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《佳作受賞》魔術機関きっての問題児は魔術師のいない国に派遣されることになりました。  作者: 彩賀侑季
【調査員編】

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番外編:お前の帰る場所①

評価くださった方、ありがとうございます!

番外編は九章から終章の間の、アナベルが魔術機関に戻ったときのお話です。


 目の前に積まれたのは書類の山だ。女はその一つ一つに目を通し、承認の署名(サイン)をしていく。


 進捗は予定通り。午前中に終わらせておこうと思った分の確認は終わった。


 女──フラヴィ・シャリエは小さく息を吐くと、すっかり冷めてしまったカップの珈琲をすすった。


 季節は春。五ノ月ももうすぐ終わる。気温もすっかり暖かくなり、職員の多くが夏服に衣替えをしている。


 この時期は何かと忙しい。魔術学院の最高学年の生徒は七ノ月に卒業し、それぞれの部署に配属されていく。そのための書類仕事や雑務が増えるためだ。


 フラヴィの下にも今年の卒業生の進路予定表が届いている。これから、新人を受け入れる部署は準備に大忙しだろう。しかし、フラヴィは例年の五ノ月より落ち着いて業務に当たることが出来ていた。その理由は明白だ。フラヴィの娘──アナベルが今年の一ノ月から魔術機関を不在にしているためだ。


 十三年前、当時まだ大陸中を駆け回る派遣員という仕事をしていた頃、『魔獣』討伐の依頼を受けてフラヴィはレエンデという国に向かった。


 大陸西方は豊かで平和と言われているが、それは中央部のことだけだ。


 北部に行けば貧しい国が増え、貧困に喘ぐ民が増える。逆に南部は人が住むには厳しい地域だ。凶暴な魔獣が大量に生息しており、人の世界というよりは獣の世界という有り様になっている。


 フラヴィはレエンデの地で周辺の村に被害を与える『魔獣』と相対した。しかし、『魔獣』はフラヴィが想像していたものとは全く違った。『魔獣』の住処を見つけたフラヴィが出逢ったのは──本当に幼い子供だった。


 その子供が何故、あの場所にいたのかはフラヴィには分からなかった。


 彼女が大きくなって、ある程度分別がつくようになってから聞いたところ、捨てられたのだろうと言っていた。


 三人姉弟で、一番下の弟が死んだ。その遺体と一緒に妹──この妹はフラヴィが子供を見つけたとき、白骨化しているのを見つけた──と捨てられた。自分を捨てた男と女がどうなったかは知らない。


 説明をするとき、彼女はおそらく両親であろう二人のことを父とも母とも呼ばなかった。興味なさそうに「男の人」「女の人」と言うだけだった。フラヴィはあの時の彼女の感情のない瞳を今でも覚えている。


 フラヴィは拾った子供にアナベルと名付け、手元で育てることにした。


 この子には庇護する親のような存在が必要と思ったし、『魔獣』と呼ばれていた以上ある程度魔術が使えるはずだ。魔術機関も彼女を受け入れてくれるだろうと思った。


 ただ、当初周囲はあまりアナベルに良い感情を持たなかった。


 当然だろう。ある程度身なりは整えたとはいえ、ろくに言葉も話せず、意思疎通も出来ない子供だ。アナベルはしっかりとした教育を受けている同世代の魔術機関の子供と比べて、幼過ぎた。いや、野性的過ぎたというべきだろうか。


 唸り声をあげる。四足歩行で走る。気に入らないことがあると、すぐに相手を噛んだり引っ掻いたりする。食事をするとき、スプーンやフォークさえ使えず料理を素手で鷲掴む。あの頃のアナベルは人間より獣に近かった。


 だが、ああいう風に育ってしまったのはアナベルが悪いわけじゃない。周囲の大人たちや環境の責任だ。まだアナベルは幼い。これから色んなことを教えていけば、きっと普通の女の子に育ってくれると思った。


 アナベルを魔術機関に連れ帰ってすぐの頃、アナベルの魔力検査が行われた。


 どの程度魔力を持つのかを確認するためだ。本人の魔力量によって、魔術師としての適性が変わる。誰もが一度は検査が義務付けられていた。


 フラヴィはアナベルはそれなりに魔力を持っているかもしれないと思っていた。公には公表されていないが──魔力量の総量には幼少期の経験が影響するからだ。


 先天的な素養も影響するが、おおよそ五、六歳までに九死に一生を得るなど、死にかけるような経験をした子供の魔力量は爆発的に向上する。


 フラヴィも幼少期のに海難事故に逢い、生き延びた経験を持つ。先代のシルフィードであったエマニュエルも子供の頃に流行病で生死をさまよったことがあると言っていた。他の『四大』も何かしら幼少期に同様の経験を持つ。しかし、この件を知るのは魔術機関でも上層部とフラヴィくらいだろう。


