200色ある白を見つけないと出られない部屋に閉じ込められた男女の話
「白って、200色あんねん」
自慢のボサボサの黒髪。友人が言うには白髪が生えているらしい。指摘を受けて咄嗟に出た言葉は、最近話題の芸能人のものだった。
「この髪色は"ホトンドクロ・ホワイト"なの。白髪の中でも軽傷なんだよ」
意味不明な冗談に、友人は苦笑いしている。大学の帰り道、夕暮れ時のことだった。つい最近までの寒さは息を潜め、気持ちのいい四月の風が首筋を撫でるのを感じる。
「テレビで見たんだけどさ、アンミ――」
瞬間、きいんという強烈な耳鳴りと共に、視界は真っ白な光に包まれた。
◇◇◇
「…………え??」
思わず閉じていた目を開くと、白い部屋にいた。
床も、壁も、天井も、白。床にはいくつかの白い絵の具のチューブと何枚もの白い紙が散らばっている。正面には大きな白い扉があり、その中央にだけは赤く『0/200』と文字が浮かんでいた。
「何なんだ、いったい」
「――待っていたわ。さっさと始めましょう」
驚いて振り向くと、そこには金髪の少女が居た。雪を思わせるような白い肌に、輝きすら感じる美しい金色の長髪を靡かせる少女はどこか儚げで、神々しさすら感じた。
「始めるって、何の話?」
「説明とか無かったの? 見つけるのよ、白を」
少女は気怠そうに床に落ちているチューブを拾い上げると、それを指差して言う。
「はい、1色目」
――――ピンポーン
無機質な電子音が鳴った。まるで意味がわからなかった。ふと扉を見ると、赤い数字が変わっている。
『1/200』
信じたくはないけれど――
「もしかして、あと199回これをやるのか……?」
「そうよ、さっさと見つけきって外に出ましょう」
「外に出ましょうって、まさか」
扉に駆け寄り、開けることを試みる。押しても引いてもまるで岩のようにピクリとも動かなかった。
「まじかよ、閉じ込められてる」
これはつまり、カウントが『200/200』となるまで出られないということだろうか。いったい物知り顔のこの少女は何者なのだろうか。何でこんな事になっているのだろうか。友人は無事だろうか――
考えている間にも少女は先程と異なるチューブを拾い上げ、それを指差して続ける。
「2色目」
――――ピンポーン
また鳴った。扉の数字も『2/200』となっている。
1色目のチューブと2色目のチューブをまじまじと見つめる。さっぱり違いがわからない。でも――
「カウントが200になれば外に出られるんだよな」
「まあそうね」
ポケットからスマホを取り出して確認する。時刻は18時半、当然のように圏外だった。今日は22時には帰る必要がある。推しのVtuberの生誕祭ライブがあるのだ。もしオンタイムで観られないのなら――死んでも死にきれない。
「すぐに終わらせよう。僕は忙しいんだ」
白と白の違いなんてさっぱりわからないが、時間がない。こんな茶番さっさと終わらせよう。
◇◇◇
〜18:40
チューブは10本あり、全て異なる白色だった。落ちてる紙も合わせれば余裕で200色に到達するかと思われたが、試した限りでは紙は全て同じ色らしい。『11/200』
〜18:55
手当たり次第に白いものを確認した。バッグを漁ると奥底から白い筆が出てきた。絵描きである推しの影響で買った筆は一度も使わず真っ白で、自分のいい加減さに深く感謝した。その後は爪、歯、白髪。全て異なる白色だった。女の子の白髪も探してあげようと提案したが断られた。やる気が感じられない。『15/200』
〜19:10
新しい白なら何でも良いのかもしれない。チューブの中の絵の具を筆を使って紙の上で混ぜ、女の子と2人で適当な位置を指差して白を探した。4色見つけた。『19/200』
〜21:00
2つの白の組み合わせから新たに4色の白を発見できることが分かったので、残りの44通りで試してみる。3色しか見つからないことも、5色見つかることもあった。全部で168色発見した。『187/200』
〜21:10
3色以上組み合わせれば残りの13色はすぐに見つかると思っていた。なのに見つからない。女の子いわく「だって2色ならまだしも、3色も混ぜるなんて汚いわ」とのこと。意味がわからないしいっそ一人で全部やってほしい。
〜21:25
女の子に"辛うじて見ていられる白"となる3色の組み合わせを教わりながら、片っ端から試していく。「もう見ていられない! こんなの下品な茶色よ!」どう見ても白である。早く帰りたい。
◇◇◇
――――ピンポーン
「………………やった!!!」
絵の具を混ぜていた筆を放り投げ、思わず女の子とハイタッチをする。どこか取っ付きづらさを感じていた女の子とも、いつの間にか打ち解けていた。扉の数字は『200/200』 時刻は21時47分。ギリギリだが、悪くない。配信は電車で聴きながら家に帰れば良い。
「痛っ!」
突然の声に女の子を見ると、頬を押さえていた。手の隙間から何か赤い光が見える。ゆっくりと手を下ろす女の子。頬には、数字が書かれていた。
――――――59:48
「タイマー……?」
まさかと思い扉を見た。
『200/201』
数字が、変わっている。
「どういうことだ!? 200色見つけきったら出られるんじゃなかったのかよ!」
女の子は申し訳なさそうに俯いている。
「どうして何も教えてくれないんだ! この部屋は何なんだよ! 訳わかんねえよ! もういいから、外に出してくれよ、推しの誕生日なんだ、頼むよ……!」
