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《佳作受賞》魔術機関きっての問題児は魔術師のいない国に派遣されることになりました。  作者: 彩賀侑季
【着任編】

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番外編:ハーブティーと贈り物④


 ディートリヒと合流をする。訓練場から離れつつ、今度はどこへ行くかと話し合う。


「ユストゥス殿下は?」

「却下です」


 ディートリヒの案を速攻で拒絶する。


 ユストゥスの存在にはすぐに思い至ったが、未だに警戒心の方が強い。わざわざこちらから会いに行きたいとは思わない。ディートリヒもアナベルの反応を予想していたのか苦笑いを返した。


「あと、思いつくのは陛下だけど――王城を出るわけにはいかないからね。軽々しく謁見出来る相手でもないし」

「他にジークと仲良しの人はいないんですか? あなた以外のお友達とか」


 考えてみると、アナベルはジークハルトの交友関係をよく知らない。あれだけ周囲に慕われているのだ。他にも大勢友人がいるだろうに。


「俺以外にも何人か幼馴染みたいなのはいるけど」


 ディートリヒの反応は芳しくない。


「全員王都にいないよ。地方にいるんだ。軍人だったり、官僚だったり、仕事でね。全員、名家の出身だから何かしらの地位についてるんだ」


 王族の幼馴染となれば、一般市民ではないのだろう。彼の説明に納得する。


「それ以外にご友人はいないんですか?」

「知人はいるけど、友人はいないね」


 アナベルは目を瞠る。


「いないんですか? あれだけ慕われてるのに」


 ディートリヒはどこか曇った表情を浮かべた。


「慕われてはいるけどね。ジークは何をするにも、まず前提として王子っていう立場が邪魔をするから」


 その言葉にアナベルは口を噤んだ。


 ディートリヒは立ち止まり、上を見上げる。アナベルもその視線を追う。


 城壁の隙間から見える空は狭い。何千人もの人間が働く王城はそれなりに広い。しかし、魔術機関のある島に比べればずっと狭い。自由に出入りも出来ない。ある種、魔術機関以上に閉鎖的な場所だ。


「ジークを慕う人は大勢いる。ジークが目をかけてる相手もね。でも、対等な関係を築けてる相手は限られる。――ジークがどう思おうと、相手は臣下だから。ジークが何かを言ったら、それは命令になる。国王の息子として、誰かを贔屓するような発言も出来ない。気軽に親しい相手を増やすことも出来ないんだ。だからこそ、ジークは心を許せる相手はとても大事にしているんだけどね」

「……そうだったんですね」


 ジークハルトにはジークハルトの、アナベルには理解できない悩みがあるのだろう。彼の心情に想いを馳せつつ、ふと、本題を思い出す。


「じゃあ、他に頼れそうな相手はいないってことですか!?」


 他の友人は王城にいない。家族も駄目。そうなると本当に話を聞ける相手はいなくなるのではないだろうか。


 ディートリヒは腕を組み、うんうんと悩んでいる。


「あとは他の将軍たちと、……幼馴染って意味なら兄さんたちかなあ。でも、アロイス将軍は今、巡回に行ってるし、姉貴も王都だし、イェルク兄さんは助言を求めるのはちょっとなあ」

「もう他にはいなさそうですね」

「――あ」


 アナベルがそう諦めかけたとき、ディートリヒが思い出したように呟いた。


「アナベルちゃんも知ってる人で、テオバルト将軍以外にジークのこと昔から知ってる人を思い出した」

「誰ですか?」


 そんな人いただろうか。アナベルは一歩ディートリヒに近づく。食い気味の反応に、ディートリヒは少し前を開けて答える。


「俺の親父だよ」



 ◆



 ディートリヒの父とはつまり、宰相メルヒオールだ。人が良く、善良――悪く言うと存在感に欠ける宰相のことを、アナベルはすっかり忘れていた。


 確かに彼はジークハルトの叔父にあたる。昔からジークハルトのことを知っており、息子を王子に引き合わせてたのも彼だと言う。テオバルトとは違った話が聞けるのではないか、というのが息子の意見だった。


 ディートリヒに案内され、彼の執務室へ向かう。


「この時間なら、自分の執務室にいると思うよ」


 宰相であるメルヒオールは普段、王太弟と一緒にいることが多いらしい。ユストゥスに話を聞かれ、面白がられるのも嫌だったので、メルヒオール単独に会えるのは有難い。


 メルヒオールは自身の執務室で、書類仕事をしていた。突然の来訪にも関わらず、彼はアナベル達を歓迎してくれた。


「元帥への贈り物ですか」


 話を聞いたメルヒオールは立ち上がる。ゆっくりした足取りで壁際の本棚に近づくと一冊の本を手に取った。


「私がお贈りしたのはこの本です。異国から取り寄せたもので、非常に興味深い内容だったので、元帥にもお贈りました。きっとお気に召していただけるかと思いまして。とても面白かったと、わざわざ感想を伝えに来てくださいましたよ」