 昔、フラヴィはエマニュエルとの共通点からこの事を直接ウンディーネに訊ねにいったことがある。彼女は次期『四大』の女学生に決して誰にも明かさないことを条件にこの事を教えてくれた。


 上層部がこの事を隠すのは、過去におぞましい事件がいくつも起きたためだ。


 幼い子供を意図的に危険に晒す方法はいくらでもある。しかし、幼少期に九死に一生を得た魔術師が全員魔力量を増やせるわけではない。百人の子供を危険な目に遭わせても、才能を目覚めさせるのは片手で数えられるほどしかいない。


 過去に優秀な魔術師が生み出そうとし、その過程で数えきれないほどの犠牲者が出た。


 そのため、何百年も前の上層部はこの件を特級機密に認定した。機密を知るのは上層部のみ。この機密を知る者には他者に伝えられないようにその身体に契約魔術を刻んだ。――フラヴィの身体にもその紋様が今も刻まれている。


 アナベルは食糧を奪うため何度も何度も近隣の村を襲った。


 そこで殺されそうな目に何度も逢い、何とか生き延びた。魔力量が増加していてもおかしくない。しかし、とてもではないが『四大』には及ばないと思っていた。


 アナベルによって多くの人間が傷つき、十人の人間が死んだ。それでも、十人しか死んでいない。もし、アナベルに『四大』並みの魔力があれば、村人は全員死んでいた。それだけ、『四大』並みの魔術師の力は圧倒的なのだ。


 だから、フラヴィは計測器の目盛りが振り切ったとき、真っ先に機器の故障を疑った。


 職員は首を傾げ、代わりの計測器を持ってきた。再び、アナベルに機械に手を当てされると同じ現象が起きた。――のちにフラヴィが知ったのは、アナベルは魔術制御がかなり苦手だったということだ。また、自身で魔術を使っていたという認識もなかった。あれだけの被害ですんだのは、そのあたりが理由だったのだと思う。


 フラヴィの背中を汗が伝うのを感じた。


 結局、普段使わない『四大』クラスの魔力量を計測出来る特別な機器を使ってようやくアナベルの正確な魔力量を測ることが出来た。彼女の魔力量はその時の『四大』でもっとも魔力量が多いとされるウンディーネよりも多かった。それこそ魔術機関創立者アルセーヌや初代『四大』と肩を並べるほどだった。


 周囲は沸いた。


 これ程の魔力量を持つ魔術師が現れたのは七百年ぶりだ。これほど喜ぶべきことはない。


 しかし、フラヴィは恐ろしかった。拾ってきた子供のことが――ではない。それまでどちらかというと冷淡な視線をアナベルに向けていた職員たちが一斉にアナベルを讃え始めたことだ。アナベルは周囲の反応の変化に怯え、フラヴィにしがみついていた。


 確かにアナベルの才能は喜ぶべきことだろう。しかし、それ以前にアナベルはまだ幼い。いや、まだ何も知らない。教えるべきことが沢山ある。フラヴィは特異な環境で育った子供を普通の女の子に育てたくて魔術機関に連れ帰ったのに、周囲は彼女をまた特別視し出した。


 ──違う。違う。こんなの間違っている。


 この子は確かに特別だ。でも、そんなことはどうでもいい。まずは普通がどういうものなのか教えこまないといけない。それが、なぜ分からないのか。


 フラヴィはアナベルの養育のためにも部署替えを希望した。


 今までのように大陸中を飛び回る派遣員の仕事では娘を育てられない。上層部はそれを了承し、そろそろいい頃合いだろうとフラヴィを管理職に任じてくれた。


 それからフラヴィはアナベルを育てるのに必死になった。今まで人間社会で暮らしてこなかった子供だ。何を教えるにも根気がいった。それでも、少しずつアナベルが出来ることが増えていく度に、苦労なんて大したことないと思えた。


 フラヴィが気に入らなかったのはアナベルの養育に手を出して来る者が現れたことだ。


 彼らはいずれ『四大』になる幼い子供に取り入ろうと、善意を装ってアナベルに教育を施そうとした。しかし、アナベルは彼らの想像以上に野性的だったのだろう。あっという間に彼らはアナベルに物事を教えるのを諦めた。


 ある程度分別がつく人間はフラヴィのことを応援してくれた。遠くからフラヴィとアナベルを見守ってくれた。再びアナベルに取り入ろうと近づいてきた人間を排除してくれた。──きっと、アナベルはその事を知らないけれど。


 フラヴィは約二年をかけて、同世代の子供たちと限りなく同じことが出来るくらいにアナベルを人間らしく育てることに成功した。


 彼女は普通に喋り──最初、フラヴィの男言葉が移ってしまっていたため、何とか矯正させ敬語で話すようにさせた──挨拶をできるようになった。食事だって普通にフォークとナイフで出来るし、読み書きも出来る。簡単な計算もできるようになった。


