とても可愛くてすごく調子に乗りやすいTS少女が親友に告白するところから始まる話
驚いたことに、私はどうやら親友のことが好きらしい。
どれくらいかというと、今すぐにでも告白しに行きたいくらい。
「びっくりした!」
まさに青天の霹靂、寝耳に水、虚を突かれるとはこのことだ。
まさか私があいつのことを好きだなんて。私自身驚きを隠せない。
「そんな……全然釣り合ってないのに……」
あいつは清潔感は一応あるし身長も高くて筋肉もついてるけど、でもどこまで行ってもフツメンで、私はというと超美少女。
その差は一目瞭然で、隣を歩けばあいつが晒し者になってしまうことは言うまでもない。
私は超絶美少女なので、元男だということはみんな知っているのに月に一度は告白されるし、街を歩けば偶にスカウトされる。
この間は近所の男の子の初恋を奪ってしまったし(母から聞いた)、スーパーに行った時小さい女の子にお姫様みたいと言われてしまった(あの子は見る目がある)。
元々超イケメンだった私だけど、性転換病が原因で美しさにさらなる磨きがかかった結果だ。数年前から流行り出した一夜にして性別を変える奇病によって、私の可愛さは止まるところを知らない。
性転換病が生み出したスーパー美少女とはまさしく私のことだろう。学校のミスコンでも当然のように一位になった。二位と僅差なのが少し解せないが。
そんな私が親友とはいえフツメンに恋をしてしまっているとは……きっと学校中の皆が驚いてしまうだろう。あんなフツメンがどうして、と。
人は言うに違いない。
美女と魔獣、月とすっぽん、蓼食う虫も好き好き、と。
「辛い……親友を悩ませることになるのが……」
こんな美少女が彼女では、あいつも気が休まらないことだろう。
他の男に取られるのではないかと悩み続けることになるのは必定なのではないだろうか。
しかし、それはこの美少女と恋人になれることの代償とも言える。
なのでそこは甘んじて受け止めてもらわなければならない。というか私のために頑張ったり悩んだりしてるとこを見たい。
「当然、告白は成功するだろうし………………するよね?」
当たり前だけど、それは大丈夫だろう。……多分。まず間違いなく成功すると思う。
私がとんでもない美少女だというのを抜いて考えたとしても、あいつ私の事大好きだし。
男だったときから私に毎日一緒に登下校してるし、体育の授業では必ず二人で組むし。修学旅行や遠足の班決めは二人セットが基本だったし。あいつと別のクラスの時は地獄だったし……。
それにこの姿になってからは上目づかいでお願いしたら何でも言うこと聞いてくれるので間違いない。
……うん、男の時からずっと、私たちは自他ともに認める大親友だ。
なので、成功率は軽く試算したところ百パーセント。(私調べ)
一応、元男だっていうのと、その頃の姿を知っているっていうのがほんの少しの、ごく僅かな、微細ともいえるマイナス要素ではあるけれど……。
……それを言われたら何も言い返せないし、私のこと大好きと言っても恋愛感情じゃなくて友情だって言われるかもしれないけれど。
「……………………でもあいつ童貞だし」
そう、奴は童貞だ。
女と交際した経験は当然のようにゼロだし、私以外の女友達もいない。
そして、悲しいことに童貞というものは可愛い女の子に告白されれば無条件で受けてしまう生き物なのだ。なので必ず成功すると言って良いだろう。
その辺りは私も男だったのでよくわかる。
そういうものだ。普通はそう。そうに決まっている。
「……うん、じゃあ早速告白しに行こうかな」
答えは出たので、善は急げと立ち上がり窓へと向かう。
ちなみに親友の家は我が家の隣で、私の部屋とあいつの部屋は窓を挟んで隣通し。その気になれば窓越しに行き来できる距離にある。
「……」
……というか、なんで今まであいつは私に告白しなかったんだろう。
こんなに可愛くて、しかも仲のいい女の子が傍にいるのに。
当然釣り合わないにしても意気地がなさすぎるのではないだろうか。
