九章:別れ②
彼の質問に答えたのはアナベルだ。
「魔術機関において研究を禁じられている魔術のことです。種類はいくつかありますが、先ほど言った人の精神に作用する魔術――精神魔術も禁術に含まれます」
魔術機関において様々な魔術が発展してきたが、例外的に研究を禁止されている分野がある。
その一つが精神魔術だ。精神魔術は人間の心に影響を及ぼすものだ。この分野が発展した場合の危険性は高い。そのため、魔術機関発足時より研究が禁じられており、誰にも扱えない魔術の分野となっている。
「研究が禁じられているのであくまで存在するのは名称だけです。実際に誰かに言う事を聞かせられた例なんて聞いたことありませんよ。研究成果が実る前にバレて、投獄されておしまいです」
「それは魔術機関だからだろう? 彼らの目の届かない場所なら、研究はし放題だと思わないかい?」
「探知魔術があるんですよ。そんなことしたら、『黒猫』に見つかりますって」
「それは東方でも言えることかな? 事実、義姉上は十年以上この国にいたけど見つからなかったじゃないか」
アナベルは反論が出来なかった。
彼の言う通りかもしれない。アナベルはジークハルトが実際に術にかかった姿を見ていない。だが、魔術師が命が尽きるにも関わらず、一切の抵抗なく魔術を発動させたのは目撃している。普通だったらあんな真似は出来ない。
東方はずっと魔術機関の目の届かない場所だった。そのため、魔術が発展しないままでいる。
――だが、それは本当のことなのだろうか。
表面上は魔術に関して遅れているように見えても、実際水面下で、魔術機関の目の届かない場所で、おそろしい何かが動いているのかもしれない。それはひどく恐ろしいことのように感じる。
「とにかく、ミヒャエルと精神魔術に関する件はまた追々考えよう。これに関してはとにかくブリッツェ一家の聴取を待たないと何も分からない」
そう言って、ユストゥスはミヒャエルに関する話は一度終わらせた。
「それから、今回の騒動についてどう国民たちに説明するかだ」
死者は出なかったものの、今回の騒動はかなりの規模になった。
王都にいる兵士の多くが駆り出されたし、王都にかかる橋の一つも破壊された。王太弟を連れて王都を馬で駆ける王子の姿と、それを追う兵士の姿も多く目撃されている。今回の件を伏せることはかなり難しい。
ユストゥスはジークハルトに視線を向ける。
「ジークハルト。君の了承が得られればなんだけど、僕は君の体質のことを国民に明らかにしようと思う」
ユストゥスの言葉に動揺したのはジークハルト以外の面々だ。
メルヒオールが「王太弟殿下、それは」と口にする。
「ニクラスが兵士にジークハルトが魔術にかけられたことはバラしちゃったしね。もう、これは隠しようがないよ。それなら、変な噂が立つ前に堂々と公にした方が良い。既にスエーヴィルにもバレている以上、隠している方が不利益だ」
「私はそれで構いません」
「じゃあ、決定だね。――ディートリヒ」
「はい」
「お前が持つ人間関係全てを使って、国民がジークハルトに対して同情を買えるような話をばら撒いて印象操作を行え。なんだったら、ヴィクトリアとジルヴィアが亡命してきたときみたいなお涙ちょうだいな逸話を考えて、本なり演劇なりにしてもいい。それらしいエピソードは腐るほどあるだろ」
「分かりました」
「兄上」
ディートリヒは頷く。困惑したような声をあげたのはジークハルトだ。
「私は今回の責任を取るべきです。同情を買うような真似はすべきではありません」
「――あのさあ、責任をとるってどう取るつもりなんだい? 牢屋に投獄すればいい? それとも首をはねればいいのかな?」
呆れたようにユストゥスは大きな溜息を吐く。
「今すべきなのはこれから攻め込んでくるスエーヴィルに対して対抗できるように国内を結束させることだよ。そんなときに王子の君にそれ相応の処罰を下せば、国内の世論は二つに分かれる。罰則を与えた王太弟に同調する意見と、人気の高い王子に同情する意見だ。そんなことをすれば、スエーヴィルに付け入る隙を与えてしまう。それよりは王子は魔術に弱いというハンデを抱えながらもそれを隠し、前線で国を守ろうとする立派な人物で、王太弟と王子は仲睦まじく高い絆で結ばれていると思わせるべきだ。未だに事情を知らない貴族たちの中には君に王位を継がせるべきだって言う奴らもいるんだから。ここは僕らの仲の良さと、温情を与えた僕が如何に懐が広い人物なのかをアピールして、僕の王位が揺るがぬものだと知らしめる必要がある」
