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《佳作受賞》魔術機関きっての問題児は魔術師のいない国に派遣されることになりました。  作者: 彩賀侑季
【戴冠式編】

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三章:晩餐会②


炊事兵(おれ)の? 何で?」

「これ以上来賓に失礼なことをさせるわけにはいかないから、裏に言ってろって」

「…………お前、また何やらかしたの?」

「別に」


 何でもないことのように少年は答える。


「客の子供に遊べって言われたから、仕事があるから断るって言っただけだ。ぎゃーぎゃー騒ぐから、反論したら親まで出てきて騒ぎ出した」

「馬鹿だなあ! そりゃそうなるに決まってんじゃん」

「うるさい。説教なら飽きてる。オットーにも同じことを言われた」

「オットーさんだろ。先輩のことはちゃんと敬称つけて呼べよ」


 数ヶ月前にニクラスの呼び方を注意されていたカイが同じような注意を他の子にする姿は、軍生活に慣れたことを想像させてくれ、なんとも微笑ましい。そして、少年は穏やかそうな見た目に反し――なんというか、生意気な性格らしい。


 アナベルは黙って二人のやり取りを眺める。溜息をついたカイがこちらを振り向いた。


「師匠、紹介するよ。使用人見習いのアルノー。会ったことないだろ?」

「はい。はじめまして。王宮魔術師のアナベル・シャリエです」


 アナベルはペコリと頭を下げる。王城の使用人は数も多く、全員は把握しきれていない。少年――アルノーとは完全に初対面だ。


「知ってる。有名人だろ、アンタ」


 使用人見習いの少年は頭を動かしもせず、そう言った。


 ――有名人であることは事実だろうが、挨拶を返さないのは人としてどうなのだろう。


 そんなことを思っていると、向こうは腕を組んで言葉を続けた。


「こんなとこで何してるんだ? アンタ、暇なの?」

「……ま、まあ、そうですね。そのことは否定できませんけど……」


 アナベルは苦笑いを浮かべる。カイが咳ばらいをする。


「師匠は俺の手伝いをしてくれてるんだよ」


 正確には手伝いをしているのはヴィクトリアだけなのだが、そこに触れないのは彼の優しさだろう。


「そんなことより、手伝いに来たんだろ? なら、剝き終わった野菜を持っていくの手伝ってくれ」


 カイが指差したのは傍に置いてある籠に山盛りの野菜の数々だ。両手で抱える必要があるほどの大きな籠が三つ置いてある。とてもではないが、アナベルでは持ち上げられないだろう。


 指示をされたアルノーはしばらく無言だった。それから、つかつかと籠に近づき、両手で持ちあげる――ことは出来なかった。


 籠は少しだけ浮いた。しかし、すぐにユストゥスは籠を地面に置いてしまった。理由は分かる。服越しでも、彼の体の線の細さがよく分かる。筋力がないのだ。


「相変わらず力ねえな。さっさと筋肉つけろよ。何だったら手伝うぜ」


 カイは二の腕を持ち上げる。ここ二ヶ月ほどで、彼は腕だけでなく肉体的に逞しくなってきた。背も少し伸びたような気がする。炊事兵とはいえ、軍ではそれなりの鍛錬が課せられている。その成果だろう。身長を抜かされるのもそれほど遠い未来ではないだろう。


「うるさい」


 アルノーの方はカイの言葉を一蹴して、もう一度籠を持ち上げようとした。しかし、十秒もしないうちにまた籠は地面に戻される。


「……ヴィーカ姉ちゃん。悪いけど、手伝ってくんね?」

「分かった」


 ヴィクトリアは短く答えると、アルノーに近づく。そして、彼が持とうとした籠をひょいと片手で持ちあげた。しかも、もう一方の手でもう一つ籠を持つオマケつきだ。彼女の腕力を目の当たりにするのは久しぶりだが、相変わらず大人顔負けだ。アナベルはパチパチと拍手を贈る。


