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《佳作受賞》魔術機関きっての問題児は魔術師のいない国に派遣されることになりました。  作者: 彩賀侑季
【着任編】

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番外編:ハーブティーと贈り物②

※年齢差の数字間違えていたので修正しました。


 アナベルは座り込み、悔しげに床を叩く。


「ああ、世の中はなんて不条理なのでしょうか……っ! シルフィードの私に、魔術関係で出来ないことがあるなんて……!!」


 魔術関係で他にも苦手なことは他にもあるが、この際棚に上げておく。不得手が増えてしまったことが嘆かわしかった。


 ジークハルトがボソリと呟く。


「お前でも正確に量れるような道具を作らせたほうがよさそうだな」


 几帳面な性格ゆえ、ジークハルトの場合、計量は今の方法で問題なかったのだろう。アナベルが大雑把なため、問題が発生するようになった。


「それまでは今までどおり、魔力供給薬は私が用意しよう。それまで待ってもらえるか?」

「――なっ!」


 その言葉は実質、魔力供給薬は今のアナベルには作れないと言われたも当然だ。本当は言い返したかった。しかし、反論の言葉は一つも思いつかない。


「……分かりました」


 アナベルは現実を受け入れる。蹲ったままのアナベルに、ジークハルトが手を差し伸べる。


「いい加減、立て」


 冷たいような優しい言葉をかけられる。アナベルはジークハルトの手を借り、立ち上がった。裾の汚れをはたく。それからジークハルトをちらりと見た。


「……それっていったいいつまでですか?」


 完全に不貞腐れたような口調になってしまった。


 ジークハルトは答える。


「早くて数週間。長ければ一、二ヶ月はかかるだろう」


 彼が誰に依頼をするつもりかは分からないが、正確に計量する道具を作るとなると、専門の職人に頼む必要があるだろう。そのうえで、試作品を作ったりすることになるはずだ。そのあたりは元々研究員だったアナベルにも分かる。ジークハルトの言う期間は決しておかしなものではない。――だが、それまで待て、ということは。


「……いいんですか?」

「何がだ」


 ジークハルトは怪訝そうな表情を浮かべる。アナベルはぎゅっと、自分の服を握る。


「それまで、ずっと……ジークが用意することになるんですよ。魔力供給薬」


 調査員としてエーレハイデにいた間。そして、戻ってきてから。ずっと、ジークハルトは朝昼晩と欠かさずアナベルにハーブティーを淹れてくれている。


 まだ少しだけだが、ジークハルトが多忙なことはなんとなく分かってきた。アナベルのために魔力供給薬を用意するのが手間でないわけがない。だから、せめて、彼の負担を減らしたくてアナベルは淹れ方を覚えようと思ったのに――それさえも、道具がなければ満足に出来ないのだ。


 ひどく、無力感を感じた。なぜ、こんなに思い通りにならないのだろう。


「大変じゃないですか。……面倒じゃないですか」


 アナベルは俯いたまま呟き、顔をあげられなくなった。


 もし、アナベルがジークハルトの立場になったら「そんな面倒くさいことはやりたくない」と、そう思う。もしかしたら、最初の頃は笑顔で引き受けるかもしれない。しかし、すぐに嫌気が差すことだろう。


 なのに、ジークハルトは一度だって嫌な素振りを見せたことはない。それは彼の美徳だ。それを少し羨ましく思う。


 ただ、アナベルは怖い。そのうちジークハルトが手間を面倒だと――アナベルを面倒だと思われるのが恐ろしいのだ。だから、そう思われる前に手を打ちたかった。


 しばらく彼は何も言わなかった。しかし、視界の端に見える彼が動いたのが見えた。カチャカチャという食器のこすれる音とともに、液体を注ぐ音が聞こえた。それから、目の前に濃紺の軍服が映る。その手には魔力供給薬の入ったカップが持たれていた。


