8-20 昼食
ライシュニディアはえんえんと、ロワと一緒にじっと黙って道を眺めていたが、お昼近くになってお腹が減ってきたので、心底嫌そうな顔をしながら渋々とジュディオランの屋敷に帰った。たいていの場合、家出した子供が家に帰るのは、空腹をはじめとする現実に負けたのが原因だ、という理説に従うことになったわけだ。
そこでほっとして涙目になっている女騎士に出迎えられ、王宮に昼食が準備されておりますとジュディオランに連れられて王宮へ戻っていった。とりあえず、昼食休憩を長めに取るという形で、二十一刻から授業を再開すると言い渡してある。
それまでに、この先の授業をどうするか、考え直さなくてはならない。
応接室のふかふかしたソファに座って考える。自分の果たすべき義務と、それを現実に施行する際の問題点について。
こんなことをする羽目になったのはこれが初めてなので、当然ながら起きた問題に対処する経験もこれが初めてだ。娼婦を軽蔑し、彼女たちに払われるはずだった金を奪い取ってよしとする、ライシュニディアに対する強烈な反発という強迫的な衝動に従って、勢いのままに後先考えず突っ込んでいった結果現在に至るわけだが。
ライシュニディアに対し、強迫的な『授業』を行いたい、行わなければ、という感情はほぼなくなっている。ライシュニディアの事情を話してもらった上で、彼女に謝られたのだ。自分の中の強迫観念もそれで落ち着いてくれた。これで落ち着かなかったらなにをしろと、という話だが。
だが、今度は逆に、ライシュニディアに償いたい、という気持ちが湧いてきてしまっている。ライシュニディアの事情を知って、環境を知って、彼女の言動にロワにとっても『あんなことを言うのも無理はない』と思える理由があったのを知って。それなのに自分の衝動のままに感情を押しつけてしまったことを後悔し始めているのだ。
自分でもなにを掌を返したようにと思うのだが、ライシュニディアに『償いをしなくてはならない』という想いに、さっきまでライシュニディアに向けていた『償わせなくてはならない』という衝動が、そのままの重みと熱量を保ちながら横滑りしてしまったような感覚だった。我がことながらこんな勢い任せの強迫観念にがんじがらめになっている自分に呆れるが、自分が抱えているこの手の強迫観念には、自分がこれまで送ってきた人生の重みが詰まっている。
この想いを裏切ることは、自分がこれまで見捨ててきた人々に、さらに唾を吐きかけることだ――という、現実的に考えればさして意味のない理屈。だが、これまでの人生で、ずっといろんな人を見捨てて生き延びてきた自分には、たとえようもなく心を重くする鎖だ。
何度人を裏切っても、見捨ててきても、自分は別に裏切りに慣れているわけじゃない。何度も裏切って、見捨てて、そのたびに自分なんて死ねばいいと悶え苦しんできたからこそ、裏切るという行為は考えただけで震えが走る。
正しいか正しくないか、という問題ではなく、ロワが苦しいか苦しくないか、なのだ。あんな苦しい思いをもうしたくないから、さらに新しい人を裏切るのも、かつて裏切った人にさらに唾を吐きかけるのも、勘弁してほしい。それを強要してくる相手は敵だ。全力で攻撃し、自身の行為を謝罪させなければ、苦痛への恐怖で息もできなくなってしまう。
自分は、そういう理屈でライシュニディアを攻撃したわけだ。こうして改めて言葉にして考えてみると、この上なく自己中心的な動機で理屈としか言いようがない。そんな理屈を十一歳の子供相手に振りかざす、自分の心根の醜さにため息が出るが、自分がどれだけ悲嘆にくれたところで、これまで裏切ってきた人々も、今現在迷惑をかけたライシュニディアも、誰も得をしないのだ。それならせめて、自身の強迫的な衝動に従って、彼女にせいぜい償いをすることを考えた方がマシというものだろう。
