四章:仕立て屋のルイーゼ②
ディートリヒは困ったように笑う。
「アナベルちゃんが誰を友達にするのかは俺たちが口を挟めることじゃないよ。でも、ヴィクトリアと仲良くしてくれると嬉しいかな」
「……やっぱり、ヴィーカちゃんの友達になってほしいってことじゃないですか」
「まあ、そうなっちゃうかな」
アナベルは考える。正直、友達という存在には苦い思い出が付きまとう。だが、アナベル自身、ヴィクトリアには好感を抱いているのは事実だ。仲良くする、ということに異論はなかった。
こうして、ヴィクトリアを傍に置くことをアナベルは了承し、今日は一緒に行動をしている。自分で物事を決められないという彼女は指示には忠実だ。命令通り、アナベルを医務室に連れていってくれた。しかし、道中彼女の口数は全くと言っていいほどない。
アナベルは窓の外を見る。空は灰色の雲が覆っている。今はまだ雨は降っていないが、昼過ぎには雨になるだろう。覚悟を決め、アナベルはくるりとヴィクトリアを振り返る。ヴィクトリアの視線がこちらを向く。
「今日はあいにくの空模様で残念ですね」
ヴィクトリアは一度瞬きをした。それから外を見上げる。
「そうですね」
同意の言葉を返してくれたが、会話はそこで途切れた。沈黙が流れる。アナベルは咳ばらいをしてから、無理やり会話を続ける。
「ヴィーカちゃんはどの天気が好きですか?」
その質問に僅かにヴィクトリアは体を強張らせる。
――しまった。
自分で物事を決められない彼女はおそらく、自分の好みも分かっていない。好き嫌いを問う質問をしたのは間違いだった。慌てて、アナベルは言葉を重ねた。
「私はやっぱり晴れているほうが好きですね! 曇りだと暗くて嫌になっちゃいますし、雨はじめじめしてて嫌いです。早く天気になってほしいものですよ」
ヴィクトリアから緊張が薄れる。
「そうですか」
返って来たのはやはり短い返事だ。やはり、ヴィクトリアと会話のキャッチボールを続けるのは難しい。
――仲良くするって、どうすればいいのだろう。
友達がいなかったアナベルには誰かと仲良くなる方法が分からない。誰かと親しくなりたいという思いを抱いていたのはもう遠い昔のことだ。成長する中でアナベルは友人を作ることを諦めた。今更、どうすればいいのだろう。
「うううううううううううう」
アナベルは唸り声をあげ、頭を抱えてその場に蹲った。ヴィクトリアが声をかける。
「アナベル様。いかがなさいましたか」
赤い瞳がこちらを覗き込む。瞳からは感情の色は読み取れない。でも、声をかけてくれたのはアナベルを心配しているからだろう。ヴィクトリアは非常に表情に乏しい少女だが、――ディートリヒが言ったように何も感じないわけではないのだ。
「それ、やめませんか?」
だから、ハッキリとアナベルは思ったことを口にした。ヴィクトリアは数度瞬く。困惑しているのだろう。アナベルは立ち上がった。
「その、敬語ですよ。ヴィーカちゃん、さっきの衛生下士官さんにはタメ口で話してたじゃないですか。私はもう、お客様じゃないんです。別に偉いわけでもありませんし、敬語も様づけもしなくていいですよ。普通に話してもらって構いません。……まあ、私が敬語なのはそもそもの癖なので気にしてないでください」
今後も身の回りの手伝いをヴィクトリアにしてもらうことになるが、アナベルはヴィクトリアの主ではない。敬語を使う必要はまったくないのだ。アナベルが敬語なのは素の喋り方なので許してほしい。
その言葉にヴィクトリアは僅かに目を見開く。そして、そのまま全く身動ぎをしなかった。おそらく、何と返すべきか、考えているのだろう。
「……それは」
ヴィクトリアが口を開く。
「ご命令ですか」
「命令じゃありませんよ。そうですね、提案ですかね。嫌なら今まで通りで結構ですよ。どうですか?」
判断を求める質問だ。ヴィクトリアは困るだろう。だが、アナベルはあえてその聞き方をした。
アナベルがヴィクトリアに仲良くなりたいと言えば、きっと彼女は応えてくれるだろう。ただ、それは命令に従っただけだ。彼女が望んでではない。別にアナベルは仲良しごっこをしてくれる相手を求めているわけじゃない。仲良しごっこの結果がどれだけ酷いものかはよく知っている。
ヴィクトリアは俯いたまま、黙り込んでしまった。沈黙がいつも以上に長い。アナベルは暫くヴィクトリアの返答を待ったが、途中で考えを改めた。
(この件はまた後日にしますか)
ヴィクトリアには難しい問題だろう。今ここで答えを求めるのは酷かもしれない。答えは急がない、と伝えようと口を開こうとしたとき。――ヴィクトリアが顔をあげた。
「分かった」
返答はいつも通り短い。だが、その話し方はいつもと違った。
淡々とした声音は敬語が外れると、より無機質に感じる。
「アナベル様のこと、なんて呼べばいい」
――まさか、すぐに了承してもらえると思わなかった。
てっきり、時間が必要だと思っていたため、アナベルが心の準備が出来ていなかった。つっかえながら返事をする。
「そ、そうですね。アナベルでいいですよ」
「分かった」
ヴィクトリアは頷く。また口を閉じたので、これ以上言うことはないのだろう。アナベルもそれ以上、何を言えばいいのか分からず、戸惑う。
「……じゃあ、行きましょうか」
いつまでも廊下で突っ立ったままではいられない。アナベルがそう言うと、ヴィクトリアは短く「うん」とだけ返事をしてくれた。