女の子がゆっくりと、顔を上げる。透き通るような瞳には――涙が浮かんでいた。
「……ごめんなさい。あなたに迷惑をかけたい訳ではないの。これは私の試練」
「201色目は手伝ってはいけないルールなの。お願い、見つけてほしい。私、消えたくない」
――本当に、意味がわからなかった。タイマーが0になったら女の子は消えるのだろうか。彼女は何を知っているのだろうか。何故自分がこんなものに巻き込まれているのだろうか。
体から力が抜け、その場にしゃがみ込む。
――女の子の涙目は、何か凄い破壊力だった。こちとら男子校で中高一貫校なのだ。そういうのは、やめてほしい。
床に投げ捨てられた筆を見つめる。取り出した時にはまるで新品だったのに、今となってはあちこちに白い絵の具が付着している。
――あと1色だけ、10分だけ。それだけなら手伝っても良いかもしれない。女の子に教わっていた"辛うじて見ていられる白"となる3色の組み合わせもまだ20パターン程度残っている。その中に201色目がある可能性は十分にある。
「……200も201も、ほとんど変わらないしな。すぐに終わらせよう。僕は忙しいんだ」
筆を、拾い上げた。
◇◇◇
10分が経過した。生誕祭には間に合わなかった。でももう関係なかった。201色目は見つけると決めた。
35分が経過した。20パターン全て試し終えてしまった。どこか組み合わせ漏れでもあったのだろうか。女の子は不安気に座っている。もう一度最初から3色の組み合わせを確認しよう。
50分が経過した。見つからない。女の子は今にも泣き出しそうなのに、目が合うと懸命に笑顔を作るので胸が苦しくなった。全ての絵の具を部屋中にぶちまけてやった。部屋のあちこちを適当に指差して201色目を宣言して回った。
55分が経過した。何故か涙が溢れてくる。女の子も泣いている。どうして自分はこんなことをしているのだろう。柄まで真っ白に染まった筆を握りしめる。女の子が近づいてきて、肩に手を乗せる。振り向くと女の子は優しく微笑んだ。そんな顔はしないでほしい。振り解いて再び201色目を探し出す。
「最後に何か話そうよ」
「……最後とか言うなよ。まだ時間はあるだろ」
足元を指差し、201色目を宣言。反応なし。
「私、ずっとここみたいに白い所で暮らしてきたの」
天井を指差し、201色目を宣言。反応なし。
「白じゃない他の色を見るのが夢で、そのためなら例え自分が消えるのも怖くなかったわ」
扉を指差し、201色目を宣言。反応なし。
「あなたの色、好きよ。その黒い髪とか。私は色味がなくて退屈でしょう」
壁を指差し、201色目を宣言。反応なし。
「私、あなたに会えてよかった。とっても楽しかったわ。ありがとう」
開かない扉に両手を当て、女の子は微笑んだ。肩にかかった金色の髪が、サラサラと流れ落ちていく。涙が溢れて、視界がぼやけてしまう。邪魔をするのはやめてほしい。自分の涙腺はこんなにも脆かったのだろうか。
「……僕も、楽しかった」
「外に出たら、きっともっと楽しいはずだ。こんなだらしない黒髪よりも綺麗な色は余る程あるし、それこそ、外に出たら自分を退屈な色だなんて思うことは無くなると思う。大事な個性だ」
「君の髪、とても綺麗な色だと思う。今迄に見たことが無い程に」
時間はあと1分とちょっと。まだ、諦める訳にはいかない。
――――ピンポーン
電子音が鳴った。思わず女の子を見る。頬のタイマーが消えている。扉の文字も『201/201』となっている。
「…………え?」
『No.201の発見を確認しました。これより現世への解放を開始します。繰り返します。No.201の発見……』
アラートが部屋に鳴り響く。
「ちょっと待って!何が起きてるの?」
扉をじっと見つめる女の子の肩は、震えていた。ゆっくりと顔をこちらに向け、女の子は、上気した顔で続ける。
「見つけてくれた……! 最後の最後に!」
「これで外に出られるの! 夢みたいだわ!」
「私の名前は"ゴールデン・ホワイト"!」
「201番目に世界に産み落とされる白色なの!」
「――本当に、ありがとう!!」
瞬間、扉が勢いよく開き、部屋に強い風が吹き荒れる。
「ちょっと待って、それは金色じゃ……」
まるで竜巻の中のような風に、声が届いているのかすら分からなかった。彼女へと手を伸ばす。もう少し一緒にいたかった。優しく、包み込まれるように視界が白に染まっていく。全てが飲み込まれる瞬間、指先が触れた気がした。
◇◇◇
気がつくと、帰り道に一人ぽつんと佇んでいた。日はすっかり沈み、心地良い春の宵の風が頬を撫でる。時刻は22時50分。突然消えた自分に、友人はどうしたのだろう。特に着信履歴もない。
バッグを漁ると、奥底からは新品同然の真っ白な筆が出てきた。共に戦った相棒はどこか不満気に、いい加減使えと主張しているようだった。
今度こそ、投げ出さずに絵を描いてみても良いかもしれない。ちゃんと理解して、色を使い分けたい。
――白は、201色ある。
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白い部屋:新しい白がこの世界に必要か試験する部屋。試験内容は2段階に分かれている。
①試験官と現存する全ての白を確認する。
②その後試験官が新しい白を現存のものと異なることを認めると試験合格。試験に合格した白は晴れて実在する色となる。
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