二章:将軍との試合①
ジークハルトに言われた予定通り、アナベルは将軍たちと顔合わせをすることになった。最後までアナベルは面倒くさがったが、ジークハルトの「夕食にデザートを追加させる」という交換条件で渋々――いや、嘘だ。喜んで受け入れた。
アナベルはジークハルトとディートリヒと共に軍の会議室に足を運んだ。
顔合わせと言っても、現在王都に常駐している将軍三人のうち二人は既に知っている相手だ。テオバルトと、三ヶ月前に挨拶程度はすましているアロイス。残る一人は相性が悪いと言われたニクラスという将軍。
先ほどのジークハルトたちの発言のせいで、アナベルは珍しく微妙に緊張をしている。
「よお、アナベル。しっかり休めたか?」
扉を開けるなり、明るい挨拶をしてくれたのはテオバルトだ。
テオバルトとは昨日少しだけ挨拶を交わしたが、それっきりだけだ。三ヶ月前もアナベルが魔術機関に戻る際、テオバルトは北方の砦に出向いていた。そのため、別れの挨拶も出来なかった。彼の声を聞くと、ひどく懐かしい気持ちになる。
「おはようございます、テオバルト将軍。おかげさまでぐっすり眠れましたよ」
「おお、それは良かった良かった。これからは同じ軍の者同士よろしくな。階級はオレの方が上になるが、今まで通り接してもらって構わないぞ」
そう言って、テオバルトは右手を差し出してくる。アナベルも同じように右手を差し出し、握手をする。こうして、彼と握手をするのは西の砦で初対面したとき以来だ。
テオバルトはそれから少し気まずそうな表情を浮かべる。
「それと、今更だが三ヶ月前はすまなかったな。お前に協力してやりたいのは山々だったんだが、ユストゥスに止められてな……」
「その件については気になさらないでください。テオバルト将軍が悪くありません。全部悪いのはあの性悪王太弟殿下です!」
強い口調で断言すると、テオバルトは「ありがとな」と苦笑いを浮かべた。
「改めまして、これからどうぞよろしくお願いしますね。アナベルさん」
続いて笑顔で声をかけてきたのはアロイスだ。アナベルも「よろしくお願いします」と返す。
そして、最後に椅子に腰かけた見知らぬ男と向き合う。
四十代ぐらいの男だった。目つきが悪く、頬骨も出ており、如何にも神経質そうで性格も悪そうに見える。男はアナベルを全身舐めまわすように視線を向けている。こうした探られるような視線は好きではない。アナベルは眉間に皺を寄せる。
どちらも話す様子がないため、代わりに口を開いたのはジークハルトだ。
「アナベル。彼が将軍の一人、ニクラス・O・クロイツァーだ」
「……どうも、はじめまして」
嫌々ながら挨拶をする。ニクラスは返事をしない。
「ニクラス。紹介するまでもないと思うが、彼女がシルフィード、アナベル・シャリエだ」
一瞬、ニクラスは視線をジークハルトに向ける。そしてすぐにアナベルに視線を戻す。――そして、鼻で嗤った。
「こんな餓鬼くさい小娘が、魔術機関で最強の魔術師ですと? 御冗談を」
男の発言にアナベルは反射的に叫ぶ。隣に立つジークハルトの袖を引き、失礼な発言をした男を指さす。
「ジーク! 私、この人嫌いです!」
言われたジークハルトは頭を抱えている。テオバルトは目を閉じたまま何も言わず、アロイスとディートリヒは苦笑いを浮かべていた。ニクラスは再び馬鹿にしたような笑いを浮かべる。
「餓鬼くさいではなく、本当に直情的なただの餓鬼ではありませんか」
ジークハルトは「ニクラス」と窘めるように強い口調で男の名を呼んだ。
「彼女はわざわざ我が国に協力を申し出てくれた相手だ。言葉が過ぎる」
「協力ですか。そんな小娘が一人いたところで何の役に立つと言うんですか」
ニクラスは立ち上がる。アナベルに近づくと、こちらを見下ろしてきた。
「いくら、西方の魔術機関で名の通った魔術師だろうが、ここで役に立たなければ無意味だ。元帥や他の者たちは貴様を歓迎するだろうが、私は違う。私は役立たずが嫌いだ」
エーレハイデの地でこうも敵視――というよりは疑念の目を向けられたのは初めてだ。最初ジークハルトには追い返されそうになったが、結局あの行動はアナベルを慮ってのものだった。
隣のジークハルトが何か言おうとするのを、アナベルを制する。
「あなたは、私が役立たずだと仰るんですか?」
「エーレハイデの地では魔術師は大抵役に立たなくなる。貴様もその同類じゃないとは限らない」
「この国に戻ってきてもう四日経ちますが、こうしてピンピンしていますよ。それは証明にはなりませんか?」
「ならない。貴様が魔力供給薬を飲んでいることは私も知っている」
「…………私に何をお望みなんですか」
「証明してみせろ」
ニクラスはアナベルの力を疑っている。この国を、ジークハルトを守る王宮魔術師としてまだ認めてくれていないのだ。
「この国で、魔術の効かない私を屈服させてみせろ。貴様が本当に魔術機関最強であるなら、この地に魔力がなくとも、エーレハイデ人が相手だろうと、何でもないだろう」
「……別に私、魔術機関最強を名乗った覚えはないんですけど」
圧倒的な魔力量があることは事実だが、魔術機関最強かどうかは知らない。他の『四大』と戦ったことがないからだ。
普通の魔術師とは単純に魔力量で勝負にならないが、相手が『四大』になると魔力量以外に魔術師としての能力が戦闘に影響してくる。『四大』で誰が一番強いかハッキリさせようとすると軽く国が一つ吹っ飛ぶので明らかになっていないが、――アナベルの見立てではサラマンダーか、ノームのどちらかだろう。
アナベルは魔力量こそ魔術機関一だが、そもそも戦闘員ではない。フラヴィのように多様な魔術を扱えないし、ノームのように戦闘特化型でもない。単純な魔術の破壊力に関しては随一であることは自負できるが、真っ当に魔術対決になったら彼らには勝てるかは疑問だ。最強かはまた別の問題なのだ。
しかし、それを専門外の相手に説明するのは面倒だ。アナベルは「まあ、いいです」とその件については横に放り投げる。
「分かりました。いいですよ。私の実力を見せつけて差し上げます」
アナベルは胸を張って答える。ジークハルトは複雑そうな表情でこちらを見つめていた。




