三章:レーヴェレンツ家の人々③
以前、調査員として王城に来た際にテオバルトにざっくりと兵舎は案内されている。しかし、少し離れた場所にある女性用の宿舎というのははじめて見る建物だ。
入り口には軍服を着た女性兵士が見張りで立っている。リーゼロッテは彼女たちと軽く挨拶を交わし、アナベルを簡単に紹介してくれる。その上でアナベルは宿舎に足を踏み入れた。
「王城と、あと王都に軍の宿舎はいくつかあるんだけど、女性用の宿舎はここだけよ。女性の軍人はとっても数が少ないのと、ほとんどが貴族か王都に住む市民の家系の出の人だから。宿舎を多く作る必要がないの」
二階建ての宿舎には最大百人ほどが暮らせるようになっているらしい。説明を受けながら、アナベルは二階に続く階段を昇る。
リーゼロッテは階段のすぐ側の部屋の扉を開けた。「どうぞ」と促されて、アナベルは中に足を踏み入れる。
狭い部屋だ。二人用の部屋らしく、クローゼットと机、寝台がそれぞれ左右に一つずつ備えられている。両方とも使われているようで机の上には本や鏡、小物入れなどが置かれている。リーゼロッテは右手側のクローゼットを開けた。
「そうね。私服もいくつか持っているけど、城内を歩くなら軍服のほうがいいかしら。どういうのがいいと思う?」
「……貸してもらえるならなんでもいいです」
アナベルにこだわりはない。また、貸してもらう立場だ。我儘を言うつもりもない。リーゼロッテがこちらを振り向く。
「そちらの都合で選んでもらって構いません」
少し突き放すような言い方になってしまったが、本当にアナベルは何でもいい。
リーゼロッテは一度瞬きをしてから笑った。
「ねえ、あなた歳はいくつ?」
突然の質問に面食らってしまう。少し迷ったものの、素直にアナベルは答えた。
「……十七歳です」
「私は十八歳よ。じゃあ、私のが一つ年上なのかしら。誕生日はいつ?」
「十ノ月です」
今は六ノ月。あと四ヶ月でアナベルも十八歳だ。
そう答えると、リーゼロッテは顔を輝かせる。
「私は四ノ月生まれよ。じゃあ、同い年なのね。ねえ、アナベルって呼んでもいいかしら」
おそらく、同い年の女の子に出会った反応として、リーゼロッテは正しいのだろう。しかし、嬉しそうに笑うリーゼロッテと対照的に、アナベルはまったく嬉しいとは思えなかった。
正直なところ、アナベルは同世代の女子に苦手意識を感じている。
ヴィクトリアのように少し年下ならまだ平気だが、完全に同世代となると本当に駄目だ。
その要因の多くは学生時代の苦い思い出だ。特にこちらに関心を持ち、友好的に話しかけてくる子に良い感情を抱いていない。経験上、彼女たちの多くはいずれ『四大』に選ばれる優秀な魔術師に取り入ろうという魂胆があった。その上で、アナベルの奔放な振る舞いに嫌気を感じ、少し経つと勝手に離れていく。
エーレハイデと魔術機関は環境が違うことは分かっている。リーゼロッテと彼女たちは違うのかもしれない。それでも、一度強く抱いた苦手意識は簡単にぬぐえない。
「……お好きにどうぞ」
だから、どうしてもアナベルの態度はぎこちないものなってしまう。
行きずりの相手だったら、相手の調子に合わせて話すこともできただろう。だが、彼女は同じ軍に所属する人間だ。彼女と接する機会はこれからもあるかもしれない。それを考えると、いつものように明るく振舞うことが出来なかった。
「私のことはリーゼって呼んでね」
しかし、リーゼロッテはアナベルの態度を気にした様子もなく可憐に笑う。
「軍服を貸すから、今はそれを来て戻りましょうか」
アナベルは今日一日、両手を使わないように言われている。当然、着替えをするのはリーゼロッテに手伝ってもらうことになった。
二人の体格はそれほど変わらない。そのため、貸してもらった軍服のサイズはぴったりだった。意匠は今リーゼロッテが着ているものと全く分からない。おそらく予備なのだろう。