そんなだから童貞なのだ。つまるところ彼女いない歴=年齢。
「よいしょっと……」
窓を二つ開け、隣に移動する。
窓のサッシに乗り、そのまま部屋の中へと降りると、あいつがスマホに話しかけているのが見えた。
「……はい……ではそれで」
「……」
どうやら電話中だったみたいだ。スマホをフツメン顔に押し付けてブツブツ言っている。
まったく、タイミングが悪い。せっかく美少女が来たというのに……。
すぐにでも私にかまうべきだとは思うけれど、しかし以前電話中に邪魔をしたらすごく怒られてしまったので余計な事はしない。
逸る気持ちと胸の高鳴りを抑えつつ、待つために奴のベッドに寝転んだ。
「模擬店の件については……ええ、文化祭実行委員に言ってもらえれば。委員会室は――」
文化祭。実行委員。
漏れて聞こえた声に、ああ、またかと思う。
そう、こいつ文化祭実行委員長を押し付けられちゃってるのだ。
面倒だろうに、お人よしなのでこいつは請け負っちゃったのである。今日だって土曜日なのにこうして仕事しちゃってるし。
……まったく、そのせいで私と一緒に遊ぶ時間が少なくなったのに。
私より優先するべきものとかある? 無いでしょ。
あーあ、可哀想に。
せっかく天使みたいに可愛い女の子と恋人になれるのに、文化祭の仕事で忙殺されちゃうのか。可哀想に……デート童貞はこのまま維持ですよ。
可愛い可愛い彼女の目が移っちゃったらどうするのかなー。もちろん私はそんなことはしないけど、仕事しながら悶々とすればいいよ。
「では、この後学校で。はい、力仕事なので忙しくなりますがよろしくお願いします」
――と、電話が終わった。
見ると、ポケットにスマホを押し込んだあいつがこちらへ向く。
「で、どうした? この後用事があるからあんまり時間無いんだが」
「……えっと、ちょっと伝えたいことがあって」
言うに事欠いて私を軽んじる言葉が聞こえた気もするが、今はいい。
どうせこの後こいつは感激の涙にむせぶことになるのだ。それを見て留飲を下げてやる。
「……その」
……でも、ちょっとドキドキする。
私はあんまり会話が得意じゃないので言葉も詰まりそうだ。私が普通に会話できるのはこいつと両親くらいだし。
……でも、絶対に成功すると分かっているので頑張る。
「……わ、私と」
「ああ」
絶対に成功する。絶対に成功するから。
大丈夫。きっと大丈夫。だって私はとっても可愛いし。
「……私、付き合ってあげても……いいよ?」
「……は?」
言った。ついに言った。
頑張った。多分人生で一番頑張った。
まったくこいつめ。私にこんな手間を掛けさせるなんて。
これからは恋人なんだし、その分甘やかしてもらわないと。
「……付き合う……? ああ、なるほど」
「……?」
……あれ?
おかしい。なんで喜んでないんだろう。
もっとこう、ありがとうございますとか、光栄ですとか。
だって私は超可愛いし、感動してしかるべきで――
――え? どういうこと?
「……ね、ねえ」
「いや、それはいい」
………………………………へ?
それはいいって……え?
……え?
……………………え?
「せっかくだけど、付き合ってくれなくていい。今日はちょっと大変だしな。じゃあ俺は学校行くから」
「……」
奴がバックを手に取り、部屋から出ていく。
そして目の前で扉が閉まった。
『あ、玄関閉めてくから窓から帰ってくれ』
扉の外からの声。
少しして、遠くから玄関の閉まる音がした。
「……」
……えっ。
…………………………えっ。
◆
あーあ、あいつ一生童貞だよ。
可哀想にね……一生に一度の卒業チャンスを逃しちゃうなんて。
あー、本当に可哀想。
あまりに可哀想すぎて涙が出てきちゃった。
「……ぐすっ……ひっく……うぅ」
私みたいな美少女を振るとか現実見えてないよね。
確かに優しいし、人望もないわけじゃないし、勉強は学年トップクラスで全国模試でもいいとこ行ってるらしいけど……。
でも常識的に考えて私より可愛い娘なんてほとんどいないわけだし?
どれだけ理想が高いのか、っていう?
