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《佳作受賞》魔術機関きっての問題児は魔術師のいない国に派遣されることになりました。  作者: 彩賀侑季
【戴冠式編】

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二章:王子の信者①


 翌日、アナベルはいつも通り身支度を整えた。


 今日は地方の軍備を任されている指揮官たちも集めての会議だ。地方の状況を聞く報告会でもあるらしい。アナベルも会議の出席者だ。部屋の隅で座っているだけなので、昨日のように足が痛くなることもないだろう。


 ジークハルトとディートリヒは会議が始まるまでの時間も、書類仕事に追われている。アナベルはソファに座ってヴィクトリアと一緒に、前にディートリヒにもらった紙を見て参加者の確認をしていた。


 会議の時間が近づき、執務室の扉がノックされる。将軍の誰かか、あるいは伝令の兵士が呼びに来たのだろう。執務室の扉に視線を向けると、扉を開けて現れたのは軍服を着た黒髪の青年だった。


「失礼いたします」


 歳は二十代前半頃。爽やかと形容できる笑顔を浮かべている。癖のない真っすぐな黒髪が印象的な人物だ。着ている軍服から――さすがに二ヶ月も経てば服装から階級の判別することぐらいは出来るようになった――佐官であることが分かる。王都に駐在する佐官の軍人はアナベルも顔ぐらいはなんとなく覚えている。それにも関わらず、彼の顔にはまったく見た覚えがなかった。


 青年は敬礼をする。


「元帥。ご無沙汰しております」

「エーリク」


 ジークハルトが立ちあがる。そのまま、青年に近づいていく。その表情も、声音もいつもより明るく聞こえる。


「久しぶりだな。活躍は耳にしている。息災だったか」

「ええ、もちろん。元帥もお変わりないようで安心いたしました」


 昨日の謁見中、ジークハルトはいつも以上に感情を表に出さなかった。好意的なものも、逆のものもだ。こうも喜びの感情を表現するとは。


 アナベルはきょとんと、青年を見つめる。エーリクと呼ばれた青年は今度はディートリヒに笑いかけた。


「ディートも久しぶり」

「ああ。久しぶり。――そっか。エーリクもヘルマン将軍と一緒に来たのか」


 ヘルマンという名前は先ほどメモで見た。確か、東の国境を任されている将軍だ。今回、地方にいる将軍のうち、唯一戴冠式への参加が叶った人物である。


 エーリクは口元に弧を描く。


「当然でしょ? 王都まで戻って来れる機会なんてなかなかないしさ。戴冠式だってめったに見れるものじゃないし。この機会を逃す手はないだろ? 他に行きたがってる奴がいたからソイツに仕事を押しつけて、一番に立候補したよ。後で、ソイツには大分グチグチ言われたけどね」

「……相変わらず、悪知恵が働くな。エーリクは」

「要領がいいって言ってよ。そういうディートは相変わらず、面倒な仕事も引き受けてるんじゃないのか? たまには嫌なことは嫌って言った方がいいと思うよ、俺は」

「ヘルマンからはお前も同伴するとは聞かされていなかったが――」

「サプライズですよ。サプライズ。最初から来るのを伝えておくのはつまらないでしょう? 驚かせたかったんです」


 それにしても随分と気安い会話が繰り広げられている。なんとなく、疎外感を感じたアナベルは隣に座るヴィクトリアと距離をつめる。


「誰ですか、あの人?」


 三人の会話を邪魔しないように、ちゃんと小声で聞いたつもりだった。それなのに、ヴィクトリアが答える前にエーリクがこちらを振り向いた。少し距離があるにも関わらずだ。彼の視線がヴィクトリアを捉える。エーリクが近づいて来ると、ヴィクトリアは立ち上がり、綺麗なお辞儀をした。


「お久しぶりでございます。エーリク様」

「やあ。ヴィクトリアも久しぶり」


 エーリクは観察するようにヴィクトリアを上から下まで見ると、軽い調子で質問を口にした。


「どう? この一年で少しは人間らしくなった?」

「エーリク」


 咎めるような声をあげたのはジークハルトだ。ディートリヒも表情を強張らせる。しかし、訊ねられたヴィクトリアは無機質な目で青年を見つめ返すだけだ。


「悪い意味で言ったわけじゃありませんよ」


 エーリクは肩をすくめる。悪びれた様子もない。


「俺の知る彼女は人形そのものでしたからね。どう変わったのか、興味がわくじゃありませんか。俺としては元々のまま、成長するのもありだとは思いますよ。クールでミステリアスでありながら、命令に従順な美女。隷属させたいって思う男を逆に虜にする。なんとも小悪魔的ではありませんか。俺の好みからは外れますけどね」


 彼の言うことはアナベルにはさっぱり理解出来なかった。それはヴィクトリアも同じだったのだろう。


「人間らしいという意味が分かりません」

「そうだね。最近の思い出で印象に残っていることはある?」


 ヴィクトリアは瞬きをする。彼女は何かを考えているようだ。それからポツリとヴィクトリアは口を開いた。


「アナベルたちとお茶をしに行きました。お買い物をしました。ケーキが美味しかったです」


 彼女の言葉は続く。


「戴冠式の準備がとても忙しかったです。カミラとミアが文句を言ってました」


 最後の一週間はヴィクトリアも他の侍女の手伝いに回っていた。おそらく、そのときのことを言っているのだろう。


「謁見の際、ディートリヒ様が怒っていらっしゃいました」


 その言葉にアナベルは違和感を覚えた。確かに昨日、ディートリヒはピリピリしていた。しかし、その前に彼女が口にした二つの出来事と同列に語ることではないように思えたからだ。


