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《佳作受賞》魔術機関きっての問題児は魔術師のいない国に派遣されることになりました。  作者: 彩賀侑季
【着任編】

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三章:レーヴェレンツ家の人々⑤


 三人は連れ立ってアナベルの部屋に戻る。


「お帰りなさいませ」


 出迎えたのはヴィクトリアだ。傍にはポットやティーカップの置いてある配膳台もある。三人が戻って来るのを聞いて事前に用意したのだろう。


 彼女は綺麗なお辞儀をする。


「ヴィクトリア。アナベルが両手を負傷した。魔術薬で治療したが、ボニファーツに今日一日手を使うなと指示をされている。手助けを頼めるか」


 ジークハルトの指示を聞き、ヴィクトリアはアナベルを見る。相変わらず感情は読めない。


「かしこまりました」


 従順な侍女は何一つ反論をしなかった。

 アナベルはソファに腰かけ、非難めいた視線をジークハルトに向けた。


「……真面目ですね、ジークも。本当に大丈夫なんですって」

「ボニファーツの言葉を忘れたか。それに、楽を出来るんだから、お前にとっても悪い話じゃないだろう」


 彼はヴィクトリアと一緒にお茶の準備を始めた。おそらく、前にしたのと同じように魔力供給薬を淹れているのだろう。


「代わりに手伝ってもらうっていうのは、怪我人みたいで好きではありません」

「怪我人だろう。先ほど負傷したのは事実だ」

「――ああ、もう、うるさい人ですね! 今はもう怪我はしていません!」


 ジークハルトはアナベルの抗議に反応しなかった。黙って、お茶の準備を進める。魔力供給薬をティーカップに注いで、ようやくこちらを振り向いた。


「普段は面倒くさがる割に、変に無茶をするな」

「私を一般的な物差しで測らないでください。あなたからすれば無茶かもしれませんが、あれくらい私にとっては無茶じゃありません」

「それは君が魔術師だからか? それとも、『四大』だからか?」

「両方ですよ。怪我だって魔術薬で簡単に治せる程度のものです。過剰に心配し過ぎなんですよ、ジークは」


 ジークハルトたちはどう思っているか知らないが、今回の行動は無茶だとは思っていない。――いや、確かに剣を素手で掴むのはやり過ぎただろうが、あれくらいはジークハルトの治癒薬がなくても魔術で治せた。治癒魔術を使うとなると更に魔力を消費することになるので、治癒薬を使えたことは非常に助かってはいるが、それがなくともなんとかなった。アナベルはそれを無茶だとは思わない。


 ヴィクトリアがアナベルの前にティーカップを置く。ジークハルトがアナベルの隣に腰かけた。蒼い瞳がこちらを見つめる。


「心配してはいけないのか」


 アナベルは答えに詰まった。


 ――そういう聞き方はずるいと思う。


「…………いけなくは、ありませんが」

「なら、他人の言うことには耳を貸せ。ボニファーツも君を心配して、ああ言ったんだ。君が魔術師だとか、『四大』だとかは関係ない」

「アナベル様」


 ジークハルトとは反対側の隣に座ったヴィクトリアがティーカップを両手で差し出してきた。


「どうぞ」


 どうやら、そのまま飲めと言うことらしい。多少の行儀の悪さと、飲みづらさはあるが、大人しくアナベルはティーカップに口をつける。


 ゴクリと一口飲むと、少しだけだが体内の魔力が補充されるのを感じた。


 ゆっくり何回かに分けて、ハーブティーを飲み切る。空になったティーカップをヴィクトリアが下げる。アナベルは辟易とした表情を浮かべた。


「……今日一日、ずっとこれですか」


 献身的なヴィクトリアには申し訳ないが、正直、この調子で身の回りのことを全部他人にしてもらうのは間抜けすぎる。この後、食事だって、着替えだって、湯浴みだってあるのだ。着替えは以前も手伝ってもらっているのでそこまで抵抗感は強くないが、食事と湯浴みを手伝ってもらうのは本当に居た堪れない気分になる。


