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人次元では最推しです  作者: 聿八路彰
第八章 女王国の第十七王女
106/213

8-25 素生

「……あ、話終わった? ならさっさと行こうぜー」


「そうだな、これだけの人数が一箇所に固まっていると、さすがに認識疎外術式の効果も薄れる」


「……もうちょっと待って」


 仲間たちの反応に思わず苦笑しながら、ロワは改めてライシュニディアに向き直る。仲間たちの、ロワの感情など心底どうでもいいという態度は、ロワの気を楽にもするが、苦笑せざるをえない気分にもする。


「ライシュニディア王女。そちらの騎士の方を説得して、俺たちについて歩かせることはできますか?」


 そう囁くと、ライシュニディアも小声で、ただし困ったように「自信はないわ……」と囁き返す。


「キジャがこんな風に固まっているのは、あなたたちを困らせてやろうとしてやっていることじゃなくて、単純に、心底この状況が恐ろしいから、だと思うもの。ビュゥユではありえないような、汚い街並みに、汚らしい住人。それもほとんどがむくつけき、欲望にぎらついた目をした男ばかりで、女性の住人も汚れきった中年や老年の女性ばかりだなんて。ビュゥユとは、あまりに違いすぎる……恐怖で動けなくなってしまうのも、正直わからなくはないわ」


「……なるほど。じゃあやっぱり、術法を使うしかないですね」


「え……」


「ジュディオラン王子。あなたは大丈夫ですか? 歩けます? 俺たちについてこれますか? というか、その恰好でこの街並みを歩くのは、さすがにちょっと大変じゃないですかね?」


 ジュディオランは、イィデュオカシャタクトのごみごみとした街並みの中ですら、ビュセジラゥリオーユで着ていたすそを引きずるようなドレス(と、女性にしか見えないような化粧)から着替えていなかったのだ。普通に歩くだけでもドレスが着れなくなるくらい汚れるのは間違いないだろうし、万一術式が解けたなら、女性と間違えて襲われる、という事態だって当たり前に起こるだろう(まぁその時には自分たちも(汚れていない=金持ち、という理屈で)襲われるのは間違いないだろうし、そもそもライシュニディアとキジャレオーネを襲撃の手から護るのに大わらわになっていることだろうが)。


 だが、ジュディオランは小さく苦笑して、首を振る。


「ビュゥユの男は、女性の前では、こうした女装以外の姿を取ることを許されていないので。ビュゥユの人間としては、法を破るのも気が進みませんし、この格好でいきます。ドレスについては……少々魔力を消耗しますが、汚れないようにする手段は一応ありますから」


「わかりました。では、そちらには術式は不要ですね。……それじゃあ、騎士さん」


「っ………!」


 今にも剣を抜いて斬りかかってきそうな、動揺しきった顔つきでキジャレオーネがこちらを睨む。だが斬りかかってこないということは、一応の理性は残しているのだろう。これは一応話が通じるかもしれない、とわずかに期待しつつ、話を続ける。


「これから俺たちはとりあえずの目的地に向かうんですが。それにあなたはついてこられますか? この街の住人たちの横を、冷静に的確に間合いを取りつつ、騒ぎを起こすようなこともしないで、俺たちのあとについてこられるか、ってことを聞いてるんですけど」


「おっ……男風情がっ……なにを、偉そうにっ……!」


「それなら、ついてこられるってことでいいんですね? 騒ぎを起こしたら容赦なく置いていきますけど?」


「ひっ……、ふ、ふざけるなっ! 私はともかく、王女殿下をこのような街の中に置き去りにするなど……言語道断っ、断固として、許せんっ……!」


 こちらを睨みつけては来るものの、その視線は絶えず千々に乱れ、この上なく狼狽しきっているのが見て取れる。これは無理だな、と最初からわかってはいたことを再認識し、しかたなく(自分の実力で彼女の意思を無視して術式をかけられるのか自信がなかったので、できれば自力でついてきてほしかったのだ)、うつむき加減になって口元を隠しつつ、キジャレオーネに向けて小さく呪文を唱える。


