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《佳作受賞》魔術機関きっての問題児は魔術師のいない国に派遣されることになりました。  作者: 彩賀侑季
【着任編】

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六章:反感を抱く者①


 結局、アナベルが医務室に向かったのは夕方近くのことだった。念のためにヴィクトリアも同行してくれることになった。ここに来るのは二日ぶりだ。それほど経っていないのに妙に久しぶりの気分になる。


 妙に緊張しているのはきっと気のせいだ。アナベルは覚悟を決めて、扉をノックして開けた。


「……失礼しまーす」


 少しだけ声を潜めながら中を窺う。広い医務室には数人の軍医官や衛生兵の姿が見える。しかし、肝心の探し人の姿がない。


「どうかしたのか?」


 来客に気づき、声をかけてきたのはフェルディナンドだ。アナベルは軽く会釈をし、ヴィクトリアは深々と礼をとった。


「あの、……リーゼロッテさんに借りた服を返しにきたんですが」

「ああ、リーゼなら今日は非番だよ。実家に顔を出しに行ってくるって言ったから宿舎にもいないと思うな」

「え!?」


 アナベルが大声をあげると、周囲の衛生兵が「しーっ」と唇に指を当てる。医務室に幾つも並ぶベッドに視線を向けると横になっている患者の姿もある。


 フェルディナンドは顎で廊下を指すもので、アナベルは一度廊下に出る。ヴィクトリアとフェルディナンドもその後に続く。軍医官は音がしないようにゆっくりと扉を閉める。


「そういうわけだ。残念だが、明日また来てもらうか、夜には帰って来ると思うからそれ以降に宿舎を訪ねるといい」

「分かりました。ありがとうございます」


 さっさと用件をすませたかったという気持ちと、嫌なことを先延ばしに出来たという気持ちがないまぜだ。


 複雑な感情のまま、アナベルは礼儀として頭を下げた。そのまま、「一度戻りましょう」とヴィクトリアに声をかけて踵を返す。だが、「ちょっと」と声をかけられた。


「何でしょうか」


 フェルディナンドは左手で眼鏡の両端をあげる。それから観察するようにこちらをジッと見つめてきた。なんとも居心地が悪い。


「何かご用ですか」


 再度問うと、軍医官が口を開いた。


「君は医学への貢献に興味がないか?」

「…………はい?」


 あまりに突拍子のない言葉にアナベルは表情を引きつらせる。


 一体、何を言い出すのだと思う。しかし、フェルディナンドは不愛想な表情を崩さず、とても冗談を言っているようには見えない。


「知っての通り、エーレハイデ人は君たちの言う魔力を持たない人種だ。どうやら世界的に見れば我々は特異だろうが、我々からすれば君たち魔力を持つ人種の方が特異だ。特に魔術師はめったにお目にかかれるものではない。魔力を持つ人間と持たぬ我々、そして魔術師に身体的にどういう違いがあるのか――それが明らかになれば医学的にも重要な意味を持つと思わないか」


 正直、アナベルはフェルディナンドが何を言い出したのかさっぱり分からなかった。分かったのは彼が魔術師に興味を持っており、アナベルの価値観からすると危ない人である可能性が高いことだ。全身が危険信号を発している。アナベルはいつでも逃げられるように一歩足を後ろに引く。


「……言いたいことがよく分かりません」

「簡単に言えば、そうだな」


 フェルディナンドは手を顎に添える。


「君を解剖させてほしい」


 その言葉を聞いた瞬間、アナベルは脱兎のごとく逃げ出した。



 ◆



 持久力が続く限り走った。もう走れない、となってアナベルは足を止める。ぜえぜえと息は完全に上がっている。少し呼吸が落ち着き、喋れる余裕が出来てからアナベルはヴィクトリアに叫んだ。


「何ですか、あの人!! 気違い(マッド)で激ヤバな人じゃないですか!!」


 解剖――つまりは体を切って、中を調べたいということだ。今まで色々な人間にエーレハイデで会っていたが、ダントツで危険人物だ。


「あんな人が医者をやっていていいんですか!」

「フェルディナンド先生は優秀。研究熱心」


 淡々と彼女は答える。アナベルと違い、ヴィクトリアは最初から最後まで全く息が乱れていなかった。


「私も前に『牙』(クルイーク)について訊ねられたことがある」

「まさか、解剖したいって言われたんですか!?」

「言われてない。『牙』(クルイーク)の特性について聞かれた。それだけ」


 解剖したい、というのも医学の研究のためなのだろう。同様の理由でヴィクトリアにも質問をしたのだろう。ヴィクトリアもアナベルと同じく専門知識は持たないのだろう。答えられなくても仕方ないとは思う。とにかく、アナベルの中で一つの結論が出た。


