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《佳作受賞》魔術機関きっての問題児は魔術師のいない国に派遣されることになりました。  作者: 彩賀侑季
【調査員編】

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八章:爪牙③


「まず、ウンディーネですが、彼女は上層部の人間です。説得は不可能でしょう」


 そもそも、ウンディーネは八十代と高齢だ。どちらにせよ、ジークハルトを守るという目的を考えると適任ではない。


「次に、ノーム。……あの人は説得すれば聞いてくれるかもしれませんが、私のほうからお断りします。頼みごとをしたら逆にとんでもない要求をしてきそうなので。あとは、大陸中を歩き回っているので探すのも大変ですしね」


 ノームは三十代の男性だ。事情を説明すれば応じてくれる可能性はあるが、求められる代償はきっととんでもないことになる。アナベルの身を考えると、選択肢からは除外される。


「確か今の四大って三人だったよね。じゃあ、やっぱり君のお母さんを連れてくるってこと?」

「いえ、違います」


 アナベルは即座に否定する。


 確かにフラヴィはエマニュエルとの親交が深く、情に厚い。一番説得には応じてくれやすいと考えるのが自然だろう。――だが。


「母様は上層部候補です。魔術機関から引っ張り出すのは難しいでしょう。母様を説得が出来ても、それこそ上層部が黙ってませんよ」

「なら」

「残るは一人しかいないでしょう? シルフィードです」


 ディートリヒは目を瞠る。


「シルフィードは確か不在じゃ」

「いいえ。シルフィードの称号は二年前に別の魔術師に継承されています」


 一年前に西方に手紙を届けに来たのはディートリヒだと言っていた。そのとき既に新しいシルフィードは選ばれていた。だが、その存在が有名になったのは彼が来たという十二月以降の話だ。彼の耳にはその存在は届かなかったのだろう。


「いったい、それは」

「詳しい話をするのはまずあの男に会ってからです。魔術を解除できる道具を持っているんでしょう? まずは私にかけられた魔術を解除してもらわないことには詳しい話も出来ません」


 今現在アナベルの右腕には魔術機関出発時にフラヴィによって施された契約魔術が体に刻まれている。契約や約束を履行させるために施す魔術だ。強制力があり、不履行をした場合に罰則がある契約書のようなもの。かけるには双方の合意が必要で、アナベルは出発時そのことを了承した。この魔術を解除しないことには、現在のシルフィードについてアナベルは一切語ることが出来ない。


 ディートリヒはまだ戸惑っている様子だ。しかし、現状ではアナベルもこれ以上の説明が出来ない。


 王都が見えてきた。二人が乗る馬車が橋を渡る。


 異変が起きたのは、橋を渡り終えたときだ。ものすごい速度で三頭の馬がアナベル達の馬車の横を通り過ぎていく。驚いた馬が足を止め、馬車は大きく揺れてから止まった。その横をもう一頭馬が走り抜けていった。


 ディートリヒが馬車の壁に頭をぶつけそうになったアナベルを支える。


「と、突然なんですか」


 アナベルは突然のことに状況を飲み込めていない。ディートリヒが馬車の外を覗く。


「今の、ジークとユストゥス殿下だったよね」

「へ?」

 

 そう訊ねられても、アナベルの動体視力ではあっという間に駆け抜けていった馬に誰が乗っていたかなんて見えなかった。


 ディートリヒが警戒しながらも、馬車の扉を開けようとした瞬間、馬車の後方――橋上から複数の爆発音が響く。アナベルは振動を馬車の壁にしがみついて、耐える。


 明らかな異常事態だ。


 爆発音が止んだ後、ディートリヒが馬車を飛び降りる。アナベルは馬車に乗ったまま、上半身だけを馬車の外に出して周囲を窺った。


 先ほどアナベル達が通ってきた橋は見るも無残に破壊されていた。橋は中央から崩れ、噴煙が幾つかあがっている。破壊のされ方はアナベルにも見覚えがある。大砲などの火薬の類ではない。魔術によるものだ。


 周囲は突然の爆発に混乱していた。そこに今度は馬に乗った兵士たちが二十人近く現れる。


「西の橋に回れ! 絶対に逃がすな!」


 彼らは橋が破壊されたことを知ると、王都の西にかかるもう一つの橋へ向かって馬を走らせる。

 ディートリヒは兵士の一人に「クラウス!」と声をかける。


「何が起きた!」


 彼は一度周囲を見回してから、馬に乗ったままディートリヒに近づいてくる。アナベルも二人の会話を聞くべく、馬車から飛び降りた。


「元帥が王太弟殿下を連れて、逃亡しました」

「ジークが?」


 アナベルにはまったく状況が理解できない。それはディートリヒも同じなのだろう。兵士は言葉を続ける。


「城にスエーヴィルの密偵と魔術師が入り込んだんです。ニクラス将軍が『元帥は傀儡にされた』とおっしゃっていました。元帥は王太弟殿下を連れ去り、スエーヴィルの者たちと共に逃走中です。我々は現在アロイス将軍のもと、元帥たちを追っている最中です」


