第三話 魔法とレベルアップ
『スピードアップ』という魔法を使えるようになったフェイル。
フェイルの能力を借りれば日常生活で大いに役立つことがわかった。
二人は学校が終わりこれから家に着くところである。
今はLv.2でステータスは【ちから:8 かしこさ:3 MP:3】だ。
やっと家についた。人と話しながら帰ると歩くスピードが遅くなるものだ。
一人暮らしの俺にとって今のこの家はとても居心地が良い。何かしらガミガミと言う親もいないし、それも相まって最高の環境なのだ。強いて言うならかわいい妹が欲しかったぐらいだ。まあそんなことを今言ってもできるものでもないし、居たら居たでめんどくさい存在になることは容易に想像できる。だから俺は今の生活にとても満足している。
「はやくカズカズの部屋見せて〜」
俺の耳元でそんなフェイルの声が聞こえた。男の部屋に入るということで、もう少し警戒をしてほしいところだが、まあ妖精だしそんな心配はいらないのだろう。
「いいか、言っておくがヲタクだからといって壁にびっしり推しキャラのポスターが貼ってあったり、棚の上に数え切れないほどのフィギュアがあったりはしないからな」
「あら、そうなの?楽しみにしてたのに」
「ったく...」
実際、俺の部屋はとてもきれいだ。一人暮らしだからこそ、気を抜いたら負けな気がして掃除だけは手を抜かないようにしている。嫁のためにも部屋はきれいにしておきたいしな。
そう言いながら俺は持っていたリュックを自分のベッドの上に下ろし、少し横になった。
「ご飯は作らないの?」
フェイルは、まるで俺が自炊できるかのようにそんなことを聴いてきた。まあ、俺は本当に自炊はできるんだがな。
「ちょっと今日は疲れたんだ。久しぶりに学校で口を動かしたからな。あとお前は別にご飯は必要ないだろ? なら俺の作りたい時に作ってもいいんじゃないのか?」
「あ、確かに。あれから一切お腹が空いてないわ!!」
その一言を聞いた途端、俺の口角は上がっていた。少しこの完璧でない妖精に愛着が湧いたのだろう。
大体ゲームやラノベではアシスタントAIというのは完全無欠でその世界のことをなんでも知っている。だがこの妖精は能力が偏りすぎている。
今日のことだって頭の中で計算できないのに、人間よりも力持ちだ。それに、今の今まで友達なんてできた試しがない俺との距離をここまで縮めるコミュ力の高さだ。だって、普通一日でこんなに詰まりなく話すことなんてよほどの陽キャ同士でないとほぼ無理に近い。逆の意味でコミュ力オバケである俺が相手なら尚更だ。
そんなギャップが、俺が作っていた壁を段々溶かしていったのだろう。ほんとこの妖精は謎だらけだ。
こうしてフェイルと出会った一日目は終わった。
そして次の日になった。
夜が明け、窓から天の挨拶の朝日が差し込み......って、なぜだ?
