番外編:ハーブティーと贈り物③
そういうわけで魔術供給薬の淹れ方講座から、なぜかジークハルトの誕生日プレゼントを用意することになった。
ジークハルトを残し、三人は部屋を出る。ジークハルトに聞こえないぐらい執務室から離れてから、アナベルは叫んだ。
「何でこうなるんですか!」
「まあ、いいじゃない。難しいことを要求されているわけじゃないだからさ」
なだめようとしてくるディートリヒを睨みつける。
「何でもいいが一番困るんですよ!」
アナベルにだって人にプレゼントを贈った経験はある。当然、その相手はフラヴィだ。彼女は誕生日に何が欲しいかと訊ねるといつだって「なんでもいい」と返してきた。その度にアナベルは頭を悩ませていた。
ディートリヒは苦笑いを返す。
「本当にジークは何でもいいと思ってるだろうからなあ。あまり欲があるタイプでもないし。アナベルちゃんが用意したものなら、何でも喜ぶと思うよ」
「なんでもって、――ゴミみたいなものでもですか?」
半信半疑で言葉を返す。
フラヴィと違い、アナベルはいつも誕生日プレゼントはリクエストをしてきた。貰えるならやっぱり欲しいもののほうが嬉しい。要らないものを贈られたって困ってしまう。何でも喜ぶ、というのは大袈裟ではないだろうか。
そう思って言い返したが、ジークハルトをよく知る副官の方が今回は上手だった。
「アナベルちゃんが、ジークのことを想って選んだんならね」
アナベルは顔を顰める。
思い出すと、アナベルはフラヴィの誕生日にゴミのようなものを贈り続けてきた。『何でもお願いを聞いてあげる券』だったり、海で拾った綺麗な石だったり。去年の誕生日だって、自身の発明品を贈った。魔力で動くマッサージ器だ。強さの調整ができないのと、大きくかさばるため、周囲からは不評だった。フラヴィは引きつった表情を浮かべたものの、「ありがとう」と言って受け取ってくれた。
アナベルはこめかみを押さえる。
「ちょっと、考えます」
何でもいいと言うが、出来ればジークハルトが喜びそうなものを用意したいと思う。アナベルは踵で地面を何度も叩く。考えをまとめ、口を開いた。
「まずは情報収集からですね」
アナベルはジークハルトのことをそう多くは知っていない。まずは周囲への聞き込みだ。
◆
向かうは訓練場――テオバルトのところだ。今日、彼はそこで部下たちの指導をしているらしい。まず、ジークハルトの師であるテオバルトに話を聞こうと思ったのだ。
「ちなみにお二人は何をプレゼントされたんですか?」
道中、ディートリヒとヴィクトリアに訊ねる。答えてくれたのはディートリヒだ。
「ヴィクトリアは自分で育てた花を贈ってたよ」
確認のため、ヴィクトリアを見ると彼女は頷いた。
「苗木を買って、花が咲いたから差し上げた」
何とも可愛らしい贈り物だ。単純に買ったものをそのままあげるのではない辺り、小粋だと思う。少なくとも、ヴィクトリアが自分で考えたり、テオバルトが思いつきそうなプレゼントではない。
アナベルはそういった思いつきが出来そうな副官に視線を移す。
「発案者はあなたですか?」
ディートリヒは苦笑するだけで、答えなかった。
その反応を見る限り、図星なのだろう。アナベルはその件についてはそれ以上言及せず、話を進める。
「それでディート副官は? 何をあげたんですか?」
「俺はお酒だよ。知り合いの酒屋から良い蒸留酒を譲ってもらって、一緒に飲んだ」
ヴィクトリアのプレゼントもそうだが、どうやらディートリヒは何かしらの付加価値をつけるのが彼流らしい。
「ジークは物より、気持ちとか思い出の方を喜ぶからね。高価な贈り物ならそれこそいくらでも貰っているしね。ジークの誕生日は毎年すごいよ。国中から贈り物が届いて、倉庫にいっぱいになるんだ。毎年仕分けが大変でね。まだ、半分以上は倉庫に残ってるんじゃないかな」
「さすが王子様ですねえ」
アナベルはうんざりとした溜息をはく。
話を聞くかぎり、それはもう数えきれないほどの贈り物を受け取っているのだろう。そして、その中には高級品も含まれる。そうなると、何をあげればいいのかが本当に思いつかない。無難なものは大抵持っていそうな気がする。
唸り声をあげながら、アナベルは腕を組む。それから、ディートリヒにもう一度質問をした。
「ちなみに、ディート副官はどういうものが良いと思いますか?」
ジークハルトのことをよく知る彼なら、良い案も思いつくのではないか。そんな考えで訊ねたのだが、返って来た返事は思いのほか冷たいものだった。
「うーん。俺から言えることはないかなあ」
「ひどい!!」
ヴィクトリアのプレゼントにも助言をし、ジークハルトが喜びそうなものを知っているのに『言えることはない』というのはひどすぎではないだろうか。
思わず足を止め、非難の声をあげる。そんなアナベルに、彼はどこか諭すような声音で言った。