こんなことを考えるのは久しぶりだな、と小さく嘆息する。ゾヌにやってきて冒険者になって、仲間たちとパーティを組んで底辺冒険者を始めてからは、こんなことを考える余裕はなかった。
というか、裏切るだなんだ、ということを考える隙がなかった、といえるのかもしれない。少なくともこれまでの冒険の中では、ロワはロワなりに戦力として当てにされていた。ロワも一緒になって死に物狂いで戦わなければ、どうしたって状況が打開できない、という展開ばかりだったのだ。ゾシュキーヌレフで始まった邪鬼騒動も含めて。
それ以外に生き延びる道も、救われる道もない以上、自分の中の裏切りの虫が蠢く道理もない。全力で仲間を助けて戦う以外に動きようがない。そういう意味では、自分はこれまでずいぶん楽をさせてもらってきたわけだ。
「………これから先は、どうなるかわかったもんじゃないけど」
呟いてから、ほとんど物理的な吐き気を覚えて口元を押さえる。そう、確かにこれから先、自分が戦力として当てにされる場面ばかりが巡ってくるとは、とうてい思えない。自分の仲間たちは現時点でも、自分とは戦力的に隔絶しているのだ。一緒に冒険を続けること自体無理があるということは、誰より心底理解しているつもりではある。
だから自分がまた裏切るような状況が、『自分は必要不可欠な存在ではない』という言葉を免罪符に、生き延びるため仲間を見捨てるという行為が選択肢に入る状況が訪れる可能性は充分にある、という思考はある意味当たり前の理屈ではあるだろう。
だが、頭の中でそんな言葉を閃かせただけで、状況を想像しただけで、全身が拒否反応を起こした。自身に対する嫌悪、苦痛、後悔、そんなもろもろの感情が入り混じって、身体の方が先に音を上げている。
自分は本当に、なにをやっているんだか、と心底情けない思いで、できるだけゆっくり呼吸を整える。――こんな風に自分の衝動に振り回される奴が女神エベクレナの加護を受けるようなことにならなくて、本当によかった。それだけは、自分を褒めてやれる。
「………なにを考えているのか知らないけれど」
そう声をかけられて初めて、部屋着に着替えたジュディオランが自分のすぐ前に立っていることに気づく。ずっと顔をうつむけていたとはいえ、現役冒険者とは思えないほどの勘の鈍さだ。
「とりあえず、昼食を食べてくれないかな。君が客人扱いである以上、僕が先に一人で食べ始めるわけにもいかないんでね」
* * *
いつも同様、やや冷めた(ゾシュキーヌレフ同様、ビュセジラゥリオーユも気候的には亜熱帯に属するため、萌芽節の終わりという今の時季ではむしろその方が食べやすいくらいだったが)くず肉とくず野菜のスープとパン、それにチーズという組み合わせを、しばし黙々と口に運び、咀嚼する。ジュディオランには聞きたいことがいくつかあったのだが、それをどう切り出せば怒らせずにすむか、というのがなかなか思いつけなかったのだ。
が、考え考え食べ進めるロワよりも、だいぶ早く食べ終えたジュディオランは、食後のお茶を飲みつつロワに直截に切り出した。
「それで? 君は、これからラィアにどんな授業をしていくつもりなんだい?」
ロワは一瞬、ぽかんと口を開けてしまった。手の中の匙が滑って、がちゃりと耳障りな音を立てる。
「……相談に乗ってくれるんですか」
「曲がりなりにも妹の教師が、まともに授業を進められないようではさすがに、保護者役として口を挟まないわけにもね。というか疑問だったのだけど、君は三日刻でラィアへの授業を終えられると自信満々だったようだけど、あれにはどういう根拠があったんだい」
「ああ……あれは単純に、俺のできるやり方じゃ、三日刻で駄目だったらどれだけ時間をかけてもだめだろう、って思っただけですよ。長々時間をかけて仲間に迷惑をかけるのも避けたかったし」
「あれだけ女王陛下に大口を叩いておいてかい? あれだけ国家元首に言いたい放題言っておきながら、やっぱりだめでしたすいません、で許されると?」