ユストゥスの主張に、ジークハルトは何も反論出来なかった。王太弟の言い分が国を預かる者として真っ当であることを理解しているからだ。
「ジークハルトへの罰は三ヶ月の謹慎だよ。絶対に王城から出ないこと。あとは魔術検査がすんでいる人間以外と接触しないこと。常にヴィクトリアか将軍を傍につけて、一人きりにならないこと。今回のことを反省するなら、これ以上軽率な行動は取らないでね。あとは直接怪我した兵士やニクラスに一人一人詫びに行きたまえ。そういうの、得意だろう?」
ジークハルトはまだ何か言いたそうだったが、結局何も言えなかった。項垂れ、「分かりました」とユストゥスの命令を受け入れる。
「さて、あとは」
そう言って、ユストゥスはアナベルを見た。
「シルフィード。この国に対しての魔術師派遣要請についてだ」
「兄上」
ジークハルトが口を挟む。
「まさか、彼女にこの国に残れと言うつもりですか」
「うん、もちろん。彼女ならエーレハイデの王宮魔術師にピッタリじゃないか。ジークハルトともお似合いだと思うよ、僕」
「……いったい、それは何の話ですか」
ジークハルトは抗議の声を上げる。彼はずっとユストゥスの方を見ているので、アナベルが顔を隠すために空になったカップに口につけたのを見ていなかった。
ユストゥスは苦笑する。
「まあ、それはともかく、僕としてはやっぱり君にこの国に残って欲しい。君の意見はどうかな?」
アナベルはカップをテーブルにゆっくりと戻す。一呼吸おいてから、ハッキリと断言した。
「もちろん嫌ですけど」
アナベルの発言にジークハルトは安堵し、ユストゥスは「えー」と不満げな声を漏らす。
怪訝そうな表情を浮かべたのはディートリヒだ。アナベルはディートリヒに向けて、首を小さく横に振る。
再びアナベルはユストゥスに視線を向ける。
「明後日――今回の騒動で準備が遅くなるなら、それが終わってからでいいですけど――私は帰ります。魔術機関で母様が待ってますから」
「ジークハルトを見捨てていくって言うの?」
ユストゥスの言い方は意地悪だ。
アナベルはユストゥスを無視し、ジークハルトをじっと見つめる。
「あなたは私に助けてほしいですか?」
ジークハルトは苦笑して、首を横に振った。
「いいや。君の手助けはいらない。君は君らしく自由に生きていくんだ」
「──だ、そうなので帰ります。後は勝手にやってください」
そう言うと、アナベルは立ち上がった。
「話はこれで終わりですか? 今後のエーレハイデの行く末についてはあなた達で勝手に話し合ってください。私が説明することはもうないですよね? ここ、私の部屋なんで皆さんさっさと出てってください。久しぶりに魔術を使って、私疲れたんです。今日はもう寝ます!」
アナベルはそう言うと、まず手近なジークハルトの背中を押して無理やり部屋を追い出そうとする。
他の面々も同様に部屋から出ていこうとする。最後に部屋を出ようとしたディートリヒの腕を引き、アナベルは彼を引き留めた。
部屋に残ったのはヴィクトリアだけだ。先に部屋を出た人にバレないようにこっそり、彼に耳打ちする。
「今夜、王太弟を連れて二人で部屋に来てください。そのとき、侍女さんの監視は外してくださいね」
アナベルの提案にディートリヒは「分かった」と小さく頷いた。ディートリヒも部屋を出ていき、客室に残るのはアナベルとヴィクトリアだけだ。
「さて、寝る支度をするので手伝ってくれますか」
アナベルは笑顔でヴィクトリアに声をかけ、すっかり汚れてしまった制服を脱ぎ始めた。
◆
その晩、ヴィクトリアはジークハルトの護衛を指示された。
ヴィクトリアの監視のない深夜、アナベルの客間を二人の男が訪れる。三人は二時間ほど密談をし、話が終わるとユストゥスとディートリヒは部屋を出ていった。




