表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
《佳作受賞》魔術機関きっての問題児は魔術師のいない国に派遣されることになりました。  作者: 彩賀侑季
【調査員編】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/225

終章:魔術師の帰還①


 月日はめぐる。


 六ノ月になり、エーレハイデは初夏を迎えていた。夏というものの、まだ少し肌寒く半袖で過ごすのは厳しい時期だ。王太弟誘拐未遂事件が起きてから約三ヶ月。未だ、ジークハルトは謹慎の身であった。


 その日、ジークハルトは一仕事を終えると、窓から外を見上げた。


 六ノ月は雨が降る日が半分あるが、今日は快晴だ。ジークハルトは気分転換に城内を散歩しようと考えた。


「少し城内を歩きたい」


 部屋の隅に控えていたアロイスに声をかけると、彼は「かしこまりました」と笑みを浮かべた。


 テオバルトも戻ってきたことで現在、王都には三人の将軍が集まっている。――と言っても、ニクラスはまだ完全に復活したとはいえない。傷は治り、一ヶ月前から既に剣を振り始めているが、「まだ万全ではない」ということで業務は与えられていない。現在復帰に向けた訓練中である。


 ジークハルトはアロイスと二人、城内を歩く。


 既にジークハルトの特異体質は誰もが知るところになった。王太弟誘拐未遂事件の原因にジークハルトが深く関わっていることも皆知っている。それにも関わらず、王城の者達は以前変わらず――いや、以前以上にジークハルトに笑いかけてくれる。


 もしかしたら、ユストゥスがディートリヒに命じて、ジークハルトに好意的な噂を流してくれたおかげだろうか。本当に有難いことだ。


 ジークハルトが中庭を歩いているとき、ふと、芝生に横になっている人影を見つけた。ヴィクトリアだ。


 彼女は目を閉じ、仰向けになったまま身動き一つ取らない。心配になってジークハルトが覗き込むと、ヴィクトリアは目を開けた。


「ジークハルト様、何かご用でしょうか」

「いや。横になっているからどうしたのかと思った。珍しいな。日向ぼっこか?」

「はい」


 ヴィクトリアは再び目を閉じる。


「アナベル様が天気がいい日には日向ぼっこをしたくなると仰ってました」


 ヴィクトリアが口にしたのは、三ヶ月前に魔術機関へ帰っていった調査員の名だ。少しの間だが、ジークハルトはヴィクトリアを彼女につけていた。


 元々命令に従順にと育てられたヴィクトリアは自身の意思というものが希薄だ。エーレハイデに亡命してから三年経つ今も、自己を確立しきれていない。


 自分の考えも感情もハッキリ表に出すアナベルは、ヴィクトリアに良い影響を与えてくれたのかもしれない。少なくとも、休みの時間も何もせず立ち尽くすことの多いヴィクトリアが誰かの真似でものんびりと日向ぼっこをして過ごすのは良い傾向だ。


「他の皆が働いている中、自分ひとりだけのんびり過ごしていると思うと優越感に浸ることが出来るとも仰ってました」


 しかし、続く言葉にジークハルトは顔をしかめた。


 ヴィクトリアは純粋すぎるところがある。欲望に忠実なアナベルの影響が大きすぎると後々問題になりそうだ。


 彼女は再び目を開ける。


「寝台でだらだら過ごすことは幸せなんだそうです。その幸福感を知らない私は人生の半分を損しているそうです」


 ヴィクトリアはジークハルトを見上げる。


「ジークハルト様。今、私は幸せなのですか? それとも不幸せなのでしょうか」


 本当に彼女は純粋だ。汚れも知らない子供のように何色にも染まっていない。


 ジークハルトは膝をつき、少女に優しく語り掛けた。


「今のお前が幸せか、不幸せなのかはこれからのお前が決めていくことだ」


 ヴィクトリアは一度瞬きをし、「分かりました」と再び目を閉じた。


 休憩の邪魔をこれ以上するのは良くないだろう。ジークハルトは立ち上がると、再び歩き出した。

 

「おや、ジークハルトじゃないか。ちょうどよかった。呼びに行こうかと思ってたんだ」


 途中、声をかけてきたのは護衛の兵士を連れたユストゥスだ。――ユストゥスの即位も正式に決まった。即位式は二ヶ月後の八ノ月に行われる。


 彼も散歩中だろうか。何故か、彼の手には望遠鏡が握られている。


「王太弟殿下、どうされたんですか? そんなものを持って」


 ジークハルトの視線が望遠鏡に注がれているのに気づくと、ユストゥスは笑った。


「うん。西の見張り台に用があってね。ちょっと、付き合ってくれないかい?」


 何をしに行くのだろう。疑問は浮かんだが、ジークハルトは特に追及はしなかった。今日は天気がいい。見張り台から周囲を見下ろすのもいいだろう。


 ユストゥスとジークハルト、あとはアロイスと護衛の兵士。四人で連れ立って見張り台に登る。高いところに登ると風が吹いて余計に寒さを感じた。


「すっかり平和だね。三ヶ月前にあんな事件があったとは思えないくらいだ」

「……はい」


 あの事件以来、スエーヴィルは何も動きを見せない。結局、『牙』(クルイーク)もミヒャエルも捕まえることは出来ていない。彼らはとっくにスエーヴィルに戻ったのだろう。


 ジークハルトは西の空を見つめる。


 あの空の向こうに西方が――魔術機関がある。


 幼い頃流行病に倒れた母は通りがかりの魔術師に命を救われたらしい。両親から繰り返しその話を聞いていた母は魔術師に対する憧れを強く抱いた。母が八歳の時、再び母は魔術師に出会った。魔術機関に属する魔術師、ウンディーネは母の才能を認め、母を魔術機関に招いた。


