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《佳作受賞》魔術機関きっての問題児は魔術師のいない国に派遣されることになりました。  作者: 彩賀侑季
【調査員編】

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五章:――それでも②


 薪が爆ぜる音にアナベルはハッと顔を上げた。どうやら気づかぬうちにうたた寝をしていたらしい。眠気を飛ばすため、頬を叩く。


(いけません、しっかり起きてないと)


 今自分の身を守れるのは自分だけだ。油断していて襲われたらひとたまりもない。


 ふと、アナベルは廃墟の外が少し騒がしくなったのに気づいた。遠くから近づいていく物音がする。あれは人の声と馬の足音だ。


 ──もしかしたら、助けかもしれない。


 安心しかけてから、ふと、気づく。彼らは本当にアナベルの味方なのだろうか。


 アナベルは川に落ちた。そうなると当然捜索されるのは川沿いだ。廃墟は川辺から少し離れた場所にある。物音が近づいているのは川の方角からじゃない。捜索隊なら川の方角から来るのが普通ではないだろうか。


 問題はそれだけじゃない。もし、彼らが『アナベルを捜しに来た捜索隊』と言ったとしても、彼らは嘘をついていないと断言できるのか。捜しにきたのがアナベルも知っている人間であれば問題ない。だが、見知らぬ相手だったらどうだろう。その人物が味方か、敵か判別する術がない。


 その上、アナベルが自身の身を守る手段は魔術だけだ。


 アナベルはエーレハイデに来てから一切魔術を使っていない。簡単な魔術なら問題なく発動できる。しかし、エーレハイデ人には魔術耐性がある。魔術が効きづらいというのはいったいどれくらいのことを指すのだろう。魔術がまったく効かないのであれば、アナベルはろくに抵抗することも出来ない。


 誰かが確実に廃墟に近づいている。音の多さからして一人ではない。複数人だ。


 ──考えろ。考えるんだ。


 相手が味方だと期待するのは甘い考えだ。最悪の状況を想定すべきだ。


 アナベルは床に落ちている木製のコップを拾う。呪文を唱え、コップに昏倒の魔術を籠める。これでコップをぶつけた相手は意識を失う。もし、相手が味方だとしてもこれで問題ない。地面にはまだいくつか投げられるものが落ちている。彼らが敵なら、残りに今度は攻撃魔術を籠めて投擲する。


 もし、魔術が効かない相手でも手段はまだいくらでもある。この程度はアナベルにとって危機ではない。


 誰かが扉の前に立つ。扉が叩かれる。


「誰かいるか」


 くぐもった男の声が聞こえる。アナベルは返事をしなかった。外の誰かは動かない。しばらく経って、「開けるぞ」という声と共に扉が開いた。その瞬間、アナベルは扉に向けてコップを投げた。


 扉を開けた人物は飛んできたコップを避けた──と同時に、後ろにいる人物が「うわっ!」という声をあげる。アナベルは扉を開けた人物の姿を目にし、絶句した。


 そこにいたのは見覚えのある銀髪の美青年だった。


 彼はアナベルにこちらに近づいてくる。一緒にいた兵士が後ろで顔を押さえているディートリヒに「大丈夫ですか」と声をかけている。


 しかし、アナベルは彼から目が離せなかった。扉を開けたのは見間違いようなく、エーレハイデの王子だった。ジークハルトは身動き一つとれないアナベルと視線を合わすように膝をつく。


「無事か」

「――何で」

 

 ジークハルトの質問に答えず、アナベルは訊ねる。


「あなたがここにいるんですか」


 彼は怪訝そうな表情を浮かべる。


「行方不明だと聞いた。だから、探しに来たんだ」

「何でですか」


 アナベルは再度疑問を口にする。


「だって、貴方が私を探しに来る理由はないでしょう」


 ジークハルトは魔術師派遣に反対をしている。だから、アナベルを追い返そうとしたし、温室の見学も許可をくれなかった。彼はアナベルが死んだところで何一つ困らない。アナベルは彼に利益をもたらす存在ではないのだ。


