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人次元では最推しです  作者: 聿八路彰
第八章 女王国の第十七王女
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8-19 会話

「………、探し、ました」


 なんと言えばいいのかわからないまま、とりあえずそれだけ告げる。実際、それなりに捜し歩く羽目になったのは事実だった。ライシュニディアの位置を把握できてはいたのだが、彼女は道の入り組んだ辺りを地元民の勘で縦横無尽に走り回っていたので、どこをどう行けば追いつけるのかを突き止めるのに、それなりに時間がかかってしまったのだ。


 道端に座り込んでいる(ビュシクタリェーシュは街並みが小ぎれいなので、そんな真似をしても服はさして汚れない)ライシュニディアに近づいてそう声をかけると、ぴくりとその小さな肩が動く。だが声を返してはこないので、ロワとしてもどう会話を続けるか迷って、無言のまま隣に立った。


 同調術でライシュニディアの感情は感じ取れている。嫌悪、拒否感、憎悪、憤激。体全体を針鼠のようにして、周囲のなにもかもに警戒感情を振りまいている。


 当然ながら、そんなことがわかったからといって、取り乱した少女を落ち着かせるいい方法が思いつくわけでもない。かといって放っておくわけにもいかず、とりあえず隣に立ったが、幸いなことに自分に敵意や殺意が向けられてくることはなかった。


 正直拍子抜けしつつ、隣に立って、道の方へと顔を向ける。自分はライシュニディアにとって、嫌なことを強要する敵にしか見えないだろうと思っていたのだが。


 お互い無言で、相手を見もしないまま隣にたたずむことしばし。先にぽつりと言葉を漏らしたのは、ライシュニディアだった。


「驚いたでしょ」


「……なにに、ですか」


「決まってるでしょ。この国の女の、倫理観のひどさによ」


「倫理観っていうのは人によって違うものですから、国が違えばそれなりに変わるのは当然だ、と思ってます」


「じゃああなたは許せるの!? あなたの世話になった人たちが大してひどい目に遭っていないような、キジャの理不尽な言い草を!」


「…………」


 どう答えるか迷って(自分の事情はジュディオランから伝わっているだろうことはわかっていたが、それをライシュニディアが気遣ってくれるというのは予想外だった)ロワがしばし沈黙している間に、ライシュニディアは怒濤の勢いで怒りの言葉をまき散らし始めた。


「なに考えてるのってそれこそこっちの台詞じゃない!? あの女、男がけだものだなんだって抜かしておきながら、男の人に女が直接凌辱されてないから物足りない、なんて抜かしたのよ!? 正気じゃない、頭おかしいわよ! この国の女は、どいつもこいつも頭おかしい! そんな言葉だけの話じゃなくて、なくてっ………!」


 一瞬うつむいてから、ライシュニディアは勢いよく顔を上げ、目の前の中空をぎっと睨みつけながら言い放つ。


「……この国の女は、十歳の誕生日になったら、女に……っ、いやらしいことをされるっていうのが、暗黙の了解なの」


「…………」


「信じられる!? どうかしてると思わない!? 私お兄さまから教わったわ、よその国ではそんな年の子供はいやらしいことから遠ざけられるのが当たり前で、娼婦になんてなろうものなら、身柄を買った相手はもちろん、客として金を払ったっていうだけでも捕まるっていうのが当然の常識になってるって。それなのに、うちの国ったらどう!? 十歳の子供にいやらしいことをするような輩が犯罪者扱いされないどころか、金を払ってまでその道の達人を雇う親までいるのよ!? 初めての経験は大切だから、なんてしたり顔で! それどころか、子供の実の姉や、親がその役割を果たす、なんて家庭まで……!」


「…………」


「最低でしょう。頭がどうかしてるとしか思えないでしょう。男をけだものだの汚らわしいだの言っておきながら、自分たちの方が最低のけだものじゃないの! なのにそれは市井だけじゃなく、王家の中でも当然の常識で。お母さまのように何十人も子供がいる女王の代でも、王女には必ず一人守護騎士がつけられるのが絶対の決まりで……それが、王女の身を護るためだけじゃなく、王女にいやらしいことを教える家庭教師としての役目もあるなんて、むしろその方が重視されてるなんて、本当に、本当に………!」


