四章:王都観光③
三人は王都を軽く見て回る。その途中、広場で行われている大道芸の一座によるパフォーマンスを観賞する。異国から来たという一座の芸を見るため、広場には多くの人が集まっていた。
芸人たちは様々な演目をこなす。犬に芸をさせる者。曲芸を披露する者。炎を吐いて見せる者。一通り彼らが演目を終えると、周囲は歓声と拍手に包まれる。アナベルとディートリヒもそれに合わせ拍手を送る。ヴィクトリアはじっと彼らに視線を送ったままだ。
「面白かったね」
「ええ」
ディートリヒは時計台を見上げる。ちょうど時刻は昼過ぎだ。
「そろそろ昼食の時間だけど、どうしようか。さっき色々食べちゃったし、ベルちゃんお腹そんなに」
「お昼にしましょう。まだまだ入りますよ!」
「分かった。ヴィクトリアもそれでいい?」
ヴィクトリアは「はい」と頷く。
ディートリヒが案内してくれたのは大通り沿いにある『ブリッツェ食堂』と看板がかかった店だった。
広い店内にはたくさんの人が入っている。見たかぎり、一般市民向けの安価な食堂らしい。店内で働いているのは若い二人の少年だ。この店の見習いか何かだろうか。
金髪の少年に案内され、三人は奥のテーブルに腰かけた。
「高くて美味しい店もあるんだけど、あんまり肩肘張ったところも疲れちゃうだろ。ここの料理は安いけど、王都でも三本指に入る美味さなんだ」
「一番とは言ってくれねえのかよ、ディートリヒ兄ちゃん」
そう文句を口にしたのは金髪の少年だった。少年はディートリヒにメニュー渡す。
「なら、お前がこの店を王都一番にしてくれよ。カイ」
「当たり前だろ。余計なお世話だよ。――ほら、さっさと注文しなよ」
ディートリヒは苦笑し、メニューをアナベルとヴィクトリアに見やすいように見せてくれる。アナベルは身を乗り出してメニューを確認する。
「あの、このシュニッツェルってどういう料理ですか?」
「子牛の肉を薄く叩いて伸ばして、小麦粉と卵、パン粉をつけて揚げた料理だよ」
「じゃあ、それとデザートに林檎のケーキを下さい」
アナベルの言葉にカイは怪訝そうな表情を浮かべる。
「姉ちゃん、外国の人? シュニッツェルを知らないエーレハイデ人なんていねえぜ」
「ええ、そうです。遠い遠い西方からやってきたんです」
「西方って砂漠の向こう?」
「はい」
カイはポカンと口を開けた。
「すげえじゃん! 砂漠越えてきたのかよ! カッケー!」
「ふふふ、そうでしょう。そうでしょう。もっと褒めていいんですよ」
こういう無条件の賞賛は聞いていて心地よい。アナベルは胸を張った。
「ってか、エーレハイデまで何しに来たんだ? 仕事?」
「ええ、血も涙もない上層部のせいで遠路はるばるやってきたんです」
「大変だなあ」
アナベルとカイが呑気な会話をしている間、ヴィクトリアはじっとメニューを見たまま動かなかった。しばらくその様子を見守っていたディートリヒが口を開く。
「カイ。俺は豚すね肉の煮込みね。彼女にはハンバーグとチーズケーキを」
ヴィクトリアの注文をディートリヒが勝手にした形になるが、彼女は何も言わなかった。
いや、むしろ、少し安堵したように見えたのは気のせいだろうか。四六時中、一緒にいるアナベルは少しだけ彼女の感情が読み取れるようになってきた――ような気がする。
少しおかしな二人のやり取りにアナベルは何も言わなかった。「本当だったんだ」と、反応したのはカイだ。
「何が?」
「あれだけ色んな女の人と遊び惚けてたディートリヒ兄ちゃんが大人しくなったのは可愛い恋人が出来たからだって。隣の家のディアナ姉ちゃんが」
床に落ちたメニュー表が音を立てた。カイに返そうとしたディートリヒが落としたのだ。
二人の間に何かあるだろうことは朝のテオバルトの発言からも察していたアナベルは何も驚かなかった。ヴィクトリアは黙っている。
「違う。本当にそういうんじゃないから」
力強く否定したのはディートリヒだ。彼は痛そうに頭を抱えている。
「違うの? でも、たまに食事に来る兵士のオッサンたちも言ってるぜ。『テオバルト将軍の娘さんはディートリヒにご執心』だって。テオバルト将軍とこのめっちゃ美人な娘さんって、その子だろ? その赤い目見りゃ、スエーヴィルの血が混じってんのはすぐ分かるよ」
アナベルは思わずヴィクトリアを振り向く。
驚いたのは話の後半だ。カイは彼女がスエーヴィル人の血をひいていると言った。その言葉を聞いても、ヴィクトリアは何も言わない。
