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《佳作受賞》魔術機関きっての問題児は魔術師のいない国に派遣されることになりました。  作者: 彩賀侑季
【調査員編】

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八章:爪牙⑤


 最後に魔術を使ったのはあの小屋で王子たちと再会する前。だが、アナベルが本気で魔術を振るったのはいったい何年ぶりだろう。



 魔術学院には魔術を使った戦闘訓練の授業もある。目的は戦闘用の魔術の使い方を身につけることと、護身のためだ。


 アナベルも一度模擬試合に参加したことがある。


 魔力制御の方法と簡単な基礎魔術を学び終えた子供たちは棒に魔術を籠めて、それで戦うのだ。その時、近くの林を丸々消滅させて以来、魔術機関はアナベルに全力で魔力を振るうことを禁じた。運よく試合相手の男の子は無傷ですんだが、アナベルの攻撃を食らっていたら彼は死んでいただろう。魔術機関の判断は正解としか言えなかった。


 アナベルはそれ以来、戦闘訓練は見学を義務付けられた。しかし、アナベルの()()()()程度しか魔力を持たない同世代の子供たちが魔術で戦う姿はただの遊びにしか見えなかった。アナベルは魔術機関に拾われる前に、あれよりもっとひどい――本当に命をかけた戦いをしていた。魔術機関があんな遊びの様な授業をする意味がアナベルには理解出来なかった。


 アナベルが戦闘訓練の授業に参加したのは最初と二回目の見学だけ。それ以降はずっとサボっていた。他の授業は参加するように言ってきた教師も戦闘訓練に参加しないことは黙認してくれた。


 当然だろう。アナベルに護身の必要なんてない。アナベルが魔術を振るえば、大抵の人間を戦闘不能にすることが出来るんだから。



 ◆



 『牙』(クルイーク)の男は攻撃を間一髪避けた。しかし、アナベルが放った攻撃はそのまま後ろの森林をなぎ倒す。


 改めてアナベルは男に向かって風の攻撃魔術をいくつも放つ。一つ一つの攻撃の範囲は広いが、コントロールは雑だ。普通ならどれか一つくらい当たってもいいのだが、男は機敏な動きで避けていく。


 アナベルは舌打ちをする。


「ああ、もう! 避けないでくださいよ!」


 無茶なことを叫ぶアナベルの死角を縫って、今度は『牙』(クルイーク)の女が駆け寄ってくる。


「ベル! 後ろだ!」


 ジークハルトの声にアナベルは振り向くが、動きは女の方が早い。女の短剣がアナベルの体を貫く――前に、女は見えない衝撃派で吹き飛ばされた。

 女の体が先ほど張った結界魔術にぶつかる。


『五番』(ビャーチ)!」


 男の声が響く。


 アナベルは男に止めを刺すべく、氷の剣を精製すると女――『五番』(ビャーチ)に向けて発射する。しかし、目にもとまらぬ速さで飛んできた男が『五番』(ビャーチ)を抱えてその場から逃げる。アナベルが放った氷の剣は結界にぶつかると霧散して消えた。


 男は『五番』(ビャーチ)を抱えたまま、ミヒャエルの近くまで後退する。ミヒャエルは唖然とした表情を浮かべていた。


 どういう理由かは知らないが、ミヒャエルはある程度魔術に精通しているらしい。ならば、今アナベルがどれだけとんでもないことをしたのかは理解出来たはずだ。


 周囲はアナベルが放った攻撃魔術のせいで散々たる有様だ。何本も木々は倒れ、地面には穴も空いている。


 他の国ならともかく、エーレハイデでここまで攻撃魔術を遠慮なしに連発をし、その上魔力欠乏に陥らずピンピンしていられる魔術師はこの世に四人しかいない。


 その上、アナベルが扱う魔術は精度としてはそこまで高くない。精度を上げずとも、圧倒的な力の差で相手をねじ伏せることが出来るからだ。そのことに彼は気づいただろうか。


「ねえ、ちょっと話が違うんだけど! すごい強いじゃん、この子! 魔術バンバン撃ってるのに全然弱らないし!」


 男はミヒャエルに非難の声をあげる。ミヒャエルは長い息を吐いた。

 

