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《佳作受賞》魔術機関きっての問題児は魔術師のいない国に派遣されることになりました。  作者: 彩賀侑季
【着任編】

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二章:将軍との試合⑥


 最初からアナベルは剣で勝つつもりはない。――こうなることを狙っていたのだ。


 今回の試合はアナベルにとっては不利な条件が多かった。


 周囲に魔力がない。対戦相手を殺したり、大怪我を負わせるわけにはいかない。そもそも、ニクラス自身には魔術が通じにくい。怪我をさせないように昏倒魔術をかけるのも難しそうだ。そうなったら、相手の武器をどうにか使えないようにして、戦えなくしてしまえばいい。


 いくら相手に魔術が通用しなくても、レイピアは別だ。物を破壊する類の魔術は幾らでもある。レイピア自身も魔術が伝導しにくく、直接触れる必要があったのは誤算ではあったが――結果的にアナベルの狙い通りに事は運んだ。


 そのことにアナベルはとても満足していた。正直、浮足立っていたと言ってもいい。だから、銀色の水たまりを見つめるニクラスがどんな表情をしていたのかまったく見ていなかった。


「ニクラス、やめろ!」


 既に試合が終わったと思っていたアナベルは身体強化魔術も解いていた。だから、ニクラスの動きに反応することが出来なかった。


 気づいたときには目の前にアロイスがいた。そして、テオバルトがニクラスを後ろから羽交い絞めにしている。


 ニクラスは怒っていた。殺気立ってると言っても間違いではない。それをテオバルトが宥めようとする。


「落ち着け! らしくないぞ!」

「落ち着けだと? 落ち着けるわけがないだろう! ――この小娘が何をしたと思ってる!!」


 ニクラスは大きく息を吸う。


「コイツは我が家の名剣――エデルガルトを壊したんだぞ!!」

「…………へ?」


 その言葉を、アナベルはすぐに理解することが出来なかった。


 テオバルトは苦い表情をしている。アナベルを背に庇うアロイスもどこか気まずそうな顔だ。


「エデルガルトの逸話をお前だって知らないわけがないだろう! 初代国王陛下より初代当主が賜った特別な剣なんだぞ!!」

「アナベルは何も知らないんだ。アイツは悪くない」

「知らなかったから、全て許せと言うのか!!」


 二人の言い争いは続く。それを聞きながら、アナベルはどんどん血の気が引いていくのを感じる。


 アロイスを見上げ、「あの」と引きつった笑みを浮かべる。


「あ、あれって壊したら駄目なものでした……?」


 否定をしてほしい。心からそう願ったが、アナベルの願いは叶わなかった。


「ニクラス将軍の剣――エデルガルトは、クロイツァー家に伝わる宝なんです。初代国王であるアダム陛下がクロイツァー家の武勲を讃え、下賜されたものなんです。何百年経っても錆びることのない――この国にも数本しかない特別な剣の一つなんですよ」


 アロイスは視線を逸らしたまま答える。


「……ニクラス将軍にとっては、命よりも大切なものですね」


 ――やってしまった。やってしまった。


 このときのアナベルの心情は語るに語れない。

 魔術機関でも多くの問題を起こしてきた。しかし、その多くをアナベル自身は問題とは感じていなかった。だから、どれだけ騒動を起こしても、アナベルは気にも留めていなかった。


 しかし、エーレハイデの王宮魔術師になると決めて、アナベルは心を入れ替えた。問題を二度と起こさない――と心に誓ったわけではないが、真っ当に頑張ろうとは思っていたのだ。いくら腹が立つ相手とはいえ、ニクラスの命より大切な宝物を壊すつもりはなかった。


(ど、どうすれば)


 悪いことをしたら謝る。幼い頃にフラヴィから教わった常識の一つだ。


 しかし、アナベルは今まで心から謝罪をしたことがほとんどない。フラヴィに言われて「すみませんでした」と言ったことはあるが、許してもらおうと思って謝罪をしていたわけではない。


 今、ニクラスは大激怒している。アナベルが謝ったとして謝罪を受け入れてくれるとは思えない。許してもらえるとも到底思えない。そんな相手に対しても謝るべきなのか、アナベルには分からなかった。


 ――どうすればいいだろう。


 分からない。分からない。そう、心底困っているときだった。


「アナベル!」


 ジークハルトの声がした。


 アナベルが振り返ると、ジークハルトがこちらに駆け寄って来る。――彼の姿に、声に、知らず知らずのうちにアナベルは安堵する。


「ジーク」

「手を見せろ」


 真っ先にジークハルトはアナベルの両手を掴んだ。言われるがまま、アナベルは両手を見せる。


 両手には血が流れるほどの深い切り傷が出来ている。今も傷口からは少しずつ血が溢れている。


「リーゼロッテ」

「はい」


 気づかなかったジークハルトの後ろには若い金髪の少女がいた。リーゼロッテと呼ばれた彼女は持っていた白い布をアナベルの両掌に優しく当てる。


「傷は痛む?」

「い、痛いは痛いですけど、我慢できないほどじゃないです。大丈夫ですよ?」


 正直、幼い頃に受けた怪我の数々を考えれば、アナベルとしては大したことはない範疇である。しかし、アナベルの言葉にジークハルトだけでなく、リーゼロッテも顔を顰めた。


「我慢できるできないじゃないの。痛みは体が発する警告なのよ。貴方の身体は悲鳴をあげてるんだから、痛いなら痛いって言うべきよ」


 ――体が発する警告。身体は悲鳴をあげている。


 その言葉にアナベルはぽかんと口を開けた。そんなこと言われたのははじめてだ。


「自分で傷を押さえたままでいられる?」

「は、はい」

「じゃあ、布を当てたままにしておいて。手は心臓より高い位置に」


 アナベルがしっかり布を両掌に当てたまま手を顔の高さまであげたのを確認すると、リーゼロッテはジークハルトを振り返った。


「元帥閣下。早急に医務室に連れていくべきだと進言します。ここでは応急手当も満足に出来ません」

「分かった。行くぞ」

「で、でもいいんですか。ニクラス将軍は、試合は――」


 未だ、ニクラスは怒ったままだ。ジークハルトが来たことで、アロイスもテオバルトと共にニクラスをなだめようとしている。


「後だ。今は自分の怪我のことだけ考えろ」


 ジークハルトだって、アナベルが大変なことをしでかしたことは気づいているだろう。しかし、彼はそのことに一切触れてこない。まずはアナベルの心配をしてくれるし、アナベルにも自分のことを心配しろと言う。


「…………分かりました」


 後ろ髪が引かれる思いはあったが、アナベルはジークハルトたちと共に訓練場を立ち去った。


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