「〝我が祈る声よ風に届け、我らの大地に轟き渡れ、吾と彼を結び繋ぎ、絶えず巡るものの在ることを、我らの大地の背の上で、一足一踏みが連なり在ることを謳え……〟」


「ひ……ひッ!? 足が……勝手に……!」


「俺の術式です。単に、あなたの意志に関係なく、俺たちについてくるよう足を動かしてくれるだけの術式です。非常時なんかに、あなたが自分で足を動かしたいと思えばすぐ解けますよ。ただ、魔力の無駄遣いはしたくないので、自分で騒ぎを起こさずついてくることができないのに術式を解く、なんて真似をされた時には、ジルに頭を下げて、さらに大きな借りを作って、ビュゥユまで強制転移してもらうことになりますけど」


「っ……っ……!」


 キジャレオーネは顔を歪め(怒りに顔を歪めた、というように見せたいのだろうが、恐怖で泣きそうになっているようにしか見えない)、ロワを睨んでくるが、術式に対する抵抗はまるでない。正直、いかにこの術式が操霊術――女神から与えられた、使いこむだけで自然と腕前が上がっていく術法によるものとはいえ、ロワの術法の技術で、抵抗する相手にこの術式を通すのは無理だろうと考えていたので、助かった。


 ライシュニディアにも同じ術式をかけて、ロワのすぐ後ろに二人でついてこさせる形にする。ジュディオランはそのすぐ後ろだ。仲間たちはその三人を取り囲む形を取ってもらう。


 つまり計八人で大きく横に広がりながら、このごみごみした街を通っていかなければならないわけで、これは確かに自分の術式だけでは住人たちに気づかれてしまっていたに違いない。というか、道いっぱいに住人が広がっている場所に差し掛かっても、住人たちに気づかれないまま自然と自分たちのいる場所を避けさせる、なんて効果まで発揮する術式を、術式には基本常に微調整を施していかないとすぐに破綻してしまう、扱いが面倒この上ない魔術という術法でやってのけるというのは、やはりもう常識の範囲外から外れている腕前なのではないだろうか。


 などと考えながらも、ロワは足早に、かつて自分が逃げ出した娼館へと歩を進めた。正直な気持ちを言えば今からでも回れ右して逃げ出したい、というのが本心というか、素直な本音ではあったのだが、ここまで来ていまさらそれは通らないし、なによりロワももうさすがに覚悟を決めた。怖いとか、逃げ出したいとか、今にも泣き喚いて他のことは全部誰かに任せてしまいたい、という想いが素直な本音だとしても、あらゆる意味でそれを口にするわけにはいかない。


 あの娼館の詳しい位置情報についてまで、ロワが熟知しているわけではない。というか、十歳の時に初めてこの街に飛び出したロワだ。それからもこの街にいる間は飢えに耐えるのに必死で、街に詳しいわけでもなんでもなかったので、はっきり言って今自分がどこにいるかもよくわかってはいない。この街に来るまで気づかなかったが、それはごく当たり前の話だ。これまではそんなことを意識する余裕すら失われていただけで。


 ただ、幸いというかなんというか、自分がかつて逃げ出した娼館へどう向かえばたどり着けるか、ということについてははっきりわかっていた。神祇術の中にある数少ない便利系術式のひとつに、『記憶』や『縁』について扱う系統があるのだ。今の自分に使える術式の範囲内でも、なにも考えないで足を進めているだけで、勝手に目的地――『かつて縁が生まれた場所』へと向かってくれるようにする、くらいはできる。


 だから、勝手に進む足がこわくてしかたないのは、目的地にたどり着くのがいやでしかたないのは、本当にいまさらの、弱音でしかないのだろう。


 ――なんてことをずっと足早に歩を進めながらぐだぐだ考えていたロワは、足が止まった時に、懸命に自分を叱咤して顔を上げてから、絶句した。


「―――え」


 そこにあったのは、イィデュオカシャタクトではごくありふれた建物――もはやまともに建っていた頃の姿が想像できないほどぼろぼろに立ち枯れた、廃墟だったからだ。


「……あれ? 廃墟じゃん、ここ。ここが目的地? え、なに、ロワが術式使うの失敗したとか?」


「違う。一応展開される術式の検分はしていたが、ロワの術式制御に誤りはなかった。つまりこれは、ロワの言っていた娼館が、もうとっくのとうになくなってしまっていたってことだろう」


