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《佳作受賞》魔術機関きっての問題児は魔術師のいない国に派遣されることになりました。  作者: 彩賀侑季
【調査員編】

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番外編:お前の帰る場所③


 アナベルが再びエーレハイデの地へ旅立つことになったのは二週間後のことだった。


 宣言どおり、フラヴィは上層部を説得した。もっとも、これはフラヴィだけの成果ではない。フラヴィが上層部にエーレハイデに魔術機関の人間を派遣する必要性があると熱く説くと、何故か賛同してくれる者が現れたのだ。――『四大』の一人、ウンディーネだ。


「私もサラマンダーの意見に賛成よ。東方にも魔術機関の目を置いておくべきだわ。シルフィードが適任でしょう」


 元々、上層部はエーレハイデに『四大』の派遣をするつもりがなかった。その中にはウンディーネも含まれる。それが突然意見を翻したのだ。


 フラヴィは驚いた。それは他の長老たちも同様だったらしい。反対意見を述べる他の長老たちに、ウンディーネは静かに言葉を続けた。


「どうせ、シルフィード(あの子)はここにいても問題を起こすだけでしょう。何かしら役割を与えてもいいのではないかしら」


 結局、上層部で一番の発言力を持つウンディーネの鶴の一声で、アナベルはエーレハイデに王宮魔術師として赴任することが決まった。


 フラヴィがウンディーネに礼を告げると、彼女は「シルフィードに何かあったらすぐ報告するように命じなさい」とだけ言い残して《搭》の最上階へと姿を消した。


 フラヴィはウンディーネの思いがけない助力によって、たった二日でアナベルの派遣許可をもぎ取った。そのため、残りの日数はアナベルが空を飛ぶための道具を作りあげるのに費やされたものだ。


 彼女は何度か飛行実験を重ね、最低限の安全性を確認すると出発することを決めた。



 出発当日は雲一つない晴天だった。


 空を飛ぶには広さが必要だ。小高い丘まで乗り物が運ばれ、空の旅をすることになるアナベルとエーレハイデの使者が出発の準備をすませる。


「ハーゲンさん、ご武運を祈るっス」

「二ヶ月後にエーレハイデでお会いしましょう」


 不憫なことにアナベルの犠牲者どうこうしゃに選ばれた痩せた男は、あとから陸経由で後を追う二人の使者から激励を送られている。フラヴィはアナベルが乗り物の最終確認に集中していることを確認すると、三人に近づいた。


「――娘が迷惑をかけるな」


 フラヴィが声をかけると、三人が驚いたようにこちらを見る。


「いえ、アナベル様にはエーレハイデへの派遣に応じていただいて感謝してもしきれません。サラマンダー様もご尽力いただいたということで本当にありがとうございます」

「あの子は本当にお転婆でな。今後も苦労をかけると思うが、よろしく頼む」

「アナベル様のことをお任せください。必ずやお守りいたします」


 痩せた男の言葉にフラヴィは苦笑する。


 彼はアナベルが『四大』であることをきちんと理解しているのだろうか。いや、アナベルが普通の娘であるというのを知っているからその言葉が出たのだろう。ようやく、自分以外にもおかしなフィルターをかけずにアナベルを見てくれる人間が現れたことにフラヴィは安堵した。


 フラヴィは小包を男に差し出した。


「荷物を増やすことになるが、これを貴国のジークハルト王子殿下に渡してもらえるか」


 この二週間、フラヴィも何もせず過ごしていたわけじゃない。


 上層部の許可を取り付けたフラヴィは他にも出来ることはないかと思い、ペンをとった。小包の中にはフラヴィから王子に宛てた手紙ととあるものが入っている。


 男は不思議そうに小包を見たが、「承知いたしました」と人の良い笑みを浮かべて受け取ってくれた。


「準備が出来ましたよ!」


 そのとき、アナベルが大声をあげた。


 痩せた男は巨漢の男に肩を叩かれ、足を引きづるように乗り物へ向かう。この場所にいては離陸の邪魔になるだろう。そう思ったフラヴィは残りの二人の使者と共に乗り物から離れようとする。


「母様!」


 ところが、今度はアナベルがこちらに駆け寄ってきた。フラヴィは足を止める。


 アナベルは勢いよくフラヴィに抱きついた。今度はフラヴィは倒れず、娘を受け止めることが出来た。しばらく、母娘おやこは無言で抱き合った。


「いってきますね」

「ああ、いっておいで。お前なら大丈夫だ」


 ウンディーネに指示された通り、アナベルには通信用魔術具を渡してある。


 これは今回、ウンディーネの指示を受けた研究員が、通信用魔術具を改良して作ったものだ。それこそ西方から東方までの長距離通信が可能になったが、その代わりに送れるのは機械的な音だけだ。そのため、その研究員は短音と調音の組み合わせで文章が送れるように符号コードの組み合わせも考えてくれた。たった二週間でそれら全てを終わらした研究員はアナベルと違い、将来有望な研究員の一人である。


 この機械を使うにはある程度の魔力が必要になる。一つの文章を送るにも時間もかかる。そのため、緊急時以外使うことはないだろう。また、対となる受信機は上層部が管理をするため、フラヴィとアナベルが直接この魔術具を使ってやり取りすることも出来ない。


 今日、ここで別れたら、次に再会出来るのはいつになるのだろう。前回、アナベルがエーレハイデに向かったときは約半年で戻ることが決まっていた。今度はいつ戻って来るか決まっていない。──下手をしたら、もう二度と会えないかもしれない。


 でも、フラヴィはそのことを口にしない。


 フラヴィは信じてる。また、きっといつか娘と再会できる日は必ず来る。その時はまた、彼女が東方の地でどういう経験をしたのか教えてもらおう。


「私、寂しいです」

「私もだよ。この五ヶ月、お前の声が聞けないのは寂しかった」


 アナベルもまた、母と再会出来ない可能性に気づいている。だからこそ、フラヴィは愛する娘に伝えるべき言葉を伝えようと思った。


 フラヴィは優しい手つきでしがみついてくるアナベルをはがす。両手で優しく、アナベルの肩を掴む。


「アナベル。魔術機関(このばしょ)はお前にとって幸せとはかけ離れた場所だったかもしれない」


 フラヴィはアナベルの幸せを願って、魔術機関に彼女を連れてきた。しかし、実際にアナベルを待ち受けていたのはフラヴィが望んだのとも、アナベルが望んだのとも違う状況だった。自身の不甲斐なさを悔やむことが多かった。アナベルにとって魔術機関という場所は過ごすには苦痛な場所だったかもしれない。


 それでも、フラヴィはアナベルを拾ったことが間違いだったと思ったことは一度もない。もし、フラヴィは十三年前のアナベルと出会ったあの日に戻れたとしたら、何度だって彼女と一緒に生きる道を選択する。


「それでも、ここはお前にとっての故郷だ。魔術機関は──私は、いつでもお前の帰りを待っている」


 子供はいつか親離れをする。いつか遠くに旅立つ。アナベルにもその時がやっと訪れたのだ。


「いっておいで。アナベル。愛しい我が子。どれほど遠い場所にいても、私はいつでもお前の幸せを願っているよ」


 アナベルの目から涙が零れる。彼女はそれを拭うと、輝かしいくらい明るい笑顔を浮かべた。


「はい、いってきます。母様!」



 こうして、フラヴィの愛しい我が子は誰に決められたからではなく、自分自身の意志で東方にある異国へ旅立っていったのだ。


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