「……書物ですか」


 メルヒオールの言葉に思わず、アナベルは辟易とした表情を浮かべてしまう。


 本。なんとアナベルには無縁――というより、興味のないものなのだろう。魔術関係であればまだいいが、それ以外となると全く受け付けない。


 露骨すぎるアナベルの反応に、メルヒオールは嫌悪感を示すことはなかった。不思議そうに首を傾げる。


「きっと、元帥は何でも喜ばれると思いますよ」

「それ、何回も言われました」


 だからと言って、適当なものを用意するのも何だか違う気がする。出来るだけ、アナベル自身が納得出来るものを渡したいと思っている。


 宰相は微笑んだ。


「大分お悩みのようですね」

「はあ、まあ」

「……そうですね」


 メルヒオールは少し落ちてきた眼鏡の位置を直す。


「プレゼントが決まらなければ、ご自身がお好きなものを贈るというのも一つの手段ですよ」

「私が好きなもの、ですか?」

「ええ。自分が好きなものを相手に贈って、気に入ってもらえれば嬉しいでしょう? 相互理解も深まります」


 自分が好きなものを贈る、という発想はなかった。テオバルトとの意見ともまた違う。


(メルヒオール宰相に話を聞きに来て良かったです)


 彼が良い人というのは以前から知っていたが、どうしても接点が少なかった分、印象は少ない。癖がないところも非常に好感が持てる。アナベルはぺこりと頭を下げる。


「ありがとうございます」

「お役に立てれば幸いです」


 メルヒオールは嬉しそうに笑った。



 ◆



「本当に良い人ですね。メルヒオール宰相」


 メルヒオールの執務室を退出し、アナベルは彼の息子(ディートリヒ)に話しかけた。ディートリヒは苦笑する。


「人が良すぎるのが玉に瑕だけどね。我の強い人に挟まれると弱いんだ。上司には振り回されてばかりだしね」


 そういえば、メルヒオールはユストゥスの企みで王太弟の代役を頼まれもしていた。ディートリヒがユストゥスに使われていると同じような扱いをメルヒオールも受けているのだろうか。そう思うと、不憫に思えてくる。


「心中、お察しします」



 これで一通り情報収集は終えた。アナベルは二人を連れ、自室に向かう。他に落ち着ける場所が思いつかなかったからだ。


 寝台に腰かけて、「うーん」と唸り出したアナベルにディートリヒが声をかける。


「何か良い案は思いついた?」

「……ちょっと、まだ考え中です」


 ジークハルトは何でもいいと言った。ディートリヒは単純に物を贈るのではなく、一緒にお酒を楽しむという時間を作った。テオバルトは「魔術関係のものを贈るのはどうか」と言い、メルヒオールは「自分が好きなものを贈るというのもある」と助言をくれた。


 出来れば、アナベルにしか贈れないものをプレゼントしたいとは思う。一体、何が用意できるのか。アナベルは両足をバタバタさせて、考える。その様子を見て、ディートリヒが苦笑いをする。


「俺、一旦ジークの様子を見て来るね。後で戻って来るから、必要そうなものがあったら言ってね。用意するから」

「はーい」


 ディートリヒがいなくなり、アナベルは寝台にごろりと寝ころんだ。そのまま、物思いにふける。置物のように静かだったヴィクトリアが顔を覗き込んできた。


「お茶。飲む?」

「……お願いします」


 ヴィクトリアがお茶の準備をする音を聞きながら、アナベルは思い返す。


 フラヴィの誕生日の贈り物を用意するとき、いつだってアナベルはワクワクしていた。厳しいけど優しい養母はアナベルが何を贈っても喜んでくれた。普段は怒ることが多い――怒られることばかりしているアナベルが悪いのだが――が、フラヴィの誕生日は笑顔を浮かべてくれた。


 だから、アナベルは毎年何を贈ったら喜んでくれるだろうと考え、期待に胸を膨らませながらプレゼントを手渡していた。そして一緒にお祝い用のいつもより豪華な食事を一緒にとるのだ。あの時間をアナベルは本当に大事に思っていた。


(……今年は母様にプレゼントを贈れないんですね)


 フラヴィの誕生日は八ノ月。もう後二ヶ月を切っている。例え今からプレゼントを用意して、西方の魔術機関まで送っても、彼女の誕生日には間に合わないだろう。魔術機関出発前に準備をしておけばよかったと、今更後悔する。


(でも、今年だけじゃないんですよね)


 養母にはしばらく会えない。来年も、きっと再来年も、彼女と対面してお祝いをすることは出来ないだろう。――次にアナベルがフラヴィに会えるのはいつになるのか。


 エーレハイデに来ることは自分で決めたことだ。後悔もない。それでも、寂しさを感じてしまうのは、アナベルが親離れ出来ていない証拠なのだろうか。


「出来た」


 目をつぶっていると、近くでヴィクトリアの声が響いた。目を開け、体を起こす。すぐ傍に立っていたヴィクトリアからティーカップを受け取る。お礼とともに、一気に紅茶を飲み干す。そのままの勢いで立ち上がった。


「決めました」


 ヴィクトリアが感情の読めない瞳をこちらに向けている。アナベルは彼女を振り返った。


「ディート副官が戻ってきたら、確認したいことがあります」


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