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《佳作受賞》魔術機関きっての問題児は魔術師のいない国に派遣されることになりました。  作者: 彩賀侑季
【調査員編】

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五章:――それでも③


「理由があったとはいえ、客人に取るべき態度ではなかった。本当にすまない」

「…………理由って何ですか」


 教会であった老婆はジークハルトがアナベルに失礼な態度をとったのにはきっと理由があると言った。彼は魔術師派遣に反対している。だから、調査に来たアナベルが邪魔だった。それ以外に何の理由があるというのだ。


 ジークハルトは一度周囲に視線を向ける。兵士たちと十分距離が離れていることを確認すると、少し声を低くする。


「君も知っているだろう。魔術師は体内の魔力――というよりは生命力だな。それが枯渇すれば死に至る」


 知っている。だから、エーレハイデで魔術を使えば死ぬ可能性があるのだ。


「自覚があるかは知らないが、君たち魔術師は魔術を使わなくても少なからず普段から魔力を消費している」


 しかし、続く言葉はアナベルにとっても知らない話だった。王子は淡々とした口調で説明を続ける。


「エーレハイデ以外の国であれば、周囲に常に魔力が満ちている。だから何も問題がない。自覚している者もほとんどいないだろう。だが、エーレハイデでは大気から魔力を得ることが出来ない。体内の魔力がなくなれば、当然今度は生命力を代わりに消費し始める。だから、魔術師はエーレハイデにいるだけで徐々に衰弱していく」

「――そんなの」


 アナベルは声をあげる。


「そんなの、誰も言っていませんでした」

「このことをきちんと理解している人間は少ない。テオバルトでさえ、本当の意味で危険性を理解出来ていない。以前、城にいた魔術師は十年以上、この国に滞在していた。だが、それはその魔術師が高い魔力量を保持していたのと、独自に魔力供給方法を開発したからだ。普通の魔術師はこの国に留まればそう遠くないうちに死ぬ。実際にどれくらい猶予があるかは、その人間の魔力量次第だ」


 確かにハーゲンも将軍も最初はアナベルの体調を気にしていたが、それ以降はまるで気にしていなかった。アナベルも確かに多少のだるさは感じていたが大したことはないと思っていた。城についてからもアナベルの体調について言及したのは、ジークハルトだけだ。


 彼の視線が足元に落ちる。


「ただ、王太弟殿下は……あの人だけは、そのことについて理解している。この国に滞在するだけでその魔術師は死ぬかもしれない。あの人は目的のために、誰かが死ぬ危険性を理解した上で、魔術師派遣を要請した」

「……王太弟殿下(あの人)は、私が死んでもいいと思っていたんですか」

「あの人はこの国のことを本当に考えている。ただ、必要と思えば、何かを切り捨てたり、犠牲にする決断力も持ち合わせている人だ」


 王太弟にとって魔術機関の調査員は切り捨てられる存在だったわけだ。アナベルは背筋が震えるのを感じた。


「君がどれくらいの魔力量を保持しているか分からなかった。だから、王都に来る前に倒れるのではないかと危惧していた。……だが、君は王都まで無事に辿り着いた。君を帰すように王太弟殿下を説得しようとしたが、私は失敗した。こうなった以上、君が魔術機関へ戻るまでの間に魔力欠乏を起こさないように魔力供給薬を提供するぐらいしか私には出来ることはない。君があのハーブティーを気に入ってくれたようで良かった」


 アナベルは息を呑む。


「――あのハーブティーを出すように侍女さんに指示したのはあなただったんですか」

「ああ。ヴィクトリアは私直属の侍女だ。君の護衛と、異変がないか報告してもらうのを兼ねて無理を言って君につけた」


 考えてみれば、あのハーブティーは彼が管理している温室でとれたものだ。当然、ハーブティー自体を管理しているのはジークハルトだろう。


 ヴィクトリアは明らかにあのハーブティーの効能を理解しないまま、出していた。全部、彼からの指示だったのだ。彼女は何をするにしても誰から支持を受けたとは言っていなかった。勝手にアナベルは王太弟の指示だと思っていたが、そうではなかったのだ。


「私は魔術師派遣には反対だ」


 ジークハルトは西の砦で言ったのと同じ主張を繰り返す。


「この国に魔術師を滞在させることは、その人間をこの国のために犠牲にするのと同じだ。私は目的のために他の何かを犠牲にするのは好きじゃない。この国の問題はエーレハイデの人間で解決すべきだ。この地と何の関わりもない西方の人間を巻き込むべきじゃない」