俺は朝から目がチカチカするのが嫌でカーテンは普段開けていない。だがなぜか今日はカーテンが開いている。考えられる要因は二つある。俺がとうとう夢遊病に目覚めてしまったのか、もしくはフェイルが勝手にカーテンを開けたのかだ。
恐らく、いや、いうまでもなく後者だろう。と思った瞬間、俺の鼓膜が破れたと思うほどの音が響いたのだ。
「カズカズ! おっはよー!! 早く起きてー」
朝から、長年毛嫌い続けてきたこんな陽キャ声を聞かされて起きないわけにはいかない。陽キャの声を聞くと身の危険を感じるのだ。
俺が長い年月をかけて身についた、いわゆる病いというやつだ。これのおかげで、陽キャ女子から変に絡まれることがなくなった。この病いにはとても感謝している。
そして、ささっと学校に行く準備をし、いつものようにドアを開けた。その時ふと、思いついた。
『フェイルのスピードアップを使えば学校にかなり早く着くことができるのではないか』と。
俺の家から学校までは徒歩で約20分、スピードアップを使えば恐らく5分もかからずに着くことができるだろう。スピードアップにはMPが3必要で、昨日使った後MPは0になっていた。回復はするのだろうかと思い、フェイルの頭上のウィンドウで残りMPを確認した。しっかり3に戻っている。フェイルの話によると、朝になったら回復していたようだ。きっと一日経つと回復する仕様なのだろう。
「よしフェイル、スピードアップを使ってくれ」
「MP使っちゃって大丈夫なの? 緊急の時使えなくなるわ」
「俺の一日なんてそんな大したことは起きない。今使ったって大丈夫だろ。」
『フラグにならないか心配だがな......』
そう言うとフェイルは納得してくれ、俺に魔法をかけてくれた。昨日と同じ感覚だ。とても体が軽い。俺は猛スピードで学校へ向かった。
校門をくぐると同時に聞いたことのある音色がフェイルの方から鳴り響いた。レベルアップの音だ。昨日レベルが上がったばかりだというのに。本当のRPGのようにレベルが低いうちのレベルアップは早いのかもしれない。
RPGにここまで近いのであれば、きっとレベルアップの条件というのは妖精自身の生きているうちに多くの経験を積むことなのだろう。つまり辞書を読み漁ったり筋トレをしまくったりしてもあまりレベルアップはせず、俺が根気よくこいつのことを見てあげるしかないわけだ。
とりあえず、なんのステータスが上がったのかを確認するためフェイルの頭上に浮いているウィンドウを見る。
『ちから:8 かしこさ:5 MP:5』
かしこさとMPがそれぞれ3から5に上がっていた。まあMPに関しては、ステータスが上がっても上限が上がるだけであって一日経たないと回復はしないようだ。だから無論、今のMPは0だ。
「フェイル、魔法はなんか習得したか?」
「前回とは違って、体の奥から何か湧いてくる感じはないわ」
どうやら、レベルアップごとにステータスは上がるが、飛び飛びにしか魔法は習得できないらしい。
魔術系RPGをやったことがある人なら全員共感できるはずだ。魔法はどんどん習得した方がテンションが上がることを。毎回のレベルアップで魔法が習得できればと何度思ったことか。
さて、数学の授業が始まった。さっきフェイルのかしこさは3から5に上がった。少しは頭が良くなっているかもしれない。そう思い、俺がギリ暗算できるぐらいの問題をフェイルに計算させてみた。数秒時間が経って、フェイルの口からは俺が考えていた数字が出てきた。なんと正解したのだ。「それなら」と思い、授業内に出てきた筆算でないと解けないような計算をさせてみた。
「こんなの解けないわ!」
そう、フェイルは言った。計算力はどうやらここまでらしい。
次の授業は日本史だ。フェイルは教科書に書いてあるような一般的な知識は答えることができた。だが、それに深掘りしたような内容は分からなかった。
これらから言えることとしては、かしこさ5では一般人並みの知識と思考力が身につくということだ。知識が勝手に身についてくれると俺が色々教えてやらなくて済むからとても助かる。妖精と会ってたった2日の俺が言うが、これが妖精と子供の違いだ。
そしていつも通り何事もなく放課になった。今朝、スピードアップを使ったせいで下校はゆっくりと帰ることになった。
帰路につきフェイルと雑談をしていると、後ろからいきなり小学2、3年ぐらいの小さな男の子が声をかけてきた。
「お前、今誰と話してたんだぁー!」
年上に対してお前と呼ぶのが本当に現代のガキって感じがする。そんなことよりまずい、俺とフェイルの秘密は他人には知られたくない。全国的に注目を浴びる可能性があるからな。そう思い、このガキから逃れるためスピードアップを使おうとした。
しかしすっかり忘れていた。今はフェイルのMPが0だ。今朝建てた俺のフラグは見事回収されたのだ。それに気づくとフェイルは呆れたようにこっちに視線を向けてきた。相手は小学生で俺は高校生、全速力ならギリギリ勝てる。そう思い、全速力で逃げた。
なんとか巻くことができた。
「こんなところで無駄なエネルギーを使ってしまった」
「ほら、今朝言った通りでしょ。緊急に備えてMPは蓄えておくべきよ」
フェイルに怒られてしまった。今度からはMPの使用を控えることにしようと思い、普段通り家に帰った。