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《佳作受賞》魔術機関きっての問題児は魔術師のいない国に派遣されることになりました。  作者: 彩賀侑季
【着任編】

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三章:レーヴェレンツ家の人々①


「うん。結構深く切っちゃったね。素手で剣を受け止めるなんて良くないよ。もうやめておきなさい」


 アナベルの傷を見て、どこかのんびりした様子で言ったのは初老の男性だった。白髪の恰幅の良い――テオバルトと違い恰幅が良いのは筋肉ではなく脂肪だ――どこか可愛らしさを感じる人物だった。


「化膿するといけないからね。染みると思うけど、一度消毒するよ。リーゼ」

「はい。医務局長」


 指示を受けたリーゼロッテがアナベルの手をとり、ピンセットで液体を染み込ませた綿状のものを傷口に当てる。途端に鋭い刺激が走り、アナベルは言葉に出ない悲鳴をあげた。


「痛いわよね。染みるわよね。でも、もうちょっとで終わるから大丈夫よ。後で飴をあげるからちょっとの間頑張って」


 あまりの痛みに暴れそうになるアナベルを労るように少女は声をかけてくる。別に飴につられたわけではないが、アナベルは必死に痛みを堪えた。


 消毒を終えると、リーゼロッテは満足そうな笑みを浮かべた。


「頑張ったわね。偉いわ」


 リーゼロッテと呼ばれた少女はとても可憐だった。歳は多分、アナベルとそれほど変わらないと思う。真っすぐ伸びる透き通るような金髪と蒼い瞳が特徴的だ。笑うと、なおさら可愛らしく見える。


 彼女は椅子から立ち上がると、小太りの初老の男と、もう一人知らない中年の眼鏡の男と何かを話し出す。話している内容はアナベルの耳にも届くが、専門用語が多様されているためか、意味はよく理解できない。ただ、三人の間ではきちんと伝わっている様だった。


(……この子、誰なんでしょう)


 そんな疑問が浮かぶが、アナベルが質問をする時間はなかった。アナベルを医務室に送った後、一度姿を消したジークハルトが戻ってきたのだ。


「待たせた」


 そう言って、ジークハルトは先ほどまでリーゼロッテが座っていた椅子に腰かける。その手に持っているのは木製の小さな壺だ。


 ジークハルトが壺の蓋を開けると、中に緑色の半透明色の液体が入っていた。その中身にはアナベルも見覚えがある。


「治癒薬ですか」

「母上が作り方を教えてくれたものだ」


 見覚えのある塗るタイプの治癒薬はどんな怪我もすぐに治せるとして、魔術機関でも重宝されている。


 ジークハルトは手袋を外し、壺からどろりとした液体をすくいあげる。そして優しい手つきでアナベルの右掌の傷口に塗り始めた。消毒に使われた液体と違い、魔術薬は傷口に染みることはない。今度はアナベルは痛みを我慢する必要もない。


 アナベルはちらりとジークハルトの様子を覗う。彼の表情はいつも通り冷淡なものであるが、丁寧な手つきから真剣なことは窺える。。


(……やっぱり、こんなのは王子のする仕事じゃないと思います)


 魔力のないエーレハイデ人が触れた場合、効能が半減する可能性がある。そこを踏まえて、ジークハルトが自ら治癒薬を塗っていることは分かる。しかし、それでもアナベルはどうにも落ち着かない気分になる。普段は手袋をしているジークハルトが素手で自分の手に触れている、という状況もなんとも心臓に悪い。


「魔力の方はどうだ」


 突然話しかけられ、アナベルはびくりと肩を震わせた。


「だ、大丈夫ですよ。大規模な魔術は使っていませんから」


 身体強化魔術も溶解魔術も、前回使った攻撃魔術に比べれば魔力消費は少ない。


「一週間程度で回復できると思います」


 前回の経験を踏まえれば、おそらくそれぐらいで魔力は全回復する。この辺りは特にジークハルトは気にするところだろうが、本当に問題はない。


 現状を伝えると、ジークハルトの視線がこちらを向く。


「良かった」


 彼はそう一言だけ言って、僅かに口元を綻ばせた。そして、またすぐに視線を薬を塗る手に戻る。アナベルはそれ以上治療風景を直視できず、視線を逸らした。


 右手に治癒薬を塗り終えると、今度は左手をとられる。アナベルは薬が塗られた右手を見る。僅かに光ったと思ったら、――傷口は何かに反応するようにあっという間に塞がっていった。


 その光景を見たリーゼロッテたちは驚いた様子だった。


「すごい」


 彼女は感嘆の声をもらす。


 左手の治療も終えたジークハルトは最後に頬の傷にも薬を塗る。一通り治療を終えると、ジークハルトは魔術薬を入れた壺の蓋を閉じた。


 もう一度確認のため、初老の男性に手を見られた。掌にも、頬にももう痕もない。


「痛みはあるかな?」

「いえ。違和感はありますが、一日も経てば治りますよ。問題ありません」

「なるほどね。魔術っていうのは本当にスゴイんだね」


 感心したように彼は笑う。


「この治癒薬は本人の魔力に反応して、治癒能力を高めるんです。これだけ治りが早いのは『四大(わたし)』だからっていうのはありますね」


 普通の魔術師だったり、一般人ではここまですぐに治りはしないだろう。

 ふと、気づいてアナベルはジークハルトに訊ねた。


「あなたはこの薬を使ったことはあるんですか?」

「ある。――というより、私ぐらいにしか効かないからな。技術の継承のためでもあるが、基本的にこの治癒薬は私の治療用のものだ」

「あなたも傷の治りは早いんですか?」


 魔術が効きやすい、というのがジークハルトの特異体質だ。治癒薬が効きやすいとなれば、この特異体質の数少ないメリットになりそうな気がする。


 しかし、彼は首を横に振る。


「いや、普通の傷薬を塗るより少し早い程度だ」


 なるほど。では、ジークハルトの魔力量自体は一般人のそれらしい。


「ただ、以前試しに黒鉱石を使ってみたときには、格段に治癒能力をあげることが出来た」

「…………それはもう傷の治りが早いということでいいんじゃないですか?」


 魔術具を使うのに黒鉱石を使っているのと理屈は同じなのだろう。ただ、それ以上は面倒になって、アナベルは考えるのをやめた。


「うん。でも、本当に素晴らしいね。その治癒薬が普通のエーレハイデ人にも効けばいいんだけどね。多くの人を救えるかもしれない」

「現実的に考えたら、どちらにせよ難しいと思いますよ。実用化させるには相当量の薬草を栽培しないといけませんけど、それは難しいでしょう。元帥閣下の手に余る」

「うーん、そっかー。少し残念だねえ」


 眼鏡の男の言葉に、初老の男性は悲しそうに肩を落とす。二人のやり取りをぼんやりと見つめていると、「アナベル」とジークハルトが口を開いた。


「改めて、紹介する。まず、そちらがボニファーツ・D・レーヴェレンツ医務局長。全軍医官をまとめている」


 ジークハルトは正面の初老の男を視線で指した。


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