信用度なんて低いのが当たり前だし、本来その価値を担保すべき貨幣神系列の神殿の検査機構も正常に働いていないから、この周辺の国家の貨幣は、それ以外の国からは本来より値打ちが低い、と扱われるんだよ。だがゾヌ発行の貨幣なら、それこそ大陸中の経済を動かしうる国の貨幣だ、これ以上に信用度のある貨幣なんてない。この周辺の国家どころか、極東地域の国ほぼすべてで本来の価値より高く扱われるはずだ」


「………? 国でお金の価値とか変わんの?」


「まぁ本来そうあるべきじゃないし、幾柱もの貨幣神の神官たちが、大陸中でルベトの価値の均一化にいそしんでいるだろうが、現実的には国力の差でどうしてもある程度の差異は……」


 背後で小声でそんなことをのんきに話している仲間たちをよそに、老人は血相を変えてロワに詰め寄ってくる。


「おいっ、これは本当にゾヌ発行の金貨か!? もしわしらをたばかろうってぇんなら……」


「お疑いでしたら、信用できる貨幣神神官の方に検査してもらってかまいません」


 貨幣をつかさどる神というのは、フェデォンヴァトーラ大陸に貨幣というものが生まれてからは、常に幾柱か有力な信仰ないし神殿が存在し、信者たちは大陸中の貨幣の流通、価値の担保などの、社会的に大きな意味のある仕事を果たしている。そのための技術のひとつが、貨幣神たちが信者に与える真貨術という術法で、金貨銀貨の含有物の割合、その貨幣の発行元はどこか、国際的な経済市場の中でその貨幣にどれだけの価値があるか、などの細かい調査を、認識できる限りの貨幣に一瞬で行うことができる。つまり、贋金も発行元の偽装も、貨幣神の神官には通用しないのだ。


 老人は積み上げた金貨袋とロワの顔をせわしなく幾度も睨みつける。ロワは怖気づきそうになる心に活を入れ、逆にぐいっと身を乗り出した。


「交渉成立。ということで、よろしいですか?」




   *   *   *




 交渉が無事成立してから、三、四(ユジン)ほど経った頃。ロワは、ネーツェとジルディンが協力して作り上げた小規模異空間で、総勢百人ほどにも達する女性たち――ロワ同様に褐色の肌と黒の髪、蒼の瞳を有するウィノジョゥンカの民、ロワと同じ部族の生き残りたちと対峙していた。彼女たちの表情はおおむね困惑と苛立ちに満ちていて、自分たちがなぜこんなところに呼ばれてきたのか、まるでわかっていなさそうな人が大半であるように見える。


 つまり、自分の申し出がどのように受け取られるかも、おおむね想像がつくわけで。


「…………」


 一度深呼吸して、ネーツェにかけてもらった魔術の効果で、階段を上るように空間を上り、他の人々より半(ソネータ)強ほど高い目線になってから、女性たちの方へと向き直る。女性たちの視線が一気にロワの顔に集中し、気圧されそうになるが、心の中で必死に自分を叱咤し、顔を上げたまま女性たちに向かい声を張り上げた。


「みなさん! 俺は、ウィノジョゥンカの民、チュシンとコヒアの息子、ロワです!」


 女性たちの何人かは、驚いたように目を見開き、ロワの顔を見据える。だが大半の女性たちは、やはり意味が分からない、という顔でぼんやりこちらを見ているだけだ。


「俺は、ウィノジョゥンカの巫の血を受け継ぐ者です! 祖母からはウィノジョゥンカの復興を命じられ、かつてはみなさんのうちの何人かから、娼館の中でかくまわれて生きてきました!」


『……………』


「ですが、俺はかつてその責務から逃げ出しました! 何人もの女性たちにかくまわれておきながら、その恩を返すこともなく、自分一人だけ逃げ出したんです!」


『……………』


「今、俺は、遅まきながら、少しでもその償いをしたいと考えています! ウィノジョゥンカの復興については、もはや利よりも害の方が大きくなっていると思いますが、みなさんがそれを望むならばできるだけ対応しますし、それよりも補償の方を望まれるならばそれについても対応しましょう! その行為をもって、みなさんにどうか、俺が責務から逃げ出したことを、ご容赦願いたいと思っています!」


『……………』


 ここまで言っても、ほとんどの女性たちにはまるで反応がない。まるで状況が理解できていない、という顔でこちらを見上げるばかりだ。そしてそうでない女性たちも、ロワに対して敵意も憐憫も、強い感情を向けてくる気配はまるでない。ぶつけられるのはただ、ひたすらに困惑した視線ばかりだ。


