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三章:遺品の手がかりを求めて③


 深夜でもヴィクトリアの目があって扉から部屋を抜け出すことが出来ない。


 そのため、翌晩、アナベルは窓からの脱走を試みた。しかし、アナベルが窓を開けて、どうやってバルコニーから下りようか算段を考えている間に扉がノックされた。


 扉を開けると当たり前のようにヴィクトリアが立っており、「バルコニーで物音がしましたので。いかがなさいましたか」と訊ねてきた。その時は「ちょっと寝つけないので空を見ていた」と誤魔化したのだが――この小柄な侍女はかなりの強敵だ。


(まさか、私の監視のために彼女をつけたんじゃありませんよね)


 そう穿(うが)ちたくなるが、ヴィクトリア自身は純粋にアナベルのことを考えて行動してくれているように見える。彼女に問いただしても王太弟の意図を知ることは出来ないだろう。


 アナベルは次の日、城の南側にある官僚の執務室でエーレハイデの状況についての説明を聞きながら、どうやってヴィクトリアの目を誤魔化すかを考えていた。


 その日の仕事も終わり、アナベルは部屋でいつもより早く寝る支度を始めた。理由は明日の王都観光に備えてだ。当然、ヴィクトリアが身体を清めるのも、着替えるのも手伝ってくれる。


「いやー、休暇の前日って素晴らしいですね。明日のことを考えるととてもワクワクします」

「ワクワクですか」

「ええ。明日の王都観光は侍女さんもご一緒してくださるんでしょう?」

「はい」


 ヴィクトリアはアナベルの髪を梳かしながら頷く。


 エーレハイデの王都に来て以来、アナベルはずっと王城にこもりっぱなしだ。また、毎日真面目に仕事をしているというのもアナベルとしては非常にストレスが溜まる。久しぶりの休暇は純粋に楽しみだ。


「明日はどちらへ連れて行って下さるんですか」

「分かりません」

「……えーっと、そちらで予定は決めて下さってるんですよね」


 アナベルはエーレハイデの王都に何があるか知らない。当然、ヴィクトリアたちの方で予定を組んでもらっていないと困る。


「はい。ディートリヒ様が考えて下さっています」

「その方が、将軍が仰ってた『軍の若い方』ですか?」

「はい」


 とりあえず、王都に下りてどこへ行こうか悩む羽目にはならなそうで助かった。


 寝る準備を終え、アナベルは日誌をつけるために鞄から羊皮紙を取り出す。そのタイミングで「失礼いたします」と退出しようとするヴィクトリアを止めた。


「侍女さん侍女さん」

「はい、ベル様。何かご用でしょうか」

「今夜も隣室で控えて下さる予定ですか?」

「はい」


 ヴィクトリアは頷く。アナベルは一度息を吸ってから、努めて笑顔を浮かべた。


「今夜は明日に備えて侍女さんも休んでください」


 ヴィクトリアは何度も瞬きをした。アナベルは不審がられないよう、あえて明るい声を出す。


「だって、明日は一日観光するんでしょう? いっぱい歩きますよ。寝不足じゃ途中で疲れちゃいます」

「お気遣いありがとうございます。ですが、問題ありません。この程度日中の活動には影響は出ません」

「でも」


 遠慮をするヴィクトリアに、アナベルは思わず語気を強めてしまう。そのことに気づき、一度間を置く。


「私は侍女さんのことが心配ですよ」


 正直なところ、アナベルの最優先事項は温室に忍び込むことだ。確かに何日も不寝番をするヴィクトリアの体調は多少気にはかかるが、それだけだ。本人が大丈夫だと言っているのを無理にとめる義理はない。


 ヴィクトリアはしばらく黙っていた。体の前で重ねている手に僅かに力がこもる。


「…………かしこまりました」


 ヴィクトリアは伏目がちのまま、アナベルの提案を受け入れた。


「ベル様のご命令に従います。今夜は私の代わりの使用人を隣に待機させておきますので、何かございましたらお声がけください」

「はい、分かりました。明日、楽しみにしていますね」


 ヴィクトリアは「おやすみなさいませ」と綺麗なお辞儀をして、部屋から出ていった。


 アナベルの言葉の何が彼女に響いたかは分からない。ただ、思ってもいないことを信じてくれたことには若干の罪悪感も湧く。だが、大事なのはこれで障害がなくなったことだ。


 アナベルはその晩、日付が変わる頃に目を覚ました。


 二日前と同じように廊下を覗く。誰の姿もない。一分、部屋の扉を少しだけ開いたまま息をひそめる。隣の部屋からは誰も出てこないことを確認すると、アナベルはそっと自室を抜け出した。



 ◆



 真夜中の王城は人の姿がほとんどない。


 時折明かりを持った巡回の兵士の姿を見るが、隠れるのは容易い。アナベルは上手く身を隠しながら、城の東側を目指す。


 昼間、官僚の執務室に行った際には周囲に温室らしき場所はなかった。それならば、怪しいのは城の東側だ。アナベルは周囲を警戒しながら城内を進んでいく。


(――あった)


 城内を歩き続けて十分。


 ようやくアナベルはエマニュエルの温室らしき建物を見つけた。


 元々城の庭だっただろう場所に建てられた側面が硝子張りの建物だ。外からでもたくさんの植物が栽培されているのが見える。


 アナベルは周りに誰もいない事を確認すると、温室の入り口に近づく。


(あ、そうだ。鍵)


 そこでアナベルははじめて温室に鍵がかかっていた場合の対処方法を考えてなかったことに気づく。


 中に侵入するだけなら壊せばいいだけだが、それでは後で誰かが不法侵入したことがバレてしまう。その場合、真っ先に疑われるのは温室に入りたがっていたアナベルだろう。


(うーん。出来れば今夜中に決着をつけたかったんですが……)


 今夜を逃せば、またヴィクトリアの監視が再開される。彼女の目を掻い潜るのは至難の業だ。


 アナベルは駄目元でドアノブを捻った。すると、ドアノブは全く抵抗なく回すことが出来た。ギィという音を立てて扉が開く。


(え)


 アナベルは驚く。思わず声を出しそうになったのを慌てて手で口を塞ぐ。


 ――これはいったい、どういうことだ。不用心過ぎないだろうか。


 そんなことを思いながらも、アナベルは素早く温室に入る。あまり外にいては姿を見られる可能性があるからだ。


 温室の中は温かな空気に包まれていた。明かりの類は置いてないが、ガラス越しに月明りが周囲を照らしてくれる。周囲には多種多様な植物が植えられていた。


 アナベルは外から姿が見られないよう、腰をかがめて植物の影に隠れる。


「……成功してしまいました」


 アナベルはポツリと呟く。


 ここまでの多難な過程が嘘のようにあっさり温室に忍び込めてしまった。あっけなさを感じてしまう。


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