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《佳作受賞》魔術機関きっての問題児は魔術師のいない国に派遣されることになりました。  作者: 彩賀侑季
【調査員編】

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七章:指導者たち①


 アナベルの帰国が決まった。


 ジークハルトが「最低限の調査は終わっている。調査員の身の安全のためにも一度帰還させるべきだ」と進言し、王太弟は二つ返事で受け入れた。アナベルが川に落ちた二日後には、その決定が下った。


 魔術機関に戻る旅には再び、ハーゲンたちが同行してくれるらしい。その準備もあり、実際の出発は明後日になると伝えられた。


 ――あっさりしたものだ。


 アナベルは寝台で大の字で横になっていた。


 帰還が決まり、テオバルトが不在になったこともあり、今日から帰る日までアナベルの仕事はなくなってしまった。だから、こうして暇を持て余しているのだ。


(……もう少しこの国に滞在すると思っていました)


 王太弟も色々な考えを巡らしていたから、てっきり反対されるものかと思っていた。こうもあっさり、アナベルは帰れることになるとは思っていなかった。


 本来であれば、喜ぶべきところだ。


 また砂漠を越えないといけないと考えると気が滅入るのは事実だが――住み慣れた魔術機関に、それ以上にフラヴィのもとへ帰れるのは嬉しいはずなのに。


 ジークハルトから帰還許可が出たと聞いて以来、アナベルの胸の内はずっともやもやしている。このもやもやはご飯を食べても、寝ても一向に晴れない。不快で不快で仕方ない。でも、アナベルにはこのもやもやをどうにかする方法が全く分からなかった。


「ベル様」


 朝からずっと寝台でだらけているアナベルにとうとうヴィクトリアが覗き込んでくる。


「どこか、お体の具合でもよろしくないのですか」

「……いえ、問題ないです」


 そう答えるものの、起き上がろうとしないアナベルをヴィクトリアは見つめる。


「お医者様をお呼びいたしましょうか。もしくは、ジークハルト様を呼んで参りますか」

「何でですか!!」


 突然、侍女が王子の名前を出したことに、思わずアナベルは起き上がった。


「魔術についてはジークハルト様が一番お詳しいです。お体の不調が魔力に関係する事柄であれば、お医者様よりジークハルト様が適任と判断いたしました」


 なるほど。そういう理由か。


 アナベルは溜息を吐いてから、再び寝台に身を沈める。


「本当に体調が悪いとかそういうわけじゃありません。今日は寝台でゴロゴロだらけていたい気分なだけです。侍女さんにもそういう日ぐらいあるでしょう」

「いいえ、ございません」

「……まったく? 一度も?」

「はい」


 アナベルは少し考える。


「じゃあ、一緒に寝台でゴロゴロしましょう」

 

 そう言って、アナベルは立ち上がると、ヴィクトリアの腕を引っ張った。本来の彼女の力を考えれば、非力なアナベルでは彼女を寝台に引きずり込むのは難しいだろう。しかし、ヴィクトリアは全く抵抗を示さず、アナベルに引っ張られるがまま寝台に寝転ぶことになった。


 アナベルもその反対側に横になる。広い寝台だ。アナベルが両手を広げてもまだ余裕がある。


「こうして、寝台でだらだら過ごすのは幸せなひと時ですねえ」

「幸せですか」

「ええ。この幸福感を知らないなんて、侍女さんは人生の半分を損していますよ! 本当はこんなに天気がいい日には外で日向ぼっこをしたい気分なんですけどね。他の皆が働いている中、自分ひとりだけのんびり過ごしていると思うと優越感に浸ることが出来ます!」


 ヴィクトリアはアナベルをじっと見つめ、それからアナベルと同じように天井を見つめる。こちらから話しかけなければ、彼女は口を開かなくなる。


 そんな風に横になっていると、突然ヴィクトリアが起き上がった。彼女が扉に向かうのと同時に扉がノックされる。扉が開くと、現れたのはディートリヒだった。


「こんにちは、ベルちゃん。暇してない? 大丈夫?」

「こうしてだらける大義名分が出来て満足です」

「なるほどね」


 寝台に横になったまま起きないアナベルに、ディートリヒは苦笑する。


「息抜き中のベルちゃんに申し訳ないんだけど、ちょっとお願いがあって来たんだ」


 お願いという言葉に、アナベルは顔をしかめる。


 王太弟やユーリウスほどではないが、ディートリヒも正直あまり信用できる相手ではない。彼にも何かしらの思惑があると、宣言されているからだ。――もっとも、あの宣言をされた理由をいまだにアナベルは図りかねている。そんな相手にされるお願いなんて、あまりいい想像が出来ない。


 アナベルは身を起こす。


「何ですか。私に頼み事なんて、高くつきますよ」

「つける相手は俺じゃなくて、頼んできた相手にお願いしてもらってもいい? 俺も好きで伝言をしに来たわけじゃないんだ」


 そう言うディートリヒは少し不満げな表情だ。彼もここに来たのは不本意なのかもしれない。


「いったい誰に頼まれたんですか?」


 アナベルが問うと、一瞬ディートリヒは迷った様子を見せたものの口を開いた。


「『ユーリウス』。そう言えば、伝わる?」



 ◆



 アナベルがディートリヒに連れて来られたのは王城の東側だ。通されたのはとある執務室だ。アナベルはそこの応接用のソファに座っている人影を見て、「うわあ」という声をあげた。


