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《佳作受賞》魔術機関きっての問題児は魔術師のいない国に派遣されることになりました。  作者: 彩賀侑季
【着任編】

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五章:礼拝堂と秘密基地⑤

※エーレハイデ建国時期に誤りがあったため、修正しました。正しくは五百年です。七百年なのは魔術機関のほうですね(汗


「アス……?」

「アスカロノヴァ。スエーヴィルとエーレハイデにある国境の地域の名前さ。建国から五百年、エーレハイデの国境線は殆ど変わっていないが、数少ない例外だ。あの辺りはスエーヴィルに統合されたり、エーレハイデの領地になったりを繰り返している。ここ百年ほどはエーレハイデの領地だね」


 そう言って、ユストゥスは乱雑に置かれている箱を開け始める。暫くすると「あったあった」と言って古い地図を取り出してきた。それをテーブルに広げる。


「二年前のスエーヴィルとの最後の戦――アスカロノヴァの戦いの主戦場さ。砦の周囲をスエーヴィル軍に囲まれ、少数しかいなかった砦の兵士たちは籠城戦を決め込んだ。ただ、多勢に無勢でね。砦はスエーヴィル軍に占領されてしまったんだ。その戦いで多くの兵士が怪我をした。中にはいつ死んでもおかしくないような重体の大怪我を負った者もいたんだ。誰もが死を覚悟した」


 「でも、彼女は違ったんだ」とユストゥスは言葉を続ける。


「当時新兵だったリーゼロッテ・K・レーヴェレンツもちょうどアスカロノヴァの砦に居合わせてね。向こうの将に対して、捕虜の必要性を説いたうえで、『大事な捕虜なんだから治療をさせろ。それぐらいはいいだろ』と要求したんだ」


 アナベルの知るリーゼロッテは可憐な雰囲気の少女だ。まさか、敵に対してそんな要求を言えるほどの豪胆さがあるとは思えない。アナベルは唖然とした。


「それでまあ、実際に治療を許可されたんだけど、向こうも何人もの衛生兵を自由に動き回らせるほどは寛大じゃなかった。治療行為を許されたのは彼女ともう一人の軍医官だけさ。彼女たちはたった二人で数十人いる兵士の治療を行ったんだよ。その後、ジークハルトの指揮した軍の活躍もあって、なんとか砦は取り返せた。多少被害は出たけれど、彼女のおかげで最初の戦闘で怪我を負った大半の兵士は助かったんだ」

「それは、すごいですね」


 アナベルは純粋に感心した。ユストゥスは「だろう?」と頷く。


「治療された兵士たちの多くは昼夜問わず献身的に看護してくれた彼女に深い感謝と崇敬の念を抱いた。その話をとても主観的に他の兵士たちにも流布するものだから、すっかりリーゼロッテ・K・レーヴェレンツは軍の中で偶像化されてしまったわけさ。それでついた渾名が『アスカロノヴァの天使』。天使は慈悲深い優しい人物に使う比喩表現としても使うよ」


 偶像化。道理であれほど人気があったわけか。納得した。リーゼロッテはアナベルが思っていたより、人気者らしい。


「ジークはそんな人を私と仲良くさせようとしてたんですか!? ――無理です無理です! 仲良くなれる気がしません!」


 一体ジークハルトは何を考えているのだろうか。確かに優しいリーゼロッテの性格なら性格に難のあるアナベルにも優しくしようと思うだろう。だが、アナベル側は違う。魔術機関で厄介と思われていたアナベルとは真逆の人間だ。とてもではないが、親しくなれる気がしない。気後れのが優先される。


 アナベルの言葉でユストゥスもなんとなく事情を理解したようだ。「そういうことか」と一人で納得している。


 ふと、ユストゥスはアナベルの後ろに視線を向ける。アナベルも彼の視線を追うが、特に変化はない。


「僕も軍のことは詳しくないからね。彼女のことは噂で聞くぐらいさ。具体的な助言は出来ないけど」


 ユストゥスを見る。


「本当に君と彼女の相性が悪そうだったら、ジークハルトも君たちを仲良くさせようと考えないさ」

「……そうでしょうか。ジークの思い違いじゃないですか」

「それで、君がジークハルトと喧嘩したのはその件が原因なのかい?」


 突然話を変えられ、アナベルは呻く。


「喧嘩なんてしてません!」

「相手の言動に怒って、部屋を飛び出すのは一般的に喧嘩と言うんだよ。知らなかったかい?」


 本当にムカつく言い方をする男だ。アナベルがユストゥスを睨む。


「喧嘩したらさっさと仲直りするに限るよ。長期化したり、深刻化したら面倒だからね」


 ユストゥスが「ジークハルト」と大声で甥の名を呼んだ。アナベルはビクリと体を震わせる。梯子を登り、姿を現したのは今一番顔を合わせづらい相手だった。


 アナベルはとっさに視線を逸らす。ジークハルトはこちらに近づいて来る。「アナベル」と名前を呼ばれた。


「探した」

「……別に、探してくれなんて頼んでないです」


 ――何故、こういうとき、素直に可愛らしい台詞が言えないのだろう。そういう自分が嫌になる。


 視界の端に軍服が見えた。ジークハルトが膝をつく。


「不快な気持ちにさせて悪かった。……機嫌を直してくれるか」


 アナベルは極力ジークハルトを視界に入れないよう顔を背けたまま、口を開く。出来る限り仏頂面を意識する。


「別に、貴方に怒ったわけじゃないです。母様がしでかしたことですから。……でも、手記を受け取ったことは事前に教えて欲しかったです」

「秘密にしててすまなかった」

「乙女の過去の話を勝手に知るなんて、デリカシーがないです。最低です」

「本当に悪かった」


 ジークハルトは非難を受け止め、何度も謝罪の言葉を口にする。なんだか、そのうち、一方的に言い続けるこっちが悪いかのような気分になって来る。


 こういうとき、なんと返すのが正しいのだろう。ごめんなさいだろうか。――いや、アナベルは自分は悪いとは思っていない。口先だけの謝罪に意味はない。かと言って、このまま謝罪を受け入れてジークハルトを許すには心の整理が追い付いていない。