「……ふぐぅ……ひっく……えぅ……」
妥協しといたほうがいいと思うんだけどなー。
そんなんじゃ一生誰とも付き合えないよ? って。
今謝ったら許してあげないこともないんだけどなー。
土下座して謝れば億歩くらい譲って付き合ってあげてもいいんだけどなー。
「……ぐすっ……ぐすっ」
というか信じられないよね。
彼女いない歴=年齢のくせに彼女欲しくないのかな? 他に好きな女がいるわけじゃないだろうに。ずっと一緒にいる親友だし、もしそんなのがいれば流石にわかる――。
――あれ。
そういえば……。
「……」
あいつ、ここ二週間はずっと実行委員の方にかかりきりだったよね。
部外者を委員会室に入れる訳に行かないからって、私を放置してたし。それまでは大体一緒にいたのに。
だから私は最近あいつが何をしているのかよく分からなくて……。
「……まさか」
……その間に、女が。
「…………ひっく、えぅ……ふえぇえぇぇええ」
……あーなるほどね。
あいつ騙されてるよ。童貞だからちょっと近づいてきた女につい引っかかっちゃったのかな。
まあ、超かわいい私の予想では捨てられる可能性は百パーセントだろうね(間違いない)。
お金だけ貢がされて捨てられて泣くことになるよ(必定)。
そして私の所に帰ってきて土下座することになるんだろうね(絶対絶対間違いない)。
「うぅううぅぅう、ぐすっ、うえぇぇぇええ」
あー、ぼろ雑巾みたいに捨てられるあいつを想像したら憐れ過ぎて泣けて来ちゃったよ。
もう全然止まってくれない。可哀想だなあ……本当に可哀想だなあ……。
「うぇ、ひっく、うえぇ、ひっく」
本当に可哀想で…………。
……………………なんで。
……なんで私はもっと早く。
「ぐすっ、ふえぇえぇぇえ」
とっても不思議だけど、なんだか胸が痛かった。
◆
次の日。
制服を着こんで学校への道を歩く。
今日は日曜日だけど、あいつは朝早くから家を出て学校へと向かっていた。
本当によくやると思う。お金がもらえるわけでもないのに休日出勤とかね……。
まあ私はそんな風にあくせく働いているあいつを見て笑うためにこうして学校に向かっているのである。
ついでにあいつの周りにいる女とかをね。全然興味ないし暇つぶしに過ぎないけど見ておこうと思う。
一晩経って冷静になった私はかつてないほどにクレバーだ。
よくよく考えると恋人が出来たとかあいつは一言も言ってないわけで、もしかしたら私の早とちりの可能性だってある。
あいつが私を振っ……一歩引いたのだって、何か別の理由があるのかもしれないし、ちゃんと調べる必要があるに違いないのだ。うん、間違いない。私って頭いいなあ。
そう、超かわいい私は頭もいい。
成績だって上の方だから間違いない。テスト前になるといつもあいつが私に無理やり教えていくからテスト対策はいつも万全だ。
男の時からずっと、試験前はあいつの部屋で強制勉強会と決まっている。
あいつも試験前の大事な時間を私のために使っているから、よっぽど私のことが好きなのだろう。辛いわーあいつに愛されすぎて辛い。
「……」
……次からもう教えてくれないのかな。
……
……
……
「……」
そんなこんなを考えているうちに学校に到着した。
文化祭前だからだろう、日曜日なのに中には多くの学生の姿があって、看板やら着ぐるみやらを運んでいるのが見える。
「……」
そんな中を一人歩く。
委員会室の場所は知っているのでそちらへ足を向けた。
「……あれ、推名さん……大丈夫?」
「……?」
途中、偶然クラスの女子に会う。
そしてどういう訳か心配されてしまった。ちなみに推名は私の名前。推名聖だ。私に似合ういい感じの名前だと思う。
「……そ、その、大丈夫って?」
「だって目、真っ赤だよ? それに足元もふらついてるし」