「――なら、あなたが私を追い返そうとしたのは」

「この地に滞在することは君にとって危険でしかない」


 なら、ジークハルトが西の砦でアナベルを追い返そうとしたのも、魔術師派遣に反対するのも、アナベルを、魔術機関の魔術師を案じてということになる。王子は『この地に留まれば、君はいずれ命を落とす』と言った。それは脅しでも何でもなく、彼が言ったように忠告だったのだ。


 ――嘘だ。信じられない。信じたくない。


 王子はアナベルを嫌っている。魔術師を、魔術機関を好いていない。だから、追い返そうとしたし、アナベルの邪魔をしようとした。


 アナベルは質問を重ねる。

 

「じゃあ、温室の見学を許可してくれなかったのはなぜですか。魔術機関の調査を邪魔したかったんじゃないんですか」

「そこに関しては私も聞きたいことがある。そもそも君がやっている調査というのは意味のあることなのか?」


 鋭い指摘にアナベルは黙り込む。ジークハルトは言葉を続ける。


「魔術機関がどういう場所かはある程度知っている。魔術機関は東方に興味がないい。その上、王太弟殿下は『四大』の派遣を要請したが、『四大』を他国の王宮魔術師に据えた例はないと聞く。魔術機関がエーレハイデの、……砂漠を越えた東方の国の要請に応じるとは思えない。そのための調査だというが、私には信用できない。君がやっていることは無意味なんじゃないのか」


 アナベルはその言葉に反論が出来なかった。ジークハルトの指摘通りだ。アナベルはこの国で調査という茶番をしてきた。


 少しだけ声を荒げたジークハルトが、一度深呼吸をする。彼はまた落ち着いた口調で話し出した。


「温室に関しては、そもそも機密保持の観点から一部の者以外立ち入りを許可していない。特に君は他の者と違って魔術に関する知識がある。あそこにある技術は悪用されれば危険なものも多い。管理者として、私にはあそこを守る義務がある。どちらにせよ、君をあそこに入れるわけにはいかなかった」


 アナベルは唇を噛む。 


「何で、最初に全部説明してくれなかったんですか」


 西の砦で彼は何も説明してくれなかった。ただ、「調査は不要」だと追い返そうとしただけだ。アナベルがエーレハイデの地に足を踏み入れることにどういう危険性があるか、この人は説明をしなかった。最初からなぜ本当のことを教えてくれなかったのか。


 ジークハルトは眉間に皺を寄せる。


「私にだって隠しておきたいことぐらいある」


 教会であった老婆は王子に秘密があると言った。


「その最たるが、私に魔術の知識があることだ。君がどこまで話を聞いているかは知らないが、この国の王妃が魔術機関の脱走者であることは知っているだろう? ここに至っては隠しようがないだろうからこうして君に説明しているが、母上(あのひと)がこの国にいた事実は魔術機関には隠しておきたかった。……考えてみろ。初対面の私が魔術関わる今までの話を君にしたら、一体どうして知っていると思うだろ。母のことを説明せざるを得ない」


 ジークハルトは空を見上げる。

 

「君がどういう人間かも分からなかった。だから、理由の一部だけ説明して、追い返すのが一番いいと思ったんだ。結局君を魔術機関に帰すのは失敗した。私が心配したように君が体調を崩すこともなかった。これだけ長い期間滞在していれば、母のことも知られてしまう。もう、隠す必要がなくなったんだ。ヴィクトリアの報告は毎日聞いている限り、君に話しても問題ないと思った」


 ジークハルトの言葉に息が止まるかと思った。彼は「一つ、頼みがある」と言った。


「魔術機関に戻っても、ここに彼女がいたというのは伏せておいてほしい。母は生きている間苦しい思いもたくさんした。せめて、死後の眠りを妨げることはしたくない」

 

 魔術機関を脱走したエマニュエル。彼女が生前、どう生きていたのが断片的にしかアナベルは知らない。きっと、その苦悩を王子は知っているのだろう。


「こんな遠い場所まで来てくれた君にもせめて楽しんでもらいたかった。観光を楽しみにしていたようだから、王都を巡るように進言したが……こんなことになってしまってすまなかった」


 分からない。分からない。なぜジークハルトがこんなことを言うのかがアナベルには理解出来ない。


「…………あなたは、魔術師が嫌いなんじゃないんですか?」


 なぜ彼はアナベルにこうも良くしようとするのかが分からない。


 ジークハルトは怪訝そうな表情を浮かべる。


「別に魔術師を嫌った覚えはない。誰がそんなことを言った?」

「だって、最初私を無理やり送り返そうとして――魔術機関のことも嫌っている様子でした」

「確かに魔術機関は好きではない。母に話は聞いている。魔術機関ではつらい思いもしたと言っていた。そんな話ばかりされてみろ、嫌いになるのは当然だろう。…………最初に君に酷い態度を取ったのは単純に余裕がなかった。それについては本当に申し訳なかった」