「本当にあなただったんですね」

「いったい、誰だと思ったんだい?」


 ソファにゆったりと腰かけているのはエマニュエルの研究室に忍び込んだ時に出会った胡散臭い自称魔術師だった。


 心底嫌そうな表情を浮かべているアナベルに対し、ユーリウスは笑っている。ディートリヒは二人の顔を交互に見比べると、一度咳ばらいをした。


「じゃあ、俺は失礼します。後はお二人でごゆっく――」

「何でどっか行こうとしてるんですか! ちゃんと責任を持って、最後までいてください!」


 部屋を出ていこうとしたディートリヒの後ろの襟を掴んだのはアナベルだ。


 ディートリヒも完全に信用はしていないが、目の前の胡散臭い男と比べれば何百倍もディートリヒの方がマシだ。二人きりになったら何をされるか分からない。ここは是が非でも居残ってもらわないと困る。


 後ろから襟を無理やり引っ張られているディートリヒの首は絞められているような状態だ。


「わ、分かった。分かったから、手、放して。く、苦しい」


 言質をとったアナベルは、望み通り手を放した。ディートリヒは首を押さえながら、大きく深呼吸をしている。


「僕、随分と嫌われてしまったみたいだね」


 二人の様子を見て、呑気な感想を漏らしたのはユーリウスだ。アナベルはユーリウスを睨みつける。


「当然でしょう。あなた、私に好かれるようなことをしましたか」

「助言してあげたじゃないか」

「誘導の間違いでしょう?」


 アナベルは嗤う。


「あなたも王太弟殿下の手先なんでしょう」

「うん。まあ、そう思ってくれても構わないよ」


 ユーリウスは否定をしない。


 ――やはり、この男はアナベルの味方ではなかったのだ。


 予想はしていたことだ。しかし、さもアナベルの味方のように振舞いながら、全く別の思惑を持っていたことに苛立ちが募る。


「今度はいったい、何を企んでるんですか」

「人聞きが悪いなあ」


 そう言って、ユーリウスは「座ってはどうかな。お茶菓子も用意したんだ」と向かいのソファを指をさす。


 確かにテーブルの上には紅茶と大量のクッキーが置かれている。非常に美味しそうである。


 アナベルはディートリヒがソファの隣に待機したままであることを確認すると、ソファに腰を下ろした。先ず、アナベルは大量に置かれたクッキーを一つ手に取る。


「ちょっと、いいですか」


 アナベルは横に立っているディートリヒを手招きする。そして、腰をかがめて、顔を近づけてきたディートリヒの口にクッキーを無理やり押し込んだ。


 ディートリヒはアナベルの行動の意を理解し、苦笑いを浮かべながらも黙ってクッキーを毒見してくれた。何枚か適当に選んだものを食べさせ、最後に紅茶も一口飲ませて問題ないことを確認する。向かいのユーリウスが「本当に僕、信用されてないんだね」と顔色一つ変えずに呟く。アナベルはそれを無視して、クッキーに手をつけ始めた。


「それで、用件って何ですか? まさか、用もないのに私を呼び出したとか言いませんよね」


 貴重なのんびりする時間を割いて、アナベルは足を運んでいる。ただお茶をしたかったとか言い出そうものなら、アナベルはユーリウスを殴ろうと思っている。


「まさか。君と話したいことがあってね」


 ユーリウスは指を組み、神妙な面持ちになる。


「僕は今、非常に困っている」

「……どうぞ、ご自由にお好きなだけ困っていればいいんじゃないですか」


 ユーリウスの言葉にアナベルは適当な返事をする。


「ひどいなあ。これでも、僕真剣に悩んでいるんだけど」

「別に私はあなたがどんな難題を抱えていようとどうでもいいです。相談なら、そこの副官さんにしてみたらどうですか? 私よりいい相談相手になると思いますよ」


 アナベルがディートリヒを指さすと、ディートリヒは「えええ」と困ったような声をあげる。

 しかし、ユーリウスは首を横に振った。


「ダメだよ。今の僕の悩みを解決出来るのは君だけだ」

「はあ」


 いったい、自分はいつまでこの茶番に付き合わなければいけないのだろう。


 彼には一言文句を言いたくて、アナベルもここまでやって来たが、あまりにろくでもない用事だったら途中で中座して帰りたい。そんなことを考えながら、クッキーをつまむ。


「どうしたら、君はジークハルトに惚れてくれる?」


 だから、突然の爆弾発言に思わず、アナベルは喉を詰まらせた。苦しむアナベルにディートリヒがティーカップを渡してくれる。


 紅茶を飲み、落ち着いたアナベルは力強くテーブルを叩いた。


「そんなバカげた話のために私を呼びつけたんですか!!」

「いや、全くもって馬鹿げてないよ。僕は真剣だ。あの子、顔も良ければ性格もいいだろ? 優しくされた女の子は大抵落ちる。僕もそれを期待して、君とジークハルトに接点を作るために手紙の件について黙ってたわけなんだけど、君はいまだにあんなに優しくしてくれるジークハルトにつれない態度をとってる」

「……別に、つれない態度なんて」


 とってない、とは言葉を続けられなかった。可愛げのある態度をとっていないのは事実である。


「それで、何であなたは王子に私を惚れさせたいんですか。意味が分からないです」

「君は誰かを好きになったことないのかい? 恋や愛は人を愚かにさせるものさ。損得勘定を越えて、相手のために何でも犠牲にしたいと思ってしまう病だよ」


 恋の病、という表現は聞いたことがある。好きな相手のために愚かしい行為をする人間がいるのも聞いたことはある。それが何だと言うのだろう。


 ソファに深くもたれていたユーリウスは身を起こすと、バンと力強くテーブルに何かを置いた。


「今、僕らの目の前には難題が待ち構えている。ジークハルトを守れる魔術師をこの国にどうやったら招き入れられるか、ということだ」


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