二章:いざ、王城へ①
王都までの旅路は今までのことを思えば、とても楽なものだった。
アナベルはそれぞれ泊まった町でそれはそれは大層な歓迎を受けた。住民の話を聞き、美味しいご飯を食べ、夜はゆっくり眠れる。最高だ。こんな楽しい思いをするなら調査員の仕事も悪くないかと思う。
そんなこんなでアナベル達は四日かけて王都へやってきた。移動は何も騒動はなく、順調なものだ。
エーレハイデの王都をエーレベルクと云う。位置は国土の中央より少しだけ南部寄りに位置している。南部には西から東に向かって川が流れ、川には王都に続く大きな橋が二つかけられている。街の北部にはなだらかな山がそびえ、王城はその頂上に立っている。
馬車は西側の橋を越えて、王都に入った。アナベルは馬車の窓から王都の街並みと城を眺める。
王都は行き交うたくさんの人の姿があった。山の頂上に見える城も立派なものだ。あそこでアナベルは一応調査員として調査をしないといけないのだが、――脳裏に浮かぶのは銀髪の青年との苦い思い出だ。
「あの」
アナベルは馬車に同乗するテオバルトに声をかける。
ハーゲンたちはアナベルより一足先に城へ向かっている。テオバルトが合流したことで、彼がアナベルの案内役兼護衛役だ。
「城に行ったら、私また王子殿下と顔を合わせることになるんでしょうか」
初対面でアナベルを追い返そうとした王子はおそらく王都に戻っている。となれば、当然王城で出くわす可能性は高いだろう。
出来ればもう、あのような目には遭いたくない。というか、出来れば王子とは二度と会いたくない。
彼を除いた他の全てのエーレハイデの人々はアナベルを歓迎してくれた。魔術師派遣に反対しているのはジークハルトだけだ。西の砦での厳しい視線を思い出す。彼はアナベルに好感を抱いてはいなさそうだった。
テオバルトが豪快に笑う。
「安心してくれ。王太弟殿下がよくよく言い聞かせてくださったそうだ。少なくとも、ベルに対して非常識な態度はもう二度と取らせん」
どうやら、思っていることが表情に出ていたらしい。アナベルは咳ばらいをして誤魔化した。
「そういえば、その王太弟殿下についてお伺いしておきたいことがあるんですけど」
「ん? なんだ?」
アナベルは改めて王太弟が誰なのか説明を受けていた。王太弟とは次の王位を継ぐ予定の王弟――国王の弟のことだ。
ハーゲンたちの話によると、エーレハイデ現国王は一年ほど前より病に臥せっているらしい。
今すぐ命に係わるような状況ではないものの、執務を執り行うのは難しい。そのため、現在は国王の異母弟にあたるユストゥス王太弟が国王の代わりを勤めているらしい。つまり、現在の実質的なこの国の支配者は王太弟なのだという。
国王の地位自体も、近々ユストゥスに譲位される。そうすれば、彼は名実ともに正式な国王になるそうだ。
「そもそも何で、次の国王になるのが王様の弟さんなんですか? この国には王子がいるじゃないですか」
王位を弟に譲るということはそれほどおかしなことではない。だが、それは国王に息子がいなければの話だ。
この国には王子がいる。西の砦であったあの王子だ。国王の子は彼一人だけらしいが、一人しかいなくても王子は王子だ。
アナベルも政に詳しいわけではないが、王子がいながら王弟が王位を継ぐ理由がアナベルにはまったく理解できないのだ。
「まあ、あー、うん、ウチのお国事情ってやつかな。王太弟殿下を王にした方が何かと都合がいいんだ。そう望んでいる奴らへの政治的配慮ってやつだな」
王座には常に権力闘争がつきものだ。王子より王太弟を王座に据えたい一派がいるのだろう。
「ジークも王の器に足る人間だとは思うが、――実際、アイツより王太弟殿下のが政には向いている。結果的には適材適所ってやつで良かったとオレは思ってるよ。ジークはちょっと人が良すぎるところがあるからな」
「人が良い」
テオバルトの言葉にアナベルは顔をしかめる。
この四日間、アナベルは色んな人々と話をした。その中で違和感を抱いたのはエーレハイデの民とアナベルの、ジークハルトに対しての印象の違いだ。
通ってきた街や村、全てで出会った誰もがジークハルトの話題になると、彼を称賛した。
若い娘たちはアナベルが直接王子と会話をしたというと揃って羨ましいと黄色い声をあげていた。――この娘たちはアナベルと同じ目に合わされてもキャーキャー言っていられるのだろうか。過去に戻れるなら是非立場を変わってほしい。
一体、あの男のどこが人が良いのだろう。二ヶ月半の過酷な旅をしてきたうら若き娘をもてなしもなしに帰そうとする極悪非道な人間だ。絶対にみんな騙されていると思う。
「信じられんか」
