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《佳作受賞》魔術機関きっての問題児は魔術師のいない国に派遣されることになりました。  作者: 彩賀侑季
【着任編】

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終章:真夜中の医務室②


 明らかにリーゼロッテは沈んでいた。


「レーヴェレンツ家が医術の家系よ。私たちはこの国の医学の土台となる技術を五百年に渡って継承し続けているわ。もちろん、お医者様はレーヴェレンツ家以外の人だっているわ。でも、この国で医学の道を歩む人がどうやって医学を学んだのかの系譜を辿ると必ず我が家に繋がる。私たちはとっても大事な役割を任されているのよ」


 何とも壮大な話だ。しかし、魔術に置き換えれば理解できる話ではある。魔術機関も七百年に渡って魔術の祖であるアルセーヌを作りあげた魔術という学問を守り続けている。


「レーヴェレンツ家の人間が大切にしているのは倫理観、あとは使命感なの。人の命を助けること。人が死ぬことがどういうことなのか。医術の道を歩むってなったら、私たちはまず最初にそれを体験するのよ」


 人の命を助けるのが医者の仕事だ。それがどういうことかまず学ぶというのはおかしな話ではない。しかし、リーゼロッテの言い回しにアナベルは違和感を抱いた。


「体験、ですか?」

「ええ、そうよ。私の場合は医術を学ぶと決めたのが十二歳のとき。そのときにね、流行り病で苦しむペルレという村へ連れていかれたの」


 ――流行り病。

 アナベルは黙ってリーゼロッテの話に耳を傾ける。


「元はね、山で暮らす動物が持っている菌が原因だった。何かの際にそれが村に持ち込まれて――村の半数が病に侵された。亡くなる人も少なくなかったわ。レーヴェレンツ家に連なる医師が何人も治療に出向いた。当時、私はろくに医学の知識がなかったから、周りに言われるがまま、患者の世話や雑用をするしか出来なかった」


 リーゼロッテは淡々とした語り口調だ。しかし、表情は悲痛そうなものだ。


「本当につらかったわ。自分の無力さを実感した。――レーヴェレンツ家ではまず最初に現場に連れていって、医学の必要性を理解させる。そうして、まず使命感を持たせるのよ」

 

 彼女がこちらを見る。


「だから、私たちは何よりも人命を優先するわ。救える命は救う。そのためなら、何だってする。アスカロノヴァの砦にいたレーヴェレンツ家の人間は私だけだった。だから、最初に声をあげることになったのが私だったってだけよ。レーヴェレンツ家の考え方を継承する人間なら、あそこで必ず発言をしたわ。私がしたことは何も特別なことじゃないのよ。……それを特別視してる人がいるってだけ」


 リーゼロッテは深く溜息を吐く。


 ――彼女は本当に今の状況を不服と感じているのだろう。


 アナベルは思う。アナベルはリーゼロッテと違って、周囲から嫌われていた。距離を置かれていた。しかし、特別視されるのがどういうことかは分かる。ずっと、アナベルは特別視されていた。類稀なる魔力量を持つ稀代の魔術師として。自身とはアンバランスすぎる素質は、ずっとアナベルを苦しめ続けていた。


 脳裏に浮かぶのは幼い頃、一緒に遊んだ少女たちだ。一時は友達だった彼女たちはあっという間にアナベルから離れた。あの傷は今も胸の奥で疼く。だから、アナベルはリーゼロッテを受け入れられなかった。


「……もしも」


 アナベルは訊ねる。


「もしも、目の前に飢えた孤児の姉妹が二人現れたら、あなたはどうしますか?」


 リーゼロッテは不思議そうにこちらを見つめる。質問の意図を理解しかねているのだろう。


「それはもちろん、助けるわ。食事を与えて、怪我をしていたら治療をする」

「あなたが今いるのは真冬の孤立した村です。食料は限られてて彼女たちの食事を与えたら、あなたや大切な仲間たちは冬を迎える前に死んでしまうかもしれない。それでも、あなたは縁もゆかりもないその子たちを助けますか?」

「ええ」


 彼女の答えは淀みなかった。


「皆一緒に冬を越える方法はあるかもしれないでしょう? 自分の命を優先して、弱者を見殺しにするなんてレーヴェレンツ家の思想に反するもの」


 ジークハルトはリーゼロッテを高い倫理観を持つ人物だと言った。


 彼女は病人や怪我人を多く見てきただろう。だが、彼女自身はおそらく本当の貧困を知らない。だから、こんな綺麗事を言えるのだと思う。


 アナベルが生まれたあの貧しい国でリーゼロッテが生まれ育ったら、こんな考え方は出来なかっただろう。きっと、彼女だって幼いアナベルたちを見捨てたはずだ。


 ――それでも、迷いのない言葉に少しだけ救われた気がした。


「……もう、寝ます」

「そうね。おやすみなさい」


 アナベルは目を閉じる。


 衣擦れとともに、周囲が暗くなる。おそらく、リーゼロッテがカーテンを閉めたのだろう。そのことに気づいたが、アナベルは何も言わなかった。



 ◆



 その後、アナベルは翌日も夕方近くまで医務室での療養を命じられた。


 一時的とはいえ、酸欠で意識を失っていたのだ。念のために医務室に居た方がいいと判断された結果だ。医務室から出ることが許されず、暇を持て余すアナベルに何かとリーゼロッテは声をかけてくれた。


