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《佳作受賞》魔術機関きっての問題児は魔術師のいない国に派遣されることになりました。  作者: 彩賀侑季
【着任編】

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四章:仕立て屋のルイーゼ⑤


 廊下で待っていたディートリヒに「アナベルちゃん落ち着いて」と宥められながら、アナベルは部屋に戻される。試着は一度中断になり、休憩をしようということになった。アナベルは今、ソファに座らされている。


「何ですか! 何なんですか、これは!!」


 お茶を用意するため侍女二人は部屋を出ている。そのため、今室内にいるのはクラウゼヴィッツ家の姉弟と、アナベルの三人だ。


 今、アナベルの手には一部の新聞が握られている。ルイーゼが持ってきたというそれは昨日の日付のものだ。一面記事で書かれているのはアナベルが王宮魔術師としてやって来た件だ。ただし、先ほどルイーゼが言ったように主に取り上げられているのはジークハルトとの熱愛報道だ。


 とうとう王子に恋人が出来た。その相手は西方の魔術機関から派遣された著名な魔術師であり、年若い少女である。三ヶ月前の事件でも活躍をし、スエーヴィルの間諜を追い払ったと書かれている。


 後半は事実であるが、前半部分は捏造甚だしい。いったいいつアナベルがジークハルトの恋人になったというのだ。


 わなわなと怒りに震えるアナベルにディートリヒは苦笑を浮かべた。


「何でって、あんな見物人がたくさんいる場所でジークと抱き合って、騒ぎにならないわけないよね」


 彼が何を言っているのかはすぐに分かった。


 アナベルが王都に戻った日のことだ。確かにジークハルトに抱きしめられたあのとき、確かに周囲に人がいた。その件についても記事で触れられている。


「だから、何でそれで恋人同士って報道されるんですか!」

「いや、若い男女二人が抱き合ってればね。そういう風に周囲は思うよ」

「それはそうかもしれませんが! 報道には正確性が求められるでしょう! 事実確認はしていないんですか!」

「……新聞社の社長は昔からの知り合いでね。直接、聞かれたよ」


 ディートリヒは苦笑いを浮かべ、視線を逸らした。


「ユストゥス殿下にね、言われたんだ。『個人的なことは本人に任せている。ただし、王室で慶事があれば、直ちに国民たちに知らせる準備は出来てる』って言えって」

「否定してないじゃないですか!! なんてことしでかしてくれたんですか、あの腹黒男!!」


 出来るのであれば王太弟の執務室に直接怒鳴り込みに行きたい。何らかの思惑があっての発言であることは分かるが、アナベルの意に反する言動をされれば憤りを覚える。


 頬に手を当てたまま、首を傾げたのはルイーゼだ。


「なら、この記事に書いてあることは嘘ってこと?」

「事実無根の嘘です!!」

「事実には即してるけどね」


 アナベルは手近にあったクッションをディートリヒに投げつける。彼は苦笑しながらそれを受け止める。

 

「まあ、実際は違ったとしても、そう思ってる人は多いと思うよ。少なくとも、この記事は大抵の人が知ってるしね」


 脳裏に浮かぶのは王都に戻って来て再会した数々の人々だ。アナベルが何も知らなかっただけで、周囲はこの記事の存在を知っていた。それを考えるだけで、周囲を魔術で破壊しつくしたいほどの衝動に駆られる。アナベルは唇を噛む。


「記事の訂正を要求します!」

「うーん、訂正記事を載せてもアナベルちゃんが思うような効果はないと思うよ。逆に本当は何かあるんじゃないかって疑う人が出てくるんじゃないかな」


 その意見はもっともだ。一度ジークハルトとアナベルがそういった関係にあると信じた人間に「やっぱり違いました」と伝えても彼らが信じるとは限らない。記事が掲載された以上、アナベルが望むようになかったことには出来ないのだ。


 「それとね」とディートリヒは言葉を続けた。


「出来れば、この記事の件についてはアナベルちゃんに目をつぶってほしい」

「目をつぶる、ですか」

「知らなかったことにして欲しいんだ」

「……それはどうしてですか」


 二人の関係を国民に誤認させたいのがユストゥスの策であることは分かる。だが、それに目をつぶってほしいとはどういうことだ。


 訊ねると、ディートリヒは眉尻を下げた。


「理由は言えない」


 逆にアナベルは眉間に皺を寄せる。ディートリヒは苦笑いを浮かべる。


「分かってるよ。理由も言わずにこんなことを言っても、納得できないよね。でも、それでも、この件については誰にも嚙みつかないでほしいんだ」

「……随分と自分勝手な要求ですね」

「うん。俺は自分勝手な人間だから」


 そう言った彼の表情はどこか自虐的に見えた。


 アナベルは不思議に思う。周囲に気を遣い、ユストゥスに良い様に使われている彼が自分勝手な人間にはとても見えない。しかし、アナベルはそのことには触れなかった。大きく溜め息を吐く。


「……分かりました」


 記事の訂正をしたところで効果が見込めないことは分かった。なら、必要以上に騒ぎ立てても意味はないだろう。


 アナベルが矛を収めたことで、ディートリヒは安堵したようだった。ルイーゼも柔らかく微笑む。


 しばらくするとお茶の準備を済ましたミアたちが戻って来た。一度休憩を挟んでから、――再び着せ替えごっこを再開する羽目になった。


 一通り試着を終えると、ルイーゼとミアが選んだ五着の洋服を購入する話になった。ルイーゼは「アナベルさんに他にも似合いそうなものがあったら今度持ってくるわ」と楽しそうだ。


 一方のアナベルはぐったりとソファに俯せでもたれる。最後に試着させられた緑色のワンピースは購入商品に選ばれたこともあり、着たままだ。


「今日はもう疲れました。午後は半休を希望します」

「午後は書類に署名を貰うだけだから。午前ほどは疲れないよ」


 ルイーゼはミアとヴィクトリアの手を借りながら洋服を鞄にしまっていく。あれほどたくさんあった服を綺麗に仕舞い切ると、彼女はアナベルに近づいてきた。


「それじゃあ、私はもう戻るわね。アナベルさん、会えて嬉しかったわ」

「どうも、ありがとうございました」


 礼儀としてアナベルも居住まいを正す。ぺこりと頭を下げると、彼女は「ふふふ」と笑った。


「今度はぜひ、うちのお店にも遊びに来てちょうだい。美味しいケーキを用意して待ってるから」

「いつでもお誘いください!」


 条件反射で答えると、ルイーゼは「また連絡するわね」と手を振ってくれた。姉弟が向き合う。


「じゃあ、父さんと母さんによろしく言っておいてちょうだいね」

「親父に会っていかなくていいの?」

「やめておくわ。兄さんも仕事でしょ。顔を合わせたら大変なことになっちゃうもの」

「分かった。ジークもよろしくって言ってたよ」

「会えなくて残念だわ。ジークにお店もおかげ様で順調ですって伝えておいて」

「ああ」


 そう言って彼女はスカートを翻し、優雅に部屋を出ていった。


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