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《佳作受賞》魔術機関きっての問題児は魔術師のいない国に派遣されることになりました。  作者: 彩賀侑季
【着任編】

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番外編:ハーブティーと贈り物⑤


 既に日は沈んだ。王城内の至る所には灯りが(とも)されているが、周囲は薄暗い。アナベルがジークハルトを呼び出したの夜遅くのことだった。


「すみませんね。わざわざこんなところまで足を運んでいただいて」

「構わない」


 アナベルが選んだ場所は王城の東にある裏庭だ。


 四方を塀で囲まれており、見晴らしは悪い。普段はジークハルトが鍛錬に使っている場所らしい。彼はたった一人、角灯(ランタン)を片手に現れた。アナベルが頼んだとおりだ。


「無茶を言ったのはこちらだからな」

「本当ですよ! こうして、ちゃんとプレゼントを用意した私に感謝してほしいですね!」


 ひとしきり不満を口にする。それから、アナベルは手を差し出す。


角灯(ランタン)。渡してもらえますか?」


 ジークハルトは大人しく指示に従ってくれる。角灯(ランタン)を受け取ったアナベルは火を消した。周囲は薄闇に包まれる。周囲を塀で囲った裏庭には城内の灯りも届きにくい。空に輝く月明りが周囲をほんのりと照らす。


 アナベルは角灯(ランタン)を地面に置く。


「ジークは魔術具や魔術薬に頼らない魔術を見たことがありますか?」


 この暗さではすぐ近くにいる相手の表情も分かりにくい。それでも、声音からジークハルトが訝しがっていることは分かった。


「ある。何度か君が見せてくれただろう」

「そうじゃなくて」


 確かに以前、アナベルはジークハルトの前で魔術を振るったことがある。『牙』(クルイーク)との戦闘。ニクラスとの試合。ジークハルトの治癒。しかし、アナベルが聞きたいのはそのことではない。


「先代シルフィードはあなたにちゃんとした魔術を見せたことがありますか?」


 その質問に返事はなかった。沈黙が流れる。


 ――エマニュエルはジークハルトを身籠ったことで、ほとんどの魔力を失ってしまった。


 彼女は生前、魔術薬や魔術具を作ることぐらいは出来た。魔術の研究は出来た。しかし、魔力が存在しないエーレハイデの地で、実際に魔術を行使できるほどの魔力があったとは思えない。魔術具や魔術薬の類を使ったものならともかく、体内の魔力を消費して魔術を扱うことは、当時の彼女にとっては自殺行為だったはずだ。だから、アナベルはジークハルトは実際に魔術を扱うのを見たことはないのでないかと推察している。


 先代シルフィードに関わる質問はジークハルトにとって、ある種禁句だろう。無神経な質問なのは間違いない。答えが返ってこなくてもおかしくない。


 それでも、ジークハルトは答えてくれた。いつもどおり、淡々とした口調だ。


「ないな。魔術具の扱い方を教えてもらったことはあるが、母上自身が魔術を使ったところは見たことがない」

「……まあ、そうですよね」


 予想通りの答えだ。


 アナベルは立ち上がる。少し考えてから、口を開いた。


「私、元々魔術ってそんなに好きじゃなかったんですよね」


 おそらく、これは魔術師が言う言葉ではないだろう。そう思いながらも言葉を続ける。


「今では好きな魔術もありますけど、――子供の頃は魔術を覚えるのがそんなに好きじゃなくて。教師を困らせてたものです」


 得意なことと好きなことは必ずしもイコールにはならない。アナベルにとって魔術は得意なことではあるが、好きなことではなかった。特に魔術学院に入ったばかりの頃はその傾向が顕著だった。


 そもそも、教師が低学年の学生に求めるレベルは、アナベルには程度が低すぎた。


 例えば紙を少しだけ宙に浮かせる。蝋燭の火を消す。何も触れずにコップの水を動かす。このあたりは魔術の初歩の初歩だ。そこから少しずつ子供たちは大きな魔術を扱えるように練習していく。


 アナベルには最初から紙の束を空に巻き上げることが出来た。風で火を消す際に、蝋燭どころか、置いてある台をなぎ倒すことが出来た。水流の勢いでコップを壊すことが出来た。呪文さえ教えてもらえればそれぐらいは難しくない。むしろ、同級生のように()()()()というのが非常に難しかった。


 同級生たちは最初はじめて魔術を使ったとき、とても嬉しそうだった。小指の先程度、ほんの一瞬だけしか紙は浮いていないのにはしゃいだ様子を見せていた。そんな感動をアナベルは抱くことが出来なかった。魔術の授業はひたすら、退屈なことをさせられているとしか思えなかった。


「それを母様は問題だと思ったんでしょうね。ある晩、私を家の外に連れ出したわけです。――この話は手記に書いてありましたか?」


 フラヴィがジークハルトに渡した手記にはアナベルのこれまでが書かれている。ただ、どの程度細かいところまで記されているかが分からない。確認をすると、彼は首を横に振った。


「いや、知らない。そこまでは細かい話は書いていなかった」

「なら、良かったです」


 アナベルは安堵する。そのあと、フラヴィが何をしたのか。そのことが手記に書かれていたら、これからアナベルがやろうとしていることは半分以上つまらなくなる。


 一歩、アナベルは足を踏み出した。そのまま、二歩、三歩と進み、中庭の中央で足を止めた。ジークハルトと十分距離をとったことを確認すると、先ほどより大きめに声を発する。


