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五章:海から現れるモノ⑥


 その後、留学生について三人で話し合う。細かく話を詰めるのは正式な外交ルートを使ってになるが、今のうちに大枠は話し合っておいたほうが実現を早められる。


 話がある程度まとまると、ジークハルトが立ち上がった。


「これから先のことは外交官を通して決めよう。これから先、私は直接本件に関わることはできない。だが、このことが今後のエーレハイデとイゾラの明るい未来へ繋がることだと信じている」


 彼はそう言って、手を差し伸べてきた。クラウディオはジークハルト、そして、フェルディナントと熱い握手を交わす。


「それでは失礼するよ」


 そうして部屋を出ようとした直前、クラウディオは足を止めた。扉を開けてくれたリーゼロッテに話しかける。


「留学生の提案。発案者は君かな?」


 突然の問いに、彼女の顔に驚きが走る。――図星を突かれたような反応。それが答えだろう。


 少し考えてから、クラウディオは笑みを浮かべた。


「君のやりたいことが終わるには、どれくらい時間がかかるのかな?」


 彼女はきょとんとこちらを見上げる。それから、苦笑する。


「学びに終わりはありませんわ。もしかしたら、一生かもしれません」


 それは牽制ではなく、本心からの言葉だろう。だからこそ、期待はするべきではないことが分かる。それでも、クラウディオは一縷だけでも望みを残したかった。


「やりたいことが終わったと思ったとき。私の元に来てもいいと思ったら、連絡してくれ。十年でも二十年でも五十年後でも待ってるよ」


 予想外の言葉だったのだろう。彼女は完全に戸惑っているようだった。言葉に詰まっている。


 クラウディオは返事を待たず、廊下へと出た。答えは聞かないほうがいい。そう思ったからだ。


 自身の船室へと向かいながら、考える。


 もし、私が一切の打算なく、リーゼロッテに求婚してたなら。彼女を連れ帰ることができただろうか。


 あの提案をしてきたということは、あの三人のいずれかは、クラウディオの狙いに気づいていたはずだ。打算的な考えで求婚してきた相手に嫁ごうとはなかなか思わないだろう。


 だが、もしクラウディオが本心から求婚をしていれば、もしかしたら彼女の心は動かせたかもしれない。


 しかし、それはもう起こりえない仮定だ。過去はもう、変えられない。後はより良い未来のために、最善と思うことを続けるしかない。


 そのとき、遠くから神兵が走ってくるのが見えた。主を探し回っていたのだろう。


 クラウディオは自身の立場に相応しい、余裕のある笑みを作る。そして、彼らが駆け寄ってくるのをその場で待った。



 ◆



 イゾラ大使との会談が終わり、リーゼロッテは上官に感謝を伝える。


「元帥閣下。本当にありがとうございました」

「いや。気にすることはない。君の意見はとてもいいものだった」


 怪我人の治療の後、改めてリーゼロッテはフェルディナントに求婚の件を相談した。


 クラウディオはリーゼロッテを妻に迎えようとしているのはレーヴェレンツ家の医学知識が目的である可能性が高いこと。そして、何か別の方法でイゾラの医学の発展に力を貸すことはできないかということを、だ。


 レーヴェレンツ宗家の当主はボニファーツであり、その息子であるフェルディナントは次期当主だ。


 リーゼロッテ個人ではなく、レーヴェレンツ家として何かをするには小父の協力は必要不可欠だ。フェルディナントは二つ返事で協力を約束してくれ、『イゾラから留学生を招く』という実現可能な案を考えてくれた。


 そして、イゾラから留学生を招くとなれば、国の許可は必要だ。国王や政庁に確認を行うにはかなり時間がいる。そのため、ジークハルトはこの場で代わりに許可を出してくれた。


『外交に私が口を出すことは越権行為だが、……問題ない。陛下には私から執り成す』


 そのおかげで、すぐにクラウディオに提案(・・)ができ、諸々の問題を解決することができた。大変な思いをしたが、これで安心して王都に戻れる。


 安心しきったリーゼロッテにフェルディナントは軽口を叩く。


「リーゼの花嫁衣裳はお預けか」

「あら。小父様の結婚が先ですわよ」


 くすくす笑うと、小父は苦笑いを浮かべる。それから、元帥を振り返る。


「アナベルたちのところへ行って、先ほどのことを報告してもよろしいでしょうか?」

「ああ。かなり気にしていたからな。安心させてやってくれ」


 許可を得たリーゼロッテは一礼してから船室を出て、甲板へと向かう。その途中、改めてジークハルトに心の中で感謝する。


(本当に元帥閣下には助けられたわ)


 彼の助言のおかげで、一連の問題が片付いた。双方にとって一番いい着地ができたことは喜ばしい。


 ――それにしても。


 元帥は優秀な指導者だと思っていた。しかし、あれほど洞察力に優れているとは知らなかった。


 必要以上に口を開かず、あまり感情を表に出さないジークハルトは何を考えているのが読みづらい。それ故に人の感情に無頓着だったり、鈍感だったりするかもしれないと勝手な印象を抱いていたが、そういうわけではないらしい。


 正直なところ、彼の口から恋慕の情やら恋情やらという単語が出てきたことは少し意外だった。しかし、考えてみればかなり人気のある方だ。


 リーゼロッテが王都に配属になった頃、元帥に恋慕する少女たちが巻き起こした騒動は記憶に新しい。人の好意の感情に聡いのも当然なのかもしれない。


 そうなると、疑問に思ってしまうことがある。――アナベルのことだ。


(元帥閣下はどうお考えなのかしら)


 アナベル側はまるで男女の機微を理解していない。しかし、ジークハルトの方はそうではないだろう。そのことを今回の一件で理解した。


 しかし、それに気づいたところでリーゼロッテにできることはない。なぜなら、この話はアナベルとジークハルトの問題だからだ。


 リーゼロッテにとって、アナベルは大切な友人の一人だ。明るく元気で――たまに口の悪さや過激な性格に振り回されることはあるが、いい子だと思っている。困ったときに手を差し伸べるつもりもある。


 しかし、困る前から手を貸すのは少し違うだろう。何かが起きるまでは、友人のことは黙って見守っているつもりだ。


 甲板への階段を上り、青空の下に出る。気づけば、もう遊覧船はヴァルムハーフェンに戻ってきていた。船着き場に停泊するため、船の速度がゆっくりと落とされていく。


 リーゼロッテは船が完全に止まるのを待つ。それから、船端にいるアナベルたちにゆっくりと近づいていった。


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