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《佳作受賞》魔術機関きっての問題児は魔術師のいない国に派遣されることになりました。  作者: 彩賀侑季
【調査員編】

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終章:魔術師の帰還③


 西の空を見つめるジークハルトに、ユストゥスは静かに視線を向ける。


「ジークハルトは僕のこと恨んでる?」


 ジークハルトは王太弟が何を言い出したのか、理解出来なかった。彼は西の空を見つめたまま、言葉を続ける。


「君は僕のこと恨んでもいいと思うよ。兄上とか、僕とか、いろんな人の間違いや過ちのしわ寄せが今、全部ジークハルトに回ってしまってる」

「私は兄上のこと恨んだことはありませんよ。父上のこともです」


 確かに父も叔父も間違いや過ちと呼ばれる行動をしたことがあるだろう。


 だが、そもそも、人間は失敗をする生き物だ。失敗なくして人は成長しない。間違いや過ちが悪いとはジークハルトは思っていない。確かに自身の特異体質は面倒なものかもしれない。だが、この体質のことで誰かを恨んだことはない。そういうものなのだと受け入れている。


「そっか。でも、僕はやっぱり(あやま)ったんだと今も後悔しているよ。――少なくとも、僕が最初からレオンに全てを話していれば、アイツはスエーヴィルに寝返ることも、カトカも死ぬことはなかったんじゃないかって思ってる」


 ジークハルトは目を閉じる。


 思い出すのはユストゥスの親友であった男の姿だ。ジークハルトも彼と共に魔術や剣術を習った。ジークハルトにとって兄弟子の一人だ。


「母上の死の原因について、父上と兄上だけの秘密にしていたのは私の為でしょう」

「……そのつもりだったんだけどね。結局、隠したかった君には知られ、レオンは大好きな女の子と結ばれても、彼女が男児を身籠れば彼女を殺してしまうことを知ってしまった」

カトカ(かのじょ)のことは兄上も知らなかったじゃないですか」

「僕は知らなかったけど、知ってる人は知ってたでしょ。情報を共有していればこんなことにはならなかったって話さ」

 

 ジークハルトから見てユストゥスは優秀な人物に見える。性格に些か問題もあるが、国のことを想い、国のために正確な判断を下すことのできる人物だと思っている。


 だが、そのユストゥスでさえ、過去の失敗を未だに悔やんでいる。そのことがジークハルトには少し悲しく思える。親愛する兄にはいつでも不敵な笑みを浮かべていてほしい。


「僕はジークハルトに幸せになってもらいたいと思っている」


 ユストゥスは今度は西の大地に視線を移した。


「君と仲良くしていたほうがこの国にとっても僕にとっても有益だし、君の能力は非常に買っているのは事実だ。でも、それ以前に僕は君のことを本当の弟のように思っている」 


 その気持ちはジークハルトも同じだ。歳の近い叔父のことを本当の兄のように思っている。


「だから、君の為にディートリヒを西方に送った。魔術機関に遣いを送って調査員を呼ぼうとした。アナベル(あのこ)を利用して――最悪、あの子が死ぬことになったとしても、絶対にこの国に『四大』を呼び寄せたかった」

「兄上。私は今だって幸せです」


 ジークハルトは本当に周囲に恵まれている。


 優しい王城の使用人や兵士たち。まだ未熟なジークハルトを導いてくれる将軍たち。親友であるディートリヒ。憧れの対象である父。そして、こんなにもジークハルトを想ってくれる叔父。


 本当にジークハルトは幸せだと思っている。


「うん、ジークハルトはそう言うよね」


 なのに、ユストゥスはどこか悲しそうに微笑んだ。


「君は誰にでも惜しみなく何かを与えることが出来る。僕はそのことを本当にすごいと思ってるよ。僕は人に何かを与える前にどうしてもバランスを考えてしまうからね。与えすぎも良くないし、貰いすぎも良くない。上手い具合に天秤のバランスをとるにはどうすればいいのかを考えてしまう。誰かに何かを与えることが出来る人はね、本人が望まなくても自然とお返しが返ってくる。そうすることで自然とバランスが保てる」


