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三章:リーゼロッテの縁談⑤


 それから少しして、リーゼロッテの身支度が終わったという報告を受け、アナベルは彼女のいる控え室へ向かった。


 部屋に入ると、リーゼロッテとヴィクトリアの二人以外に、レーニッシュ商会の関係者だろう女性もいる。彼女がリーゼロッテの化粧を担当したのだろう。


 髪をまとめ、ドレスを着た清楚な雰囲気の金髪の少女はどう見ても良家の子女だ。いつも以上に美しい。この姿が見れたのがイゾラ大使と会うためというのがなんとも複雑な気分だ。


「もうすぐ、大使がいらっしゃるみたいですよ」


 そう伝えると、リーゼロッテの顔色が僅かに青くなる。両手を頬にあてる。


「……どうしよう。今更、緊張してきたわ」

「大丈夫ですよ、リーゼ。大使に嫌われようがどうしようが別に困らないんですから。自然体でいいんですよ」


 むしろ、嫌われたほうがラッキーなのではないだろうか。そう思って、笑顔で励ますが「相手は王族なのよ。失礼な真似はできないわ」と弱弱しい言葉が返ってきた。仕方なく、最終手段に出る。


「大丈夫です。ヴィ―カちゃんもいるんですから。リラックスリラックス」


 アナベルはヴィクトリアの後ろに回り、彼女の両肩を抱き寄せた。彼女は彼女で、いつもより丈の長い侍女服に着替えている。無口な侍女はいつもどおり、こちらの行動に特に反応を示さない。


 そんな話をしていると、部屋に一人の女性がやってきた。癖のある橙に近い茶髪を高い位置で一つ結びにしているのと、意志の強そうなまなじりのあがった目が印象的な人だ。年頃は二十歳前後に見える。


 彼女は化粧係の女性と小声で何かを話してから、こちら――リーゼロッテに向かってくる。彼女はアナベルたちを見回してから、笑顔を浮かべる。


「本日は我がレーニッシュ商会にご用命いただきまして、ありがとうございます。レーニッシュ商会会長ルイトポルトの娘、ヘルガです。何か行き届かない点はございませんでしたか?」

「いいえ。先ほどの方にも大変良くしていただきましたわ。何から何までありがとうございます」


 リーゼロッテが立ち上がり、お辞儀をする。


「レーニッシュ商会ではちょっとした日用品から、化粧品、アクセサリー、色んな品を取り扱っております。今後ともどうぞご贔屓に」


 明るい笑顔とハキハキとした喋り口調はまさに商売人という雰囲気だ。


 彼女はもう一度全員の顔を見回し、「それでは一度失礼いたします。大使がいらっしゃったら、お呼びしますね」と化粧係の女性と一緒に出て行った。それを見送ってから、アナベルは二人に訊ねる。


「今の人、どこかで見ませんでした?」


 ヘルガと名乗った彼女に、どこか見覚えがある。そう思ったものの、二人とも首を横に振る。


「いいえ? 今日、お会いするのが初めてよ」

「知らない」

「……私の気のせいですかね」


 アナベルより彼女たちの方が記憶力がいい。特に元隠密であるヴィクトリアはすれ違っただけの相手の顔も覚えていたりする。普段から一緒に行動している彼女からも否定されるのであれば、勘違いかもしれない。


 そんなことを考えていると、また別の従業員が顔を出す。給仕服を来た女性はヴィクトリアを見つけると声をかけていた。


「あなたが手伝ってくれるって子? 事前に打ち合わせをしておきたいの。準備が終わったら、テラスまで来て」

「かしこまりました」


 袖をまくっていたヴィクトリアは止めていたピンを外し、装いを整える。その様子を見守りながら、ふと、疑問をぶつける。


「でも、なんでヴィーカちゃんが給仕係をすることになったんですか? レーニッシュ商会は人手が足りてるみたいですけど」

「ジークハルト様の命令」


 返ってきた返答は短く、明快だった。元帥の気遣いかと見当をつける。


「二人の会話内容を覚えてくるように、という命令」

「――え?」


 しかし、続いた言葉は予想外のものだった。


(……なぜ?)