 ジークハルトは真っすぐにこちらを見つめたまま、答えた。


「君が心配だった。それが理由では駄目なのか」


 王子の答えにアナベルは何も言えなかった。何も言えず、俯いてしまった。俯くアナベルに近づいて来る人物がいた。ディートリヒだ。


「ごめんね、ベルちゃん。迎えに来るのが遅くなって」

「…………いえ」


 そこでふと、アナベルは先ほど投げたコップが彼にぶつかったことを思い出した。


「物を投げつけてすみませんでした。……大丈夫ですか?」

「ああ、全然大丈夫だよ。ベルちゃん投げるの上手だね」


 アレを喰らえばまず間違いなく気絶するはずなのに、ディートリヒは意識を保っている。これがエーレハイデ人の魔術耐性なのか。いや、あるいは王族には一切魔術が効かないと言っていった。彼も王家の血を引く人間だ。そもそも魔術を無効化するのかもしれない。


 二人が話している間に、ジークハルトは自分の外套マントと軍服の上着を脱いだ。


「すまない。替えの着替えが持ってくる余裕がなかった。しばらくこれを着ていろ」

 

 彼はそう言って、脱いだ上着を差し出してきた。


 男性陣が全員後ろを向いてくれている間にアナベルはボロボロの毛布を床に落とし、ジークハルトから借りた上着に袖を通す。ボタンを全て留めると、ひざ下まで隠せた。しっかりした素材で肌に直接触れるには硬い感触だが、先ほどの毛布よりよっぽど良い。


 アナベルは元々着ていた下着をワンピースで隠すように包む。それからずぶ濡れの長靴ブーツを履こうと拾い上げたが、一式をジークハルトに「貸せ」と奪われた。彼はそれを今度はディートリヒに渡す。


 ──何だこれは。裸足で歩けということか。


 替えの服を用意できなかったのだ。替えの靴もないだろう。さすがに靴までは貸してくれないだろう。


 ムスッとしていると、ジークハルトは先ほど脱いだ外套をアナベルにかけてきた。


「寒くないか」


 アナベルはきょとんと王子を見上げる。


「へ、平気ですけど」

「ここにいるのは危険だ。城に戻るぞ」


 そう言うと、彼は身をかがめ、アナベルを抱き上げた。突然のことにアナベルは声にならない悲鳴をあげる。


「どうした」

「おおおお降ろしてください! 一人で歩けます! 靴を返してください!」

「…………あんなに濡れた靴を履いて歩くつもりか」

「ええ、歩けます!」


 アナベルは強い口調で主張したが、ジークハルトは「やめておいたほうがいい。足を冷やす」と降ろしてくれなかった。


 どうやら、彼の意思は固いらしい。


 西の砦でアナベルを無理やり馬車に戻したときは荷物みたいに担いだくせに、今回はなぜかお姫様抱っこだ。ジークハルトは周囲の兵士に「戻るぞ。他の兵にも伝えろ」と言い、アナベルを抱えたまま小屋を出る。


 近くには彼らが乗っていたのだろう馬が何頭か木に繋がれている。ジークハルトに抱かれたアナベルが近づくと、馬たちは突然興奮したように暴れ出す。兵士達が「一体、どうした」と慌てて馬をなだめる。


 アナベルは原因に思い至り、「あー」と声をあげる。王子の視線がこちらに向く。


「どうした」

「多分、私のせいですね。…………ちょっと、気が荒れてるので」


 魔術師は五感が敏感な動物たちにとって恐ろしい存在らしい。基本的に魔術師は彼らに懐かれない。それでも近くに寄るくらいなら許してくれるし、慣れている誰かと一緒なら背中に乗せてもくれる。


 しかし、今のアナベルの精神状況は現在安定しているとはいえない。川に落ち、死にかけた。昔のことを夢で思い出してしまった。気が立っている。そんな状態では馬たちもアナベルが近づくのを嫌がるのも当然だ。