 ユストゥスが言うのは以前アナベルが言った損得の考え方に近いものだろうか。しかし、あの夜に彼女が主張した考え方とは全く違うように聞こえる。

 

「でも、ジークハルトの場合、誰かがお返しをしようとしても受け取ろうとしてくれない。『そんなものはいらない。必要ない』って与えてもらうことを拒否する。――それはもうただの自己犠牲だよ。響きは綺麗な言葉だけどね。誰かのためにすべてを投げ打つような人生は、何かを求めてばかりの人間と同じで健全な生き方とは僕には思えない。君はいい加減、与えてもらうことにも慣れるべきだ。君が今ここに立っているのは義姉上の犠牲の結果じゃない。彼女の惜しみない愛情のおかげさ。義姉上は犠牲になったんじゃない。生まれてくる君を愛し続けることを選択したんだよ。だから、君が何かの犠牲になる必要はないんだ」


 ユストゥスの言葉にジークハルトは何も答えられない。


 彼は母の死の真相をジークハルトが知ってから、何度も何度もジークハルトに悪くないと訴えてくる。だが、やっぱりジークハルトにはそうは思えない。


「でも、ジークハルトが頑固なことは僕もよく知ってる」


 黙り込む甥に、ユストゥスは困ったように笑った。


「だから、思ったんだ。君に何かを受け取ってもらうにはちょっと強引なぐらいがちょうどいい。君が『いらない』って言っても無理やり押しつけてくるぐらいがきっとちょうどいいんだと思うよ。そうやって二人でお互いに与え合うことが出来れば、きっと良い関係が築けるはずさ。僕はそう思うよ」

「……それは、何のことを仰ってるんですか」


 ユストゥスが言いたいことが分からない。二人とは一体誰のことだ。


 ジークハルトが訊ねるが、ユストゥスは答えない。代わりに望遠鏡を覗き込んだ。そして、口元にいつも通り不敵な笑みを浮かべた。


「うん。来たね。時間通りだ」

「何かを待っていたんですか?」


 ジークハルトも目を凝らす。


 遠くから一台の馬車が王都に近づいて来るのが見える。


「西の砦に行っていたディートリヒが帰って来たんだ」


 ユストゥスはそう言うと、望遠鏡を押しつけてきた。


 ディートリヒは例のごとくユストゥスの命令で一週間前から特別任務を与えられ、姿をくらましている。


 二年前のように半年単位でいなくなられては困るが、今回は一週間ぐらいと言われ、ジークハルトもその要望を受けていれた。どうやらユストゥスはディートリヒの帰りを確認するために西の見張り台に登ったらしい。


「少し遅くなったけど、二十一歳のお誕生日おめでとう。アレが僕からの君への誕生日プレゼントだよ」


 ジークハルトは少し前に誕生日を迎えた。その際に周囲は盛大な宴を開いてくれたし、ユストゥスには新しい鞘を貰っている。誕生日プレゼントとはどういうことだ。


 怪訝に思いながらも、望遠鏡を覗き込む。


 王都に近づいて来る馬車の御者台にはディートリヒの姿が見えた。そして、窓から身を乗り出しているもう一人の人物の姿が見える。その人物が誰なのかに気づき、ジークハルトはユストゥスを見た。


「――これはどういうことですか」


 エーレハイデと魔術機関の往復には通常五ヶ月かかる。どれほど急いでも四ヶ月はかかるだろう。彼女が魔術機関へ戻ってからまだ三ヶ月しか経っていない。なぜ彼女がここにいるのか。


 魔術機関へ戻らず、エーレハイデに留まったのか。いや、それなら三ヶ月も姿を現さなかったのかどうしてか。いくら考えても答えが出ない。


 ユストゥスは笑う。


「君の謹慎は今日、この瞬間で解いてあげよう。王都まで彼女を迎えに行くことを許すよ。ただし、王都の外に出ちゃ駄目だからね。あとはアロイスと何人か兵士を連れていくこと。これは絶対ね」