「別に許されるとは思ってません。普通に殺される気でいましたよ、その時は」
ロワが素直にそう答えると、ジュディオランは軽く眉を寄せた。
「本気で言っているのかい? まさか、自分が死刑に処される前に仲間の助けが来ることを当てにしている? それとも、いざとなれば自分にはゾシュキーヌレフが背後についているとでも? どちらにせよ、そんな風に無駄に命を投げ捨てるより前に、まず殺されないよう用心深く振舞うべきだ、とは考えないのかい? 僕の常識では、どんな世界の住人にしろ、そんな心得は一般常識以前の、生物として心得ているべき理屈なのだけど?」
「それは、もちろんそうでしょうね。ただ俺は、単純に、『俺を育ててくれた人』に悪意を持って接する相手は、たとえどんな状況、どんな存在だろうと、絶対に『許すわけにはいかない』んです。なにがどうなろうと、天地がひっくり返ろうと、退くわけにはいかない。退けば俺の心魂が壊れてしまう。だから最初から、喧嘩腰以外にはなりようがなかった。俺にとってはライシュニディアも、それを護る相手も、『なんとしても叩き潰さなければならない敵』だったからです。俺の心魂を護るためには、どうしたって戦わざるをえなかった」
「……その割には、ラィアの反応に、それなりに心を痛めていたようだけど? そんな風にかたくなになって、敵と認めた相手とぶつかり合って、それで結局心痛に苦しんでいるようでは、それこそ割に合わない行動としか言いようがないと思うけどね?」
「……そうですね。俺の相手を見極める眼力の精度の低さを、改めて思い知らされました」
「そういう問題なの? どう考えてもそれ以前に、君のやり方は構造的におかしいとは思わない?」
「おかしいとは思ってます。問題があるとも。だけど、俺はこの問題については、『退くわけにはいかない』んです。なにがどうなろうとも、自分が殺されようとも、『すべきことをしないわけにはいかない』。そうなると、俺に変えられるのは、自分の眼力を磨いて、見込み違いをなくすようにすることしかないんです」
「………まぁ、僕も別に、君の個人的な精神の問題についてどうこう言いたいわけじゃないから、いいけどね。それなら、ラィアの保護者役として改めて聞かせてもらおうか。君はこれからラィアにどんな授業をする気なんだい」
「………そうですよね。どうするのが一番いいんでしょうね………」
「はぁ!? 本気で言ってる!? なんにも考えてないわけ!? 無計画にもほどがあるだろ!」
目を吊り上げて怒鳴りつけてくるジュディオランに返す言葉がないなと内心落ち込みながらも、ロワは一応反論する。
「いやだって、ライシュニディアが娼婦を軽んずる理由が俺の思っていたのと真逆で、彼女の性に対する潔癖さのためにこの国の女性を全員拒絶してるせいだ、なんてことを聞いて最初の計画のまんま進められるわけないじゃないですか。むしろ彼女の心を少しでも楽にするために俺にできることはないか、って考え始めたところなんですから」
「……は? なに、それ」
目を見開き愕然とした面持ちになって呟くジュディオランに、ロワは眉を寄せ首を傾げる。
「なにそれ、ってなんについて言ってるんですか?」
「『性に対する潔癖さのためにこの国の女性を全員拒絶してる』ってところだよ! なにそれ、本気で言ってるの!?」
「えっ……あなた、知らなかったんですか? ライシュニディアは、この国の女性たちの性に対する奔放さ――十歳になったら女性と性的な経験を結ぶのが普通で、それからも日常的に頻繁に女性同士の性的関係を結ぶのが普通、というこの国の常識に耐えられないから、この国を出たい、って思っているようなんですけど?」
「いや待って、どうしてそうなるんだい。それは普通に、性的指向が男に向いているからというだけのことじゃないのか?」