「ふぅん……? それってまずくねーか。ロワはずっと、ここにいた人たちのこと、気にしてたんだろ? また落ち込んだりしちまうんじゃねぇの?」


「お前な、言いてぇことはわかるが、もうちっと言い方考えろよ言い方をよ。ロワが落ち込んだ様子見せなけりゃ内心どんなに苦悶しててもどうでもいい、みたいに聞こえるじゃねぇか。……まぁ、普通に考えて、落ち込みはするんじゃねぇの? 誰もかれもがいなくなったわけじゃないにしてもよ、まともな生活ができなくなった人は、それなりにいるだろうし……まぁ娼館に閉じ込められてる生活がまともか、っつわれるとさすがにうなずけねぇけど……」


「お前の言い方もヒュノと大差ないと思うぞ、はっきり言って」


 さすがに気を使ってか、自分の後ろでぽそぽそとそんなことを話し合う仲間たちに、一瞬ふっと気が抜ける。そうだ、今自分が共に旅をしている連中は、自分がなにを感じ、なにを考えようとも、どうでもいいと言えてしまう奴らなのだ。こいつらに借りを、恩を返したいと思うならば、明確な実利をもぎ取れる仕事をしてみせるしかない。


 数度深呼吸してから、呪文を唱える。


「〝祈る声は風に、想いは大地の根に、人の営みと命脈は天地の狭間に在ると知る。我が祈りよ、願いよ、刻まれ積み重ねられし記憶を背負え。いと深き深淵より追憶され続ける呪いを謳え。始原より終焉まで連なる理によりて、天地に結び続けられし心のひとひらをここに顕わしたまわんことを、伏して希い奉る……〟」


 これも神祇術のひとつ、場に染みついた記憶を感じ取る術式だ。記憶探査の精度は低い、というかそもそもが場に染みついた怨念などを浄化する前段階として、苦痛や憎悪や呪詛などを術者の心身に受け取らせる(そしてそのあと丸ごと浄化する)ための術式なので、実際にあったことを正確に調査するというよりは、その場で起こった強烈な感情と記憶に共感『させられる』ための術式、という方が近い。


 無駄な苦痛を味わうことになるかもしれない、というかそれ以外の可能性が思い浮かばないが、神祇術による追跡のためにも記憶を追体験して『縁』を強化しておくことは必要だ。それに、かつて見捨てた人々の苦痛の記憶を受け取るのは、罪を償おうと思うならばそれこそ最低限の義務だろう。


 恐怖に早鐘を打つ心臓を無理やり叩きのめしながら、死力を振り絞って口を動かし、呪文を唱える。これはなにがなんでも、なんとしても絶対に、行わねばならない義務なのだ。そう自分の惰弱な心に鞭を入れ、懸命に心身の状態を整えて、記憶を受け取る――


 ――や、ロワは思わずぱかっ、と、口を開けてしまった。


「……おいロワ、なんかわかったのか、行先とか。ならさくっと先頭に立って案内してくんね?」


「あ、あぁ、うん……」


 生返事を返しつつも、言われた通りに先頭に立ってまた歩き始める。場の記憶は読めた、縁の繋がりは強化できたし、これからどこに行けばいいかも感得することはできたので、それは難しいことではなかった、のだが。


 歩きながらも、ロワは困惑し、内心考え込んでしまっていた。さっきの一瞬を大きく引き伸ばされた時間の中で、感じ取り追体験した記憶の中で、垣間見た人々――ロワが罪を償うべき、自分がかつて見捨てた同じ部族の女性たちから感じ取れた感情の中には、間違いなく、喜びや楽しみといった感情も含まれていたのだ。


 もちろん、どこまでいっても苦痛しか存在しない人生というのは、どれだけ不幸であってもまれな代物で、苦痛にまみれていても時々はなにかを楽しんだり、嬉しがったりすることもあるのが当然だろう。ごく当たり前の話だ。この娼館に囚われていた女性たちが、時には笑顔を浮かべることもあったとしても、少しもおかしなことではない。