「純粋に、彼女は俺に懐いてくれてるだけだよ。本当にそれだけ。皆は面白がって言ってるだけだから」
ディートリヒも前半の言葉は否定したが、後半については否定しなかった。
「じゃあ、ディアナ姉ちゃんともたまには遊んでやってよ」
「ディアナには今恋人がいるじゃないか」
「こないだ別れたんだよ。面倒くせえんだって、彼氏とうまくいかなくなると『ディートリヒは良かった』って言いだすんだから。オレもよく愚痴を聞かされるんだ」
「……まあ、考えとくよ」
ちょうどその時、厨房の奥から「カイ、早く仕事に戻れ」と怒鳴る声が聞こえた。カイは落ちたメニューを拾い、「はいはい」と返事をしながら厨房に消えていく。
残されたのは頭を抱えたままのディートリヒと、相変わらず無言無表情のヴィクトリアと、アナベルだ。
(いったい、この空気をどうしろと)
とりあえず、なぜ将軍がディートリヒとヴィクトリアを二人きりにさせたくなかったのか分かった。
事実はどうであれ、どうやらヴィクトリアの方がディートリヒに懸想をしていると思われているらしい。しかし、アナベルにはディートリヒ側がヴィクトリアを気にかけているようにしか見えない。しかも、恋愛に疎いアナベルから見ても、二人の間には甘い雰囲気は一切ない。周囲が言うような恋愛関係にはなさそうだ。おそらく、ディートリヒの主張が正しいのだろう。
あとは多少軽薄そうに見えるが常識人だと思っていたディートリヒが、昔はやんちゃしていたことはよく分かった。何となく距離を置きたくなる。
アナベルは少しだけディートリヒから離れるように椅子に座る位置を変えた。
「ベルちゃん。そういう反応、やめてくれないかな。本当、傷つくから」
ディートリヒの弱弱しい言葉に、アナベルは視線を逸らした。
◆
三人が食事をすませる頃には店内の客も大分減っていた。現在は他に二、三組の客がいるだけだ。
王都で三本の指に入る美味しさ、とディートリヒが評したとおり、料理はとても美味しかった。城で食べる料理のような上品さはないが、しっかりした味つけはアナベル好みである。
「とっても美味しかったです! これは是非、シェフに感謝の言葉を伝えたいですね!」
「おやっさんは恥ずかしがり屋だから表には出てこないけど、カイに言えば伝えてくれると思うよ」
「少年少年! シェフに『美味しかった』と伝えてください!」
ちょうどカイはもう一人の黒髪の少年と一緒に他のテーブルを片付けている。アナベルが大きな声で伝言を頼むと、カイは分かったと言うように手をあげ苦笑している。
「このあとはどうしようか。洋服とかアクセサリーとか扱ってるお店とか見に行く?」
「んー、そういうのはあんまり興味ないです」
「じゃあ、もう少し街を散策して、甘い物食べれるところでゆっくりしようか。あとは、ベルちゃんに歩く元気があるんなら川の向こうの高台に行ってみない? あそこから見る王都の眺めは最高だよ」
アナベルとディートリヒが談笑していると、ドアベルの音と共に店の扉が開く。昼時は過ぎてしまったが、新しい客が来たのだろう。
そのとき、突然、隣のヴィクトリアが勢いよく立ち上がった。
アナベルが反応する間もなかった。気づいた時には隣の席にヴィクトリアの姿になく、店の扉が大きく揺れていた。
「ヴィクトリア!」
ディートリヒが立ち上がる。アナベルは誰もいなくなった隣の席と入り口を交互に見る。
「へ? 何が起きたんですか?」
「……店に来た男がこちらに気づいて、出ていった。それをヴィクトリアが追いかけていったんだ」
ディートリヒの説明でようやくアナベルは何が起こったのか理解した。
店にやってきた男が一体何者なのか分からない。何故ヴィクトリアはその男を追ったのかも分からない。しかし、ディートリヒがヴィクトリアを追うべきか悩んでいるのは分かる。
彼は扉の向こうに焦るような視線を送りながらも、立ち上がったまま動かない。だから、アナベルはディートリヒに告げた。
「追ってください」
ディートリヒはこちらに視線を向ける。
「私はここで待ってます。だから、侍女さんのこと追ってください」
「…………ありがとう。すぐ戻るから」
ディートリヒはそう言うと、店を飛び出していった。それをカイたちが驚いたように見ている。アナベルはカイに「君、君」と声をかける。
「メニューもう一度見せてもらえますか。追加注文したいです!」
戸惑いながらも黒髪の少年がメニュー表を持ってくる。アナベルは上機嫌でそれを受け取り、新たに紅茶とケシの実のケーキを頼むのだった。