「俺が話を聞いた限りでは、違うように聞こえましたよ。相手が男だから、女だから、というんじゃなく、性的に潔癖で、そもそも性的なもろもろを受け容れられないから、拒絶せずにはいられないから、この国の女性を拒否している、というように聞こえました」
「いや、だけど、それは……なんというか、そんな感じ方をしているようじゃ、他人と恋愛なんてできやしないだろう!?」
「……他のたいていの国では、十一歳という年で性に対して潔癖で、性的なものはどんなものであろうと受け容れられない、っていう状態はそれなりに一般的だと思いますけど、そうでなくても一緒でしょう? あなたも言っていたじゃないですか。『当たり前』の親から生まれた子が、同様に『当たり前』に育つとは限らない。『普通じゃない』親から生まれた子が、同様に『普通じゃない』ように育つとも限らないでしょう? 『普通じゃない』ように育ったとしても、その普通との違い方が親と同じだとも限らない。一生涯性的なことが全く受け容れられずに、独身を通して恋人も作らない、っていう人だってそれなりにいますよ」
「なんでそんなことが言える!? 君はそんな人間を見たことがあるとでも――」
「ありますよ。別にそんなに希少な人材ってわけでもない。単純に好みの違いってだけなんだから、そんなにうろたえる必要、ないと思うんですけど?」
本気で不思議に思いながら首を傾げると、ジュディオランはあからさまに衝撃を受けた、という顔でぐったりと椅子に身を預けた。どうやらジュディオランにとっては、相当に強烈な驚きではあったらしい。
「……どこでそんな人間を見たって言うんだい。君は十歳まで娼館で育ったんだろう?」
「ええ。そして、十歳の時にそこから逃げ出した。それから去年、ゾヌで冒険者になるまで、一人で東の果てから大陸の半分を横切るほどの大移動をしてくることができたわけじゃないし、その間一人で自分の食い扶持を稼ぐことができたわけでもない。……要するに、俺のろくでもない経験は十歳の時に終わったわけじゃない、ってことです。四転刻で、それなりにいろんなものを見たし、それまでの人生で想像したこともないような人ともそれなりに会った。それだけです」
「…………」
「そんなに驚くようなことですか? さっきも言ったけど、別におかしなことじゃないでしょう? 単純に、好みの問題なんですから」
「それは、そうかもしれないけどね……そんな人間、これまで僕の人生には存在しなかったし。僕の妹がそんな人間になるなんて考えたこともなかったんだ。少しくらいは、衝撃も受けるさ」
「そうなんですか?」
「……僕の両親――ビュセジラゥリオーユの女王陛下と、その配偶者がどういう人間か、まだ言っていなかったよね」
「はい」
「彼女たちをちゃんと見たら、驚くと思うよ。少なくとも、他国の女王と女王婿のような、政治的に結びついた関係じゃない。それどころか他国の一般的な夫婦とも違う。息子である僕の目から見ても、正直暑苦しいほどに仲睦まじい二人ではあるんだよ。―――女王陛下の性的な嗜虐欲をひたすらに受け容れ続けて、二十七人も子供を作らされた父は、いまだに自分のことを〝被害者〟だと思ってはいるけどね」
「…………」
「父のことを見初めたのは、女王陛下が先だった。まぁ当時は、先代女王の娘の一人だったわけだけどね。商人の息子の一人としてこの国を訪れた父の、気弱で内気で人に頭を下げることに必死になっている姿に、女王陛下は心を惹かれたらしい。当時まだ成人して数年しかたっていなかったというのに、その時すでに女王陛下には、自分の性的指向が男に向いており、かつ、自身が弱い男を徹底的に苛め抜くことに強烈な性的興奮を覚える人間だ、という自覚があったのさ」
「………なるほど」