「なるほど。エーレハイデは既に『四大』を呼ぶのに成功していたわけですね。騙されました」


 今のアナベルには『本名と素性を明かしてはならない』という内容の契約魔術がかけられている。この場で彼の発言を肯定することは出来ない。


 しかし、見せつけた圧倒的な魔術の力がアナベルの素性を物語っている。ミヒャエルはアナベルの正体に確証を得たらしい。


「仕方ありません。『六番』(シャスチ)、ここは撤退しましょう。僕としてもレオンに抗議したいことがありますから、まだ死ぬわけにはいかないんですね」


 ミヒャエルが口にした人物の名前にユストゥスが反応する。


 『六番』(シャスチ)が微かに身動ぎをする。ミヒャエルは足元の魔術師に声をかける。


「今までご苦労様でした。我々のために、あなたはとっても役に立ってくれた。ここであなたの仕事は終わりです。本当にありがとうございました」


 ミヒャエルが微笑むのと、魔術師が俯せのまま魔術を発動させたのは同時だった。


 周囲を目もくらむような光が包む。


 アナベルは反応が間に合わず、その光を直視してしまう。目を閉じるが、もう遅い。アナベルは視界を回復させるために、自身の目に治癒魔術を施す。


 この様子だとジークハルトたちも身動きはとれないだろう。ただ、結界魔術は正常に動作している。この機に乗じてスエーヴィルが三人に危害を加えることは不可能だ。


 これに関しては同様のことがアナベルにも言える。戦闘が始まってからずっと、アナベルは自身の周囲に魔力の層を張っている。近づく者がいれば、自動的に吹き飛ばされる防衛魔術だ。先ほど、『五番』(ビャーチ)を吹き飛ばしたのもこの魔術のおかげだ。


 三十秒ほどその発光は収まらなかった。


 やっと、光が消え、アナベルは目を開く。目の前からはミヒャエルと『牙』(クルイーク)の姿が消えていた。周囲のどこにも彼らの姿はない。ただ、地面には魔術師が倒れているだけだ。


 アナベルは魔術師に近寄る。脈を確認するまでもなく、明らかに彼は絶命していた。先ほどの魔術ですべての生命力を使い切ったのだろう。


「ベル!」


 突然肩を掴まれ、アナベルは無理やり振り向かされた。ジークハルトだ。


 アナベルは自分で結界魔術を解いていない。ジークハルトがこちら側に来ているということはおそらくユストゥスが結界を解除したのだろう。


 これ以上なく焦った表情のジークハルトが右手でアナベルの額の熱を、左手で手首の脈の確認をする。


「なぜあんな無茶をした!」

「いや、無茶って……」


 アナベルにとってあの程度の魔術行使、このエーレハイデの地においてもまったく問題ない。


 もちろん、今までのように魔力供給薬だけでは回復するには時間がかかりすぎる。魔力の補給のためにも一度エーレハイデを出る必要はあるだろう。だが、それもすぐに急いで出ていかないといけないほどではない。


 そこでようやくジークハルトとの間に認識の相違があることに気づいた。アナベルは息を吐く。


「別にあれくらい、私にとってはどうということないですよ」

「そんなわけ」

「あるんです。本当に何でもないんで、一回手を放してもらってもいいですか」


 ジークハルトは先ほどのミヒャエルの言葉を聞いていなかったのだろうか。


 アナベルは無理やりジークハルトの両手をはらうと、右腕の袖をまくる。ゆっくりとした足取りで近づいてきたユストゥスに、アナベルは契約魔術の紋様が刻まれた右腕を差し出した。


「あなた、他人にかけられた魔術が解除出来るんですよね。私にかかっている契約魔術を解除してください。これがあるかぎり、私はろくな説明が出来ません」


 ユストゥスはアナベルの腕に触れる。彼が「『解除』」と呟くと、アナベルの右腕の紋様は一瞬光ってから消えた。


 アナベル自身も縛っていた魔力の枷がなくなった感覚を抱く。


「あーあー」


 発声練習をする。やはり、特に問題はなさそうだ。


 ユストゥスがポツリと呟いた。


「本当に驚いた」


 彼は本当に驚いている様子だった。


 今までアナベルは散々彼に翻弄されてきた。逆に驚かせられたことに少しだけ溜飲が下がる。ただ、それ以上に結局、彼の思惑通りに事が運んでしまったことは気にくわないけれど。


「聞いてもいいかな。君は誰?」


 ユストゥスはアナベルに偽名を名乗った。だが、それはアナベルも同じだ。彼らにずっと偽名を名乗り続けたし、本当のことを黙っていたのだから。


 アナベルは埃だらけの制服の裾を軽く持ち上げ、お辞儀(カーテシー)をする。


「私の本当の名前はアナベル・シャリエと申します。サラマンダー、フラヴィ・シャリエの養女むすめで──同じく『四大』の一人、シルフィードです!」


 顔をあげたアナベルは満面の笑みを浮かべた。


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