「アナベル」

「分かってます。分かってます。もう拒否する気はありませんよ。ただ、思ったことは言いたいだけです。文句を言うぐらいはいいでしょう」


 ジークハルトはまだ何か言いたげだったが、それ以上はこの件については口にしなかった。代わりに別のことを話し出す。


「改めてだが、先ほどの試合は君の勝ちだ」


 医務室の一件で忘れかけていたが、アナベルはそもそもの試合の目的を思い出す。


 今日の試合はアナベルに実力があることを示すために行ったものだ。そして、勝利した以上、アナベルは王宮魔術師に相応しい実力を持っていることを証明できたことになる。


「ニクラスの負けだ。君はきちんと強さを証明してくれた。――ありがとう」

「当然ですよ! なんたって私ですからね!」


 アナベルは胸を張る。

 とてもいい気分だ。

 「これで」とジークハルトは言葉を続ける。


「アナベルの能力を疑う者もかなり減るだろう」


 その言葉に、アナベルは瞬きをする。ジークハルトの言葉を補足したのはディートリヒだ。


「エーレハイデでは本当に魔術というのは理解されにくいんだよ。正直に話すとね、ニクラス将軍以外にもアナベルちゃんの能力を疑う声はあったんだ。表立って言う奴等は少なかったけどね」


 それは想定していたことだ。アナベルは頷く。


「当然ですね。私みたいな小娘が強いって言われても、魔術の浸透していないこの国では納得しにくいでしょう」

「うーん、まあ、それだけじゃないんだけど」


 ディートリヒは言葉を濁し、一度ジークハルトに視線を向ける。しかし、王子が黙ったままなのを確認すると、苦笑を浮かべた。


「今回の試合は多くの兵士が観戦してる。見てない奴等もいるけど、多分今日中には王城中に今回の話は広まりきると思う。まあ、悪い結果ではなかったんじゃないかな。ある意味ニクラス将軍のおかげだね」


 アナベルはふと、ジークハルトの『ニクラスは悪い奴じゃないんだ』という言葉を思い出す。


「……まさか、あの人、わざわざ負け犬役を買って出たってことあります?」


 今回の試合結果はアナベルにとって都合の良い結果を生んだ。そうなったのも、そもそもニクラスが試合を申し込んだからだ。彼がアナベルに喧嘩を売ってこなければ、アナベルは自身の実力を証明する機会はなく、王宮魔術師に対する不信感を拭うことは出来なかっただろう。


「あの人もあの人で素直じゃないから。純粋にアナベルちゃんに能力があるか確かめたかったのが一番だと思うけど、アナベルちゃんが試合に勝てば、周囲からの疑いも拭えるっていうのは織り込み済みだったと思うよ。絶対に認めてはくれないだろうけどね」

「なんとも面倒くさい性格の人ですね」


 真意を聞かされたところで、アナベルのニクラスに対する印象は変わらない。性格の悪い、相性の合わない男だ。この評価は今後も変わることはないだろう。


 手持ち無沙汰から、アナベルが前髪に触ろうとすると、ジークハルトに「アナベル」と手首を掴まれた。


 完全に無意識の行動だった。辟易とした気分で「気をつけます」と手を膝に戻す。それを確認してから、ジークハルトはディートリヒに訊ねた。


「それで、ニクラスの様子はどうだった」

「テオバルト将軍たちに宥められて大分落ち着いたけど――あれは暫くは駄目だね」


 二人のやり取りを聞いて、ようやくアナベルは思い出した。瞬く間に顔色が青く染まっていく。


 ――そういえば、アナベルは彼の家に伝わる名宝とも呼べるレイピアを壊してしまったのだ。


「アナベル」


 また、無意識のうちに服を両手で握り締めていた。黒い手袋をつけた手が重なり、優しくアナベルの指を服から剥がしていく。


「明日、ニクラスに謝罪の手紙を書こう。直接謝りに行くのは落ち着いてからだ」

「…………謝って、許してもらえるんですか」

「許してもらえなくても、誠意を尽くすんだ。こういうのは気持ちと、それを伝えようとする姿勢が大事だ」


 そういうものなのだろうか。アナベルは分からない。分からないから、ジークハルトの言う通りにしようと思った。


「分かりました」


 アナベルは素直に頷いた。


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