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《佳作受賞》魔術機関きっての問題児は魔術師のいない国に派遣されることになりました。  作者: 彩賀侑季
【調査員編】

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七章:指導者たち②


 テーブルに置かれたのは白い――何かの遊戯の駒だろうか。天辺が搭の先端のような形をしている。


「色々な手段を考えた。東方で腕のいい魔術師を捜しもしたが、ろくな魔術師が見つからない。となれば、当然頼るべきは魔術機関だ。だが、僕らの要求はとてもじゃないが、簡単に受けれられるものじゃない。こちらには切れる手札(カード)がいくつかあるが、それを最初から切るのは愚かな行為だ。まずは情に訴えようとエマニュエル様の親友だったというサラマンダー宛に手紙を送った」

「手紙を送ったのは貴方だったんですね」

「うん。捨てられた手紙を拾って何かの時のためにとっておいたんだ。ちなみに西方まで届けたのはそこのディートリヒだよ」


 アナベルは勢いよくディートリヒを振り返る。

 彼は明後日の方向を向いている。

 商人が言っていたのは『愛想も顔も良い男』。確かにその特徴はこの青年にも当てはまる。


「貴方だったんですか!?」


 ディートリヒは苦い表情を浮かべている。


「エマニュエル様の話を聞く限り、サラマンダーは情に厚い人のようだったから何かしらの反応を期待したんだけどね。結局、向こうからの接触はなかった」

「……母様は商人に手紙を渡してきた男の人を見つけられなかったって言ってました」

「見つけられなかったって、俺、オベールさんに泊まってる宿の場所伝えたんだけど」


 ディートリヒが驚いたように答える。

 アナベルは少し考える。


「商人は貴方のこと、『愛想も顔も良い男』としか覚えてなかったですよ。お酒に酔ってたんですって」

「あの人素面に見えたのに、あれで酔ってたの!? ――全く、気づかなかった」


 ユーリウスがディートリヒに冷たい視線を送る。


「何だ、お前の失態だったのか。減給だね」

「いや、確かに俺に非がありますが、わざわざ半年近くかけて大陸を往復した俺にそれは酷くないですか!」


 ディートリヒの抗議にユーリウスは「まあ、いいや。過ぎたことだしね」と抗議を受け入れた。


「まあ、そういうわけでサラマンダーとの接触に失敗した。同時に東方でも改めて魔術師を捜したんだ。最悪知識がなくても、僕らが教えればいいだけと思ったんだけど、全ての魔術師がエーレハイデに留まることも出来なかった。まあ、ある程度魔力のある魔術師は幼少期に魔力制御が出来ず死んでしまう可能性が高いから、仕方ないと言えば仕方ないんだけど。……そんな感じで試行錯誤してたところ、半年前にスエーヴィルが西方出身の魔術師を招き入れたっていう情報が流れてきた。これは以前、謁見の間で聞いているだろう? だから、もう手段を選んでられないと思って、今度は正攻法で真っ向から魔術師派遣を要請したんだ」

「要求が通ると思ったんですか」

「まさか。魔術師の男女比率は女性の方が多いだろう?」


 一体、この男は何の話をし始めたんだ。


 アナベルは怪訝な表情を浮かべる。ユーリウスはにっこりと微笑んだ。


「女性の――出来れば若い方がいいかな――魔術師が来てくれればこちらのものだ。上手いことジークハルトに篭絡してもらおうと思ったんだ。調査員を味方に引き入れれば、幾らでも策が練れる」

「どこが正攻法ですか! 完全に搦め手じゃないですか!」

「正攻法だよ。人間は感情の生き物だからね。感情に訴えかけるのが一番いいのさ。特に恋愛感情はいい。考えてみて御覧? 砂漠を越えた遠い異国の地で眉目秀麗でとっても優しい王子様に出会うんだ。彼には秘密があり、彼を助けられるのは魔術機関から来た君だけだ。まるで、恋物語のようなロマンチックな話じゃないかい?」