 ただ、その事実を、ごく当たり前のことである認識を、ロワがこれまでまるで持ちえなかったことが――その認識を持った今でも、記憶の中の女性たちの笑顔をまるで思い出せないという事実が、ひどく、腹の底を冷やしたのだ。




   *   *   *




「……ここ? 目的地って」


「娼館……じゃ、ねぇよな。こりゃ……事務所、っつぅか……ギルドかなんかの、組織の根城、みてぇな感じに見えるぜ」


「イィデュオカシャタクトで、今一番幅を利かせている暴力団の根城だよ」


 端的に告げて、ロワは少し離れたところから様子をうかがう。向こうの組織構造がどうなっているのか、とか自分の知りたいことを知っているのが誰なのか、とかはロワはさっぱりわからないので、それなりに慎重に話を持ちかけなければならないだろう。というか、ロワは犯罪組織との交渉なんてこれが初めてなのだから、なにをどうすればいいのかはっきり言ってまるでわからない。


 一瞬でも隙を見せれば食いついてくる、飢えたサメのような連中だというのは想像できるのだが、そんな奴らを相手にできるだけこちらの損にならず、他人にも迷惑をかけないように話を進めるにはどうすればいいものか。正直、ゾヌの冒険者ギルドの人を連れてきて見本を見せてほしいくらいなのだが、いまさらそんなことを言い出すのは他人にも仲間にも迷惑なことだろうし――


 などと考えている最中、おもむろに前に進み出た人影があった。


 ヒュノだ。いつも通りの平然とした足取りで、暴力団の根城の前、見張りらしいチンピラたちのいる方へと歩き出す。


「……へっ?」


 思わず漏れてしまった声を無視して、ヒュノはロワが呆然としている間に、チンピラたちがたむろしているところにたどり着いてしまった。とたん顔をしかめ、いっせいにねめつけてくるチンピラたちに、ヒュノはごくあっさりとした口調で言う。


「あのさ、ここで一番偉い人と会わせてくんねぇかな?」


「あぁ? っンだテメェ」


「ここどこだと思ってんだ、舐めてんのか、あァ?」


「バラされたくなきゃとっとと失せな」


「いや、あんたたちじゃ俺は殺せないだろ。会わせてくれないってんなら、押し通るけど、いいのか?」


『あァ!?』


「ッざけんなコラァ!」


「死なすぞテメェ!」


 喚きながらもチンピラたちは素早くヒュノの周りを取り囲み、腰のナイフを抜く。ここまで思わずぼうっと傍観してしまっていたロワは、慌ててヒュノたちのところに駆け寄りかける、が。


 一閃。目にも止まらぬ速さで刃がひらめく光が、一瞬かろうじて瞳に映る。直後に、ヒュノを取り囲んでいた男たちは、次々地面に倒れ伏した。もはや意識もない様子で、ときおりぴくぴくうごめく程度しか、生きている様子が確認できない。


 そんな倒れた男たちの真ん中で、ヒュノはいつものごくあっさりとした顔と声で、こちらに呼びかけてきた。


「なー、とっとと先行こうぜ。ここで一番偉い奴ってーんなら、やっぱり一番奥にいるんだろ?」


「お……っっまえ、なぁっ!」


 ネーツェが血相を変えて駆け寄り、ぱしーんとヒュノの頭を叩く。鍛生術で身体の構造そのものが丈夫になっているせいか、ヒュノはまるで痛そうな様子を見せず、叩いたネーツェの方が『痛いぃぃ!』と思っていそうな顔をしていたが、それでもネーツェはほとんどヒュノの胸ぐらをつかみそうな勢いでまくしたてる。


「強行突破するというんならな、やり方を考えろやり方を! 唐突に現れた僕たちが、野放図に力を振るって、この街で一番幅を利かせている暴力団を叩きのめしたらどうなると思う!」


「いや、そんなん知らねぇよ。こっちにはこっちの都合があんだから、そんなことまで気にしてられなくね?」


「こんの、バカっ! 本当にこのバカっ! 気にしてられない状況だっていうんならともかく、今は別にそんなに切羽詰まった状況じゃなかっただろうが! それなら周りの都合もちゃんと気にしろっ、冒険者としての義務だぞっ!」