「女王陛下は、父の保護者である商人に直談判し、大金を積んで父の身柄を事実上買い取った。その頃女王陛下は王国の財務官だったそうだけど、その勤めとは別に、ゾヌのあちらこちらの商機に投資をくり返し、この国の経済規模では考えられないほどの個人的な資産を有してもいたんだ。女王陛下は、買い取った父を、城下の自身の城下の屋敷に事実上監禁し、朝な夕なに責め苛んだ。避妊せずに行為を繰り返した当然の帰結として、自身が幾度も妊娠することになっても、おかまいなしにね」
「十分な資産があれば、無計画に子供を作っても経済的には問題ない、からですか」
「というか……たぶん、単純に性行為の際に避妊をするのが嫌だったんじゃないかな。女王陛下の趣味に合わなかったんだろう。女聖術の鍛錬に励んでいれば、妊娠に伴う身体の衰えはほぼ無効化できるし、出産の際の苦痛もおおむね無視が可能なほどに軽くできる。妊娠期間を短くすることさえ可能なんだ。無計画に作った子供の人生を考えなければ、気にする必要はない……と考えた、んだろうね」
「…………」
「そうやって無計画に何人も作った子供を、女王陛下は別に建てた屋敷に住まわせ、金で雇った乳母や教育係に養育させた。財務状況の記録を見る限りでは、そのために必要になる金を惜しまなかったのは確かだと思うよ。自身の性的指向にぴったりな相手を見つけ、毎日毎晩励むことで人生に活力が湧いてきたのか、仕事や個人的な投資についてもますます精力的に活動したことで、この国随一の物持ちになっていた女王陛下にとっては、そのくらいの金はさして負担にはならなかっただろうけどね」
「…………」
「女王陛下にとって、子供は父との行為の結果生じる……言い方は悪いけど、排泄物にすぎなかった。父は父で、自身の金で買われた玩具という状況を嘆き悲しみ、すすり泣くことはしても、女王陛下と独立した一人の人間として愛を交わそうとか、子供が生まれてしまったのだから状況を改善して父親として頑張ろうとか、そういう風に考えることはしなかった。自分を憐れむ気持ちだけで人生がいっぱいいっぱいになっていて、子供を支える余裕なんてまるでない人なんだ。そういう人だからこそ、女王陛下に見初められたんだろうな」
「…………」
「僕も、これまで父にそう何度も会ったことがあるわけじゃないけど、そのたびにぞっとしたよ。性的に搾取され続けた人間というのはああいうものなのか、と思い知らされる。長年の荒淫と、ずっと部屋の中に事実上監禁されていたせいでやつれた、容貌としては特に見るべきもののない中年男だというのに、妙に儚い印象があって、奇妙な色気もあって。母に心身ともに隷従しきっていて、母に対する愛着や執着もあるのに、自分を『かわいそうな被害者』から変えようとしない。母に可愛がられることを喜ぶくせに、行為そのものを求めてもいるくせに、『自分は一方的に搾取されているだけだ』と心の底から思い込んでいる」
「………それは」
「正直、見るたびに殴りつけたくなったよ。……僕が娼婦を――『性的に搾取されている人間』というものを、好意的に見ることができないのは、たぶん父の影響だろうね」
「………、そうですか」
「『そうですか』? 僕はそれなりに重大で悲痛な告白をしたと思うんだけど、それに対する反応がそれなのかい?」
「それ以外に、言うべきことを思いつけなかったので。あなたがどんなに苦しかったのか、辛かったのかなんてものは、ある程度のところから先は想像することしかできないし……そんな相手に横からああだこうだと言われたところで腹が立つだけでしょう」
「……まぁ、それはそうだろうけどね」
「それに……あなたの苦しみを告白された直後の反応については、どうやってもあなた寄りにしかなりようがないので。あなたのご両親側からの意見も聞かないと、俺なりの言葉なんて言えません」
「へぇ……? 僕の両親に、この件について言うべきことが存在しうるとでも?」
