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《佳作受賞》魔術機関きっての問題児は魔術師のいない国に派遣されることになりました。  作者: 彩賀ユキ
【調査員編】

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二章:いざ、王城へ③


 通された謁見の間にはずらりと兵士が並んでいた。


 部屋の奥、立派な玉座は空だ。その隣に茶髪の眼鏡をかけた男性が立っていた。


 歳はテオバルトより少し若く見える。ただし、肉体派の将軍と比べるとスラリとした細身の人物だ。服装はこれまで見た誰よりも立派で、一目でその男性が高貴な人物であることが分かった。


 男は害のない、人の良さそうな笑みを浮かべた。


「ようこそ、エーレハイデに。私が王太弟のユストゥス・J・エーレハイデです」

「お初にお目にかかります。魔術機関より参りました、ベルと申します」


 アナベルは制服の裾を持ち上げ、お辞儀(カーテシー)をする。王太弟と王子と違い、アナベルの挨拶を遮ったりしなかった。


「ベルさん、本当に遠いところによくぞおいでくださいましたね。ここまで来るのは大変だったでしょう」


 それどころか、アナベルを気遣ってくれる。やっぱりどこぞの王子とは段違いである。しかし、同時に何となく事前に抱いていたイメージの違いに困惑もする。


 人当たりの良さだけで他人を判断する気はないが、誰かを言いくるめたり出来そうな人物に見えない。また、王族にありがちな覇気も感じられない。しかし、そのことはアナベルは安心させるどころか、逆に不安にさせる。


 見た目で判断できない人は怖い。警戒しておいたほうがいいかもしれない。


「こちらが魔術機関上層部よりの親書です」


 アナベルが取り出した封書をテオバルトが受け取り、それをユストゥスは受け取った。彼はその内容に目を通す。


「使者の方に伝えた通り、中立の立場にある魔術機関としましては魔術師派遣の必要性を調査をしなければならないと考えております。そのため、私が魔術機関の代表としてこの地に赴いた次第です。調査期間はおおよそ二週間ほどを予定しております。その結果がどういったものであれ、魔術機関の決定には従っていただくようお願いいたします」

「ええ、もちろんです。よろしくお願いしますね。調査には全面的にご協力します。何かあれば、気軽におっしゃってください」


 ユストゥスはニコニコと微笑んでいる。アナベルは少し悩んだが、口を開いた。

 

「一つ、お伺いしたいことがあります」

「何でしょうか」


 本来、この質問はしなくとも調査は出来る。しかし、あの言葉がずっと引っかかっている。アナベルはこの引っ掛かりを解消したくて、ユストゥスに問う。


「なぜ、王太弟殿下は魔術師派遣を依頼されたのですか?」


 王太弟はゆっくりと瞬きをした。それから困ったように微笑んだ。


「……貴方は元帥に会われたのでしたね」


 アナベルは「はい」と頷く。


「王子殿下はエーレハイデに魔術師は不要だとおっしゃいました。この地で魔術師は魔術が使えず、王族の方々にはそもそも魔術が通用しないと。それなのに、今回王太弟殿下は派遣要請をなさいました。……不躾とは存じますが、王太弟殿下のお考えをお伺いしたいのです」


 魔術機関が魔術師派遣に応じるかどうかの判断は客観的な事実を基にする。そこに各国の思惑や感情的な事情は反映されない。


 そのため、アナベルが報告すべきはエーレハイデに魔術師が必要か否かだけだ。そして、魔術機関として『派遣はしない』という結論は調査前に決まっている。これからアナベルが行うのは『きちんと魔術機関は公平に公正に調査をした』という事実を作るための実績作り(茶番)だ。


 どちらにせよ、アナベルが王太弟の考えを聞く必要はない。それでも、気になる。純粋に疑問を解消したくて、アナベルはユストゥスに質問をした。


「……おっしゃる通り、この地では魔術は使えません。民は魔術に耐性を持ち、王家の血を引く男子は魔術を無効化させる特質を持っています」


 ユストゥスは穏やかな口調で話し始める。


「そのため、我々は長く魔術師の必要性を感じていませんでした。……というよりは魔術の危険性を理解していなかったのです」


 ユストゥスは一度目を閉じる。


「東方では魔術はそれほどの脅威ではありません。西方では魔術師が一人いれば戦況を大きく変えることが出来ると聞きますが、東方の魔術師にはそのようなことが出来る者はおりません。魔術の素養があっても無自覚な者も少なくないでしょう。それほど、東方では魔術という学問の研究は進んでいないのです」


