表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

105/221

三章:晩餐会①


 翌日、アナベルは一日暇を出された。理由は単純明快。昨日中断された会議が行われているからだ。


 アナベルとエルメンガルトを同席させるのはまた騒動を起こしかねない。ただ座っているだけが仕事の元帥の護衛と、東部の状況について報告が出来る将軍の副官。どちらに会議に出るべきかは、明白であった。そのため、再びやることがなくなったアナベルは話相手を探しに、今度は厨房に向かったのだ。


「ってことがあったんですよ。本当、災難でしたよ。全く」

「うーん。俺、半分は師匠が悪いと思うけどな」


 ジャガイモの皮を剥きながら呆れたような返事を返してきたのはカイだ。炊事兵である彼は、王城の厨房の手伝いに駆り出されている。


 ただ、厨房は人が多いため、彼はその裏の水場近くに椅子代わりの木箱を置いてそこで作業をしている。ヴィクトリアもそのお手伝いで人参の皮をむいている。


 アナベルも手伝いを申し出たが、カイに「ぜってえ出来ねえって」と戦力外通告をされた。残念のことに、弟子の言葉を否定することはできなかった。仕方なく、座って二人の作業を見守ることにした。


「まあ、その姉ちゃんも気持ちも分かるよ。好きな相手に恋人が出来たら文句の一つも言いたくなるさ。しょうがないんじゃねえかな」

「カイ君はずいぶんと大人びた意見を言いますね」


 エルメンガルトどころかアナベルより年下にも関わらず、世の中が分かっていますとでも言いそうな口ぶりだ。感心してしまう。カイはうんざりとした表情を浮かべる。


「聞きかじりだけどな。近所に住む姉ちゃんとか、客からそういう話はよく聞いたんだ。ホント、子供に聞かせる話じゃねえよな」


 年下の少年に愚痴を言いに来たアナベルも、彼らを批難出来ないだろう。そっと視線をそらす。

 

「ちなみにカイ君は好きな子とかいないんですか?」

「いねえよ。同い年くらいの女ってキャーキャーうるせえんだもん。年上の姉ちゃんは生々しい恋愛話聞かせてくるし、そういう対象に見れねえ」


 意外と付き合いのいい性格は、彼にとって不利益も生んでしまっているらしい。アナベルは慰めの言葉も思い浮かばず、黙り込む。――まあ、好きな相手がいなくても死ぬわけではない。カイはまだまだ若いし、当座は問題ないだろう。


 こちらはカイに同情する気持ちでいっぱいだったが、向こうはそれほど優しくなかった。


「それより、師匠。次の授業の準備は出来たの?」

「――うっ!!」


 突かれたくない指摘を受け、胸を押さえる。呆れたように大きく息をつかれた。


「しっかりしろよ。師匠って呼べって言ったのはそっちだろ。まずは初歩の初歩でいいって言ってんだから、それぐらいはなんとかしてくれよ」


 弟が魔術で洗脳された疑惑があるカイは、この国で唯一の魔術師であるアナベルに魔術について教授してほしいと頼んできた。それが二ヶ月前のこと。「暇なときでいい」という言葉に甘え、実際にカイに魔術について一回目の講義をしたのは一ヶ月前。――その結果は散々たるものだった。


 アナベルとカイが休みの日。アナベルはエマニュエルの研究室を間借りして講義を始めた。しかし、魔術の『魔』の字も知らない相手に魔術について教えるというのは想像以上に難しかった。


 そもそもアナベルは魔術をかなり感覚的に扱っている。


 学院時代の講義も真面目に受けていないため、魔術の基礎の知識はガタガタだ。感覚で理解していることを言語化し、分かりやすく伝えるというのはこれ以上なく困難を極めた。


 それでも、弟子は非常にやる気に満ち溢れていた。分からないところは再度説明を頼んできたし、彼なりに言葉を言い換えて確認をしてきてくれた。しかし、最終的にカイも理解を放棄してしまった。


『何言ってんのか、全然分かんねえ』


 結局、その日はアナベルの講義の様子を見学していたジークハルトが代理でカイに講義を始めることとなった。


 元々、ジークハルトの師であるエマニュエルは魔術の素養がない人間に対して魔術を教えていた。そのノウハウもあるのだろう。ところどころ言葉が足りなかったものの、ジークハルトは『はじめてにしては上出来』としか言いようのない授業をやりきった。カイも『すげえ分かりやすかった!』と大喜びし、大敗を期したアナベルはテーブルに撃沈していた。


『リ、リベンジを要求します!』


 それでも、アナベルは諦めなかった。いくら魔術の知識があろうと、アナベルはこの国で唯一の魔術師だ。このまま負けを認めては魔術師の名が廃る。


 そういうわけで、アナベルは事前準備をしっかり行った上で再度カイの講義をすることを宣言した。準備が出来たらまた伝えると言って早一ヶ月――最近は戴冠式に向けて王城中が忙しかったため、アナベルはすっかり準備を進めるのを怠ってしまっていた。アナベル自身はそれほど忙しくないにも関わらずだ。


「た、戴冠式が終わったら、必ず」

「約束だぞ。待ってるからな」


 これではどちらが師で、どちらが弟子かが分からない。


 アナベルが項垂れていると、籠に積まれた最後のジャガイモを剝き終わったヴィクトリアが口を開いた。


「カイ。終わった」

「おっし。ヴィーカ姉ちゃん、サンキューな」


 この大量の野菜は、今晩開かれる晩餐会のためのものだ。来賓を歓迎するための晩餐会が王太弟主催で開かれる。残念なことにアナベルは王子の警護のため、来賓としては参加できない。料理が食べれないのが非常に悔しいところだ。


「一回、厨房に持ってくか」


 そう言って、カイが立ち上がったタイミングだ。厨房の方から近づいて来る人影があった。その姿を見止め、カイは顔を顰めた。


 その人物は赤みの強い茶髪の――おそらく、少年だった。おそらくと思ってしまったのは、非常に中性的な顔立ちをしていたからだ。ただ、服装は男性の使用人見習いが着る黒いベストとズボンなので、性別は男で間違いはないはずだ。歳は十三、四歳ほどだろうか。カイと同い年くらいに見える。


「なんだ。どうした?」


 カイの問いに、少年が不服そうに答える。


「お前の手伝いをしろって言われた」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