四章:仕立て屋のルイーゼ①
結局その日、アナベルは食事から着替えからお風呂まで全てをヴィクトリアに手伝ってもらうことになった。
以前、着替えを手伝ってもらったときはこういう生活もいいと思ったが、一から十まで全て他人任せにするのは逆に精神的にくるものがあった。唯一の救いはヴィクトリアがアナベルの両手の代わりを当然のことにようにしてくれたことだ。
(そういえば、ジークにヴィーカちゃんのこと聞くの忘れていました)
アナベルがそのことを思い出したのは夜遅く、寝台に横になってからだ。
(まあ、明日聞けばいいですね)
どちらにせよ、今日は一日ヴィクトリアの手を借りることになるのは変わりなかっただろう。
アナベルは自身の手をじっと見つめる。違和感はまだ僅かに残っている。しかし、明日になればおそらく怪我をする以前と変わらなくなるだろう。
目を閉じる。
今日は激しい運動をしたし、魔術も発動した。疲労は大きい。そのため、アナベルは朝までぐっすり熟睡することになった。
◆
翌日、アナベルは朝から医務室にいた。
ボニファーツに両手を診察される。思ったとおり、違和感は既にない。触診を終えたボニファーツは「うん、大丈夫そうだね」と頷いた。
「もう、普通に動かしてもいいよ」
「やったあああああ!!」
アナベルは両手を挙げ、大喜びをする。反面、ヴィクトリアは表情一つ変えず、微動だにしない。
ジークハルトたちは執務も多い。昨日と違い、今日は別行動だ。代わりにヴィクトリアが付き添ってくれている。医務室にいるのはこの三人と、後はリーゼロッテだ。フェルディナントは不在だった。
「良かったわ。何もなくて」
リーゼロッテはニコニコと笑っている。夜勤明けのためか、表情に多少の疲労が見える。アナベルは少し考えてから口を開いた。
「あの、お洋服ありがとうございました」
アナベルの制服は昨日洗濯してもらい、既に乾いた。そのため、今日はまたいつも通り魔術機関の制服だ。
「軍服。今日、洗濯してもらっているので、もう少し待っててください」
「そんな急がなくてもいいから。返すのはいつでも平気よ」
それから、ヴィクトリアに話しかけた。
「ヴィーカ。この後の予定はどうなってるの?」
「午前中に仕立て屋さんが来る。アナベル様の洋服を依頼する予定。午後は事務処理」
「今日も忙しそうね」
「しばらくは立て込むってジークハルト様、言ってた」
ヴィクトリアが敬語以外で話しているのは珍しい。
そういえば、父親であるテオバルトには同じような口調で話していたような気もする。リーゼロッテもヴィクトリアを愛称で呼ぶあたり、仲は良いのだろう。その様子をアナベルはぼんやりと見つめた。
診察も終わり、アナベルとヴィクトリアは廊下を進む。
すっかり道は覚えている。そのため、軽い足取りで歩くアナベルの後ろをヴィクトリアが黙ってついて来る。アナベルは小柄な侍女の様子をちらりと盗み見る。
思い出すのは今朝方のジークハルトとのやり取りだ。律儀にも、朝食分の魔力供給薬を用意しに来た王子にアナベルは昨日聞き忘れていたヴィクトリアの件を聞いてみた。すると、ヴィクトリアが食器の片付けのために部屋を出ていったタイミングでジークハルトが口を開いたのだ。
「君さえ良ければ以前のようにヴィクトリアを傍に置かせて欲しい」
「いや、まあ、私は楽できるので大歓迎ですけど……」
身の回りの手伝いをしてもらえるのは助かるが、他にも仕事がないのだろうか。そんな疑問を思う。
「ヴィクトリアが『牙』出身なのは以前聞いたな。『牙』が身体能力に優れた隠密活動を得意をする部族であることも。覚えているか?」
「ええ、覚えてますよ」
ジークハルトの質問にアナベルは頷く。
「『牙』は特殊な部族だ。そこで生まれ育ったヴィクトリアもその影響は色濃い」
「はあ」
なんとも抽象的な説明だ。
三ヶ月前に王都の外で戦った二人組の『牙』を思い出す。アナベルは彼らと言葉を交わしていない。とても強いことは分かっているが、それ以上のことは知らない。
ジークハルトは難しい顔をして、一度口を閉じた。
「ヴィクトリアはね、ずっと誰かの指示に従って生きてきたんだ」
助け舟を出したのはディートリヒだ。すっかり、説明役になっている気もする。
「『牙』の長だったり、仲間だったり、……母親だったり――自分で何かを考えなくていいと教わって育ったんだよ。だから、彼女は命令には従順だけど、自分で何かを決めることが苦手だ」
彼女は『牙』でどのように育ったのだろう。誰かの指示に従うだけの生き方、というのはアナベルには中々想像しにくい。
その結果、ヴィクトリアはあのように従順な性格になったのだろう。主の命令には従う。逆らった場合は自身の命だって差し出す。王都観光の際、ヴィクトリアは昼食のメニューさえ自分で決められなかった。――そんな生き方はどうなのだろう、と思ってしまう。
多分、それは今目の前にいる二人も一緒なのだろう。
「でも、ヴィクトリアだって心のない人形じゃないよ。嬉しいとか楽しいとか、逆に悲しいとかそういう感情はある。それが表に出にくいのと、本人が自分の感情にひどく鈍感なだけでね。――ヴィクトリアが今、王城で働いているのは人生経験のためだよ。家の外で色んな人と交わるのが彼女にとって、いい影響になる。そう思って、ジークの下で働いてもらってる」
「……なるほど」
ヴィクトリアが王城で働いている経緯は分かった。
「ただ、そうするとヴィクトリアと接点が多いのが俺とジークになっちゃうんだよ。彼女にとって、ジークは主だし、俺もそれに近いから、ヴィクトリアと対等な関係は築きにくい。王城にはヴィクトリアと仲の良い友達がいないわけではないんだけどね。出来れば普段から同世代の子と接する機会を増やしたいとジークは考えてるんだ」
「それで私の出番というわけですか」
二人は頷く。
確かに、性別も一緒で年齢も近いアナベルはジークハルトたちに比べれば、ヴィクトリアと対等な関係を結びやすいだろう。――ただ、一つ、気にかかるところはある。
「それは、私にヴィーカちゃんと友達になってほしいということですか?」