 ジークハルトに連れられて、ヴィクトリアが姿を現したのは夕方のことだった。


「ヴィーカちゃん!」


 駆け寄るとヴィクトリアはペコリと頭を下げた。二日ぶりに見る少女はいつもと何も変わらない。そのことに安堵した。


「あの戦闘狂(ヤバイ奴)に閉じ込められたと聞きました! 大丈夫でしたか?」

「大丈夫。問題ない」


 アナベルはホッとして表情を緩めた。しかし、ヴィクトリアの隣にいるジークハルトの表情はいつも以上に固く見える。アナベルは首を傾げた。


「改めてだが、ヴィクトリアは君の護衛として傍につけることにした。今後はヴィクトリアと行動してほしい」

「分かりました」


 今回の件はアナベルが一人で行動したのも悪かった。当然の対応だろう。アナベルとしても常に周囲を魔術で警戒しておくわけにはいかないので非常に助かる。王城にルッツ以外にアナベルに害を加えてくる人間がいるとは思いたくないが、何が起きるか分からないことは今回のことでよく分かった。


 そこでふと、アナベルは大体ジークハルトとセットの人物がいないことに気づいた。


「あれ、ディート副官はどうしたんですか?」


 アナベルとしてはごく真っ当な疑問だったのだが、なぜかジークハルトは質問に答えなかった。何か言葉に迷うそうな素振りを見せてから、口を開く。


「……休ませた。調子が悪そうだったからな」

「はあ、そうだったんですね」

 

 彼も彼で少し前まで国境までアナベルを迎えに行ったりと忙しい生活をしていた。体調を崩すこともあるだろう。そう思って、アナベルはジークハルトの言葉を素直に受け取った。しかし、ジークハルトの態度には妙には違和感を覚えた。


「これ」


 そのとき、ヴィクトリアが袋を差し出してきた。リーゼロッテの軍服を入れた袋だ。


「ああ、そういえば結局返せてませんでしたね」


 一連の騒動ですっかり忘れていた。


 アナベルはヴィクトリアから袋を受け取る。それから医務室の外の花壇に水をあげているリーゼロッテに近づいた。


「ああ、もう戻るのね」


 彼女はジークハルトたちが来ていることに気づき、微笑む。アナベルは無言で袋を差し出した。リーゼロッテは首を傾げる。


「服、ありがとうございました」

「ああ、そうだったわね。どういたしまして」


 リーゼロッテは袋を受け取る。アナベルは少し考えてから口を開いた。


「いつにしますか?」


 きょとんとした蒼い瞳がこちらを向く。


 ――あまりに唐突過ぎたか。


 アナベルは反省した。咳ばらいをしてから、気を取り直して言葉を続ける。


「……昨夜言っていたお茶をしに行く話ですよ」


 アナベルは何度か踵で地面を蹴る。


「食事は人生を豊かにする大切なものです。美味しい物を食べるために私は生まれてきたと言っても過言ではありません。エーレハイデの食事も非常に気に入っています。そのなかでも特に甘い物は最高です。美味しいケーキが食べられるならどんな危険地帯にだって行く覚悟は出来ています」

「えっと、ミアの実家のお店は王都にあるのよ? お茶をしに行くのに、危険を冒すことなんてないのよ?」


 リーゼロッテは困惑したように言う。こういった場合、大体ツッコミが入ることが多いので、リーゼロッテの反応は新鮮ではある。彼女は少し思案する様子を見せてから頷いた。


「そうね。具体的にいつにするかは一度ミアたちの予定も聞かないといけないから。また今度話しに行くわ」

「……よろしくお願いします」


 昨夜の提案が社交辞令ではなかったことに内心、アナベルは安堵する。


 これで用事は終わった。アナベルは改めて「お世話になりました」と頭を下げ、ジークハルトたちの下へ戻る。リーゼロッテは医務室の入り口まで見送りに来てくれた。ジークハルトとリーゼロッテが軽く立ち話を終えるのを待ち、アナベルは一足早く廊下を歩き出す。


「じゃあ、またね。アナベル」


 後ろから、少し大きめの別れの挨拶が聞こえた。一度立ち止まり、振り返るとリーゼロッテが小さく手を振っている。


 アナベルは一度唾を飲み込む。リーゼロッテと同じように手をあげる。


「ええ。また、です。リーゼ」


 それだけ言って、リーゼロッテの反応も水、再びアナベルは歩き出す。とてもではないが、振り返る勇気はなかった。――彼女ははじめてアナベルが名前を呼んだことに気づいただろうか。


 後ろからジークハルトが追いつく。少し早足で歩いているつもりなのに、アナベルより背も高ければ、足も長い王子は難なくその速さについてくる。そのことが少し気に食わない。


 ジークハルトは何も言わない。しかし、見なくても視線がこちらに向いているのは分かる。アナベルは正面を見据えたまま、彼に不機嫌そうに話しかけた。


「何ですか」

 

 今のアナベルとリーゼロッテのやり取りを見て、ジークハルトが何を思ったかを知るのも怖いと言えば怖い。しかし、意味深な視線を向けられ続けるよりはマシだと思った。


 ジークハルトは「いや」と言う。


「よかった」


 ――それは何がだろう。


 自身の思惑通り、アナベルとリーゼロッテが仲良くしようとしていることか、それともアナベルに友達らしき存在が出来たことか。詳しく問いただしても気に食わない答えしか返ってこなさそうで、アナベルはそれ以上を訊ねるのはやめた。


これにて【着任編】本編は完結です。

お付き合いくださった方、本当にありがとうございます。

気に入っていただけたら評価・感想などいただけると励みになります。


続きの更新は少しお時間をいただきます。

【調査員編】同様、本編にいれられなかったお話を番外編でやったのち、【戴冠式編】を投稿予定です。

それまでの間、別に書いた長編(16万字程度)を投稿予定です。

気が向いたらそちらも読んでいただけると幸いです。

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