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人次元では最推しです  作者: 聿八路彰
第八章 女王国の第十七王女
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8-22 提案

「それは――それは、本末転倒じゃないの?」


 必死に頭脳を回転させて、ロワの提案を検討している顔で、ライシュニディアは懸命に言い返す。ロワの言葉に心が揺らいでいるのは明らかだが、ずっと突っ張って生きてきたせいか、一方的に言われたことには反駁する、というのがもはや習い性になっているのだろう。


「私は、この国と離れるために、この国と縁を切るために留学しようとしているのよ。それなのに、最終的にこの国の官僚になるなんていうのは……」


「『最終的に』とは一言も言ってないでしょう。『一時的に』って言ったはずです。具体的に言うと、月々請求した教育費を返済して、返し終わるまで、ぐらいの期間ですね。まぁ金額の多寡は交渉次第だと思いますけど。ともあれ、あなたが頑張って勉強して、官僚として優秀になればなるほどその期間は短くなる。この国で働くこと自体あなたにとっては嫌なことなんだろうとは思いますけど、最高が望めないんだったら次善の策をとるしかない。いやいやでも渋々でも年季を勤め上げれば、あなたは誰はばかることなく自由の身になれる。そういうやり方もあると思うんですけど、どうですか?」


「ど、どう、って……」


 ライシュニディアは忙しなく周りを見回す。思ってもいなかった言葉に戸惑い、動揺しているのだ。それでもやがて決死の形相でこちらを睨み据え、重く鋭い声で、けれどどこかすがるように問うてくる。


「……本当に、そんな提案が、通せるの?」


「俺は勝算は低くない、と思ってます。俺がお会いした時に知った限りでは、女王陛下の性格は、国政に関することでは実利一辺倒です。矜持や名誉欲なんてものは、あの方にとっては些事にすぎない。国家の役に立つ有能な人材を一定期間でも確保できるなら、それが実の娘だろうと誰だろうと相応の金を出すくらいはするでしょう。まぁ、隙を見せればその『一定期間』をできる限り長期間にしようとしたりはするでしょうが……そこらへんも交渉次第ではあるでしょうね」


「…………」


「どうします? もちろんこれはただの提案ですから、受諾するも拒否するも、あなたの心ひとつで決めていいことですけど……今すぐ提案に乗るっていうなら、少しは手助けできますよ」


「手助け……?」


「まぁ交渉の手伝い、ぐらいですけど。女王陛下がなにを求めているか、ぐらいは理解できてると思うので。ある程度の手助けにはなるかな、と」


「……なんで、そんなことを。あなたにはそんな義理、どこにもないはずでしょう?」


「え? なんでですか。俺にはむしろ、そうしなきゃいけない義務があると思うんですけど?」


 驚いて言い返すと、ライシュニディアも驚いた、というか呆気にとられた顔でさらに言い返す。彼女にとっては、本当に自分の言い草が予想外だったのだとわかった。


「なんでそうなるの? あなたが私に義務感を抱かなきゃいけない理由がある? あなたと私は別になにか関係があるわけじゃないし……それに、あなたは……私が、嫌いでしょう?」


「嫌いというか、腹を立ててはいましたね。でも、だからこそでしょう?」


「……どういう意味?」


「俺は、あなたに筋違いな怒りを抱いていた。筋違いというのが言いすぎだとしても、あなたの言動には情状酌量の余地があった。それなのに全力で、成人した人間が十一歳の少女を責め立てるというのはよろしくない、やりすぎだ、と思うくらいの良識は俺にだってある。だからその償いのために、俺にできることがあるならやろうとするっていうのは、別におかしくないと思いますけど?」


「………でも………」


「もちろん、あなたがいやだと、俺にはかかわってほしくないと思うなら手は出しませんけど。少なくとも、今あなたの周りにいる人間の中で、一番物怖じせずに女王陛下と交渉できるのは、俺だと思うんです。他の人たちはどうしたって、自国の優秀な女王陛下、国家財政を借金経営から脱出させた御方ともなれば腰が引けるでしょう。そもそも自分を雇用して給料を払ってくれる、雇い主が女王陛下だって人が大半でしょうし。それなり以上には役に立てるんじゃないかと思うんですが、どうでしょう?」


「っ………」


 ライシュニディアは困惑し、眉を寄せ、必死になにかを考えている顔で、口元に指を押し当てるようにして黙り込む。ロワもそれ以上急かすようなことはせず、ライシュニディアの対面で黙って結論が出るのを待つ。優雅な女装姿で口元を扇で隠しているジュディオランも、ライシュニディアの背後でうろたえまごつきながら泣きそうな顔でライシュニディアを見つめる女騎士も、ライシュニディアを見つめながら待ちの姿勢を整えた。