 なるほど。それが先程の話に繋がるわけか。


「もし、調査員が男とか老婆だったらどうするつもりだったんですか」

「何にせよ、ジークハルトに誑かせるか試すつもりだったよ。あの子は老若男女問わず人を誑かすのが上手いからね。駄目だったときは、それこそ僕の出番さ。――全ての手札を切ってでも、どんな手段を使っても、この国に『四大』を呼び寄せる。必ずね」


 ユーリウスの言葉にはこれ以上ない気迫と自信を感じた。おそらく、この男はやってのける。そう感じさせるほどだ。


 アナベルは生唾を飲み込み、疑問を口にした。


「何故、そこまでして『四大』を呼び寄せようとしているんですか」


 ユーリウスは笑みを浮かべている。


「確かにスエーヴィルが西方の魔術師を雇ったことは脅威でしょう。でも、その魔術師がどれほどの能力があるというんです。……正直、西方出身だとしてもその魔術師は大したことないと思いますよ。私が知る限りこの数十年、先代シルフィード以外で魔術機関を抜けた魔術師は三流ばかりです。他の国ならともかく、エーレハイデにそこまで害を為せるとは思えません。エーレハイデ(この地)で魔術を扱えないのは勿論、その知識が先代シルフィードを超えるとは思えません。貴方と王子でも十分対応は可能なんじゃないですか。なのに、貴方の主張はまるで『四大』がいなければ王子を守れないかのように聞こえます」

「守れないよ」


 ユーリウスは断言した。即答だった。


「この地で魔術が扱える魔術師がいなければ、ジークハルトは死ぬ。必ずね」

「……何で、断言出来るんですか」

「やっぱり、ジークハルトはこの話をしなかったか」


 ユーリウスはポツリと呟くと、袖から幾つか白い駒を取り出した。先ほどもどこから駒を出したか分からなかった。まるで奇術のようだ。


 彼は先ほどの搭の形をした駒の隣に白い駒を幾つか並べていく。王冠の駒。十字架の王冠の駒。そして馬の駒。ユーリウスは王冠の駒を指さす。


「エマニュエル様に習った人間は三人いる。一人は僕。もう一人はジークハルト」


 そして、順番に十字架の王冠の駒、塔の形をした駒を指す。


「そして、最後の一人が僕の従兄弟。――王家分家の一つ、キルンベルガー家の嫡男、レオンだ」


 最後に彼が指をさしたのは馬の駒だ。


 全く知らない人名が出てきたことで、アナベルは眉間に皺を寄せる。


「キルンベルガー家は武芸に秀でた人物が多い。レオンはその中でも特に優秀な軍人だった。若干十六歳で実力だけで将軍の地位に就き、『キルンベルガーの鬼神』と呼ばれる間違いなくエーレハイデ最強の男だった」


 アナベルは目を瞠る。


 ユーリウスはレオンという人物のことを過去形で語った。そして、深夜の研究室でのやり取りでも『エマニュエルに魔術を習った人間は今は二人』と言っていた。


「――その人は今」

「エーレハイデを裏切った。スエーヴィルに寝返ったんだ」

「殿下」


 非難めいた声をあげたのはディートリヒだ。


「そう決まったわけじゃないでしょう」

「確かに証拠はないよ。でも、状況的にそうとしか思えない。僕には他の皆が未だにレオンが裏切ったことを認めたがらないのが理解出来ないよ」


 うんざりしたようにユーリウスは溜息をつき、状況を理解出来ないアナベルに説明をしてくれた。


「二年前、最後に起きたスエーヴィルとの戦いの後。レオンは姿をくらました。最後に目撃されたのは北部の街だ。彼を探すように人に頼んだんだけど、その人は国境近くの山林で死んでいるのが見つかった。その近くにはレオンの持ち物が落ちていた」


 確かに状況的に、その人物はスエーヴィルに向かったように思える。

 