 胃の腑にねじれるような痛みを感じながらも、ロワは顔を上げたまま、同じ部族だった女性たちに言い放つ。


「ではまず、ウィノジョゥンカの復興を今でも望まれているという方は、挙手を――手を挙げてください!」


『……………』


 手を挙げる女性は誰もいない。ぐっと拳を握り締め、ロワは次の言葉を放つ。


「それでは、補償を求める方の中で、自分や家族を、どこか別の、豊かな国に連れて行ってもらいたいという方は挙手を――手を挙げてください!」


『……………』


 やはり手を挙げる女性は誰もいない。再度深呼吸をしたのち、ロワは最後の提案を投げかけた。


「それでは、補償を求める方の中で、補償金を――金を払ってもらいたいという方は、挙手を――手を挙げてください!」


『……………!!』


 ばっと、女性たち全員の手が挙げられる。一人残らず、目をぎらつかせて、肉に喰いつく飢えた獣のようにためらいなく。


 もう一度深呼吸をする。わかっていたことだ、知れていたことだ。それを自分のわがままでやろうとしているのだから、自分にできることは最後まで責任をもってやり通す他にない。


「それでは、どれだけの補償金をお支払いするか話し合いの上決めたいと思いますので、ジビャン組の方々の指示に従って、どうか落ち着いて、順番に並んでください!」






「あなたはジビャン組とは別の暴力団に所属する方のご細君、ということで合っていますか? とりあえず生活に不足はない、周囲の人間と比べても収入は平均ぐらい、ということでよろしいですね? はい、それでは百万ルベトで。次の方どうぞ。……あなたはジビャン組系列の娼館に属する娼婦、ということで合っていますか? 身請けしてくれるような人間の当てもない、自分の花代では足抜けできるのがいつになるかもわからない、ということでよろしいですね? はい、それでは足抜けできるだけの代金と、次の仕事をジビャン組の方々にお世話してもらう、ということに加えて三十万ルベトで。次の方どうぞ……」


 百人を超える女性たちと、次から次に面談し、同調術を自分にできる限り鋭敏に働かせて、さらにネーツェに術式制御の補助をしてもらった上で、女性たちの心魂に同調し、素性や心境を感じ取って、あらかじめ定めておいた方則に従い、分類にのっとった金品を支払っていく。金品の受け渡しや女性たちの誘導といった役目は、あらかじめジビャン組の人々に協力を頼んでいた。何人かその際に金貨をちょろまかそうとしていた者たちもいたが、そういうことをやってしまった人間は、同調術でも検出しやすいので、ジビャン組の元締めに報告させてもらっている。


 そんなことを続けること一(ユジン)弱。すべての女性たちに相応の金銭を支払い終え、目の前から女性たちがいなくなったことを確認し、ロワは深く、深くため息をついた。


 それを耳ざとく聞きつけたのか、ロワの背後で立ったまま眠っていた仲間たちが目を開け、口々に声をかけてくる。


「ん……あ、終わったのか? おー、お疲れー」


「んぅー……ねむ。あのさー、いっちいち一人ずつ金渡してくって聞いた時はこれもーすんげー時間かかんじゃねーかって思ったから、術式使って居眠りしてたんだけどさー……実際にやってみるとあんま時間経たねーのな! 術式使う必要なかったって今思った!」


「ま、そこらへんはジビャン組の人らが的確に働いてくれたから、っつぅのも理由だろうけどな。っつか……俺としちゃ、呼ばれてきた女の人らが、なんか全員トシ……っつーかその、あれだ、熟女入ってんのがいっちゃんキツかった……! ロワの年以下に見えるような子供か、熟女かどっちかなんだもんな……! いい感じの年のきれいなお姉さまが皆無とか、どういう娼館なんだよ……!」


「お前はここをどこだと思ってるんだ。この土地柄だぞ? そもそも『清潔で身ぎれいな女性』というものがほとんど存在しないんだ。それに、辛い勤めを続けていれば老けやすくなるのは当たり前だろうが。とにかく……ロワ、お疲れ。とりあえず、お前の気は、すんだのか?」


「どうだろう。……いや、気がすむもすまないもないよな、最初っから俺がいまさらこんなことしたところで、ただの気休めにしかならないってことはわかってたんだし……」


 そう、結局、最初からそういうことだったのだ。自分がいまさらなにをしたところで、気休めにしかならない、おためごかしでしかない、役に立たない善意の押しつけでしかない。


