四章:仕立て屋のルイーゼ④
「やっぱり、エーレハイデ唯一の魔術師なんだから、軍服とはいえ意匠は目を引くようなものにしたいわよね。アナベルさんは何か要望とかある?」
その質問にアナベルは首を傾げた。ルイーゼたちに疑問をぶつける。
「意匠から作るんですか? てっきり、普通の軍服を私のサイズで作るものとばかり思っていたんですが」
「そんなの駄目よ! 既成の意匠は可愛くないんだもの」
いの一番に答えたのはルイーゼだ。その後に別の理由をディートリヒが教えてくれる。
「軍には女性も少なからずいるけど、一般兵だったり衛生兵だからね。同じような作りのものじゃ、アナベルちゃんも動きづらいでしょ? 特注じゃなきゃわざわざ姉貴を呼ばないよ」
「なるほど」
以前に見た女性軍人に服装を思い出す。
衛生下士官であるリーゼロッテは非戦闘員のため、長いスカートを穿いていた。それ以外に会ったのは女性用宿舎の前にいた警備の兵士だ。彼女たちは一般兵と同じ軍服を着ていた。確かにどちらも動きづらそうではある。アナベルの希望通りに作ってもらえるというなら、そちらの方が都合がいいだろう。
アナベルは率直な要望をルイーゼに伝える。
「そうですね、出来れば魔術機関の制服に近い方がいいです。そっちのが違和感は少なくて動きやすいと思うので」
「うんうん、いいわねいいわね。じゃあ、申し訳ないんだけど、あとでちょっとその服の造り見せてもらってもいいかしら。参考にさせてもらいたいの」
「ええ、構いませんよ」
「それ以外に例えば可愛いとかカッコいいとかどういう系統の雰囲気がいいとか、リボンやフリルがあった方がいいみたいな好みはある?」
「正直、こだわりはありませんね。何でもいいです」
「じゃあ、そのあたりは私の好みで作らせてもらうわね。安心して。アナベルさんにぴったりの軍服を作ってみせるから」
ルイーゼはやる気に満ち溢れている。しかし、正直、アナベルはさっさと今日のやることを終えたい。短く、「よろしくお願いします」とだけ伝えた。
「準備が出来ました」
そのとき、部屋の中央に置かれた衝立の向こうからヴィクトリアともう一人別の侍女が姿を現した。これから正確な採寸を行っていく。
「俺は外で待ってるね」と言ってディートリヒは部屋を出ていく。ルイーゼは持ってきたたくさんの鞄の中から何かが書かれた紙をヴィクトリアに渡す。それから二人に説明をし始めた。
「測って欲しい項目はこれね。この空欄を埋めて欲しいの。測る場所はこの絵を参考にしてちょうだい。やっていく中で分からないことがあったら質問してちょうだい」
「分かりました」
頷いたのはもう一人の侍女だ。ふわふわの赤毛が特徴のミアという少女だ。先ほど簡単に自己紹介をすませている。今日は手伝いに来てくれたそうだ。
「ヴィーカちゃんたちが測るんですか?」
疑問に思って訊ねると、ルイーゼは申し訳なさそうな顔をする。
「本当はね、お店の魔力検査が済んでる子を連れてくるつもりだったんだけど、体調を崩しちゃってのよ。お店の方も忙しくて、他に連れて来れる子がいなかったのよ」
突発的なトラブルが原因で二人が代役を務めることになったのか。納得する。
アナベルは視線をミアとヴィクトリアに移す。ミアは紙に書かれた人体の絵を見ながら、「えーっとまず肩幅が首の基点、からで」とつっかえつっかえ採寸場所の読み上げをしている。ヴィクトリアはその様子を黙って見ている。
侍女の仕事に採寸はないのだろう。ミアがはじめての仕事に戸惑っているようだった。アナベルはルイーゼに訊ねる。
「あなたじゃ駄目なんですか」
「私?」
「採寸をされたことはありますよね?」
「ええ、それは勿論」
ルイーゼはどこか戸惑った様子だ。
「なら、あなたが測って、それを二人のどちらかに紙に書いてもらった方が速いんじゃないですか」
このままミアたちに任せた場合、何度かやり直すことになりかねない。長時間立ったまま、為されるがままというのはアナベルには耐えがたい。さっさと終わらせられる方法があるならそちらの方がいい。
「…………でも、いいの?」
長身の仕立て屋は遠慮がちに口を開く。
「何がですか?」
「私、身体的には男よ」
アナベルは怪訝な表情を浮かべる。
それは聞いているから知っている。それがどうしたと言うのだろう。
「でも、中身は女の人なんでしょう?」