 エーリクが首を傾げる。それからディートリヒを振り返る。


「ディートが怒るなんて珍しいね。何があったの?」

「……まあ、色々」


 自身の事に触れられ、ディーデリヒは何とも気まずそうに視線を逸らした。エーリクはくすりと笑う。


「いや、なんとなく理由は分かるよ。城についてから軽く城内を見て回ったけど、何とも賑やかそうなメンツが集まっていたからね。大変だ大変だ」


 面白がっている様子なのは、他人事だからだろう。それからまたエーリクはヴィクトリアを見た。


「でも、自分の思っていることを説明出来るようになるなんて十分人間らしくなったみたいだね。これはこれで五年後が楽しみだね」


 彼は綺麗な笑みをヴィクトリアに向ける。そして、その隣のアナベルに興味を移した。琥珀色の瞳がアナベルを捕らえ、手を差し出してきた


「挨拶が遅れてたね。俺はエーリク・H・オーベルシュタット。どうぞよろしくね」

「はじめまして。王宮魔術師のアナベル・シャリエです。よろしくお願いします」


 アナベルは握手に応じるため、手を差し出し返す。彼は柔らかに微笑み、アナベルの指先に触れると。


「ちょっと想像とは違ったけど、可愛らしいお嬢さんで安心したよ」


 ――と言って、手の甲に口付けを落とした。


 突然のことにアナベルは硬直した。エーリクはすぐに手を離し、何事もなかったかのように言葉を続ける。


「いやあ、東でも話題になってたんだよ。『四大』の一人に数えられる魔術師は一体、どんな女の子なのかってさ。王妃殿下にような大人しそうな子か、あるいは筋肉隆々の大柄な女性なのかってね。こんな普通の女の子だとは思ってなかったな。あ、これは誉め言葉だからね?」


 彼が何かを言っているが、その中身はアナベルの頭に全く入ってこない。ようやく、状況を理解し、――アナベルは絶叫した。


「ぎゃあああああああああああ!!」


 悲鳴に逆に驚くエーリクを無視し、アナベルは一目散に逃げた。机を踏み越え、ジークハルトの背中(あんぜんちたい)に隠れる。瞬きを何度も繰り返すエーリクを指さし、アナベルは抗議の声をあげた。


「何ですかこの男は!!」

「エーリク・H・オーベルシュタット。父親である将軍のヘルマンの補佐をしている。昔からの友人だ」

「初対面でキスするなんてチャラくないですか!?」

「ただの挨拶じゃない。そこまで拒否反応起こすこと?」


 挨拶で手の甲にキスをする習慣があること自体は知っている。以前、感謝の気持ちの表現としてユストゥスに似たような真似をされたこともある。しかし、初対面の相手にこんなことをされたのははじめてのことだ。エーレハイデでも誰もこんなことをしてこなかった。


「随分と初心だね。元帥の好みがこういうタイプだとは知りませんでしたよ」


 エーリクは笑う。どこか面白がっている様子だ。


 恋愛のれの字もろくに知らないアナベルを初心と表現するのは間違ってはいないのだろうが、なんだか気に入らない。後半の言葉は二人を恋人と報道した記事を踏まえてのことだろう。


 そのとき、ジークハルトが僅かに体を強張らせた。不思議に思い、アナベルはジークハルトを見上げる。どこか冷たい声が響く。


「……それで、用件を教えてくれ」


 先ほどまであれほどエーリクの来訪を喜んでいたのに、今の言葉にはどこか邪険にするような響きが含まれている。その違和感に気づいたのはアナベルだけではないだろう。


 エーリクは少し首を傾げたが、気を取り直すように手を胸に当てる。


「もちろん、元帥のお迎えですよ。他にもこの役目をやりたがる奴は多かったんですけどね。ご配慮が必要かと思って、俺がはせ参じた次第です」


 一瞬、彼の視線がアナベルに向く。


「父さんと一緒に来たのは俺だけじゃありませんよ。エルも一緒です」

 

 執務室に妙な沈黙が流れる。ディートリヒの視線がこちらを向く。アナベルは疑問を抱く。


(――エルって誰です?)


 しかし、それを訊ねられそうな雰囲気でもない。黙って、場の成り行きを見守る。沈黙を破ったのはディートリヒだった。


「アナベルちゃん」


 彼が呼んだのは何故か、アナベルだ。怪訝に思いながらも彼を振り返る。


「はい」

「アナベルちゃんに特別任務をお願いしてもいいかな」

「特別任務?」


 何とも胡散臭い響きだ。ディートリヒは笑っているが、それはいつもの笑い方じゃない。昨日謁見相手に見せた作り笑みに近い。アナベルは不信感を抱く。


 ディートリヒは執務机に置かれた紙とペンをとる。さらさらと、紙に何かを書き付けた。彼は書いた紙をあっという間に封筒のような形に折ってしまった。その紙をアナベルに差し出してくる。


「ボニファーツ医務局長にこれを渡してきてほしいんだ。重要機密だから。中は開けちゃ駄目だよ」


 アナベルは黙って手紙を受け取った。しっかり折られていて、中は全く見えない。開封した後に元に戻すことはアナベルには出来ないだろう。


(……なるほど)


 ディートリヒの意図は分かった。アナベルは小さく息を吐いた。


「分かりました。ボニファーツ先生にですね」


 ここは話を合わせてやろう。そう思い、アナベルは手紙をポケットにしまった。


「うん。医務室にいると思うから、お願い。ヴィクトリアもついていってくれるかな」

「かしこまりました」


 今日の会議の参加者は全員、魔力検査がすんでいると聞く。魔術師の護衛は不要だろう。


「じゃあ、ちょっと行ってきますね」


 ヴィクトリアをお供にアナベルは執務室を出る。「じゃあね」とニコニコ顔でエーリクが手を振って来た。ジークハルトは最後までこちらを見なかった。


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