「当然、レオンはジークハルトの特異体質も知っている。――スエーヴィルが強い魔術師を捜しているという話が僕の耳に届いたのは、レオンが行方をくらまして少ししてのことさ。それまでスエーヴィルは魔術に一切興味がなかった。僕らに魔術が効かないことは向こうも良く知っているしね。それにも関わらず、そのタイミングで魔術師を探し始めたんだ。レオンの関与を疑うのが当然だろう」

「それじゃあ」

「スエーヴィルはジークハルトに魔術が効くことを知っている。そうなれば、当然狙われるのはジークハルトだ」


 全身から血の気が引いていくのを感じる。アナベルは膝の上の手を握りしめる。


「……あの人、そんなこと一言も言わなかった」

「君に気を遣ったんだよ。あの子もレオンが裏切った可能性が高いことは理解しているけど、確定事項じゃないからね。確証もないことをジークハルトは人に言ったりしないさ」

 

 ユーリウスは馬の駒を指ではじいて倒した。


「でも、僕は確信してるよ。レオンはこの国を裏切った。スエーヴィルに情報を流した。結果、ジークハルトは危険な立場にある。でも、あの子は我が身可愛さを優先してくれない。王子に相応しくあろうと努力し続ける。万が一の際、自分が命を落とすことなんて百も承知さ。だから、僕はジークハルトの隣であの子を守ってくれる魔術師を欲している」


 彼は今度は王冠の駒を優しく横に倒し、代わりに丸い頭の駒を搭の駒の隣に置いた。

 それから怖いくらいに綺麗な笑みを浮かべた。


「さて、これで僕はこちらの事情を君に明かしたわけだけど、君はどうする?」


 返事をしないアナベルにユーリウスはさらに問いかける。


「僕は君に対して打てる手は打ったつもりだ。一度、君に真意を説明して、味方に引き入れたほうが得策だと思って、こうして事情説明のために呼び出した。君もまさか、もう流石に『王子のことは貴方達にお任せします。私は西方の魔術機関からご協力します』とは言わないよね?」


 アナベルは顔色を青くしたまま、黙り込んだ。ユーリウスは指を組む。


「さて、魔術機関の魔術師殿。魔術の専門家である貴方に問おう。一体、どうすれば我が弟分であるジークハルトを救うことが出来るかな?」

「――そんなの、私にわかる訳ないじゃないですか」


 やっとのことで口に出来たのはそんな言葉だ。


 アナベルは考えるのが苦手だ。ユーリウスのように策を練ることなんて出来るわけがない。


 しかし、彼は「本当に?」と更にアナベルを追い詰めてくる。


「僕は魔術機関の情報に疎い。ディートリヒを西方に送ったが、魔術機関についての情報はそう多く手に入れることが出来なかった。魔術機関の内部構造。勢力図。考え方。全てにおいて、圧倒的に情報がないんだ。そんな状態で交渉をしようなんて愚策でしかない。魔術機関の内部の人間なら、どうすれば有利に物事が運べるか分かるだろう? 『四大』を呼べなくても、他に何か手段があるならそれでもいい。君なら、ジークハルトを救える方法を導き出せるんじゃないのかい?」


 アナベルはぎゅっと手を握りしめる。


 ――本当にこの男は怖ろしい。


 確かにアナベルは彼の要求を満たす回答を持っている。だが、それを口に出せない。アナベルの右腕に刻まれた紋様がチリチリと痛む。


 アナベルは何も言いたくない。何も言えない。どうすればいい。アナベルは今すぐこの場を逃げ出したい。目の前の男とこれ以上話をしたくない。


 暫く探るような視線をユーリウスはアナベルに向けていたが、諦めたかのように「まあ、いいや」と溜息をついた。


「今日、君を呼び出したのはもう一つ理由があるんだ。君の帰国前に是非会いたいって人がいるんだ。一度、会ってやってくれないかい?」


 アナベルはゆっくりと顔をあげる。かすれた声で「どなたにですか」と訊ねる。ユーリウスは何でもないことのように答えた。


「エドゥアルト・J・エーレハイデ。この国の国王さ」

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