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《佳作受賞》魔術機関きっての問題児は魔術師のいない国に派遣されることになりました。  作者: 彩賀侑季
【着任編】

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番外編:ハーブティーと贈り物①

お久しぶりです。

繋ぎの番外編となります。


 アナベルは叫んだ。


「おかしいです! これは絶対に何か裏があるに決まってます! 陰謀です!」

「いや、そんなわけないよね」


 それを聞いたディートリヒは苦笑気味だ。


 アナベルの前に置かれているのはティーカップだ。そこに注がれているのは、一杯の魔力供給薬(ハーブティー)。色合いは見慣れた赤だ。なのに、今まで飲んでいたものと全く違う。


 アナベルはディートリヒに反論する。


「じゃあ、何で教わった通りに淹れたのにこんなに不味いんですか!!」

「……アナベルちゃんは魔術薬を作るのがそんなに得意じゃないってことじゃないかな?」


 婉曲に表現しながらも、彼はこれ以上ない非道な現実を直球に指摘してきた。



 ◆



 改めて、アナベルが魔力供給薬(ハーブティー)の淹れ方を教わることになったのは、戦闘狂(ルッツ)に襲われた事件の二日後のことだった。昨日は休みだったディートリヒも今日は朝からジークハルトの執務室に姿を見せている。


「いつまでも、ジークに淹れてもらうわけにはいきませんからね!」


 昼過ぎ、ヴィクトリアが一式の用意をしてくれ、アナベルは自身で淹れると申し出た。一式が乗った配膳台車を前に、アナベルは仁王立つ。


 それから、すぐにジークハルトを振り返った。


「では、ジーク! 淹れ方を教えてください!」

「……もう少し、言葉を選べないのか」


 彼は呆れた様子ながらも椅子から立ち上がる。アナベルの隣に立つと、一つ一つ材料の説明から始めてくれた。


「魔術供給薬は二つの材料を使って作る。一つ目がこちらの実を砕いて乾燥させたもの。もう一つが茶葉。実がロート。茶葉がドゥフトだ」


 普段、ジークハルトがハーブティーを淹れる様子をまじまじと見たことはない。アナベルは彼が指さした二つの瓶を見る。一つ目に入っているのは実は赤い。以前、エマニュエルの温室で見た赤い実が原料だろう。もう一つは変哲もない茶葉に見える。しかし、双方とも聞き覚えのない名前だ。――昔、学院で教わって忘れてしまっている可能性はあるが。


「この二つはエーレハイデ独自の植物ですか?」

「いや、ナルスでも自生しているから、この国独自ではない。この国では南西部の一地域で採れる。西方にはないな」


 ジークハルトは説明しながら、瓶の蓋を開けた。瓶の中に入っていた小匙を手に取る。


「この二つを一定の割合で混ぜる。分量を間違えると上手く効能を発揮しない」

「うへええ」


 その言葉にアナベルはうめき声をあげた。彼の言葉に魔術学院時代の授業を思い出したからだ。


「適当じゃダメなんですか!」

「……説明する必要があるか?」


 抗議をすると、どこか冷たい視線を向けられた。


 ――彼の言いたいことは分かる。


 魔術薬作りは繊細なのだ。少し分量を間違えただけで薬は上手く作れない。適当で出来るわけがないのだ。


 普段、ジークハルトは手際よく魔力供給薬を淹れる。分量を正確に計っている様子もない。それを見て、てっきり簡単だと思い込んでいたが、そうではなかったことに今更アナベルは気づいた。


 アナベルが黙り込んだことを、答えと判断したらしい。ジークハルトが言葉を続ける。


「ロートの実が二に対して、ドゥフトの葉が十五。これに対してお湯が千二百――」

「ちょっと待ってください待ってください!」


 スラスラと数字を羅列するジークハルトに待ったをかける。両手を突き出して止めてきたアナベルを、怪訝そうにジークハルトは見つめる。


「そんな数字ばっかり言われても覚えられません!」


 いや、覚えたところで実際に正しくその分量を計れるとは思えない。


 ジークハルトは数秒の沈黙の末、別の数字を口にした。


「ロートの実は小匙三分の一、ドゥフトの葉は小匙二杯と半分だ。これに対してお湯がポットのこの線まで。これで一杯分が作れる」


 分かりやすい説明にアナベルはホッと肩を撫でおろす。それならまだ、覚えられそうだ。


「やってみろ」

「わかりました」


 隣でジークハルトに指示をされながら、アナベルはティーポットに二つの材料を淹れる。それからお湯を注ぎ、言われた通り五分待った。ティーカップに中身を注ぐ。――その段階では成功品にしか見えなかった。


「出来ました! いただきます!」


 傍で指導されながらではあるが、自分で魔力供給薬を淹れられたことにちょっとした感慨が沸く。満足げに笑みを浮かべ、アナベルはそのままカップを口元へ運んだ。


 ――そして、あまりの苦さに息をするのも忘れた。


 口の中に広がるのは形容しがたい苦味だ。ドブの水と表現すればいいのだろうか。いや、そんなもの飲んだことないが。とにかく苦い。そして不味い。


 それでも、アナベルはなんとか口の中の苦い液体を飲み込んだ。その場でゲホゲホと咳を繰り返す。の反応で失敗を理解したのだろう。ジークハルトが背を擦ってくれた。それから彼はヴィクトリアに「水を」と指示を出す。


 なんだか、最初にヴィクトリアに魔力供給薬を振舞われたときのことを思い出す。あの時ほどではないが、人が飲む代物ではないという点は同じだ。


 水を一気に飲み、口の中の苦さを誤魔化したアナベルは大声をあげた。


「なんでこんな苦いんですか!? ちゃんと、作ったのに!」


 まだ、ティーカップには赤い液体が多く残っている。ジークハルトは眉間にしわを寄せたまま、カップに口をつけた。一口、魔力供給薬を飲んだ彼は表情を変えることなく、呟いた。