外見と内面の性別が一致しない例があることはアナベルも知っている。
「似たような人は魔術機関にもいましたよ。それにそもそもあなたは仕立て屋さんでしょう? お医者さんに裸を見せるのと一緒です。仕事でやってもらうことですから、私は別に気にしませんよ。それより、採寸が長引く方が嫌です。さっさと始めたいです」
ルイーゼは逡巡する様子を見せたが、「そうね」と頬に手を当てる。
「採寸は早めに終わらしちゃいましょう。今日はね、幾つか洋服も持ってきたのよ。採寸が終わったら、是非そっちも見て欲しいわ」
彼女はヴィクトリアから巻尺を受け取ると、楽しそうに鼻歌を歌いながらアナベルの体格を測り始めた。
◆
一通り採寸が終わると、ルイーゼは次に持ってきた大きな四角い皮の鞄から何着も服を取り出していく。一気に室内はちょっとした洋装店のような様相になる。そこからは採寸以上に地獄の時間だった。
「まあ、こっちも可愛いわね!」
ルイーゼは次々と持ってきた洋服をアナベルに着させた。気分は完全に着せ替え人形だ。こんなのアナベルにとっては拷問でしかない。「今度はこっちを着てみない?」とルイーゼに五着目の服を差し出され、とうとうアナベルは抗議した。
「……もういい加減いいでしょう? どの服もサイズは合ってるんですから、こんなに試着する必要はないと思います」
「まあ!」
「そんな!」
アナベルの発言に反論したのはルイーゼと――なぜかミアだ。
「服選びはとっても大切なのよ! 好みじゃない服を着せられたんじゃ、その日の気分も浮かないものになるでしょう? その人の魅力を引き出すための小道具でもあるんだもの。妥協は良くないわ」
「そうよそうよ! ルイーゼ様の言う通りよ」
「……何であなたまで同調してるんですか」
仕立て屋であるルイーゼが拘るのは分かるが、ミアもルイーゼの味方をする意味がわからない。
ミアは誤魔化し笑いをする。
「だってここのお手伝い終わったら、仕事に戻らないといけないんだもん。お掃除なんかより、お着替えの手伝いしてる方が楽しいもの」
仕事をサボりたい、という気持ちはアナベルにもよく分かる。しかし、彼女のために犠牲になるほどアナベルは優しくはない。
「私はさっさと終わらしたいです」
そのため、アナベルは同じ主張を繰り返す。するとルイーゼが宥めるように口を開いた。
「でも、可愛い恰好したらきっとジークが褒めてくれるわよ」
「……なんで、ジークの名前をここで出すんですか」
「だって、恋人同士なのでしょう? あなた達」
今まで、何かとジークハルトを引き合いに出された経験はある。しかし、ルイーゼのあまりにとんでもない発言にアナベルは固まった。
身動きどころか、瞬きもしなくなったアナベルを見て、ルイーゼは首を傾げた。
「あら? 違ったの?」
「何が、一体、どうしたら、あの人と私が恋人同士なんて話になるんですか!!」
アナベルは激怒する。顔がとても熱くなっているのは怒りのせいだ。きっと間違いない。
ルイーゼとミアが顔を見合わせる。
「昨日の新聞、見てないの?」
「……新聞?」
「あなた達のことが書かれていたのよ。西方から来た王宮魔術師の女の子は王子の恋人だって」
――そんな話知らない。
見れば、ミアも「うんうん」と頷いている。アナベルはあまりの出来事にふらふらとよろける。
「侍女たちの中でも昨日からその話題でもちきりよ。アナベル様の採寸の手伝いを頼まれたって言ったら、皆に羨ましがられちゃった」
「侍女たち、みんな」
「うん。ジークハルト殿下の浮いた話なんて全く聞かないんだもの。みーんな興味津々なのよ」
信じられない。これほどの衝撃は、三ヶ月前にジークハルトがアナベルの探し物だったというのを知ったとき以来だ。
アナベルは勢いよく、ヴィクトリアを振り返る。
「ヴィーカちゃん!」
「どうかした」
「ヴィーカちゃんも知ってたんですか!」
彼女は数度瞬きをしてから、こくりと頷いた。アナベルは彼女の両肩を掴み、抗議する。
「何で教えてくれなかったんですか!」
「聞かれなかった」
彼女の解答は明確だった。確かにヴィクトリアは聞かれなければ、こんな話自らしては来ないだろう。
ヴィクトリアは「それに」と続けた。
「ディートリヒ様に黙っておくように言われた」
「ディート副官!!」
ヴィクトリアが言い終わらぬうちに、アナベルは勢いよく部屋の扉を開けた。