「……ふーん、義務なのか……じゃ、まぁしょうがねぇな。これから少しは気にするようにするわ。余裕がある時は」


「ぬぐっ……む、ぬ……」


 いつもちゃんと気にしろ、と言いたいけれど、いざという時、本当に周りのことを気にしている余裕がない時、というものの見極めはヒュノの方がはるかに達者なのはわかっているので、しぶしぶ一度言いたいことを呑み込んだ、という感じの顔になるネーツェ。だが完全に黙り込むことはなく、きっとヒュノを睨みつけてさっきの勢いを取り戻し言い立てる。


「とにかくな! 余裕があるなら、特に人間と斬った張ったしようという時には、僕が一緒にいるならきちんと確認を取れ! 細かい状況の判断とか、問題にならないよう状況に小細工をするとか、いくらでも手の打ちようはあるんだから!」


「ふーん? なら別に今回も問題ねぇんじゃねーの? いくらでも手ぇ打てるんだろ?」


「お前の反射速度に僕がついていけるわけがないだろう! さっきから慌てて小細工をしてはいるが、小細工なんてものは準備期間なしにぶっつけでできるようなものじゃないんだ、本来は! 僕の力量じゃどうしたって、いくつも不備が出てくるんだよ!」


「ふーん……そういうもんなのか。そりゃ悪かったな」


「まったくだ、反省をしろ反省を! というかだな、どんな状況だろうととりあえず敵を倒せばなんとかなる、というその常在戦場精神の発揮しどころをもっとちゃんと考えろ! そりゃなんとかはなるかもしれないが、周りに死ぬほど迷惑がかかる時も多いんだからな!」


「周りって?」


「ゾヌをはじめとした、冒険者ギルドの職員の人たちや、僕たちを含めた他の冒険者たちだよ! 冒険者が無法者同様に、いつでもこちらに攻撃を仕掛けてきうる存在だ、ってことが知れ渡ると、そういう人たちの仕事がめちゃくちゃやりにくくなるだろうが!」


「へぇ……そうなのか」


「それにだな、それなりの腕を持つ冒険者が、街の勢力争いだのなんだのに介入したり、引き起こすのはめちゃくちゃ迷惑な話なんだよ! 街に根を据えて問題を解決する気がない奴ならなおさらだ!」


「街の勢力争い? っつーと……」


「この暴力団の根城を強行突破して元締めに無理やり面会する、それはお前の腕なら楽にできるんだろうけどな、そんなことをしたらこの暴力団が死ぬほど舐められるだろうが! 幅を利かせているのにあっさりやられた、情けない、そんな奴らなら楽に勝てる、なんて思う奴が大量に出てくるだろうが! そんな勢力争いを無駄に起こして、解決する気もない、そういう奴が冒険者だって知られると、さっき言ったような人たちの仕事がやっぱりめちゃくちゃやりにくくなるし、なにより無駄に人が死ぬだろうが!」


「あー……まぁ、そうなるか」


「そうなるんだよ! そんなしょうもない問題を起こさないために、切羽詰まった状況じゃないならことを起こす時は僕に確認を取れ、って言ってるんだ。わかったか!」


「あー、うん、まぁわかった。悪かったな、ネテ。手ぇかけさせちまってよ」


「……今後ちゃんと気をつけるっていうんなら、今回は許してやる」


「おう、ありがとよ」


「……平打ちかなにかで、血は出ていないとはいえ……突然人を斬り倒した相手に対して、『それは悪いことだ』っていう叱責が、まるでないのね……」


 思わずといったように、ライシュニディアが漏らした言葉に、ロワは思わず深々と息をつきながら力なく答える。


「ヒュノには通じない、って思ったからじゃないですかね……ヒュノ、あの剣士は、うちのパーティの中では腕も才能もぶっちぎりに高いけど……なんていうか、常人とは感覚がまるで違うし、その感覚を修正しよう、っていう気もまるでない奴ですから……一般的な善悪とは、違うところに生きてる奴、というか……」


 そんないろんな意味でとんでもない奴が自分の人生に関わってくることになろうとは、それどころか一緒にパーティを組むことになろうとは、この国にいた頃もそのあと流れた先でも、まるで考えたことはなかったが。


