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《佳作受賞》魔術機関きっての問題児は魔術師のいない国に派遣されることになりました。  作者: 彩賀侑季
【調査員編】

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四章:王都観光⑤


 カイに連れられて、川沿いの道を東に向かう。


 王都の中心部を離れるとどんどん風景はのどかなものになる。周辺に自然と畑が広がるような地域にその教会は佇んでいた。


「相手してもらえるといいんだけどな」


 カイはそう言って、教会の扉を叩く。少し経ってから、中から扉が開かれた。


「あら、カイじゃない」


 顔を覗かせたのは若い修道女だった。


「教会に来るなんて珍しい。どうしたの?」

「この姉ちゃんがヴァネサばあちゃんに聞きたいことがあるんだって。ばあちゃんに会える?」


 修道女の視線がアナベルに向く。アナベルは挨拶をする。


「私は王妃様に縁のある者です。生前の王妃様のことをお伺いしたいのです」

「王妃様のことを?」


 修道女は明らかに不審そうな視線をこちらに向けてくる。一度カイとアナベルを見比べてから「ちょっと待っててください」と一度姿を消す。


 しばらくして戻ってきた修道女は「お会いになるそうよ」とアナベル達を室内に引き入れる。


「どうぞこちらへ」


 女性に連れられ、アナベルは食堂のような場所に案内された。そこには七十歳は過ぎているであろう老婆が椅子に座っていた。


「ヴァネサさん、お連れしました」


 老婆はゆっくりとした動作でこちらを向く。アナベルとカイは老婆の向かいに座り、女性は一度食堂の奥に姿を消した。


「いらっしゃい。こんな老婆にご用なんて嬉しいわ。最近はめっきり話し相手が少なくてね。エマニュエル様のことを聞きたいのですって? 何をお話すればいいのかしら」


 ヴァネサは間延びする口調で話す。


 アナベルも焦る気持ちを押さえ、老婆に合わせるように少しゆっくりした速度で話し始めた。


「私は魔術機関から参りました。ベルと申します」


 魔術機関という言葉に彼女を驚いたように目を瞠る。この反応を見る限り、魔術機関の存在は知っているようだ。


 そして、アナベルの存在を聞いてはいないようだ。アナベルは言葉を続ける。


「魔術機関時代、エマニュエル様が親しくしていたフラヴィという女性のことはご存じですか? フラヴィは私の母です」

「フラヴィ――ああ、そう、あなたはフラヴィ様の娘さんなのね」


 フラヴィの娘と聞いて、老婆は安堵した表情を浮かべる。アナベルは頷く。


「エマニュエル様の手紙を読んだ母の意を受けて、私はここまで来ました」

「――手紙?」

「はい。亡くなられる直前に書かれたものだと思います」

「いいえ、そんなわけがないわ。だって、エマニュエル様は結局、手紙を出さなかったのよ」


 アナベルは目を瞠る。


「確かにエマニュエル様は亡くなられるちょっと前に『遠い場所にいる親友に手紙を書きたい』とおっしゃられたわ。だから、私便箋をご用意したの。でも、結局エマニュエル様はフラヴィ様に手紙を出さなかった。手紙を出す手配をしていた私に『やっぱり手紙を出すのはやめる』と仰ったもの」


 では、なぜフラヴィの下に手紙が届いたのだろう。


 フラヴィに手紙を渡した商人は『愛想も顔も良い若い男』に頼まれたと言っていた。なんとなく思い浮かぶのは自称魔術師の顔だ。


「手紙には死後のことを心配することが書かれていました。自分の死後、遺すものが自分がいないことでどうなるのかが怖いと――そして、それを自分の代わりに守ってほしいと書かれていたんです」


 アナベルはぎゅっと手を握る。


「私はその遺品を探しに来たんです。でも、王太弟殿下はそれが何なのか教えてくれない――そもそも、エマニュエル様が王妃様だってことも誰も教えてくれなかったんです。皆、何かを隠している。エマニュエル様の弟子だって人は王子殿下に全部聞けって言いました。でも、その言葉も信用できません。だから、お願いです。あなたの知っていることを教えてほしいんです」