 アナベルは絶句した。離宮を訪れるために王都を離れていた少しの間にとんでもないことが起きている。ディートリヒは「何だって」と頭を押さえている。


「馬の数が足りません。そちらの護衛の兵士もお借り出来ますか」

「もちろんだ。俺も加わろう。――なんてことだ」


 ディートリヒは護衛の兵士たちに声をかけに行く。説明をしてくれた兵士と護衛の兵士は共に西の橋へ向かって走り出す。アナベルはその場に立ち尽くしたまま、動けずにいた。


 馬車を牽いていた馬にディートリヒは乗ると、こちらに手を差し伸べる。


「ベルちゃん、悪いんだけど一緒についてきてくれるかな。危険だけど、向こうに魔術師がいる以上、君の知識が必要だ」


 しかし、アナベルはその手を取らない。代わりに質問を口にした。


「このまま、馬で追って追いつけるんですか」


 ジークハルトたちが向かうのはおそらく北だろう。北への道がどうなっているのか、どういうルートが早いのかアナベルには分からない。ただ、彼らは橋を爆破した。追っ手の足を止めるためにだ。西の橋を使うことは遠回りになるのではないだろうか。


 ディートリヒは険しい表情を浮かべる。


「難しいかもしれない。北部は森林や山稜が多い地帯なんだ。そこまで逃げられたらどれほど大人数でも捜索は困難だよ。でも、追わないと二人がどうなるかが分からない」


 それでも、ディートリヒたちに追わないという選択肢はない。どれだけ難しくとも、最善手を尽くさねばならない。


 ジークハルトとユストゥスを連れ去る、彼らの目的は何だろう。


 この国を混乱させるためだろうか。取引の為の人質だろうか。何か拷問をかけるためだろうか。あるいは彼らの特異体質について調べるためだろうか。どんな理由であれ、ろくでもない目的であることは分かる。


 スエーヴィルまで連れ去られたら――ジークハルトはどうなるのだろう。殺されるだろうか。命までは取られなかったとしても、何をされるか分からない。今、危険な身に遭っているのはジークハルトとユストゥスの二人だ。なのに、アナベルが思い出すのはジークハルトの顔ばかりだ。


 アナベルは大きく息を吸った。


「分かりました。では、私が先に行って、足止めをします」

「…………へ?」

「最悪、敵は殺すことになりますけど、構わないですよね?」

 

 ディートリヒの返事を聞かなかった。アナベルは爆破されたばかりの橋に向かって駆け出す。先ほど下りた馬車の横を通り抜け、真っすぐ走る。


 ――今までずっと、誰かのために力を振るうのは御免だと思っていた。


 アナベルにとって魔術の才能は自己を構成する重要な要素の一つであり、同時に忌まわしい欠点の一つでもあった。


 魔術機関は魔術の才能を持つアナベルを歓迎した。しかし、社会性に欠けるアナベル自身の性質を認めてはくれなかった。そのアンバランスさが今までずっとアナベルを苦しめていた。


 でも、この国に来て、アナベルは魔術師としての能力を使わなかった。隠してきた。


 アナベルから魔術の才能を除けば何も残らない。本能的で、感情的で、短絡的で、非力で、何の役にも立たないただの小娘だ。


 ――それでも、私はお前が好きだよ。


 だが、ジークハルトは何もないアナベルを認めてくれた。好きだと言ってくれた。自分自身より他人を取る、アナベルからしたら愚かしいほどのお人好しだ。だけど、フラヴィ以外では彼がはじめてだったのだ。あそこまでアナベルを想ってくれた人ははじめてだった。


 そもそも、エーレハイデに来てからアナベルは色々無駄なことを考えてしまっていたように思う。


 アナベルは考えるのが得意ではない。何か行動する時はいつだって、考えるより先に行動していた。自分がしたいように動いてきたのだ。こうするべき、ではなくこうしたいを優先してきた。後先のことなんて考えてなかった。


 ジークハルトはこの国に必要な人間だ。強く、優しく、人望もある優秀な人間だ。でも、そんなことはアナベルには関係ない。


 大事なのは今、アナベルはジークハルトが死ぬべきではないと――犠牲になるべきではないと思っているということだ。


 彼はアナベルを犠牲にしたくないと言った。アナベルもジークハルトが何かの犠牲になるべきじゃないと思う。そんなの絶対間違っている。


 彼を助けるためにアナベルには出来ることがある。なら、何かを考える前に、行動するのがアナベルにとっての正解だ。


 橋は途中で崩れていた。目の前に足場はない。アナベルはその手前で足に魔力を籠め、一歩大きく踏み出す。


 後方で「ベルちゃん」と叫ぶディートリヒの声が聞こえる。誰かが悲鳴をあげたのが聞こえる。でも、それも全て無視をする。


 崩れた橋の最後の一歩を力強く踏み込む。そして、そのまま足に魔力を籠め、――アナベルは建物より高く、上空に向かって天高く空高く跳んだ。


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