(もう医務室に近づくのはやめましょう)


 身の安全のために、もうあの軍医には会わない方がいいだろう。そして彼を見つけたら逃げる。固く心に誓う。

 

(そうなると)


 アナベルは手に持ったままの紙袋を見る。中にはリーゼロッテに借りている軍服が入っている。


「……服は夜に返しに行きましょうか」


 ヴィクトリアにひきつった笑みを見せると、頷いてくれた。


 改めて、ジークハルトの執務室に戻るため、アナベルは歩き出す。その後ろをヴィクトリアがついてくる。途中兵士や使用人とすれ違った。使用人の多くと一部の兵士はヴィクトリアに声をかける。中にはアナベルにも挨拶をしてくる人もいる。そういったときはアナベルも挨拶を返した。


(やっぱり変な感じですね)


 魔術機関では遠巻きにされることが多かった。アナベルが歩いていると多くの職員は関わりになるのを恐れ、目を合わせようともしなかった。歩いていて挨拶なんて殆どされたことがない。


 今はもう、エーレハイデの人々はアナベルがシルフィードであることを知っているし、ここでももう既にクロイツァー家の名剣を破壊するという問題行動を起こしている。なのに遠巻きにされない、というのは不思議な心地であった。


 この時のアナベルは完全に上の空であったことは間違いない。いや、上の空でなかったとしても、城内だ。近くにヴィクトリアもいる。完全に無警戒であったと言わざるを得ない。


 だから、突然強く腕を引かれるまで、危険に一切気づいていなかった。アナベルがバランスを崩し、「うわっ」と声を上げながら後ろに倒れ込むのと、目の前を何かが通り過ぎ、「ガチャン!」と足元で甲高い音が響くのは同時だった。


 何もなければアナベルはそのまま倒れ込んでいただろう。しかし、ヴィクトリアがアナベルを支えてくれたため、転ぶことはなかった。


「ごめん」


 アナベルが顔だけを動かして振り返ると、すぐ近くにヴィクトリアの顔があった。彼女はアナベルが一人で立てるのを確認すると、掴んでいた腕を離した。


「危なかったから」


 ヴィクトリアの視線はアナベルの足元に向いている。アナベルも先ほど物音がした辺りを見る。そこには割れた鉢植えが落ちていた。――途端に背筋が冷えるのを感じる。


 アナベルは上を見上げた。今いるのは、二つの建物を繋ぐ渡り廊下の下を通る道だ。おそらく、鉢植えは上の渡り廊下から落ちてきたものだろう。


 ここから見る限り渡り廊下には鉢植えが飾っている様子もない。事故と考えるほど、アナベルは楽観的ではない。そして、アナベルの予想を裏付ける一言をヴィクトリアが口にする。


「誰か逃げていった。足音がした」


 ヴィクトリアを見ると、彼女も渡り廊下を見上げていた。元密偵である彼女はアナベルに気づけないことに気づけるのだろう。


「……姿は見ましたか?」


 彼女は首を横に振った。アナベルは眉間に皺を寄せる。


(事故、なんでしょうか)


 使用人の誰かが誤って鉢植えを落とした。そして、逃げていった。その可能性も考えられる。しかし、違和感は拭えない。


「他に何か気づいたことありますか?」


 試しにヴィクトリアに訊ねてみると、彼女は少し黙り込んでから端的に答えた。


「逃げたのは多分兵士。足音が訓練してる人間のもの。履いているのも軍靴だった」


 つまり、『牙』(クルイーク)かそれに近い何者かが城に忍び込んだわけではなさそうだ。そして、使用人でもない。事故ではない可能性が高くなってくる。


 このことをジークハルトたちに報告すべきか――少し、考えてからアナベルは口を開いた。


「今の出来事。ジークたちには黙っていてもらえますか?」


 ヴィクトリアは一度瞬きをする。


「自分で伝えますから。ね?」


 彼女はまた少し沈黙をしていたが、「分かった」と頷いてくれた。


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