 魔術機関が発足し、魔術という学問が出来たのは七百年だが、太古の昔より魔力を使える人間は存在した。


 彼らはその昔、魔力持ちと呼ばれていたらしい。


 魔力を用い、不思議な力を使う。その力の発現方法は人それぞれだ。人の怪我を治すことが出来る者もいれば、雨を降らせたり、炎を操れる者もいたらしい。魔力持ちはその力ゆえに統治者、先導者として崇拝されることもあれば、逆に恐ろしい不気味な力を持つ異端者として迫害されることもあった。


 当時、魔力についての研究はほとんどなされていなかった。魔力持ちが持つ力は彼らが各々持つ特別な力であり、原理原則は同一であることが認識されていなかったのだ。そのため、彼らの能力は各個人のものであり、伝承されることもなかった。


 それが、『魔術の祖』或いは『魔術師の父』と呼ばれる魔術機関の創設者アルセーヌによって、魔力持ちが正しく知識を習得すれば身につけられる学問として成立したのだ。これにより魔力持ちは魔術師と呼ばれるようになり、アルセーヌは大陸中から魔術師を集めた。これが魔術機関の成り立ちだ。


 東方の魔術師たちはおそらく、魔術機関が発足する前の魔力持ちに近いのだろう。感覚的に魔術とも呼べない力を振るうだけ。とてもではないが脅威にはなりえない。

 

「西方では日々魔術は進歩し続けているとエマニュエル様に伺っています。なのに、我々は本当に長い間、本来の魔術の力の恐ろしさを知らず、魔術が使えないという土地の特性に胡坐をかいてきたのです。それは本当に恐ろしいことです」

 

 無知ほど恐ろしいものはない。相手の力量や特性が分かれば強い相手でも対策の取りようはある。何も知らなければ対策を取ることも出来ないのだ。


「それに、この地で魔術が使えないというのも誤りです。確かにこの地は魔力が薄い。魔術師は大気の魔力を使って魔術を行使することが出来ない。しかし、使う魔力が魔術師自身のものだけならば、周囲に魔力がないことなんて関係がない。もちろん、通常の魔術師の魔力量を考えると、それほど大規模な魔術は行使できない。特に攻撃系の魔術を発動させるには大量の魔力が必要になるそうですね。エーレハイデ人の特性と合わせて考えれば死者が出るような事態は通常起こりえないだろうともエマニュエル様はおっしゃってました。……ただ」


 ユストゥスの声音が暗くなる。


「真っ当ではない方法であれば、普通の魔術師でもこの地で大規模な攻撃魔術を使うことは可能だとも」

「ええ、まあ、そうでしょうね」


 その点についてはアナベルも気づいていた。そもそも魔力の源は何なのか。それを知っていれば簡単に辿り着ける問題だ。


 一般的には魔力を持つのは魔術師だけだと思われているが、その認識は間違いだ。


 魔力の源は生き物全てが持つ生きるための原動力――生命力だ。そこから零れた力のことを魔力と呼ぶ。そのため、一般人でも皆魔力自体は持っている。ただ、体内の魔力を認識することも、魔力を魔術として使う事も出来ないだけだ。大気に含まれる魔力だってそうだ。元を辿れば、生命が体外に放出したものである。


 魔力と生命力は密接な関係がある。そして、生命力は魔力の代替になる。


「魔力の源は生命力です。魔術師が自身の寿命や命を引き換えにすれば、この地でも周囲の人間をまとめて吹き飛ばせるような魔術の行使は可能でしょう」

「……同様のことをエマニュエル様も指摘されました」 


 攻撃魔術のような大規模な魔術は発動時に大量の魔力がいる。その大部分を周囲の大気中に含まれる魔力に頼ることになる。そもそも、魔術師自身の魔力だけで発動させるような代物ではない。しかし、魔術師自身の生命力を代わりに用いれば――魔術師本人の生死を問わなければ、誰でもこの地で大規模な魔術は扱えるのだ。