「…………」


「キジャも十歳の時に、女にいやらしいことをされたって、さも誇らしげに報告してきたわ。姫さまの教師役を任ぜられるなどこの上ない光栄です、なんて顔を赤らめて! 気色悪い! しかもあいつは、あの女は、その十歳の時の儀式を終えてから、毎日のようにいろんな女といやらしいことをしてるのよ!? 今でも! この国の女はみんなそうなのよ! 毎日毎日、いろんな女と、場合によっては行きずりの女といやらしいことをするのが当たり前なの! ビュセジラゥさまが授けてくださった、女聖術なんていうふざけた術法のおかげでね! 女同士で励めば励むだけ強く美しくなれるのだから、子供の頃から女同士で節操も恥じらいもなくいやらしいことをするのが当たり前で、当然で、正しいことなんですって! ――ばかばかしいっ!」


「…………」


「この国の娼婦っていうのはね、みんなまだ十歳やそこらの、場合によっては十歳になる前の子供ばかりなのよ。大きくなればそこら中の女と励むのが普通だから、そんな相手にわざわざ金を払う必要なんてないから! 十歳の初体験をすませているかどうか定かじゃない子供相手じゃ、さすがに気兼ねなくいやらしいことをするわけにはいかないから、金を出す女がいるんですって! 商売になるんですって! 幼い女の子を正しく導くためだの、金が必要な少女を援助してあげるだの、くだらない大義名分でよその国なら犯罪になる行為を正当化して、幼い女の子に鼻を伸ばして襲いかかる、最低に下衆な行為を楽しむわけよ。本当に、本当に、汚らわしい………っ!」


 怨嗟に満ち満ちた声で呪いの言葉を吐き散らしてから、ライシュニディアは荒げた息を一度ゆっくりと落ち着けて、ぼそっと告げる。


「……だから、知らなかったの。よその国では……本当に、食べるに困って、それ以外どうしようもないから、本当ならそんな行為は嫌で嫌で仕方ないのに、尊厳を切り売りするしかない人たちが、娼婦に身を堕としているんだ、って」


 低くそう告げてから、小さくかすれた弱弱しい声でぽそりと、「ごめんなさい」と言って、膝の間に頭をうずめる。そんな『傷ついた少女』そのままの姿に、ロワはなんと言えばいいかなかなか思いつけず、内心唸りながらしばし必死に考えて、結局単純な感想を告げた。


「あなたは……女性が嫌いなんですね。この国の女性が」


「………そう。たぶん、そういうことなんでしょうね」


 ぼそりと答えてから、ライシュニディアはぽつぽつと、言葉をこぼすように紡いでいく。


「お兄さまは性指向がどうとか言ってたけど、私まだ十一歳だもの……愛とか、恋とか、そんなものちゃんとはわからないわ。本で読んで、ちょっと想像してみるぐらいのことしか……周りにだって、そんなもの持ってる人、誰もいなかったし……」


「…………」


 常識外れに子だくさんの両親は愛を持っている人にはあたらないのか、とちらりと思ったが、口にするのはやめた。こんな繊細、あるいは潔癖な少女にとって、子だくさんの両親なんてものはどう触れたとしても苛立たせる要因にしかなる気がしない。


「それでも、この国の女性たちに対する嫌悪感や拒否感は、確かなんですね」


「……ええ。ずっと昔からそうだった。それこそ、物心ついた時からずっとそうだったんじゃ、ってくらい。この国の女たちが……節操のない欲望まみれの色情狂どもが、本当に、嫌で嫌でしょうがないの」


「物心ついた時から、自分が置かれている環境が、苦しくて、辛くてしょうがない……っていう気持ちは、俺にも少しはわかります」


「えっ……」


「だから、俺も、ごめんなさい。あなたが俺にとって看過できないことを言ったのは確かだし、知っていたとしても俺がやることは変わらなかっただろうけど……あなたが苦しんでいることを知らずに、それを見ようともせずに自分の都合を押しつけたのは……それこそ、俺が義務を果たそうとした人たちの、値打ちを下げることだろうから」