……目が真っ赤。
……あーそれはあれですね。睡眠不足。
昨日全然寝てないからそのせいだ。
足がふらついてるのもきっとそう。
辛いわー。
全然寝てないから辛いわー。
昨日一睡もしてないわー、ずっと泣いてたわー。
「保健室行く? 今日は保健の先生いるらしいよ?」
「……えっと、大丈夫、ありがとう……今日はすぐ帰るから」
「……そう? 柏谷君呼ぼうか?」
「そ、それはやめて……大丈夫だから」
先生やあいつの名前が出てきたけどそれは断る。
だって困るし。今日はあいつの普段の姿を見に来たのだから。私がいると知られないほうがいい気がする。
「き、気を使ってくれてありがとう……もう行くね」
「あ、うん……気をつけてね」
心配そうにこちらを見るクラスメイトと分かれて、足を進める。
何というかちょっと新鮮だった。普段体調が悪い時は真っ先にあいつが心配してくれるし。
「……」
それからさらに少し歩く。そしてそこに到着した。
委員会室。中から人の声が聞こえて、だから委員長のあいつもきっとそこにいるのだろう。
「……」
……なぜか、足が重い。
足が震えそうになるし、何故か手も震えてる。
「……」
……まあ、睡眠不足のせいだろうけど。
睡眠不足はありとあらゆる不調の元だ。そういうネット記事読んだことあるから間違いない。
だから何故か体が重いし、胸の辺りがズキズキするけどそれは睡眠不足だ。
不思議なことに頭にあいつと見知らぬ女の姿が浮かぶけど、それも睡眠不足。足が震えてるのも全部全部睡眠不足が悪い。
「……」
一歩近づく。
そこで気付いた。すぐ横、扉の横の窓から中の様子が少し見えている。
窓際に物を積んでいるからだろうか。カーテンがズレて隙間が出来ていた。
……そっと、覗く。
その中には――。
「――」
部屋の中にはあいつがいた。
黒板の前に立って、資料片手に何か話している。
周りには実行委員の腕章をつけた生徒が何人もいて、あいつを中心に輪になっていた。
輪には男だけじゃなくて女もいて、笑ったり、大げさに手を振ったり……とても楽しそうに見える。
「……あ」
その中の一人、髪の長い女が立ち上がる。私とは違うタイプの美人で、スタイルも良さそうに見えた。
そんな女があいつに近づき、親し気に肩を叩いて――。
「……」
――その女とあいつは二人で並んでいる。
助け合うように、支え合うように、傍で笑い合いながら。
一つの資料を二人で持って、顔を寄せて覗き込んで、肩が触れ合って。
――あいつも隣の女も楽しそうに笑っていた。
「……」
……窓に背を向け、歩き出す。
音を立てないように。バレないようにその場を去った。
◆
まあとりあえず、あいつが楽しくしてるようで何より、ってとこかな。
ずっと昔から傍にいる親友として感じ入るものがあるよ。
昔は私とあいつの二人しかいなかったのにね。
部屋の隅で本を読んでた私をあいつが無理やり外に引っ張って、一緒に遊んで。気が付いたら二人でいるのが当たり前になっていたから。
でもそこから成長してない私と違って、あいつはいつの間にか立派に成長していたのかもね。
色んな人と仲良くなって、今となっては文化祭の実行委員長だ。一緒に働く人とも仲がよさそうで……それを少し、感慨深く思う。
「……ぐすっ」
……でも。
……………………あの女なんだろうか。
仲良さそうに肩を寄せ合ってた女。
あの女があいつの彼女になったんだろうか。……そして、だから私と付き合ってくれないんだろうか。
「……うぅ」
なんでだろう。ずっと一緒にいたのに。誰よりも近くにいたはずなのにどうして私を選んでくれなかったんだろう。
何か怒らせてしまっただろうか。それとも私が超絶可愛くてもあいつの好みじゃなかったんだろうか。それとも……それとも私が元男だから?