「なんだ。ジークハルトに昔の恥ずかしい話でも知られたのかい」


 そのとき、口を挟んできたのはユストゥスだった。二人の視線が彼に集まる。


「しょうがないなあ。僕が一肌脱いであげよう!」


 彼はそう言って立ち上がる。「そうだなぁ」と、もったいぶった態度でグルグルと室内を歩き回り、最後にはアナベルの隣に腰かけた。


「この城にはね、幽霊が出るって噂があるんだ」

「はあ?」


 何を突然言い出すのだ。これ以上ない軽蔑の眼差しを向けるが、ユストゥスはペラペラと話し続ける。


「建築から七百年経つ古い城だからね。その手の話題には事欠かさないんだけど、その中に病気で亡くなった王女の幽霊の話があるんだ。その子は病弱でいつも寝込んでいるような子で、遊ぶことも全然出来なかったと言われていてね。今もこのことが未練で、毎晩のように泣いているんだ」

「兄上」


 話の途中で何かに気づいたジークハルトが、言葉を遮るように声を上げた。しかし、それくらいでは王太弟の話は止められなかった。


「兄上は昔、ジークハルトを怖がらせようとその話をしたんだ。そしたら、ジークハルトがどうしたと思う? 『僕がその子と一緒に遊んで泣き止ませてくる』って、女の子が喜びそうな玩具を持って夜の城で幽霊探しを始めたんだよ。部屋にジークハルトがいないことに気づいた姉上は大騒ぎさ。探しに来た兵士にも満面の笑顔で『幽霊の王女様を探してる』って言うんだから可笑しいよねえ! その話を聞いた兄上は大爆笑だったらしいよ」


 そう言って、ユストゥスも心底可笑しそうに大笑いする。アナベルはその様子をぽかんと見つめ、ジークハルトは眉間に皺を寄せて抗議を始めた。


「兄上。何故、その話をしたんですか」

「だって、昔の恥ずかしい話をシルフィードだけ知られるのは不公平じゃないか。ジークハルトも教えなきゃ、公平じゃないだろう。これでおあいこだ」


 叔父の言葉にジークハルトは言い返せない。


「可愛いお話じゃないですか」

「忘れてくれ」

「昔は『僕』って自分のこと言ってたんですか?」

「…………忘れてくれ」


 可愛らしいエピソードだ。そんなに嫌がることはないだろう。しかし、その反応に溜飲が下がる。アナベルはニコリと笑う。


「今回は特別に許してあげますね、ジーク」


 ジークハルトは苦悩の表情を浮かべ、顔を手で押さえた。「解決したようで良かった」とユストゥスは立ち上がり、伸びをした。


「じゃあ、僕も執務に戻ろうかな。本当はもうちょっとサボりたいんだけど、そろそろメルヒオールが僕の不在に胃痛で倒れかねない時間だ」


 アナベルはじっとユストゥスを見つめる。


 おそらく、――いや、間違いなく、ユストゥスが「デートをしよう」なんて言い出したのは、アナベルのためだろう。二人の間に何かあったことを察し、仲直りの手伝いまでしてくれた。


「あの、……ありがとうございました」


 非常に不本意だが、感謝は伝えておくべきだろう。嫌々ながら伝えると、ユストゥスは笑う。


「君から感謝されるなんてとても得した気分だ。お礼にまたデートしてくれる?」

「嫌です。得した気分をしたならそれでいいじゃないですか。帳消しです」


 即答すると、「手厳しいなあ」と彼は肩を落とす。その動作もやっぱり大袈裟で芝居がかってる。


「じゃあね」


 ユストゥスは軽く手を振ると、鼻歌混じりで階段を下りていった。アナベルはジークハルトを見る。


「変な人ですね。あの人」

「そう思うか」

「というか、前より態度がチャラくなってません? 前はまだ、こう、何を考えているのか分からない恐ろしさみたいなものを感じたんですけど」


 調査員としてエーレハイデに来ていたとき。アナベルはユストゥスと相対したとき、少なからず緊張する場面が多かった。しかし、今日の王太弟は相変わらず胡散臭くはあったが、恐ろしさは感じなかった。


「君はもうエーレハイデの人間だ。それであれば、王太弟殿下にとっては庇護するべき対象――そういうことだと思う」


 アナベルは梯子を見る。もう、ユストゥスの姿は見えない。


 王太弟は先ほど、礼拝堂でアナベルのことを「守ってあげる」と言った。単純にアナベルを揶揄っているだけと思ったが、もしかしたら、彼なりに本気の言葉だったのだろうか。もし、そうだとしたら――アナベルは「面倒くさい人ですね」と率直な感想を吐き捨てた。

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