 目の前の叔父はおそらく事情をすべて知っている。だが、自分の口から明かす気はなさそうだった。


 ジークハルトは望遠鏡をユストゥスに返すと、早足で見張り台を下りていった。その後ろをアロイスがついていく。ユストゥスは再び王都に近づいて来る馬車に視線を向けると、微笑んだ。


「ちゃんと、宣言通り三ヶ月で戻って来たね。――エーレハイデの新しい王宮魔術師は本当に優秀だ」


 前回は魔術機関の調査員を受け入れる準備をしている際にジークハルトに魔術師派遣要請をしたことがバレてしまった。


 今回は前回の轍を踏まないように、彼女の帰還は誰にも伝えていない。三ヶ月前、深夜の客室で密会した人間しかこのことを知らない。


 そのため、彼女が今夜困らないように今から部屋の準備をさせないといけない。今度は西の客間ではなく、東側の王族用の一室を彼女に与えよう。今後の行動を考えれば、そちらの方が何かとやりやすいだろう。


 ユストゥスはアナベルを出迎えるための準備を指示するために、西の見張り台を軽い足取りで下っていった。



 ◆



「ああ、懐かしの王都! たった三ヶ月ですが、なんでしょう、まるで故郷に帰って来たかのような気分です!」

「相変わらず、大袈裟だね。ベルちゃんは」


 アナベルは馬車から身を乗り出し、どんどん近づいて来る王都の姿に感嘆の声をあげる。ツッコミを入れてくるのはディートリヒだ。本当にうるさい人だと思う。


「もうすぐ王都に入るから、一度中に戻って。危ないよ」

「はーい」


 ディートリヒに言われ、アナベルは馬車の座席に腰かける。向かいには死んだ顔のハーゲンが座っている。


 エーレハイデに戻って既に三日。大変な思いをしたのはそれ以前のはずなのに、彼は未だにへばった様子だ。情けないとアナベルはため息をついた。


 王都へ続く西側の橋を渡る。三ヶ月前に爆破された橋は未だ修理中だ。職人たちが工事をしている姿が見えた。このまま王城へ直行する――と思ったら、突然馬車が速度を落とした。そして、そのまま止まってしまう。


 何事か、とアナベルは馬車から顔を出す。橋の向こう、少し離れた場所に見覚えのある人物の姿をみとめた。ディートリヒの話を聞く限り、まだ彼は謹慎中の身のはずだ。護衛を連れているとはいえ、王城を出るのは少し危険ではないだろうか。


(いや、まあ、もう大丈夫ですもんね)


 アナベルが戻ってきた以上、彼が王城に引きこもる必要はなくなった。


 御者台のディートリヒが馬車の扉を開く前に、アナベルは自ら馬車を下りた。ジークハルトがこちらに駆け寄って来る。その表情は困惑したものだ。アナベルは満面の笑みを浮かべた。


「三ヶ月ぶりですね! お元気でしたか?」

「なぜお前がここにいる」


 彼からしてみれば分からないことだらけだろう。当然だ。アナベルはユストゥスたちと図って、ジークハルトに全てを隠して行動していた。


 アナベルは紐で止められた巻物をジークハルトに差し出す。本当はエーレハイデの国王宛てのものだが、ジークハルトに渡してしまってもユストゥスもエドゥアルドも怒らないだろう。


「魔術機関より親書をお持ちしました。お受け取りください」


 ジークハルトは巻物を受け取ると、その場で紐を解く。内容に目を通したジークハルトは、目を見開く。


 アナベルは信書の内容を口にする。


「魔術機関はエーレハイデ王国よりの要請に応じ、アナベル・シャリエを王宮魔術師として派遣することを決定しました」


 ジークハルトは本当に驚愕した様子だ。ここまで期待していた通りに反応してくれて、アナベルは非常に満足だ。


「もう、前みたいに『魔術機関に帰れ』なんて言わないでくださいね!」


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