「魔術師の子供が最初に習う魔術って見てても全然面白くないんですよ。全然、やる気にならないんです。だから、母様は私が面白いと感じそうなものをいくつか教えてくれました。……これもその一つです」


 そう言って、アナベルは目を閉じた。体内の魔力に意識を向ける。


「――『灯れ』」


 呪文を唱えた瞬間、魔力が反応するのを感じる。アナベルは目を開ける。


 視界に映る手足が輝いていた。体内の魔力が反応し、光源となっているのだ。周囲に淡い金色の光の粒がいくつも浮かび上がる。それはさながら粉雪が太陽の光を反射して、輝いているかのようだった。


(やっぱり、この魔術は綺麗ですね)


 裏庭には無数の幻想的な光が漂い、ほんのりと周囲を照らす。自身が生み出したものであっても、その光景は美しい。アナベルは満足げに笑みを浮かべた。


 この魔術は、体内や周囲の魔力を反応させて、光らせるものだ。実生活でも、戦闘でも、何の役にも立たない。ただ、見栄えだけの魔術だ。それでも、この美しさをアナベルは気に入っている。


 幼い頃、この魔術を見せてもらったとき、アナベルは大はしゃぎした。手を伸ばし、光を捕まえようとする養女にフラヴィは「魔術にも面白いものがあるだろう」と頭を撫でてくれた。それ以来、アナベルは自分が好きな魔術は熱心に覚えるようになった。懐かしい思い出だ。


 しばらく光の粒は空を漂っていたが、時間と共に消えていく。――エーレハイデでは大気に魔力がない。長く光の粒を輝かせ続けることは出来ない。その儚さが、より一層先ほどの光景を(とうと)くさせているような気がした。


「どうでしたか?」


 アナベルは最後の一つの粒が消えるのを確認して、ジークハルトを振り返る。しかし、反応はない。アナベルは眉を吊り上げる。ずかずかと速足で彼に近づく。


 ジークハルトの表情がうかがえる距離。そこまで近寄って、ようやくアナベルは彼がどこか上の空であることに気づいた。なんとも彼らしくない。


「ジーク! ご感想を!」


 アナベルが抗議すると、やっとジークハルトが口を開いた。


「綺麗、だった」


 どうやら、ジークハルトは光景の美しさに圧倒されていたようだ。想像以上の反応にすっかりアナベルは機嫌を良くする。


「そうでしょう、そうでしょう!」


 アナベルは胸を張る。


「エーレハイデではこんなのまず見られませんからね! これ以上ないプレゼントでしょう! ――あ! ちなみに魔力消費については気にしないでくださいね。数日で回復する程度なんで」


 本当であれば、空に飛ばした光を自由自在に動かしたり、あるいは空を飛んだり、もっと派手な魔術を使いたかったが、それは諦めた。あまりに魔力消費が激しすぎる。このぐらいの魔術が妥協点だと判断した。


「気に入っていただけましたか?」


 満面の笑顔を向けると、ジークハルトは目を細める。


「ああ、もちろん。ありがとう」


 期待通りの言葉を貰え、アナベルも満足だった。先ほど地面に置いた角灯(ランタン)を手に取り、火をつける。ポツリとジークハルトが呟いた。


「ああいう魔術もあるんだな」


 アナベルは首を傾げる。ジークハルトの表情はどこか暗い。


「実用性に欠ける魔術だ」

「ああ、まあ、そうですね。魔術のスゴさを分かりやすく見せられるので、王侯貴族へのパフォーマンスには使われるんですけど――」


 そこまで言って、アナベルは一度口を閉じる。この魔術を見せてもらった時に、フラヴィに言われたことを思い出す。


「元々、この魔術は初代のシルフィードが編み出したとされてるんです」

「初代の?」

 

 エマニュエルやアナベルがシルフィードの名を継承するずっとずっと前。七百年前に魔術機関を創立したアルセーヌの四人の弟子の一人、シルフィード。弟子の中で一番若い彼女は自由奔放で、風のような女性だったと云われている。


「彼女自身がこの魔術を創ったのは、『綺麗な光景を見せたいと思ったから』だそうですよ」


 七百年前に生きた彼女はいったい誰にこの光景を見てもらいたかったのだろうか。


 当時の彼女の想いをアナベルは知ることは出来ない。けれど、もしかしたら、初代シルフィードの想いどおりに魔術を使ったことになるのかもしれない。幼い日に、フラヴィがアナベルに見せてくれたように。


 アナベルは角灯(ランタン)をジークハルトに返す。その際にニヤリと笑みを浮かべた。


「十ノ月は期待してますから」


 それだけできちんと伝わったらしい。ジークハルトは苦笑いを浮かべる。


「ああ。分かった」

「楽しみです」


 アナベルの誕生日はまだ四ヶ月近く先だ。今まで自分の誕生日はフラヴィと二人きりだった。今年は一体何人と過ごすことが出来るのだろう。


 ジークハルト、ヴィクトリア、ディートリヒ、リーゼロッテ、カイ、テオバルト、メルヒオール――お祝いをするなら呼びたい人はたくさんいる。アナベルが十八歳になる頃にはもっと、エーレハイデで親しい人は増えているだろうか。今までの誕生日とまったく違う日を過ごすことになりそうなのは嬉しい反面、気恥ずかしさもある。


 期待に胸を膨らませながら、アナベルは先ほどまで幻想的な風景が広がっていた中庭を後にした。


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