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《佳作受賞》魔術機関きっての問題児は魔術師のいない国に派遣されることになりました。  作者: 彩賀侑季
【調査員編】

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幕間:スエーヴィルの密偵②


 夜間営業の仕込みのため、準備中の札に切り替わっている扉を開ける。店内には店主の二番目の息子、ミヒャエルの姿しかない。


 ディートリヒは首を傾げる。


「あれ、ベルちゃんは?」


 ミヒャエルはディートリヒの問いに困ったような表情を浮かべる。


「えっと、その、兄さんとお城に送ろうとしたんですけど、……王妃様の話になったら王妃様のことを知る人に会いたいって言いだして」


 ミヒャエルの説明でディートリヒは全てを理解した。


 現在、王城では一種の箝口令が敷かれている。その内容は『エマニュエルが王妃であった事実をベルから隠しておくよう』というものだ。


 表向きには『魔術機関の脱走者が王妃であった事実は、魔術機関には隠しておくべきである』という名目になっているが、実際は違う。魔術に関する知識があるベルが、エマニュエルとジークハルトの関係性を知れば、ジークハルトの秘密に気づく可能性があるからだ。


 そのため、ディートリヒを含め、多くの人間は彼女に隠し事をしている。例外はジークハルトと彼の意向でベルに付き従っているヴィクトリアぐらいだろう。あの二人は今回の王太弟の悪巧みに一切関与していない。


 しかし、今回の騒動でベルは二人の関係性を知ってしまったらしい。彼女はユストゥスのせいで、知りたいはずの『手紙に書いてあったものの正体』も教えてもらえず、大分もどかしい思いをしていたはずだ。感情に忠実な彼女が、真実を知るために行動を起こしてもおかしくない。


「それでベルちゃんはどこに行ったの?」

「王都の外れの教会の、ヴァネサさんのところです。兄さんが一緒に行ってます」


 少し捻くれたところはあるが面倒見のいい食堂の跡継ぎがベルに同行しているらしい。ディートリヒは安堵した。若い女の子を一人きりにするのは危険だ。


 ヴァネサのことはディートリヒも覚えている。もともとエマニュエルに仕えていた侍女で、現在は高齢になったことを理由に修道女として教会に身を寄せている。


 確かに彼女なら、ベルに協力をしてくれるだろう。ただし、彼女は王族が抱える幾つかの秘密については知らない。それゆえに、ベルが知りたいことを全部教えてもらえるわけではないだろうが――少なくとも、探しものの正体は知ることになるかもしれない。


「ありがとう。じゃあ、教会の方に向かってみるよ」


 そう言ってディートリヒは店を出ようとし、突然首根っこを捕まえられた。驚いて振り向くと、普段ほとんど厨房から出てこない強面の大柄な店主がそこにいた。


「おい、三男坊。さっきの勘定を払え。食い逃げは許さねえぞ」

「…………はい」


 そういえば、会計をすましていなかった。ベルもお金を持っていなかったのだろう。ディートリヒはお代に色をつけて支払い、店を後にした。



 ◆



 ディートリヒは教会への近道に向かおうとし――考えてから、別の道順を選んだ。店主の話ではベルが店を出てから結構時間が経っているためだ。もしかしたら、もう教会での用事を済ませて城へ戻ろうとしているかもしれない。


 城と川を結ぶ大通りに出て、そのまま川の方向へ進む。


 すると、妙にそちらが騒がしいことに気づいた。もうこんな時間だというのに川の近くに沢山の人が集まっている。「兵士を呼べ」「川下へ向かえ」というような怒号が聞こえる。――何か、大事が起こっている。


 ディートリヒは急ぎ足で現場に近づく。集まっている野次馬に声をかける。


「何かあったの」

「ああ、ディー坊、大変だよ! 川に人が落ちたんだよ!」


 ディートリヒはぎょっとする。

 

「今、兵士を呼びに行ってる。助けようとして川に入ろうとした奴もいるんだけど、落ちた奴の姿が見えなくて――」

「分かった」


 野次馬をかき分け、人が落ちたであろう中心に向かう。


 そこには見知った少年がいた。「姉ちゃん!」と水面に向かって叫び、今にも川に飛び込みそうな彼を大人たちが押し留めている。ディートリヒの血の気が一気に引く。


「――カイ」


 そこにいたのはベルと一緒にいたはずのカイだった。


 彼はディートリヒに気づくと、こちらに駆け寄って来る。彼の目には涙が浮かんでいる。


「ディートリヒ兄ちゃんどうしよう! ベル姉ちゃんが川に落ちちまった!」


 カイの言葉にディートリヒは川辺に駆け寄る。


 川岸には何人かの男たちが川を覗いている。しかし、日は落ち、暗くなっているため川の様子はほとんど覗えない。


「まずいな。多分、もう流されてる」


 男の一人が深刻そうに言う。

 