 アナベルの懇願を聞いて、ヴァネサは黙っていた。


 ちょうどその時、お茶を持った修道女が戻ってきた。三人の前にティーカップを置いた彼女とカップに手を伸ばしたカイにヴァネサは話しかけた。


「ごめんなさい。少しだけ二人にしてもらえないかしら」


 修道女は怪訝そうな表情を浮かべたが、カイは手に取ったカップを持ったまま立ち上がる。


「向こうで待ってるから。終わったら声かけてくれなよ」


 カイは修道女の背を押しながら、奥へと消えていく。二人の足音が遠くなるのを確認してから、ヴァネサはアナベルを見据えた。


 彼女は少し困ったような様子だった。


「私が知っていることは本当に少ないのよ。エマニュエル様にずっとお仕えしていたけど、あの方は魔術師ですもの。秘密ごともたくさんあったの。でも、それは悪いことではないのよ。きっと、皆を守るための秘密だったのよ。だから、私も知らないことは知らないままでいいと思っていたわ」


 それは例えば、魔術機関の子守唄を知らずに広めてしまったことを大事にしなかったことだろうか。他にもきっと沢山あったのだろう。


「あなたの知りたいことを知るにはきっとジーク様に訊ねるのが一番いいと思うわ」


 彼女もユーリウスと同じことを口にする。


「あの方は決して嘘はつかない。あなたの疑問に誠実に答えて下さるはずよ」


 しかし、続く言葉はとてもではないが納得出来るものではない。


「でも、あの人は私を追い返そうとしたんですよ」


 すると、ヴァネサは驚いたような表情を浮かべる。


「本当ですよ。西の砦で長旅をしてきた私を無理やり馬車に押し込めて、帰そうとしたんです。私、あの人に嫌われているんです。正直に教えてくれるわけないじゃないですか」

「ジーク様はお優しい方よ」


 ヴァネサは今まで繰り返し聞かされたのと同じ評価を口に知る。


「あの方はね、小さい頃から本当に優しかった。人を傷つけるのは嫌だけど、皆を守るためにって本当は嫌いな剣術の訓練も必死に頑張ってらした。他の子供を怪我させてしまうからって剣の模擬試合をするのも嫌がってたの。昔、誤解からレ――兄弟子の男の子と喧嘩になってしまったときも、『それで気持ちが晴れるなら』って相手の気が済むまで一方的に好きにさせていたわ。あとでそのことが問題になったときも『相手は悪くない』ってずっと庇っていらした。あの方ほど優しい方を私は他に知らないわ。もし、あの方があなたに失礼なことをしたのであれば、絶対に何か理由があるのよ。あなたを嫌っているなんて、そんなことはありえないわ」


 そんなの嘘だ、と否定したかった。


 なのに、老婆の瞳は本当に真っすぐだった。だから、アナベルは何も言い返せなかった。ヴァネサは一呼吸おいてから、また困ったように笑みを浮かべた。


「私は本当に何も知らないの。でも、あなたが探しているものが何なのか、その答えは知っているわ。エマニュエル様が遠い異国にいる親友に手紙で頼むほど、心配するものなんてこの世に一つしかないもの」


 それは何ですか、と問いたくてもアナベルの口は動かなかった。そして、ヴァネサはアナベルに質問をしてきた。


「さっき、あなたは遺品という言葉を使ったけれど――ねえ、手紙にはそれは()だって書いてあったの?」


 アナベルは息を呑む。


 フラヴィはエマニュエルが遺したものについて曖昧な表現がされていて何を指しているか分からないと言っていた。遺品と言う言葉を使い始めたのはアナベル自身だ。アナベルが勝手にエマニュエルが遺したのが道具にしろ、技術にしろ何かしらの物体だと思い込んだ。


「エマニュエル様は生前からジーク様に深い愛情を注いでいらっしゃったわ。それはもう自分の命より大事にしていらっしゃった」


 老婆は静かな口調で断言した。


「手紙に書いてあったのはきっと、ジーク様のことだわ」



 ◆



 教会を出た頃には、すっかり空は薄暗くなっている。まだ僅かに夕日が見えるがそれも間もなく沈んでしまうだろう。


 アナベルはトボトボとした足取りで帰路につく。カイが歩くのはアナベルの斜め後ろだ。川沿いの街灯が周囲を柔らかな光で照らしている。周囲には同じように帰路へ向かう人々が行き交っている。


 アナベルはずっと老婆とのやり取りを反芻していた。


 はじめて会えた誰かとの思惑とも無関係な人。彼女が口にしたエマニュエルの遺品の正体は、とてもではないが信じられないものであった。


『そんなの、おかしいです!』


 老婆の言葉を受けて、思わずアナベルは立ち上がった。


 確かに死を前にした母親が幼い我が子を心配する。それ自体はそれほどおかしなことではない。しかし、どう考えても遠い異国にいるフラヴィに『代わりに守ってほしい』と手紙を書くのはやり過ぎだ。