 頭の中が疑問符でいっぱいになる。ジークハルトは今回の縁談を傍観する姿勢のように思えたのに。しかし、目の前の従順な侍女にそのことを聞いても、きっと彼女は答えを知らないだろう。


 そんなことを考えている間に、ヴィクトリアは「行ってくる」と控え室を出て行ってしまう。それからしばらくして、イゾラ大使が到着したと連絡が来た。



 ◆



「リーゼロッテ。こうして、また会えて本当に嬉しいよ」


 やってきたクラウディオは先日と違い、白の民族衣装のようなものを纏っていた。金属の装飾品はやはり多い。


「お時間を割いていただけて光栄です。本日はよろしくお願いいたします」


 リーゼロッテは控えめな笑みを返す。こうして、二人の歓談の時間が始まった。


 二人が話をする間、アナベルは別室で待機をしていた。フェルディナントとマックスも一緒だ。三人で他愛もない話をし、出された菓子をつまむ。そうやって気を紛らわせていないと、向こうの様子が気になって気になって仕方がなくなる。


 歓談をおおよそ二時間ほどで終わった。イゾラ大使一行が帰っていき、それを見送ってからリーゼロッテに駆け寄る。


「お疲れさまでした」


 返ってきた笑みは二時間前より疲れたものだった。ヘルガが「少しお休みしましょう」と控え室へ誘導してくれる。着替えはこちらだけでなんとかできると手伝いを遠慮し、ヴィクトリアを含めて三人だけにしてもらった。


 周囲を気にする必要がなくなったアナベルは願望丸出しの質問をする。


「どうでしたか。大使は嫌なヤツでしたか?」

「――とても紳士的な、素敵な方だったわ」


 ドレスを脱ぎながら、リーゼロッテはそう答える。


「奥様方があの方をとても敬愛されているっていう理由もよく分かったわ。大使はエーレハイデとイゾラの文化の違いを十分ご理解されていて、なるべく私が過ごしやすい環境を作るとお約束してくださったわ。まだ数年は大使の任があるから、その間はイゾラより大陸側で生活する。色々なことにゆっくり慣れていってもらえばいいとおっしゃってくださったわ」

「そんな! イゾラは男尊女卑の国じゃないんですか!? 亭主関白な発言をして、リーゼが愛想をつかしてくれることを期待していたのに!!」


 希望していた展開を叫ぶと、苦笑された。


「奥様が五人もいらっしゃるだけあって、とても女性慣れをされている方ね。あんなに素敵な口説かれ方をされたのははじめてだわ」


 アナベルは頭を抱えた。


 まさか、ここまで彼女が好印象を抱くとは思っていなかった。こんなことなら、テラスに乱入してめちゃくちゃにしてやるべきだったと後悔する。


 ドレスを脱ぎ、普段着のワンピースのボタンをとめようとするリーゼロッテの手をつかむ。


「あの人と、け、結婚しちゃうんですか!?」


 即座に否定をしてほしかった。しかし、彼女は困ったような表情を浮かべる。その反応が、アナベルにはクラウディオとの縁談を前向きに考えているもののようにしか思えなかった。


「嘘だああああああ!!」


 衝撃を受けたアナベルはその場で膝から崩れ落ちる。わんわんと声を上げて嘆いていると、リーゼロッテが手を取って立ち上がらせてくれた。


「アナベル」


 彼女は何かを言おうとして、一度口を閉じた。アナベルは首を傾げる。


 ――どうしたのだろう。


 こちらから訊ねる前に、あちらが話しだした。


「お話の中で、船の話題に移ったの。船に乗ったとき、人によってはひどく酔ってしまうでしょう? 私が船に乗ったことがないとお話したら、今度レーニッシュ商会主催で行われる遊覧航海に同行されるか聞かれたわ。船旅のイメージがつくだろうから、もし同行予定がないなら元帥閣下にお願いしてはどうかって」


 確かに船酔いがひどければイゾラに嫁ぐのも大変だろう。事前に船に乗る体験をしておくにこしたことはない。


 クラウディオの提案は(もっと)もと思いながらも、妙な違和感を覚える。頭の中で今の説明を反芻し、該当箇所を口にする。


「…………遊覧航海に()()?」

「聞いてないの?」


 リーゼロッテは怪訝そうに言う。


「三日後。ヴァルムハーフェンの有力者との交流を目的に、レーニッシュ商会が催す遊覧航海に元帥も参加されるのよ。アナベルも行くでしょう?」


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