「確かに苦いな」

「でしょう!?」


 同じ反応をしてくれたジークハルトに、アナベルは同意を求める。しかし、彼は難しい表情のまま、今度はカップをディートリヒに差し出した。


「飲んでみてくれ」

「何で俺!?」


 その要求はさすがに予想外だったらしい。ディートリヒは驚いたように自分を指さす。ジークハルトは淡々と返した。


「いいから。飲んでみろ」

「……分かったよ」


 苦いと分かっていて飲まされるなんて、とんだ嫌がらせだ。ディートリヒは覚悟を決めた顔つきで、魔力供給薬を飲んだ。しかし、すぐに表情は和らぎ、不思議そうに瞬きを繰り返した。


 どこか拍子抜けたように、ディートリヒは呟く。


「これ、苦い? 美味しいと思うけど」

「えええええ!? この世のものと思えない味なのに!! 人を殺せますよ!?」

「そんな大げさな」


 突っ込みを入れるディートリヒはいつものように呆れている――というよりは、困惑の色が大きい。彼は嘘をついている様子はない。本気でそう思っているようだ。

 アナベルは考えて、ハッと気づく。


「も、もしかして、ディート副官、実は味覚が壊滅的におかしいのでは!?」

「……すごく失礼なこと言わないでもらっていいかな」

「そんな、悲しいです。世の中の色んなものの味を正しく理解できないなんて……っ! 私だったら、耐えられません!」

「うん。俺の話聞いてもらっていい? そんな同情めいた視線向けられても困るんだけど」


 騒ぎ立てるアナベルたちをジークハルトは冷静に見つめる。それから、口を開いた。


「アナベル」


 呼びかけられ、アナベルは首を傾げる。


「なんですか?」

「この世のものとは思えない、人を殺せる、というのは率直な感想か」


 変な質問だ。思わず、アナベルは眉間にしわを寄せる。


「ええ、はい」

「誇張はないか?」


 随分と疑われようだ。アナベルは抗議する。


「なんですか! まるで、私がいつもわざとらしく騒いでるみたいじゃないですか!」

「いや、アナベルちゃんはいつも大げさだと思うよ」


 ディートリヒの言葉は無視をする。こちらを見るジークハルトの蒼い瞳は真面目なもので、ふざけている様子はなかった。アナベルは大きく息を吐いた。


「人を殺せる、というのはさすがにおおげさかもしれませんが……すっごく苦くてまずいのは本当ですよ。ごくごく飲める代物ではないですね」

「そうか」


 ジークハルトは顎に手を当て、少し考えこんでから口を開いた。

 

「魔力供給薬の味は当人の魔力量に影響するようだな」

「……はい?」

 

 勝手に結論づけられ、アナベルは置いてきぼりになった感覚に陥る。


「私も苦いとは思ったが、少しだけだ。飲めないほどじゃない。君ほど苦味を感じていない」


 彼は淡々と言葉を続ける。


「魔力がないディートリヒは苦さを感じなかった。私は少しだけ。君は飲めないほど。おそらく、そういうことだろう」


 なぜ、ジークハルトがディートリヒに魔力供給薬を飲ませたのかが分かった。味の感じ方の違いを確認したかったのだろう。


「ええと、じゃあ、こんなに苦いと思うのは私だけなんですか?」

「推測でしかないが、……おそらくな」

「ひどい! なんという不平等!!」


 念のため、試しにヴィクトリアにも飲んでもらう。反応はディートリヒと同じだった。彼女は短く、「美味しいです」とだけ返した。


 ジークハルトがカップを配膳台車に置いた。


「君が飲めるように魔力供給薬を淹れるには正確に作る必要がありそうだな」

「……正確?」


 少し迷う素振りを見せてから、ジークハルトは言葉を続けた。


「先程は少しロートの実の割合が多かった」

「え! 嘘です!」

「本当だ」


 そう言って、ジークハルトは小匙に赤い粉をすくって見せる。小匙三分の一の分量だ。


「君はこれぐらい盛っていた。正確には――これくらいだな」


 小匙に乗った粉を少し瓶に戻す。本当に少しだけだ。


「ほとんど一緒じゃないですか!」

「まったく一緒ではないだろう。少しの違いが味に影響を与えている可能性がある。魔力量が多い人間はその少しの違いに敏感に反応するのかもしれない」


 アナベルは眩暈がするのを感じた。頭がくらくらしてくる。


 思い出されるのは魔術薬の授業の補講のときのことだ。簡単な魔術薬を作る実験で、教師はアナベルに正確に分量を量るよう指示した。しかし、僅かな分量の違いで揺れる量りに苛々が募り、最終的に教師の指示を無視し、適当に魔術薬の材料を鍋に放り込んだのだ。


 結果、出来上がったのは失敗作。アナベルは『魔術薬を作ろうとした』という過程を評価してもらい、どうにか魔術薬の単位を取得したのだ。それ以降も、度々魔術薬を作らされたことはあるが、全て平均以下の出来栄えのものしか作れなかった。


(――もしかして、私、魔術薬を作る才能がない?)


 そんな考えに思い至るも、アナベルはその事実を認めたくなかった。再度、挑戦をすることにし、もう一度ハーブティーを淹れたが――結果は、先ほどと変わらなかった。


 それでも諦めきれず、二度、三度と繰り返した。しかし、どこかで必ず何かを間違える。結果、方向性は違えど、まずい味のものしか作れないアナベルに、他の人間もとうとうアナベルと同じ結論を抱いてしまうようになった。


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