「早く川下を探したほうがいい」

「だけど、この暗さだぞ。見つけられるか?」


 その言葉に男たちは黙る。


「……とにかく、探そう。やってみねえと分からないだろ」


 一人がそう言うと、彼らはどうにか救助をしようと動き出す。ディートリヒは一度、カイのもとに戻る。


「一体何があったのか教えてくれないか」


 川沿いの道には膝程の高さの塀がある。普通に歩いているだけでは川に落ちることはない。


「姉ちゃんと教会に行ってきたんだよ。王妃様のことを知る人に会いたいって言うから、ヴァネサばあちゃんに話を聞きに行ったんだ」


 そこはミヒャエルに聞いた通りだ。


 カイは言葉を続ける。


「途中、俺は話聞いてなかったんだけど――ヴァネサばあちゃんの話聞き終わった後、姉ちゃんすげえショックを受けてたんだよ。それで城に戻ろうと二人で歩いてたんだけど、誰かが姉ちゃんにぶつかったんだ。それで姉ちゃんは川に……」


 つまり、事故ということか。しかし、それにしては何かがひっかかる。

 カイはぐっと服を握りしめる。


「少し離れててちゃんと見えなかったけど――多分、わざとだ」


 ディートリヒは息を呑んだ。


「姉ちゃんは突き飛ばされたんだよ」


 カイの口調は確信を持ったものだった。


 ――これは確実に何かある。


 スエーヴィルの密偵が現れ、魔術機関の調査員が何者かの手によって川に突き落とされた。関連性を疑って然るべきだ。


 野次馬に呼ばれた兵士がようやく駆けつける。これから、彼らは川下に流されたはずのベルを探すことになるが――それは決して簡単なことではない。


 脳裏に浮かぶのは観光中、楽しそうな表情を浮かべていたベルの姿だ。肩までの流さの茶髪に、緑の瞳の少女。年は聞いていないが十代後半くらいに見えた。喜怒哀楽が豊かで、観光中は大袈裟なくらいいい反応を見せてくれた。魔術機関の職員とはいえ、年端も行かないあんな若い子が死んでいいはずがない。


 この状況をどうにか出来るのは誰かを考える。――思い当たる人物は一人しかいない。


 ディートリヒはその場をやってきた兵士に任せ、馬を借り、また王城へ引き返す。


「ジークは!?」


 王城に辿り着き、門番に声をかける。鬼気迫る様子のディートリヒに門番はひどく驚いている。


「執務室にお戻りになってます」


 門番に礼も言わずに、ディートリヒはジークハルトの執務室を目指す。ノックもなしに執務室の扉を開けた時、ジークハルトは兵士の報告を聞いている最中だった。彼がこちらを見る。


「ノックもなしとはど――」

「ベルちゃんが川に落ちて行方不明だ」


 端的な報告に、ジークハルトは身動きを止めた。ディートリヒは言葉を続ける。


「お前なら何とか出来るだろ。助けてくれ」


 ジークハルトは何も言わず、執務机の引き出しを開ける。そこから振り子と地図を取り出す。


「部屋を出てくれ」

 

 ジークハルトが兵士に命じる。兵士が外に出るのを確認すると、ジークハルトは机に地図を広げる。彼は地図の上に振り子を垂らす。ディートリヒはジークハルトの邪魔にならないよう、念のため壁際まで下がる。


「『探せ』」


 振り子に刻まれた紋様が輝いたと思ったら、本来あり得ない動きをし始める。振り子は暫く不規則な動きをしていたが、突然王都の東側――距離にするとそれなりに離れた場所を指し示す。


 場所を指したあとも少しずつ振り子は動き続ける。最初を指した川辺から離れるように動いていく。


「陸地を移動している。生きてるな」


 ジークハルトの言葉にディートリヒは安堵する。しかし、まだ安心できる状況ではない。


 彼女は川に落ちている。春が近づいてきたとはいえまだ三月だ。夜になればまだまだ冷え込む日が続く。夜の間に凍死してしまってもおかしくない。


 ジークハルトは振り子を胸元にしまい、地図をディートリヒに渡す。


「行くぞ」


 ジークハルトは外套を手に取ると、勢いよく扉を開ける。早足で廊下を進むジークハルトの後ろを、ディートリヒも追った。


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