 王城の中庭と遭遇したとき、ジークハルトはアナベルに害意はなさそうだった。客室で話したときも、彼の意向に沿わない温室見学の件に関しては一蹴されたものの、その後はごく普通に話していた。――西の砦での態度が異常事態イレギュラーなだけで、あの時の態度が王子本来の姿なのだとしたら。


「おかしいです」


 アナベルは呟く。


 今までの話はすべて前提がおかしい。彼の話を聞く限り、ジークハルトはアナベルに敵意を持っていない。むしろ、アナベルを気にかけてくれているように聞こえる。


 だが、そもそもアナベルは彼に利益をもたらす存在ではない。ジークハルトがアナベルに優しくする理由がない。


「あなたが言っていることは全部おかしいです。何一つ理解出来ません」


 アナベルの全否定に、ジークハルトも不快そうに表情を歪める。


「だって、私は魔術師なんですよ。あなたの嫌う魔術機関の人間です。何でそんな相手に優しくするんですか。私のことなんて嫌うべきでしょう? そもそも、私に優しくしたってあなたには何の利益もありません。そんなの、無意味じゃないですか」

「魔術機関を嫌うことはそこに所属している人間を嫌うことにはならないだろう? ……君がどういう考えで言っているのかは知らないが、私は別に君に見返りを求めるつもりはない」


 そんなの嘘だ。ジークハルトはさっきからアナベルにも嘘だと断言できることばかり口にする。ジークハルトの考え方が理解出来ない。


「魔術機関を構成しているのは何千人もいる魔術師自身ですよ。同じものじゃないですか」

「違う。共同体は確かにそこに属している人間の集団だが――人間が複数集まれば、その共同体は各々の考えはズレて当然だ。魔術機関の魔術師もそれぞれ考え方は違うだろう?」


 本当に彼はおかしなことばかり主張する。


 ――それぞれの考え方は別?


 アナベルは嗤う。


「そんなわけないじゃないですか。一緒ですよ! 皆考えてることなんて一緒です! ――皆、自分のことばっかり。自分の利益ばっかり考えてる」


 確かに各々の利益のため、主張する内容は違っては来るが、本質は一緒だ。何も変わらない。


「魔術師だけじゃないです。人間なんて皆一緒です。誰だって、自分の利益が、自分のことが一番でしょう? 私だって私のことが一番です。他人のことなんて興味ないです。母様が無事なら、それ以外の誰がどうなってもどうでもいいです。――いいじゃないですか、別に魔術機関の誰が死んだって。私が死んだって、それであなたが何か困ることがありますか? そんなのないですよね。この国の利益のために、何だって犠牲にすればいいんです。王太弟殿下のやり方は人間として正しいじゃないですか」


 ジークハルトは足を止める。彼の表情は厳しい。


「それは、兄上がお前を犠牲にしてもいいと考えたことを容認するという事か」

「誰だって自分が一番で他人はそれ以下です。少なからず、皆同じことを思っているでしょう。――私だって、自分の為なら幾らでも他の誰かを犠牲にしますよ。お互い様ってやつでしょ?」


 ジークハルトは何も言わない。兵士たちは突然立ち止まったジークハルトを遠巻きに見ている。アナベルは顔をしかめる。


「そろそろ降ろしてください。一人で歩けます。こういうのはあなたに貸しを作るようで好きではありません」


 抵抗されるかと思ったが、ジークハルトは何も言わずにアナベルを降ろした。


 あとは靴さえあれば問題ない。


 アナベルはディートリヒを振り返り、「靴返してもらえますか」と手を差し出した。しかし、ディートリヒは無言のまま、靴を渡そうとしてくれない。

 

「先程」


 そう口を開いたのはジークハルトだった。アナベルはちらりと彼を見る。


「『母様』と言ったな」

「……ええ、言いました」

「自分が一番と言いながら、なぜ母親の無事は望む」


 ジークハルトの指摘にアナベルは口をつぐむ。その理由は――誰にも話したくないアナベルにとって大事な宝物だ。


「お前が母親の無事を望むのは」


 なのに、ジークハルトは正確にその理由を指摘する。


「お前が、母親のことを愛しているからじゃないのか」


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