 生まれ故郷とは全く異なる環境、周囲の考え方に母はとても困惑した。それでも親友であるフラヴィと出会い、狭い交友関係ながら頑張っていたそうだ。


 魔術学院を卒業し、『四大』を継承し、研究員として働き始めた彼女はある日、真実を知ってしまった。幼い頃、母を助けた魔術師は魔術機関の脱走者で――母を助けたことをキッカケに『黒猫シャ・ノワール』に見つかり、捕縛の際に誤って殺されてしまったことを。


 その頃にはお互い仕事が忙しく、唯一信頼出来るフラヴィとはすれ違いの日々だった。元々、魔術機関は母が憧れたような場所ではなかった。


 流行病で死にそうな子供がいても、対価が払えなければ彼らは子供を助けない。魔術の価値を下げないため、という趣旨を理解してても、母には納得出来ることではなかったのだ。


 幼い頃からの憧れを打ち砕かれた母は魔術機関から逃げ出した。逃げ出して――でも、故郷に帰ることも出来ず、彼女は大陸をさまよった。そして、母が辿り着いたのがこのエーレハイデの地だ。


 普通に暮らせることが嬉しかったと母は笑った。炭鉱の町の住人は余所者の母にも優しかった。住む場所と働き口をくれた酒場の女将に感謝してもしきれないと言った。


 偶然にも父と出会い、二人は恋に落ちた。王太子と異国のどこの骨の馬ともしれない余所者の恋だ。苦労もたくさんあったという。


『それでも、今あなたに会えて私本当に嬉しいの。幸せだわ』


 母はいつもそう微笑んで、昔話を何度も語ってくれた。病弱な母は日中の半分を寝て過ごす。いつも、ジークハルトは母の寝台で母の話を聞いていた。


 母が起きていられる数少ない時間は全て魔術の研究とジークハルト達への講義に充てられた。


 学生時代優秀だったという母は魔術に関する広い知識を持っていた。母は自身の持つ知識をすべてジークハルト達に伝えようとしていた。母がひどく真剣だったから、ジークハルトも母からの教えは全て身につけようと決めた。


『ジークは本当に良い子ね。自慢の息子、私にとってあなたは宝物だわ』


 母は本当にジークハルトのことを愛してくれた。ジークハルトも母のことが大好きだった。


 特異な体質で生まれてきてしまったことを自身のせいと母は深く責任を感じていた。でも、ジークハルトはそんなこと全然気にしてなかった。


 確かに魔術に弱いというのは弱点かもしれない。しかし、そもそもエーレハイデには魔術というものが存在しない。母以外に魔術師はいないのだ。ジークハルトが実際に魔術で被害を受けたことは――特異体質が発覚した事件や、いくつかの事故以外は――ない。母は東方では誰も知らない正しい魔術の知識をジークハルトに教えてくれたし、ジークハルトのためにいくつも魔術具を用意してくれた。その事にジークハルトは感謝していた。


 母はよくジークハルトを謝った。『私のせいでごめんなさい。ごめんなさい』と、ジークハルトの身に何かあるたびによく泣いた。でも、ジークハルトはその事が悲しかった。ジークハルトは全然母のことを怨んでないのに、母が責任を感じているのが本当に悲しかった。


 でも、そんな母もジークハルトが成果を出すと喜んでくれた。家庭教師による授業で満点をとったとき。城内で行方不明になったディートリヒを見つけたとき。怪我をした鳥を拾って治療したとき。誰かに優しくしたとき。


 そんなときはいつだって母は喜んでくれた。ジークハルトは母が喜んでくれる姿が見たくて、一生懸命努力した。


 母が望む自分は『優しい息子』。父が望む自分は『強い息子』。そのどちらも自分が望む在り方と同じだったから、ジークハルトはより自分の目指す姿に向かって努力しようと思えた。


 ジークハルトが大きくなるにつれて、母はどんどん衰弱していった。


 彼が十歳になる頃にはもう完全に起き上がることが出来なくなっていた。その頃には母の魔術の知識を殆どジークハルトは継承していたから、母に講義を受けることもなくなっていた。母の温室の管理はジークハルトが代わりに行うようになり、ジークハルトはその報告も兼ねて毎日母の部屋を訪ねていた。


『あなたのことが心配だわ』

『ご自分のお身体を心配してください』

『いいの、私のことは』


 母はとっくに自分の死期を悟っていた。寝台に横たわる母は骨と皮だけになってしまったかのように細い。


『人生って思ったより短いものね』


 当時の母の歳は三十五だ。平均的な寿命より彼女の人生は短かった。


『でも、本当に私は幸せだった。この国に来て、エドと出逢えて、あなたを産めて本当に幸せだった。――命の恩人( あの人)を死なせてしまう原因を作ってしまった私にとって、本当にもったいないぐらい幸せだったわ。心残りはあなたが大人になった姿が見れないことぐらい』

『それなら、僕が大人になるまで僕のこと見守っててください』


 母は困ったように笑う。そう言ったジークハルト自身自分の発言が無茶なことは分かっている。母は近いうちに亡くなる。


『ジーク、知ってる? 死んだ人はお星様になるのよ。エドに教えてもらったの。だから、死んでもずっと空からあなたのこと見守ってるわ』


 そう言って、母は翌日静かに息を引き取った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