「あなた……」


 ライシュニディアは目を見開いて、まじまじとロワを見つめ、それから深々と息をついた。


「……なにか、気に入らないことでもありましたか」


「そうじゃなくて……ほっとしたの」


「ほっと……?」


「私は、間違ってないんだ、って。あなたみたいに、私のことが好きじゃない相手でも、私に同情せざるをえないくらい、私の周りの事情はどうかしてるんだ、って」


「……世間一般の基準がどうなってるかはわかりません。俺は別に、物知りな方じゃないし。ただ、あなたが本当に苦しいのはわかったから、それに気づかなかったことと、気づこうともしなかったことを謝った。それだけです」


「いいわよ、それでも……私が間違ってる、って言われなかっただけでもずっとマシだわ」


「…………」


「この国の連中はね……私がこういうことを言うと、『なにを言ってるんだかわけがわからない』って顔をするの。そういう、いやらしいことが汚らわしい、なんて思ってもいないのよ。『男どもを交えれば汚らわしいものにしかなりようがないけれど、女同士のそれは清らかで、愛に満ち、誇らしやかなものだ』なんて世迷言を、心の底から信じているわけ。『ビュセジラゥさまがその行いに加護を与えてくださっている』、『愛を交わすことで女はより美しく、強くなるのだから積極的に行うのが正しく、当然のふるまいだ』なんて、ね。……本当に、頭がおかしいわ、あいつら」


「…………」


「私が十歳の誕生日を迎えた頃から、そういうのはさらにひどくなってね。お風呂に入ろうとして、キジャや侍女がこまごまとした世話をする、そんな時に、あいつら、私の身体を見るのよ。一瞬、ちらりとだけど、さっと体を眺め回すの。それに気づいた時は、本当にぞっとしたわ。私みたいな子供相手でも、そういういやらしい、汚らわしいことの対象にしてしまうなんて、どうかしてるとしか思えないでしょう」


「…………」


「そして、それが悪いことだなんて思ってもいない。自分の裸をいやらしい目で見られるのが嫌だ、っていう人間がいるなんて考えもしない。『女同士なのだから裸を見せつけ合うのが当然』『お互いにいやらしい目で見合うのが当然』『そしてその流れでいやらしいことをするのもごく当たり前のこと』ってわけ。本当に……どうかしてる」


「…………」


「あなたの見せた幻、ね。男女でも、この国の外でも、この国と同じように、いやらしいことが、汚らわしいことがいやっていうほど行われてるって体感させられて、本当に本当にいやで、苦しくて、逃げ出したかったけれど……心のどこかでほんのちょっとだけ、ほっとしても、いたの」


「…………」


「だって、あなたの見せた幻では、女性たちが、男の人が好きな女の人たちが、男にいやらしい真似をされて、苦しんでた。たとえ好ましい性別の相手でも、いやらしい真似を押しつけられるのが、本当にいやでいやでたまらなくて、逃げ出したくてしょうがない人がいっぱいいた。そんな、私にとっては同志って言えちゃいそうな人、生まれてから今まで、ほとんど会ったことがなかったんだもの……」


「…………」


「私は間違ってない。いやらしいことをされるのが、いやらしい目で見られるのが、いやでいやでしかたなくて、そんなことしてくる奴ら全員死刑にしてやりたくて……そういう風に思うのが当然。そういう風に言い切る元気が、ちょっとだけ湧いてきた気がしたの。私にこんなこと言われたって、困るでしょうけど……」


「………いえ」


「ああ……本当に。戻ってキジャに会うの、すごくいやだなぁ………あいつ本当にどこかに行って、私の知らないところで、さんざん苦しんでから死ねばいいのに………」


 そんなことを呟いて、また膝に顔をうずめるライシュニディアの隣で、ロワは立ったまま前を見据え――内心で頭を抱えていた。こんな少女をどう扱えば、自分は『最低限の義務を果たした』ことになるのか、まるでわからなかったからだ。

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