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《佳作受賞》魔術機関きっての問題児は魔術師のいない国に派遣されることになりました。  作者: 彩賀侑季
【着任編】

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終章:真夜中の医務室①


 医務室に到着するなり、アナベルは悲鳴をあげた。なぜなら、気違い(マッド)で激ヤバな人物――フェルディナントがいたからだ。すぐさま、ジークハルトの影に隠れる。隠れられたいジークハルトは不思議そうだ。


「どうした」

「ジーク! この人もこの人でヤバいです!! クビにしてください!!」

「……クビ?」

「私のこと解剖したいって言ってきたんです!!」


 さすがにその発言は予想外だったのだろう。ジークハルトは目を見開いて、フェルディナントを見る。眼鏡の軍医官は「誤解です」と頭を掻いた。


「当たり前ですが、――死後の話です。不慮の事故で死亡した場合、人体の構造を調べるための解剖を行うことへの同意を得たかったんです。解剖には生前に本人から同意をもらうか、死後に遺族の同意してもらう必要でしょう? 彼女の親族がエーレハイデにいない以上、解剖には事前に本人から同意を得るしか方法がありません」


 アナベルは瞬きをする。


 ジークハルトの背中からそっとフェルディナントの様子を覗う。先ほど戦闘狂ルッツと相対していたせいだろうか。今のフェルディナントはとても理知的な人物に見えた。


「そういえば、お前は母上の正常解剖も望んでいたな」

「王妃様のご遺体の解剖なんて恐れ多くて、陛下に奏上出来ませんでしたけどね」


 視線が合う。


「医学の進歩にはどうしても人体に対する正しい知識が必要です。エーレハイデ人についてならある程度知識はありますが、外国人についてはそうでない。エーレハイデ人にも外国の血が混ざってきています。今後、魔力を持つ人間がどんどん増えていってもおかしくない。魔力が何なのか、魔術が何なのか解き明かす必要があるんですよ」


 アナベルは思い出す。


 どうして魔術師は魔術が使えるのか。魔術が使える人間と使えない人間の違いが何なのか。そういった研究をしている人間は魔術機関にもいる。


 魔術師になれる条件は何なのか。その答えは未だ魔術機関でも出ていない。いくつも論が発表されているが、実証には至っていない。


 魔術機関の研究員たちは魔術の進歩のため、フェルディナントは医学の進歩のためという目的の違いはあるが、根本的な部分は同じなのだろう。


 アナベルは熟考した結果、口を開いた。


「死んだ後でも、解剖されるのは嫌です」


 魔術の進歩、医学の進歩。そういった考えは素晴らしいと思う。しかし、やはり死後とはいえ、身体を切り刻まれるのは想像するだけでも気分が悪い。気持ち悪い、というよりは恐怖が強いと言ったほうが正しいだろう。


「大変申し訳ないんですが、協力は出来ません。すみません」


 アナベルが頭を下げると、フェルディナントは「残念だ」と肩を落とした。


「こちらこそ悪かった。言葉が足りなかったばかりに怖がらせてしまった」


 何はともあれ、誤解だったことにはホッとする。これから生活していく王城に複数異常人格者(ヤバイ奴)がいては困る。


 アナベルは一度診察用の寝台に横になる。その手伝いをしながら、リーゼロッテが口を開いた。


「私が駆けつけられたのは小父様のおかげなのよ。夕方、服を返しに来てくれたんでしょう? 小父様がそのことを教えてもらったから、服を取りに部屋を訪ねたの」


 しかし、ルッツと共に部屋を出ていった後のため、アナベルの姿はなかった。今度はジークハルトの執務室へ向かったが、既に部屋に戻ったと説明を受けた。そこでアナベルがいなくなったことが発覚し、手分けして探していたらしい。そして、偶然リーゼロッテが礼拝堂に続く途中の道でアナベルたちを見つけたそうだ。


 アナベルは改めてレーヴェレンツ家の二人を見る。


「ありがとうございました」


 あのままではアナベルは死んでいてもおかしくなかった。この二人は間違いなくアナベルの命の恩人だろう。そう思って、感謝の言葉を口にした。


 リーゼロッテは優しく微笑み、フェルディナントは頭を掻いている。――その様子を一人、ジークハルトだけは沈んだ表情で見つめていた。



 ◆



 その晩、結局アナベルは医務室に泊まることになった。医師の監視下にいた方がいいという判断からだ。


 既に外は暗い。アナベルに割り当てられたのは医務室の一番奥の寝台だ。他に医務室に患者はいない。広い医務室を貸し切りだ。しかし、アナベルは一人きりではない。すぐ傍の椅子にリーゼロッテが座っている。彼女は月明りの中、本に目を落としていた。