「とりあえず、着いてこいよ」


 カイは残った一つの籠を持つと、あごで厨房の方を指した。なんとも不機嫌そうなアルノーの後ろをアナベルもついていった。



 その後、もう籠三つほど野菜剥きを指示された四人――正確に言えば三人――はしばらく包丁を片手に目の前の作業を終わらせることに没頭した。アルノーも、カイやヴィクトリアと同じようにスムーズに皮を剥いていく。腕力こそなかったものの、手先は器用なようだ。


 その様子をずっと眺めていたアナベルの背に影が落ちる。誰だと振り返る前に声が落ちてきた。


「いやいや、精が出るね!」


 まったく聞き覚えのない男性の声だ。全員が手を止め、顔をあげる。


「あ、すまないね! せっかく仕事をしているというのに邪魔をしてしまった! 私のことは気にせず、さあ、仕事を続けたまえ!」


 そこに立っていたのは明るい薄茶色の髪色をした青年だった。歳は三十歳手前くらいだろうか。襟足が少し長めだ。服装はすぐに貴族と分かる華美なもので、とにかく襟や袖がヒラヒラしているのが目についた。


(――誰?)


 いや、彼も来賓の一人なのだろうが――アナベルが質問をする前に、アルノーが口を開いた。


「ベルノルトさん」

「やあ、久しぶりだね、アル! 城での生活はどうだい? 慣れたかな!」


 どうやら、この男――ベルノルトはアルノーの知り合いらしい。ベルノルトはニコニコと質問をしてくる。


「城に来てもう四ヶ月だ! そろそろ家が恋しくはなっていないかい? 後見人だというのに何もしてあげられなくて申し訳ない! だが、安心してほしい! しばらくは王城に滞在する予定だ! 私をご両親と思って存分に甘えてもらって構わないぞ! そうだ、ご両親から手紙も――」

「ベルノルトさん」


 アルノーは包丁を置いて立ち上がる。


「久しぶりにお会い出来て嬉しいです。ただ、御覧の通り仕事中なのでお話はまた後ほどにしていただいてもいいでしょうか。あなたが気にするなと言っても、他の者が手を止めてしまいます」

「なるほど、そうか! 配慮が足りず申し訳なかったね」

「そう、ですね。夜――夜にお部屋にお伺いします」

「ああ、分かった! つい、君の仕事ぶりが気になってしまってね! 君たちも悪かったな! では、失礼する!」


 彼はそう言ってアルノーの頭を撫で、嵐のようにその場を去っていった。素性を確認する暇も、こちらが名乗る暇もなかった。早足で遠ざかっていく背中をアナベルはポカンと見つめる。


 男の登場に驚いたのはアナベルだけではなかったらしい。呆然とした表情のカイが彼が去っていた方向を指さして、アルノーに訊ねる。


「あの人、誰?」

「……言ってただろ。俺の後見人。城で働く口利きをしてくれた人」


 既にアルノーは再び皮むきに戻っていた。今、彼が手にしているのは人参だ。


「どこの誰?」


 その質問にあからさまにアルノーは嫌悪感を顔に現した。追求されるのが嫌なのだろうか。質問に答えたのはヴィクトリアだった。


「ベルノルト・C・シャウエルテ様。シャウエルテ家の次期当主」


 どうやら、彼女はベルノルトを知っていたらしい。ミドルネームがあるということは貴族で間違いないらしい。


「えーっと、そのシャウ……なんとか家は有名なんですか?」

「エーレハイデの建国からある名家の一つ。レーヴェレンツ家、クロイツァー家、オーベルシュタット家と同じ。シャウエルテ家は芸術の家系。ベルノルト様は芸術の発展のため、国中を飛び回ってる人」


 芸術とはまたアナベルには理解しがたい分野が出てきた。華美な服装どおり、すごい人ということは分かった。カイもシャウエルテ家について知らなかったのだろう。「へえ」と感心したような声をもらす。


「すっげえ人と知り合いなんだな」

「うるさい」


 アルノーは不機嫌そうに返す。それから、ベルノルトや関係性についてカイがいくら訊ねても、全く答えなかった。


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