 でも、フラヴィが出来たのはそこまでだった。結局のところ、ある程度の社会性を身につけさせるには沢山の人間の中に放り込まないといけない。


 それまでアナベルはフラヴィ以外の人間と殆ど関わってこなかった。そのため、他の人間とは上手くコミニュケーションがとれない。


 大人に混ざる前にまず同世代の子供たちとの接し方を覚える必要がある。ちょうどアナベルは魔術学院に進む年齢になっていたから、フラヴィは同級生の中で社会性を身につけていくことを期待した。


 ところが、アナベルは問題を起こし続けた。


 いきなりたくさんの子供たちの中に放り込まれたことがアナベルにとってはひどい精神的苦痛ストレスだったのだ。彼女は授業中に授業の妨害をした。授業中に教室から逃げ出した。それ以降も度々問題行動を起こした。そのせいで、アナベルはすっかり遠巻きにされる存在になってしまった。


 更に不幸なのはそれでも彼女の周りには「お近付きになろう」と考える輩がいたことだ。親に言われ、次期『四大』と仲良くなろうとした子が出てきた。


 最初、「友達が出来ました!」とアナベルは嬉しそうに報告してきた。ようやく娘に友人が出来たことにフラヴィも安堵した。──しかし、フラヴィが期待するような普通の友達を作るのが、アナベルにとって難しいことをその頃フラヴィは理解していなかった。


 真面目だったり、善良な心根の子供たちは自分より圧倒的な魔力を持つアナベルを恐れる。アナベルは問題行動が多いから尚更だ。あちらから友達になろう、とは思ってもらえない。こちらから話しかけていく必要があるのだ。


 フラヴィは幼い頃から誰とでも仲良くなれる性質だった。気になる子がいたらどんどん話しかけていった。仲良くなれば、相手は魔力の多さなんてそのうち気にしなくなる。フラヴィは学生時代多くの友人がいた。だから、アナベルの抱える根本的な問題を完全に失念していたのだ。


 友達が出来たという報告を聞いてから数日間、アナベルは友達とのことをたくさん話した。しかし、一週間もしないうちにアナベルの口から友達の話題は出なくなった。友達の話をこちらから振ると「あんなの友達じゃない」と怒ってしばらく口を聞かなくなってしまった。


 その子たちはあくまで親に言われたからアナベルと仲良くしているだけだ。自分で友達になりたいと思ったわけじゃない。特に女の子は精神年齢が高い。自分と同じ年齢ながら、子供っぽく我儘で奔放なアナベルに付き合いきれなくなり離れていったのだ。


 そんな事が何度か起き、最終的にアナベルは友達を作ることを諦めてしまった。


 それからしばらく、アナベルはかなり荒んでいた。


 思春期に入ったこともあるのだろう。フラヴィ以外とはろくに会話もせず、不機嫌そうな表情をしている事がほとんどだった。


 学院で行われた戦闘訓練で教師の言うことを聞かず、攻撃魔術を発動させて林を消失させる事件も起こしたこともある。その頃には魔術機関内では『次期四大候補は問題児』という認識が出来上がってしまっていた。


 フラヴィは間違えてしまったのかもしれない、と後悔することもある。


 アナベルを助けたことを、ではない。――もう少しアナベルの精神的部分の成長を促すことを出来なかったのかということをだ。


 精神的に安定していたのだろう。学院の卒業が間近になると、アナベルがよく笑うようになった。相変わらず友達はいないが、フラヴィ以外の人間とも表面上は問題なくコミュニケーションを取れるようになった。問題行動を起こすことは多かったが、ある程度の社会性を身につけたことをフラヴィは喜んだ。


 ──本当は、アナベルのあの変化は喜ぶべきことではなかった。


 長い間に渡る孤立から、アナベルは全てを受け入れ、諦めてしまったのだ。


 誰もアナベル個人とは仲良くしてくれないのに、その才能だけは認めている。『人間はそんなものなのだ』と諦め、周囲とは表面的な関係だけ作っておけばいい。周りなんて関係ない。自分は好きなように勝手に生きればいい。アナベルはそう思うようになってしまっていたのだ。


 フラヴィがそのことに気づいた時には既に遅かった。


 アナベルはフラヴィ以外に笑顔を向けても、決して心を開かない。表面的な人懐っこさに騙されてしまうが、アナベルはひどい人間不信に陥っていた。もう、フラヴィが何をしようと間に合わなくなっていた。


 それでも彼女はまだ若い。親しい人間は何歳になっても作れる。


 フラヴィに出来るのはその日までアナベルを見捨てず声をかけ続けることだけだ。魔術機関の誰もがアナベルを強いと思っている。確かに魔術師としては彼女を超える人間はいないだろう。


 ただ、精神的にいえばアナベルは酷く脆い。そのことに気づけているのはフラヴィだけだ。フラヴィがアナベルを見捨てれば、きっと彼女は本当に独りぼっちになってしまう。


 それが母として娘に出来る数少ないことだった。


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