「……」
やっぱりあいつも、元々男だった女もどきより、ちゃんとした女の子の方がよかったんだろうか。
いくら私が可愛くても、元が男だったからダメなんだろうか。
一年前に性転換病で女の体になった私は、生物学的には女であっても、社会的にはやっぱりまだ完全な女ではないから。
だからあいつも告白してくれなくて……頑張って私から告白しても振られてしまったのだろうか。
「……ひっく、ぐすっ」
ずっと一緒にいたのに。
ぽっと出の女なんかより、私の方が絶対絶対あいつの良いところたくさん知ってるのに。
私のことを一番知ってるのもあいつだろうし、今までずっと隣を歩いていたのに。
………………ちょっと気付くのが遅かっただけなのに。
あいつが最近かまってくれなくて、寂しくて……ようやく気付いたときにはもう遅かった。
……どうして、私はもっと早く。
こんなの酷いよ……。
「えぅ……ぐすっ……ひっく」
辛い、苦しい。
悲しい。胸が痛い。
もう耐えられない。
「……ぐすっ」
胸の中がズタズタにされたような痛みがある。
涙が次から次へと溢れて、もう前が見えない。
「……」
……
……
……
……でも。
なんでだろう。
……苦しいけど。でも。
少し、ほんの少しだけなんだけど。
ちょっとだけ、ごく僅かに……
……おめでとうって、そういう気持ちもある。
だって私たちは長い間親友だったから。
誰よりも仲がいい友達だったから。
恋人にはなれなかったかもしれないけど、でも確かに私たちが誰よりも仲が良かったのは間違いないはずだから。
……いつかの約束。
私たちが男同士だった頃。
恋心は無くて、友情だけがあった頃に約束したことがある。
私たちのどちらかに、恋人が出来た時は――お祝いをしようって。
「……えぅ……ひっく」
だから、それを覚えていたから。
目に浮かぶ涙を拭いながら、スマホを持つ。
それから、長い時間をかけてお祝いの品を選んだ。
◆
次の日、月曜日。学校から帰ってくると、早速お祝いの品が届いていた。
それを箱から取り出し、窓越しにあいつの部屋に移動する。
そしてベッドの上に座り、あいつが帰ってくるのを待った。
「……」
あいつは今日も遅い。
もしかしてあの女とイチャイチャしてるんだろうか。
……そう思うと、心臓が痛くなる。
「……はあ」
溜息をつく。
ベッドに倒れ込み、目を瞑って――。
――
――
――
「――おい、起きてくれ」
「……あ」
気付くと目の前にあいつがいた。
目を擦りながら窓の外を見るともう日が落ちていて……いつの間にか眠っていたようだ。
「お前ももう女なんだから男の部屋で寝るなよ」
「……うん」
「……あと、足出てるぞ」
「……あ、うん」
太ももの半ばまでめくれ上がったスカートを戻しつつ、あいつの顔を伺う。
あいつは少し眉をひそめながらこちらを見ていた。
「……どうした。今日――いや、ここ数日元気ないな。今のだって、いつものお前なら顔真っ赤にして俺を煽ってくるだろうに」
「……そうだっけ」
そうだったかもしれない。
でも流石に今日の私にそんな元気はない。だってこれから大事な話をするんだから。
「本当に大丈夫か? 病院行くか?」
「ううん、大丈夫」
心配してくれるのは嬉しい。
でもきっと病院ではこの痛みは消せないだろう。
あーあ、どこかの誰かさんが一言だけでも言ってくれたらこんな痛み一瞬で消えちゃうんだけどな。それどころか、もっと……。
「……」
……ま、仕方ないか。
「その、ね。渡したいものがあるの」
「渡したいもの?」
「……うん、お祝いのプレゼント」
背中に隠していたそれを前に持ってくる。
そして……。
「……っ、……はい、これ」
一瞬手が止まり……でもそれを差し出す。
プレゼント用に包装されたそれを、あいつに差し出した。
「おめでとう」
女としての私が胸の中で泣いている。
それでも涙を必死にこらえて、かつての私、男としての僕がそう言った。
僕とあいつは間違いなく親友だったから。
他の誰よりも仲が良くて、一年前私がこうなるまで一生友情が続いていくんだって思ってたから。
……だから。
親友だから、笑顔で祝福しよう。女としては、後で沢山泣けばいい。
「………………?」
「…………どうしたの?」
しかし、何故かあいつは首を傾げている。
早く受け取って欲しい。私がどんな思いでこれを差し出しているか分かっているんだろうか。
「……お祝いって、何のことだ?」
「……?」
……あれ?