 ともあれ、とりあえず聞くべきことはさっさと聞いておこうと、足早に近づき囁きかける。


「ヒュノ。なにかあったのか? お前、普段はたとえ『こいつをいつでも斬り殺せる』って態勢崩さないにしろ、実際に剣振るうことなんてめったにないだろ。普通の人間の社会生活の範囲内じゃ、お前『剣を振るう必要がある』なんて、まず感じたりなんかしないじゃないか。なにかよっぽど気になることでも……」


「や、単になんかお前がどうすりゃいいのかわかんねぇみたいだったからよ」


「へっ……?」


「同調術のせいなのか? なんか、お前の思ってることっつーか、『感じ』が、すげーしっくり『腑に落ち』てよ。なんとか話を聞きたいけど、どうすればいいのかわかんねぇ、ってうんうん悩んでるみてーだったからよ。また悩まれるのもめんどくせぇし、さくっと手ぇ貸してさっさと話進めっかー、って思っただけだけど?」


「え、いや、えぇ……」


 つまり、自分の感情をヒュノが感じ取った、ということになるわけだが。確かに、原理的には、ロワが常時発動させている同調術の術式は、相手の心と自分の心の波長を合わせる代物なわけだから、相手の方がロワの心を感じ取っても、決しておかしくはないのだが。


 それはあくまで原理的には、であるというか。ロワはその術式を発動させる時には、心を『どんな波長にも感応しやすい』という状態で保持する術式をあらかじめかけてある。そうすることで合う人会う人、誰も彼もの心に同調し、感じ取ることができるようにしているわけだ。


 つまり、自分の心の波長は常時周囲の人間の心に影響されて乱高下しているようなものなのに、その自分の心に同調するとは。ヒュノの性格からしてまずありえない、術式関係なしに『相手の心を汲んだ』という可能性の方がまだありそうな気がするのだが。いやヒュノの性格からして本当にありえない気しかしないのだが。


 ヒュノの保有する術法になにかそんな事態を起こしうるものがあるのか、あとでネテに聞いてみよう、とロワが内心考えていると、暴力団の根城の中から荒々しい足音が聞こえてきた。


「……おかわりがきたみてーだけど。どーすんだ? やっていいのか、俺?」


「――ジル。お前に捉えられる全員に、きっちり術式をかけてあるか?」


「ったりめーじゃん、忘却の風なんて浄化術でもわりと初歩だもん、いくつか数える間の記憶を忘れさせるぐらいなら、この街全部にだってフツーにかけられるよ。けど、俺が捉えてない奴にはかけらんねーからな! っつか、ヒュノがやったとこ見てたかもしんねー奴を探るの、ネテはやんなくていーわけ? いっつも俺がやったあとでネテもやって、両方の結果つき合わせてんじゃん」


「今回は僕もやることがあるんだ、時間がない、お前に任せる。少なくとも僕がやるよりははるかに正確だ。――ならとりあえず、問題はないな。『小細工』はすんだ、好きなだけ暴れろ。……いやだけど、好きなだけって言っても限度はあるからな!? 建物を壊すとか通りにあるもの全部ぶった斬るとかされたらどうしようもないからな!? あと人死には出すなよ!?」


「手加減のしかたくらい知ってるって、昨日今日剣握ったガキじゃねーんだ。カティ、お前もつきあえよ」


「……ま、お前ばっかりに任せとくわけにもいかねぇか。人が多い方が早く終わるだろうしな」


「そうそう、俺が力加減間違えても、カティがそばにいりゃちゃんと防いでくれっだろうしな」


「いやお前ふざけんなよ、お前の力加減間違えた剣閃俺に受け止めろって!? 俺の方が死ぬわかなり本気で!」


「てめぇらどこのモンだ、あぁァ!?」


「じゃ、カティ右な。俺が左ってことで」


「待てやてめぇ真面目にあとできっちり話するからな覚えとけよ!」


 いつものように軽口を交わしつつ、自分たちのパーティの前衛陣は、群れを成し刃物を抜いた破落戸たちに、なんの気負いもなく、かつすさまじい勢いで襲いかかった。

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