 応接間に沈黙が降りること数短刻(ナキャン)、ライシュニディアが顔を上げては下げ、上げては下げ、という仕草をくり返し始めた頃――


 唐突に、空気がはじけた。どさどさどさっ、と荒っぽく何かが積み上げられる音がして、応接間の静謐で上品な空気に一瞬で汗くさく埃くさい、下層階級に属する男たちの――ロワと同じ男たちの気配が満ちる。


「……ぐべっ……、おいジルっ、お前転移術完全にモノにしたとか抜かしといて、なんだよこりゃっ! なんで立ったまま転移したのに俺がお前らの下敷きになってんだっ!」


「え、いや知らねーよ俺がなんかやったんじゃねーし! 俺のせいじゃねーし! ……あれ、ホントなんでなんだろ、おっかしーなー……」


「……僕たちの位置関係を、きちんと認識していなかったせいで、転移の際に座標にズレが生じたんだろう……未熟な転移術者には、ありがちな失敗だ……魔術だったらまず間違いなく、息もできないほどのはるか上空や、物体が存在する座標に転移して、全滅してるところだな……と、いうか、いい加減降りろ! 重いっ……」


「あ、わりわり。さすがにネテが二人分かつぐのは無理あるよなー、どっちも鎧着けてるし。一番下がカティでまだよかったってとこか」


 いつものようにわいわいと騒がしくわめきながら、四人の男たち――自分のパーティメンバーが、自分の目の前で態勢を整えていくのを見つめ、ロワは思わず呟いていた。


「………なんで、いるんだ?」


 その小さな呟きをしっかり聞きとがめ、仲間たちは自分の方を向いて怪訝な顔をする。


「なんで、って……なにが? なんのこと?」


「……ああ、授業が終わる頃に帰ってくるって言ったのにってことか。あれは単に、どれだけ時機が悪かろうとも、それだけ時間があればたぶんなんとか目的地にたどり着けるだろう、って目算の上での話だ。今回はそこそこ早く、目的地に向かう術者がちゃんと見つかったからな」


「あれをちゃんと見つかったって言うかぁ? 途中で何度か街と街の間を全速力で走り抜ける、みてぇなことやらされたじゃねぇか。まぁそこまで距離離れてなかったから、まだしもだったけどよ」


「っつぅか、俺は帰ってくるのをジルの術式一回で済ませよう、って腹だってことを知った時の方が驚いたけどな。それまでずっと何人もの術者の人らに頼ってきたってのに、帰りはジル一人でなんとかできるって当然みてーに思い込んでるってーのはちっと引いた」


「あー、だよな。ネテって時々、ジルの才能に嫉妬しまくってるせいで、ジルにとんでもねぇ無茶振りとか当然みてぇにしてくるよな。まぁ同じ術法使いとして実力わかってるっつぅ自負もあんだろうけどよ、それに巻き込まれる俺らのことまるで考えてねぇっつぅのはどうかと思うんだ。どうよネテ?」


「っ、僕はジルならできると思ったし、実際にこいつはやってみせただろう!? なにが悪いっていうんだ」


「えー、確かにそりゃそーだけどさー……しょっぱなに一人で補助なしで転移してみてさぁ、なんか意味わかんねー場所に一人で飛んでってすんげー大変なことになったっつー時にさー、ちょっとくらいは手加減してやろう、みたいに考えてくれてもよくねー?」


 わいわい喋りながら、どんどん話がズレていく、あまりにいつも通りすぎる仲間たち――その前で幾度か咳払いをして無視された(というか気づかれなかったか、その仕草の意味を理解されなかった)ジュディオランが、とうとうしびれを切らして、パンと掌に扇を叩きつけ、大きな音を立てて注目を集めたのち、零下の声で告げた。


「それで? あなた方は、ビュセジラゥリオーユ女王国王女の授業の真っ最中に、なんの御用でわざわざ転移しておいでになったのですか?」


「えっ……あ、いや、すいません、その」


「いやいやいやそのっ、別に大したことじゃねぇっつぅか、ホントどうでもいいことなんすけどね!? あなたのような人が気にするこっちゃねぇっつぅか、ご迷惑かけてマジ恐縮なんすけどっ!」


「その授業っつーか、王女さまに家庭教師やるってロワが言い出したのが、なんか昔のヤな思い出のせいらしかったからさ。それなんとかしたら、もーそんなめんどくせーこと言い出したりしないよーにできっかなーって」


「………え?」


 ロワがぽかん、と口を開けたところに、ヒュノがさらりととどめの一言を加える。


「要するにさ、ロワが見捨てたっつー故郷の人らを、今から助けにいかねーか、って話さ」


「――――っ!!」

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