 目を開けたアナベルはリーゼロッテに視線を向ける。優しくて美しい、軍の偶像アイドルとも呼べる少女。年齢も同じなのに、まるでアナベルとは違う。


 ジークハルトはリーゼロッテとアナベルを仲良くさせようとした。ユストゥスは「本当に君と彼女の相性が悪そうだったら、ジークハルトも君たちを仲良くさせようと考えないさ」と言った。アナベルも今、リーゼロッテに助けられ、苦手意識は徐々に薄まってはきている。それでも友達になれるとはやっぱり思えなかった。


 ふと、顔をあげたリーゼロッテと視線が合った。


「ごめんなさい。起こしちゃった? カーテンを閉めるわね」

「……いえ」


 立ち上がって、カーテンを閉めようとするリーゼロッテを止める。


「そういうわけではありません。寝つけないだけです。カーテンは開けたままで大丈夫です」


 月明りがあってもアナベルは眠れる。今寝れないのは単純にルッツとの戦闘の影響だろう。リーゼロッテは口元に手を当てる。それからニコリと笑った。


「じゃあ、ちょっとお話でもしましょうか」


 そう言って、リーゼロッテは角灯ランタンに火をつける。周囲が明るくなる。それから寝台の横に椅子を引き寄せ、座り直す。


「魔術機関ってどういうところなの?」


 そうして、リーゼロッテは幾つも質問をし始めた。魔術機関のこと。家族のこと。西方から東方への旅路について。好きなものは何か。好きな食べ物は何か。本当に意味のない雑談だ。その一つ一つにアナベルは思ったままに答えた。


 幾つも質問をしながら、時々リーゼロッテは自分の話も織り交ぜる。そのため、アナベルはリーゼロッテが四人家族で二つ年下の弟がいることも、読書が好きなことも、意外と甘い物が好きで、逆に辛い物が苦手ということも教えてもらった。


「アナベルも甘い物好きなのね。王城で働いているミアって子がいるんだけど、彼女の実家は喫茶店なのよ。紅茶もケーキもとっても美味しいの。今度皆で一緒にお茶をしに行かない?」


 ――私も詳しくは知らないが、年頃の女性は休日に集まって一緒に遊びにいくだろう。買い物をしたり、お茶をしたり。


 昼間のジークハルトの言葉を思い出す。


 休日に王都にお茶をしに行く。それは確かに普通の女の子らしい過ごし方かもしれない。しかし、アナベルは未だ、リーゼロッテの真意を図りかねていた。


「どうしてあなたは私に良くしてくれるんですか?」

「――え?」


 だから、その疑問を口に出した。

 訊ねられたリーゼロッテはきょとんとした顔で首を傾げた。アナベルは言葉を続ける。


「飴をくれました。服を貸してくれました。わざわざ服を取りに来てくれました。今もこうして私に付きっきりになってくれてます」


 今日、リーゼロッテは非番のはずだ。なのに、彼女は今アナベルの看病をしている。きっと、彼女がそう申し出たのだろう。


「何でですか?」


 アナベルの質問に明らかにリーゼロッテは困った様子だった。


「人に良くするのに理由なんていらないでしょう?」


 ある種、想像した通りの答えだ。『アスカロノヴァの天使』と呼ばれる少女はきっと無償で人に優しく出来る人なのだろう。――本当にアナベルとは正反対だ。


「でも、そうね。あえて理由を考えるなら」


 しかし、続く言葉は予想外のものだった。


「あなたと仲良くなりたいと思ったからよ」


 アナベルは瞬きをする。全く、意味が分からない。


「……何でですか?」

「何でって――気が合うと思ったのよ。軍に女性が少ない話はしたでしょう? そんな時に気が合いそうな子が軍に入ってきたら、仲良くなりたいと思うのは普通のことじゃない?」


 確かに、自己紹介のとき、リーゼロッテは軍に女性が少ないことと、アナベルが軍に入ったことを嬉しいと言っていた。確かに言っていたが、アナベルは全く気に留めていなかった。


「でも、あなたは人気者だと聞きました。『アスカロノヴァの天使』と呼ばれていると」


 そんな人物がわざわざアナベルなんかと仲良くする必要があるのだろうか。アナベルには不思議だった。

 リーゼロッテが顔を赤くする。狼狽えたように「違うの!」と大声を上げた。それから慌てたように声を潜めた。


「その話、誰から聞いたの? ――いえ、誰とか関係ないわね。皆知ってる話だもの」


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