「良く似合ってるわ」
リーゼロッテはそう言って、布製の袋に元々アナベルが着ていた制服を詰める。それから彼女はアナベルを椅子に座らせると、「せっかくだからちょっと髪も整えていきましょうか」と笑う。鏡を見ると、試合で動き回ったせいか髪がボサボサだった。アナベルは居心地の悪さを感じながら、リーゼロッテが髪を梳かすのを待つ。彼女は鏡に映るアナベルを見ると「うん、素敵よ」と言った。
「……ありがとうございます」
礼儀としてペコリと頭を下げると、リーゼロッテは少し照れたように手を振った。
「お礼なんていいのよ。私がやりたくて勝手にやってることだもの」
その言葉にアナベルは何も反応を返せなかった。
なんとなく、リーゼロッテからはジークハルトと似た匂いを感じる。もしかしたら、彼女も、ジークハルトのように他人に見返りを考えることなく優しさを与えることが出来るタイプの人なのかもしれない。
「じゃあ、戻りましょうか。元帥閣下が待っているわ」
リーゼロッテに促され、アナベルは廊下に出た。
◆
兵舎の近くを通り、来た道を戻る。
先ほどに比べるとすれ違う兵士の数が多い。彼らの多くが好奇の視線をアナベルに向けた。中には「カッコよかったぜ、姉ちゃん」と声をかけてくる人物もいた。彼らはきっと先ほどの試合の野次馬だったのだろう。そして、気になるのはアナベルに声をかけてくる以上に、リーゼロッテに声をかけてくる兵士の多さだ。
「リーゼ。今日も可愛いね」
「ありがとう」
「なあなあ、今夜飯行かないか?」
「ごめんなさい。今日は夜勤があるの。また今度ね」
困ったような笑みを浮かべながら、彼女は一人一人を流していく。
「さっきの訓練でたんこぶを作ったんだ。慰めてくれよ、リーゼロッテ」
「ちょっと見せて」
中には怪我を主張してくる人もおり、そのときにはリーゼロッテも足を止めた。たんこぶが出来たという後頭部を確認した、リーゼロッテは呆れたような溜息を吐いた。
「たんこぶなんてないじゃない。本当に頭を打ったの?」
リーゼロッテは少し怒っているようで、強い口調で兵士に問う。その若い兵士が「ごめんなさい。嘘です」と言うと、リーゼロッテは眉を吊り上げた。
「私の気を引きたいからってそういう嘘をつくのはやめて。怪我をしたって嘘をつく人は嫌いだわ」
彼女はそう言って、アナベルと腕を組むと歩き出す。先ほどより歩調が速い。アナベルが振り返ると、嫌いと言われた兵士はショックを受けたように立ち尽くしており、別の兵士に「馬鹿だなあ。リーゼにあんな嘘ついたら嫌われるに決まってるだろ」と肩を叩かれているのが見えた。
アナベルはリーゼロッテに視線を戻す。
軍は男所帯だ。リーゼロッテのように可愛くて優しい女の子はモテるだろう。魔術機関は逆に女性の割合が多かったから、格好よくて仕事のできる男性職員はとても人気があった。
「もう本当に信じられない」
リーゼロッテは本当に怒っているようだった。アナベルは少し考えて、口を開く。
「モテモテですね」
考えはしたが、口にしたのは思ったことそのままだ。何か反応したほうがいいと思って話したのが、話してから後悔した。言葉選びは最悪だと思う。
リーゼロッテは足を止める。それからこちらを振り向いた。
「違うの。違うのよ」
そう主張するリーゼロッテは明らかに狼狽えていた。アナベルと視線が合うと、途端に彼女は消沈したように肩を落とす。
「私は衛生兵だから、負傷兵の手当てをしたり、看病をするのが仕事よ。怪我人に優しくするのは当たり前のことなんだけど、皆が持ち上げてくれてるだけ」
リーゼロッテはなんとも複雑そうな表情だ。
「――……なんかじゃないのに」
ポツリと呟いた声は小さすぎて断片的にしか聞き取れなかった。
彼女は困ったような笑みを浮かべてから、もう一度歩き出す。アナベルはそれ以上、何も言うことなく、リーゼロッテについていった。