「私は面倒とは思っていないぞ」


 アナベルはゆっくりと顔をあげる。ジークハルトはいつもと変わらず、冷淡ささえ感じさせる表情をしている。それでも、彼の声音はとても優しく聞こえた。


「まだ魔力は全回復してないだろう。飲むといい」


 差し出されたカップを、アナベルは無言で受け取る。彼の言うように、先日のルッツの件で消費した魔力はまだ戻り切っていない。


 アナベルはハーブティーを飲む。口に広がるのは飲み慣れた爽やかな風味だ。


「どうだ」

「……美味しいです」


 いつもと変わらない味。アナベルが作ったものとは比べ物にならない。まるで、彼自身の性質を表わしているかのようだった


 アナベルの言葉に、少しだけ満足したようにジークハルトは口角をあげた。ただ、それは本当に一瞬のことだ。


「味の悪いものを飲み続けるのも嫌だろう。準備が整うまでは今までどおり、私が用意をする。まずいものは嫌だと、飲まれなくなっても困るからな」

「……あの、私のこと聞き分けの悪い子供だとでも思ってません?」


 配慮をしてくれるのは嬉しいが、飲まなくなる可能性を危惧されているのは不服だ。――しかし、アナベル自身、絶対にないとは言い切れないのが悔しいところだ。


 カップの中身を飲み終えるとアナベルはテーブルにカップを置く。それから深々とジークハルトに頭を下げた。


「もうしばらく、よろしくお願いします」

「頭を下げなくていい。大したことじゃない」

「……でも、手間ばかりかけて心苦しいです」

「手間ではないと思うが――」


 ジークハルトは一度、言葉を切る。


「確かに君からしたら、私に借りを作り続けるような状況は抵抗があるか」


 その言葉はおそらく、アナベルを探しに来てくれたときのやり取りが原因だろう。現在の心情とは少し違うが、反論はしなかった。本当の理由を伝えるのも気恥ずかしかったのだ。


 何か考えているのだろう。黙り込んだジークハルトがしばらくして口を開いた。


「実は、私は六ノ月の初めの生まれなんだが」

「はあ」


 随分と話題が変わった。アナベルは困惑する。


「それはおめでとうございます」


 それでも、祝賀の思いを表すため、アナベルは手を叩く。部屋に乾いた拍手が響いた。


「おいくつになったんですか?」

「二十一だ」


 今更ながらアナベルははじめて正確なジークハルトの年齢を知る。前にユストゥスと幾つ違いという話はされたが、そのときは聞き流していた。


(四つ――いや、三つ年上ですか)


 アナベルは頭の中で自分との年齢差を計算する。遠慮ない接し方をしているため、ジークハルトとの年齢差を意識することはあまりなかった。元から分かっていたとはいえ、改めて相手が年上なことを認識する。


 続いてジークハルトの口から出たのは、予想外の発言だった。


「君からお祝いをまだ貰っていない」

「……は?」


 アナベルは叩いていた手を止めた。


 一体、彼は何を言い出すのだ。アナベルは今の今までジークハルトの誕生日を知らなかったのだから、当然ではないか。


 ジークハルトは淡々と言う。


「君にとっての借りの代わりだ。祝ってほしい」


 突然の要求に、思考が追いつかない。アナベルは言葉に詰まりながらも、やっとのことで反論を口にした。


「――私、お金持ってないですよ!」


 エーレハイデにおいて、アナベルは無一文だ。銅貨一枚も持ち合わせていない。自分でお金を使う機会がそもそもないので不便を感じてはいなかったが、贈り物を用意できる手持ち資金がない。贈り物なんて用意できない。


「別に金銭と引き換えに手に入るようなものじゃなくてもいい。物でも、そうじゃなくても。何でもいい」


 しかし、ジークハルトはアナベルの反論を潰すようなことを口にする。


「ただ、資金が必要であれば――今後、支給される給与を先払いしてもいい。必要なものがあれば、城にある物資を使ってもらっても構わない。常識の範囲内で、担当者に承諾を得られる分にはな」


 ジークハルトは自身の副官を振り返る。


「そういうのはお前の方が得意か」

「オッケー。今日はアナベルちゃんのお手伝いをすればいいってわけね」


 アナベルが承諾する前にどんどん話が進んでいく。あっという間に、午後のアナベルの仕事はプレゼントの用意で、ディートリヒとヴィクトリアはその手伝いということが決まってしまう。


「私は執務室(ここ)で仕事をしている。何かあれば呼ぶ。用があったら、戻ってきてくれ」

「あの! あの! 私、了承してないんですけど!」


 意に沿わないことを求められるのは断固拒否したい。アナベルが手をあげて訴えると、ジークハルトがじっとこちらを見つめてきた。


「嫌か」


 ――本当に、彼のその一言は卑怯だと思う。


 珍しい王子の要求を突っぱねることも出来ず、アナベルは「分かりました」と項垂れた。


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