 自分が救いたかったのは、責任を果たしたかった、果たすべきだったのは、あの時自分をかくまって、助けてくれた、そして追いつめられた感情のはけ口として何度も自分にこっそり当たり散らしてきた女性たちだったのだから。あの時自分ができなかったことを、なにもかももう終わってしまってから取り戻そうとしたところで、間抜けで、いまさらの、無駄な行為でしかない。


 今回対面した女性たちの中には、そのロワをかくまってくれた女性たちも何人もいた。だが、その女性たちも、ただの一人として、ロワのことを実感を伴って思い出してくれた人は、ただの一人もいなかった。そういえばそんなこともあったような、とぼんやり思い返した人が少しいたくらいで、全員意識のほぼすべては、ロワからもぎ取れる金がどれだけになるのか、ということに集中していたのだ。


 五年という時間は、あの人たちの中から自分という存在を削ぎ落してしまうには、充分以上だったのだろう。あの人たちにしてみれば、自分は大昔にちょっと一緒に住んでいた子供が成長した、自分とはまるで関係のないどこかの人間にすぎない。知らない、興味のない、どうでもいい相手。単に金をくれるというから少し時間を割いただけの相手。


 自分はいまだに、はっきり覚えているのに。身体に刻み込まれて忘れられはしないのに。あの人たちの振るった掌の痛み、突き飛ばされた衝撃。日々張り詰め荒んでいく部屋の中の空気。小さな部屋の中に閉じ込められ、疑い合い憎み合う眼差しが交わされる中、必死に息をひそめて誰からも見られないことだけを祈る毎日。あの五年間、自分に与えられたのは、得ることができたのは、それがすべてだった。


 いや、すべてではないはずだ、優しくしてくれた人もいたはずだ、そう理性は告げる。けれど記憶は、そんな人たちのこめかみが苛立ちと憎悪に震えていたことばかりを自分の中に突き立てる。恐怖と、苦痛と、ここから逃げたい、逃げ出したいという切実な感情。確かな実感を持って思い出せるのはそんなものばかり。


 そうして本当にあの人たちを捨てて逃げ出して。逃げて逃げて、はるか彼方の土地にまで流れて、またこの土地に戻ってきて得たのは、どうしようもない徒労感。それだけだ。


 ジビャン組の人たちに、今回の仕事の代金とは別に相応の金を渡して、あの女性たちの面倒をできるだけ見てもらう――自力で人生を生きていくことができるように、陰ながら助力をしてもらう約束は取りつけた。神祇術による神前誓約術式(財産を受け継いだ者にも受け継がれる)を使って契約を交わした以上、それを放棄することはできないはずだ。いざという時に自分――というか、ゾシュキーヌレフの冒険者ギルドと連絡が取れるような手段も渡した。今できることはすべてしたと言っていいと思う。


 だが、それがどうした。それがなんになる。そんないまさらな声が頭の中に幾度も響く。わかっていたことだ。いまさら言われるまでもないことだ。五年も経ってから、逃げ出してはるか彼方で女神さまや仲間たち、強い人々に助けられてたまたま得た金をどれだけ使おうと、自分のしたことはなかったことにはならない。


 自分の助けたかった――助けてほしくてたまらなかった、五年あの部屋に閉じ込められていた自分も、それから五年間その記憶から目を逸らし続けていた自分も、いまさら助けるなんてこと、自分にはどうしたって、できないのだから。


「……おい。ロワ。お前――」


 ぐいっと腕を引っ張られて、ロワはよろけた。こんな小さな力で引っ張られてよろけるなんて、曲がりなりにも戦士の修行を積んだ人間として情けなさすぎる、と自嘲しつつも腕を引いた手の主を探し、仰天する。すさまじく険しい顔でロワを睨みながら、十一歳の少女なりの全力の力でロワの腕を引いていたのは、ライシュニディア王女だったのだ。


「え……っと、ライシュニディア、王女……?」


「戻るわよ」


「え?」


「ビュゥユに戻るわよ。そこで、私、あなたに言ってやりたいことが……本当に、山ほど、あるからっ……!」


 渾身の力を込めて言い切り、苛烈な眼差しでロワを睨みつけてくるライシュニディアに、ロワは理屈や力関係などの理性的な判断を無視して、反射的に、『あ、俺殺される』と思ってしまった。

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