「……その、恋人が出来たお祝いだけど……?」
「はあっ!? お前に恋人が出来たのか!?」
「私じゃないよ!? 君でしょ!?」
「俺!? 何の話だよ!?」
……あれぇ? なんか変じゃない?
二人して叫び合って、目を見合わせる。
おかしい、なんだか話が通じてない。
「……最初から話してくれ。何が何だか分からない」
あいつが溜息をつきながら言う。
呆れたような態度にカチンとくる。好きじゃなかったらマジギレですよ。
ため息つきたいのはこっちなんですけど。
お前が勝手に恋人作ったせいで、ここ数日私のメンタルがどれくらいズタボロになったと思ってるのか。超かわいい私の顔にクマが浮いてるんですけど。
「……だから、最近君が文化祭実行委員の女の子と仲良くしてたから」
「……ああ」
「……付き合ってるんでしょ?」
「なんでそうなる?」
え?
付き合ってるんじゃないの? 本当に?
「でも仲良さそうに会話してたし……」
「仲良く話してるだけで付き合うことになるなら、学校中カップルだらけだろうな……」
……あれ?
でもそういえばそうか。あの時、肩を叩いたり一枚の資料を二人で持ってたりと、距離が近かったからてっきりそう思ったけど……。
別に恋人じゃなくても話はするし、肩を叩くくらいはするかもしれない。距離が近いのは思い出すだけでイラっとするけど。
……もしかして、私の早とちりだった?
「え、じゃあ君恋人いないの?」
「いないよ」
「彼女いない歴=年齢なの?」
「……まあ、そうだが」
「本命チョコも貰ったことないし、デートもしたこともないし、キスしたこともないの?」
「おい、悪意ある言い方止めろ」
へー、ほー、ふーん。
なーんだ、そうだったのかあ。
すっかり勘違いしちゃったよ。
もーびっくりさせないで欲しいよね?
……………………私はてっきり、もう仲良くできないのかと。
「えへへ……」
「!? お、おい、何で泣いてるんだよ」
あ、いけないいけない。目から出ちゃいけないものが出てた。
慌ててあいつに背中を向ける。そして制服の袖で目じりを拭った。
「これはね、君が可愛そうになったんだよ。彼女いない歴、更新おめでとう!」
「……こいつ」
えへへ。
でもそっかー。早とちりだったかー。
……すごく嬉しい。ニマニマしちゃう。これからも一緒に居られるのが幸せ。
でもそういえばそうだよね。だって天使みたいに可愛い私が傍にいるのに、他の女の子と付き合うなんてないよねー。
そもそも私の方があの女よりよっぽど仲いいわけだし? まああっちも結構綺麗だったし、私とは違うタイプの美人であることは認めるけど。でもやっぱり年季が違うよ、年季が。私とこいつが何年来の付き合いだと思ってるのかな? 幼稚園からぞ?
「もー、驚かせないでよねー」
「お前が勝手に勘違いしただけだろ……」
よく考えたら、たった二週間でこいつが恋人なんて作れるはずもないよね。
だって彼女いない歴=年齢だもん。そんなに手が早いわけないかー。
「ふふーん!」
「……なんでさっきからウロウロしてるんだ? ちょっと落ち着けよ」
もー、またそんな呆れたような態度取ってー。
とっても可愛い私の事が大好きなくせにー。
「……まあ、元気になったならいいか。で、これは何なんだ?」
「あ、それー? 私は使えないしあげるよー」
あいつが手に持つそれは、例のプレゼントだった。
誤解だとわかった今となっては意味のないものだけど、でもまあ、私には必要ないものだし。
「彼女が出来たんなら、必要かなって買ったんだー」
「ほー、じゃあ見せてもら……お……」
あいつがバリバリと包装を破くと中からそれの箱が出てくる。
「……お、お前、これ……なんだ?」
「え? コン〇ーム」
「……お前ちょっとそこに座れ。正座だ。ベッドの上じゃねえよ、床に座れ」
無理やりフローリングの床に座らされ、説教が始まる。
……この後めちゃくちゃ説教された。