「それはわからないですけど、単純に俺はどっちの言い分も聞いてみないと片手落ちの意見しか言えない、って思ってるだけです。聞いた限りでは、あなたのご両親から聞かなきゃならないほどの言い分なんて出そうにもない気はしますけど……単に好みの男と性欲を解消する以外のことは考えてなかったってだけでも、単に流されてどうすればいいのかわからなかった、なにかに気合を入れて頑張るほどの根性が出せなかったってだけでも。その人生を送ってきた、送ってきてしまった人間の言葉には、それなりの重みがある」
「重み? なにと比べての重みなんだ」
「その人の人生の終わりに比しての重みです。その人が死ぬときに、自分はもうすぐ死ぬんだと理解しながら生きなきゃならなくなった時に、いい人生だったと笑って死ねるか、これが自分の人生だ後悔なんてしていないと開き直るか、自分の人生はまるっきりの無価値だったと苦悶しながら死ぬかっていうのには、それなりの違いがあるでしょう」
「…………」
ジュディオランは、意表を突かれたように目を瞬かせた。そんな顔をすると、女装を違和感なく行えるほどの、顔貌や気配の柔らかさがあらわになる。
「もちろん、あなたの両親がどんなに苦しもうと、あなたの親が子を育てることを放り出したことの償いにはならないし、行為の責任を取ったことにもならないわけですから、あなたが許す必要もほだされる必要も、微塵もないと思いますけどね」
「……なんだい、それは。結局君はなにを言いたいんだい」
「あなたの親がしたことについてなにか言うなら、あなたの親のことをちゃんとわかった上で言いたい、ってだけです。親にひどいことをされた当事者であるあなたは、自分の気持ちのままに怒って親の責任を追及して、全然問題ないと思いますけど、俺は他人ですから。自分のことをわかってもいない他人にああだこうだ言われるのって腹が立つだろう、ってさっきも言ったでしょう。なにより今の俺には、会った人のことをちゃんと『わかる』ための方法がちゃんとあるわけですから」
「……ああ、なるほどね。同調術……女神に与えられたということだけど、君の術法はそこまで強力なのかい」
「強力なのかどうかはわかりませんけど、相手の気持ちとか感情とかそういうものは、本当に真に迫ってというか、自分のことのように感じ取れます。だから、あなたの感じていることはある程度のところまでは本当に『わかる』。ただ同じように感じてるだけなので、あなたのことをなにもかも完全に理解できているかというと、うけあえないですけどね」
そんなことができるなら、最初からジュディオランが内心でなにを考え、自分の言動のなににどんな感想を抱いているかも察して、むやみに喧嘩を仕掛けるような真似もしなくてすんだだろう。初対面の時に自分が感じることができたのは、ライシュニディアを護らなくてはという切実な思いと、英雄への途上にあるとみなされている冒険者である(少なくとも自分についてはあまりに買いかぶりすぎだろうが)自分たちへの嫉妬、そして娼婦を真正面から擁護しようとし、そのためならば国と妹を呪うことも辞さない自分に対する嫌悪、そして同時に胸の中に巣食うかすかな疼きだけだった。
ただ、これまでに幾度も深い段階まで同調を行ったので、今ではもう彼についてそれなりに『わかる』ことができていると思うが――などとつらつら考えて、はっと気づいた。
「……そうか。そうだな……ありがとうございます、ジュディオラン」
「別に、君に感謝されるようなことはなにも言っていないと思うけれど?」
「俺に『わからせて』くれたのはあなたなので、礼を言っただけです。ライシュニディアにどんな授業をすればいいのか、なんとか思いつくことができたので」
「……ふぅん。一応聞いておこうか、どんな授業をするつもりなんだい? 僕もその授業を一緒に受けることになるんだろうから、問題があるなら答えなくてかまわないけれど」
「単純です。ライシュニディアに、俺を理解してもらう授業ですよ」
「………ふぅん?」