 それを聞いたジークハルトは少し考えてから「なら、歩こう」と言い出した。


「──は?」

「時間がかかるが、確実だ。一度降ろすぞ」


 彼はそう言って、アナベルを一度地面に降ろす。それから今度はアナベルの足に腕を回し、背中に負ぶった。


「ちょっと待ってください! ここから王都まで歩いて戻るつもりですか!?」

「他に方法がない」

「いや、そうじゃなくて──あなたが私を負ぶって、王都まで歩くんですか?」


 アナベルは本当に全く、意味が分からなかった。


「他の兵士に頼めばいいじゃないですか」


 周囲には何人か兵士がいる。


 この場で一番身分が高いのはどう考えてもこの男だろう。アナベルを背負うなんて、他の誰かに任さればいい。王子がやるような仕事ではない。


「もし、襲撃に遭った場合、兵士たちは私と君を守ることになる。護衛対象はまとまっていたほうがいい」


 それなのに、ジークハルトは何でもないことのように答える。そして、彼は「周囲の警戒は任せたぞ」と兵士に言い、歩き出した。――アナベルはそれ以上何も言えなかった。


 薄暗い道をランプを持った兵士に先導されながらジークハルトは歩いていく。馬を興奮させないため、馬を引いた兵士は少し離れた距離にいる。近くにいるのは斜め後ろを歩くディートリヒくらいだろう。


 ──誰かにこんな風におんぶしてもらうなんていつぶりだろう。


 多分、幼少期にフラヴィに負ぶってもらって以来だ。アナベルをおんぶしてくれる人はフラヴィぐらいしかいなかった。どれだけ優秀な魔術師でも、彼女の腕力には限界がある。確か、七歳くらいからおんぶをねだっても拒否されるようになった。


 アナベルはもう何も言う気概も失い、黙って彼の背に揺られている。


「ジーク、変わる?」


 その様子を見ていたディートリヒがジークハルトに声をかける。しかし、彼は「いや、問題ない」と申し出を断った。


(変わってもらえばいいのに)


 彼がこんなことをする利はない。さっさとディートリヒに面倒な役割を押しつければいいのに。アナベルだったらそうする。


「――王都の観光は楽しかったか?」


 突然、王子が口を開いた。いきなりの質問に一瞬、アナベルはまごつく。


「……お、美味しいご飯がたくさん食べれました」

「何が美味かった」


 一体、この男は何を聞きたいのだろう。まったく分からない。そう思いつつも、アナベルは素直に答える。


「やっぱり一番はお肉ですね。お昼にいただいたシュニッツェルは最高でした」

「なら、料理長にも今度夕食に出すように伝えておこう。食事以外はどうだ」

「………王都を案内してもらいました」


 ジークハルトの背を掴む手に力が入る。


「ここに来るまでもたくさんの街を見てきましたが、エーレハイデの王都はとても賑わっていますね。街並みに関しては西方の建築技術の方が優れているように見えますが、個人的には嫌いではありませんよ。あとは大道芸の公演を見ました。火を吹く芸なんて、魔術を使えば簡単に出来ますけど、魔術も使わずにそれを再現するなんて素晴らしい発想だと思います。その心意気を買いたいですね、私は」

「…………随分と偉そうな口を叩くな、お前は」

「そりゃあ、そうですよ。西方のが何倍も技術は進歩しているんですから。東方ではエーレハイデは発展している方みたいですけど、魔術機関と比べたら田舎もいいとこです。魔術も存在しませんし、ホント非常識な国ですよ」

「人の国に対して随分と言うな。私がこの国の王子ということ、覚えているか」

「覚えてます。──覚えてますよ。西の砦での無礼な振舞いも、全部」


 彼にされたことは全部覚えている。彼は西の砦でアナベルを追い返そうとされた。


「あれについては」


 ジークハルトは少し言いよどむ。


「私が悪かった。すまなかった」


 そして、ハッキリと謝罪の言葉を口にした。


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