「ええ、全く。実は国家レベルで私のこと騙そうとしてません?」
苦い顔をするアナベルに、テオバルトは苦笑する。
「オレとしては出来ればベルにはジークとは仲良くしてもらいたんだがなあ」
「あはははは、将軍は面白い冗談をおっしゃいますね」
残念ながら、テオバルトの望みは変えられないだろう。
アナベルは優しくしてくれる相手とは仲良くしてもいいと思っているが、敵意を抱く人間との仲を改善したいとは全く思っていない。その関係を改善するにはどれだけの労力が必要だろうか。きっと、それは本当に大変なことだし、そもそも相どれだけ頑張っても相容れないかもしれない。そんな不要で無用なことに時間も手間も割くなんて面倒すぎる。
アナベルは笑みを浮かべる。
「王子殿下には歓迎されてなさそうなので難しそうですね。王子殿下がお考えを変えたら、仲良くしてもいいですよ」
――きっと、無理だと思いますけど。
アナベルはそっと心の中で付け加えた。テオバルトは何か言いたげな表情だが、結局口を開くことはなかった。
そんな会話を続けているうちに、馬車は王都を通り抜け、王城へ続く坂道を登っていく。城門をくぐり、馬車はとうとう本当の目的地である王城に到着した。テオバルトの手を借り、アナベルは馬車を下りる。
周囲にはずらりと兵士が並んでいる。その中央で出迎えてくれたのは若い侍女服を着た少女だった。
「ようこそおいでくださいました。ベル様」
歳は本当に若い。まだ十代半ばぐらいの、幼さの残る少女だ。髪色は亜麻色。そして、兎のような赤い瞳が印象的だ。顔立ちは整っていることもあり、まるで人形のようだ。
少女は綺麗な礼をした。
「城に滞在中、お世話を仰せつかりましたヴィクトリアと申します。何か御用がございましたらご遠慮なく申しつけください」
「はじめまして。魔術機関から参りましたベルと申します。よろしくお願いします」
アナベルも笑顔で礼を返す。対照的に少女――ヴィクトリアの表情は無だ。彼女はじっと赤い瞳をアナベルに向けてくるが、何の感情も読み取れない。
ひたすらこちらに視線を注ぐ侍女にアナベルは笑みを返すが、相手は何の反応も示さない。無意味な時間が流れ、アナベルの頬が徐々に引きつっていく。隣のテオバルトが咳ばらいをした。
「出迎えご苦労、ヴィーカ」
「お帰りなさい、パパ」
侍女のさらりとした返事にアナベルは思わず変な声をあげてしまった。
「パパ? ――えっ、この子、将軍の娘さんなんですか?」
「ああ。可愛いだろう」
「ええ、とっても! まったけ似てないですね!」
髪の色をとっても、顔立ちをとっても、体格をとっても、二人の共通点が見つからない。年齢的にもヴィクトリアはテオバルトの孫と言われてもおかしくなさそうな年に見える。
アナベルの発言は大分失礼だったが、残念ながらこの場にそそのことを指摘する人間はいなかった。テオバルトは「嫁に似たんだ」とどこか誇らしげに言い、ヴィクトリアは無言無表情で父親を見つめていた。
「じゃあ、ヴィーカ。ベルを部屋に案内してもらえるか」
「分かった」
ヴィクトリアはそう言うと、アナベルに向き直る。
「お部屋にご案内します」
「ベル。オレは一度王太弟殿下に報告をしてくる。昼食がすんだらベルも殿下に謁見してもらうからそのつもりでな」
「はい、分かりました」
テオバルトの言葉にアナベルは頷く。
アナベルがテオバルトと話している間に、ヴィクトリアは馬車に近づいていく。御者からアナベルの荷物を受け取ろうとしているらしい。
「侍女さん。私の荷物結構重いですよ」
なんせ大陸を横断する長旅の荷物だ。
アナベルとしては持ってきたものは本当に必要最低限ではあるが、それでも大分かさばる。
大きなトランクだ。大人の男でないと持ち上げられない重さだ。実際、アナベルも持つことが出来ない。そのため、旅の道中は馬や馬車に載せるか、使者の中で一番力持ちのロッホスに運んでもらっていた。今日も馬車に載せてくれたのはテオバルトだ。
しかし、小柄な侍女はスッと、トランクを持ち上げてしまった。かなり重いはずなのにそれを感じさせない動きだ。表情にも一切の変化はない。「他の人にお願いしたほうがいい」と続けるはずだったアナベルの言葉も消えてしまった。
「こちらです」
ヴィクトリアはそう言うと、城の入り口へ向かっていく。呆然とするアナベルに、テオバルトが「そうだ」と思い出したように言う。
「ベル、猪料理気に入ってただろ。また食いたくなったらヴィーカに言えよ」
「…………言ったらどうなるんですか」
「ヴィーカが狩ってきてくれる」
なるほど。どうやら、小柄な侍女の中身は将軍似らしい。