「言っただろう? 気持ちの方が喜ぶって。アナベルちゃんがジークのことを考えて、何を選ぶかが大事なんだよ」
「選んだ過程なんて言わなきゃバレないじゃないですか」
「それでも、駄目だよ」
ディートリヒは頑なだった。その姿は先日新聞記事の件でアナベルが騒いだ時のことを思い出す。この調子の彼に何を言っても情報を引き出すことは難しそうだ。アナベルは諦めた。
城の北側にある訓練場の前まで到着する。ここに来るのはニクラスとの試合以来だ。そこでディートリヒが突然足を止めた。
「じゃあ、俺はここで待ってるから。二人で行っておいで」
「どうしたんですか?」
ディートリヒの本日の業務はアナベルの手伝いだ。ここで待っている意味が分からない。そう思って訊ねると、ディートリヒは遠い目をした。
「…………俺はテオバルト将軍と顔合わさない方がいいから」
そういえば、彼には将軍の愛娘に好意を寄せられているという噂があるのだった。アナベル自身はテオバルトとディートリヒのやり取りを見たことはないのでよく分からないが、ここは彼の言葉に従った方がいいかもしれない。
「分かりました。行ってきます」
アナベルは御供にヴィクトリアだけを連れ、訓練場の扉を開いた。
◆
訓練場は先日試合をしたときと違い、一階部分に多くの兵士がいた。訓練を行う彼らの姿を、壁際からテオバルトが見守っている。アナベルは彼に声をかけ、少し時間をもらうことに成功した。
「ジークに誕生日プレゼントをねだられた?」
「そうなんです! まったく、非常識ですよね。突然、そんなもの要求してくるなんて」
特に内容に希望をつけない辺りは良心的とはいえ、そもそも突然そんなものを頼んでくるというのもどうなのだろう。憤慨するアナベルに対し、テオバルトは驚愕した様子だった。ポカンと口を開けている。
「アイツが人に物を頼むなんて……随分と珍しいこともあったもんだな」
そう言われて、ようやくアナベルも思い至る。確かに自己犠牲の塊のようなジークハルトが何かを他人に要求するのは珍しい――のかもしれない。ただ、今回に関しては理由はある。
「あの人なりの私への配慮ですよ。確かに借りを作りっぱなしっていうのも気になりますしね」
ジークハルトも本気でアナベルからお祝いされたいわけではないだろう。――いや、祝ってもらうこと自体は喜んでくれるだろうが、わざわざ強請るような性格ではない。九割九分アナベルへの配慮からの提案だ。
テオバルトは納得しかねるように難しい顔をしていたが。
「――まあ、いいか。オレがジークに何をやったかだよな」
と、切り替えたように豪快な笑みを浮かべた。
「オレが贈ったのは剣の手入れ道具だよ。消耗品だからな。オレも愛用してる店のを特注してやった」
「なるほど」
軍人であるテオバルトらしい。武器については専門外のアナベルにはその手の用意は出来ない。
少し考えてからアナベルは先ほど、ディートリヒにしたのと同じような質問をする。
「テオバルト将軍は何かジークが喜びそうなもの、思いつきます? ジークはたくさん贈り物をもらってるんでしょう? 被っても嫌なんですけど、あまりいい案が思いつかなくて」
「ジークが喜びそう。んー、そうだな」
テオバルトは落ち着きがなさそうに髭をいじる。
「アイツも真面目だからな。何をやっても大抵のものは、用意した奴の気持ちを慮って感謝してくれるだろうが」
アナベルの質問に、テオバルトも回答を出すのが難しいのだろう。しばらく唸ってから、思いついたように手を叩いた。
「そうだ! 魔術関係のものならどうだ?」
「……魔術ですか?」
「ああ。この国じゃ、魔術に精通しているのはジークだけだからな。魔術に関するものなら、アナベルの専売特許だろ? 他に用意できる奴もいないし、被りを心配しなくていいんじゃないか?」
魔術関係の何か、というのは確かに良い案かもしれない。
一番手っ取り早いのは魔術具だが、その用意は難しいだろう。アナベルはエーレハイデに魔術具の類をほとんど持って来ていない。持参したのは魔術機関との通信用魔術具ぐらいだ。ジークハルトにあげられそうなものはない。
それ以外だと知識が思いつくが――こちらについても自信はない。
彼の師匠であるエマニュエルは魔力量だけでなく、知識量も『四大』に相応しい人物だったらしい。魔術学院でも常に落第の危険性のあったアナベルでは、彼女から知識を継承したジークハルトに教えられることはそれほど多くないだろう。ここ三十年内の研究成果についてなら話せることもあるだろうが、アナベルは正確にどの魔術や魔術具が最近の発明かを把握していない。あらましぐらいしか知らないため、詳しいところの説明も出来ない。
ただ、発想としては悪くない。
「ありがとうございます。参考にさせてもらいますね」
「ああ」
アナベルは知恵を貸してくれたテオバルトに感謝の言葉を伝えると、訓練場を後にした。