『だって、王子は強いんでしょう!? 母様に助けを求める意味が分かりません』


 軍でも五本の指に入る実力があると言ったのはハーゲンだ。また、王族に魔術師の護衛が要らないことは王子自身の口から語られている。


『ええ、幼い頃からジーク様はとてもお強かったわ。でも、ジーク様自身に何か秘密があるのは確かだわ』

 

 老婆の言葉はどこまでも落ち着いたものだ。


『エマニュエル様は本当にジーク様のことをとても心配されていたの。元々心配性な性格でいらっしゃったけど、ジーク様に対する心配は少し度を超していたように思えるわ。それに、最初はジーク様を跡継ぎにとお考えだった国王陛下がある日突然ユストゥス様に王位を譲ると言い出したの。それに対して周囲は誰も反対しなかった。公には、分家であるキルンベルガー家ご出身のユストゥス様のお母様にご配慮してと言うことになっているけれど、本当の理由はきっと別にあるのよ』


 『でも、私はその答えを知らないわ』と老婆は苦笑した。


『だから、ジーク様に聞いて御覧なさい。きっと、あの方ならあなたの疑問に答えられるはずよ』


 アナベルは足を止めると、カイも一緒に立ち止まる。


「…………そんなの、おかしいです」


 ポツリとアナベルは呟く。


 アナベルはずっと、エマニュエルの遺品が――手紙に書かれているものが()だと信じて疑わなかった。或いは魔術のような形のない技術のようなものか、――とにかく人間だとは思ってもいなかったのだ。


 しかし、そう考えればいくつか符号することもある。


 例えば、テオバルトと西の砦でしたやり取りだ。


 彼はエマニュエルが遺したものを「魔術機関に持ち帰れない」「エーレハイデから持ち出せない」と言っていた。大きさを訊ねた時には大きいことは認めたが、固定されているものかと訊ねた時は肯定をしなかった。


 彼が言及していたのが王子のことであれば、あの曖昧な回答も納得がいく。


 持ち帰れない、持ち出せないというのは物ではなく人だからだろう。国を出る出ないはこちらが決められることではなく、王子自身の意思が関わってくる。王子は魔術機関に対してとてもではないが好意を抱いている様子はなかった。となれば、どういった理由があっても王子自身は魔術機関へ向かう事を頷いてはくれないだろう。


 また、大きさも人間なのだから決して小さいとは言えない。そして、固定はされていないが、先ほど述べた理由でエーレハイデの外には出せない。だから、将軍は「似たようなもの」と表現した。


 また、ユストゥスは遺されたものを『宝』と呼んだ。軍のトップに立ち、敵国を退けた経験を持つ王子は間違いなく国の宝であるだろう。


 ユーリウスがエマニュエルの研究室を探しても探しものは見つからないと言ったのにも納得がいく。先代シルフィードが遺したものは魔術に関連しないものなのだから研究室に情報があるわけがない。


 考えれば考えるほど状況証拠は探し物がジークハルトであることを指し示しているように思える。しかし、感情がその事実を認めたがらない。


『エーレハイデに行き、エマニュエルの遺したものを探してほしい。そして、叶うのなら私の代わりにエマの最期の頼みを果たしてきてほしい』


 フラヴィはアナベルにそう頼んだ。エマニュエルの最期の頼みとは――彼女が遺したモノを代わりに守ることだ。


 もし、本当にエマニュエルがフラヴィに託したのがジークハルトであるのなら、アナベルは彼を守らないといけないということになる。遺されたのが物ならアナベルも抵抗はない。フラヴィのため、という名分ならいくらでもアナベルは奮闘しよう。


 だが、王子は駄目だ。だって、王子はフラヴィじゃない。フラヴィじゃない別の人間だ。


 アナベルは誰かのために何かをするのが嫌いだ。自分自身の力はあくまで自分自身のためだけにある。例外的にフラヴィのためだったら何でもしようと思っているが、それ以外の人間は駄目だ。アナベルは彼女以外の誰も信じていないし、彼女以外のために力を振るう気はさらさらない。


 天秤が揺れる。アナベルの我儘を貫くか、フラヴィへの恩義を優先するか。どうすればいいのだろう。


「姉ちゃん」


 後ろからカイに声をかけられる。

 カイは少し離れた後ろの十字路に立っている。


「城への道はこっちだよ」


 どうやら、アナベルは道を進み過ぎたらしい。「すみません」と来た道を戻ろうとして――アナベルは大きく体勢を崩した。


 感じたのは体に何かがぶつかった衝撃。そして、傾く視界だ。急ぎ足で走っていく男の姿と、少し離れた場所にカイが固まっているのが見える。


 まずい。


 そう思ったときにはアナベルの足を宙に浮き、そのまま身体は冷たい水中に叩き込まれた。


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