 もちろん、誰もが死にたいとは思わないだろう。よほどのことがないかぎり、自ら寿命と引き換えにそういった魔術を使おうとは思わないだろう。


 ただし、他者に強要されたらどうだろうか。


 人は時に信じられないほど残酷になれる。無慈悲になれる。そのことをアナベルも知っている。国を一つ転覆させるために、数人の魔術師の命は軽いと考える者がいてもおかしくない。


 エーレハイデは魔術が使えない国と聞けば、まるで魔術を使った攻撃がまったく叶わないように聞こえる。しかし、実際はそうではないのだ。この国も魔術に対して無敵というわけではない。


「それでも長い間に渡って、この国が魔術に対して無策であっても問題がなかったのは周辺諸国に強い魔術師がいなかったからです。しかし、ここ数年我が国を取り巻く状況は変わりました。西の国ナルスとは和平を結ぶことは出来ましたが、北のスエーヴィルとは未だ緊張状態が続いています。――二年ほど前からスエーヴィルは強い魔術師を探しているという噂が流れ始めました。そして、半年前にとうとう西方出身の王宮魔術師を招き入れることに成功したという情報が我々にもたらされました」


 魔術機関が東方の国に魔術師を派遣した事実はない。ならば、西方から来たという魔術師ははぐれ者か、魔術機関脱走者の可能性がある。どちらにせよ、西方出身者であれば東方の魔力持ちとは違い、魔術に対する知識を持ち、それなりの魔術を行使することが出来る。


 それが意味するのはこの国に魔術による危険が迫っている、ということなのだろう。エーレハイデが魔術機関に使者を送ったのはそれが理由らしい。


「スエーヴィルは本当に恐ろしい国です。人を人と思わないことを多く行う国です。彼らがどんな手段を使ってくるのか、我々にも予想がつかない。エマニュエル様が遺された魔術の知識を基に対策を講じることは出来ますが、実際に魔術を使った防衛を行うことは出来ません。また、エーレハイデ人のほとんどが魔術耐性を持っているとは言われていますが、……国民全てがその特性を持っている訳ではありません。一部ではありますが、魔術に対して耐性のない者もいます」


 ユストゥスは深刻そうに俯いた。


「魔術による大規模な攻撃が行われれば、まず間違いなく死者は出てしまいます」

「では、エーレハイデに魔術師が不要というのは……」

「以前であれば、ですね。スエーヴィルが西方の魔術師を引き入れた以上、私たちは早急にスエーヴィルの王宮魔術師に対抗できる魔術師を必要としています。しかし、エーレハイデで活動できる魔術師は限られる。我々も東方で魔術師を捜しましたが、この国で魔術を扱えるような魔術師を見つけることは出来ませんでした。そのため、魔術機関に助力を願い出たわけです」


 つまり、王子の発言はすべてがすべて本当ではないということか。ユストゥスの話を聞いて、ようやくアナベルは納得した。


「よく分かりました。ご説明ありがとうございます」

「魔術機関にはその点もご配慮いただけると幸いなのですが」

「報告書には王太弟殿下のお言葉も記しておきましょう」


 おそらく、配慮はされないだろう。「よろしくお願いします」とユストゥスは安堵したような笑みを浮かべている。


 挨拶をすまし、アナベルは謁見の間を退出することになった。


「テオバルトは残ってください。少しお話があります」


 アナベルを連れて部屋を出ようとした将軍が呼び止められた。テオバルトはユストゥスとアナベルを見比べる。


「大丈夫です。案内は不要です。道は覚えました。一人で戻れますよ」


 アナベルが笑顔で言うと、テオバルトは「悪いな」と頭をかいた。一人、アナベルは廊下に出る。重たい両開きの扉が閉まる。室内の声は全く聞こえなくなる。


「さて」


 アナベルは先ほど来た通路を戻る。


 広い城内とはいえ、そこまで複雑な構造ではない。道順は覚えている。記憶を辿りながら通路を進み――アナベルは先ほどは通らなかった階段を下り始めた。


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